お父さまはスパイ?
(一睡も出来なかった)
子どもの身体に不眠はつらい。
でも、お父さまのスパイ疑惑が気になって眠れなかったんだもの。
(お父さまが、この国を裏切っていた?)
そうだとすれば、私が急に国家の重要機密を隣国に渡したとして捕らえられたことも合点がいく。
お父さまの資料には、すべて厳重に封印魔法が掛けられていた。
私の魔術の腕は高いけれど、昨夜開くことが出来たのはやり直し前にお父さまが教えてくださったからだ。
でも、王国に忠義を捧げ、命がけで働くお父さまが、隣国と繋がっているなんてあるだろうか。
「……考えられない」
情報を得て、お父さまを助けようと思ったのに、まさかお父さまを疑う羽目になるなんて思わなかった。
考え事をしていたのと、寝不足で注意散漫になっていたのと、目線が思っているよりも低いのと、どれが原因だろう。うん、多分全部だ。
ドスンッと勢いよく誰かにぶつかる。
「大丈夫ですか? シエラお嬢様」
「……っ、アラン」
こんなに朝早くから、アランは本を何冊も抱えていた。本で視界を塞がれ、向こうも私のことが見えていなかったのだろう。
「申し訳ありません。ケガは? 痛いところは?」
「大丈夫」
アランもこの国を裏切っているのだろうか。やり直し前、彼は謎多き人だった。
――彼こそ、隣国のスパイ?
「私、用事があるので!」
「お待ちください。シエラお嬢様」
「……え?」
子どものように抱きあげられた。
違う、私は今五歳の子どもなのだ。
抵抗しようとしても、しっかり抱きあげられてしまえば、短い手足をパタパタと動かすくらいしか出来ない。
「目が真っ赤ですし、魔力が不安定になっています。寝られなかったのですか?」
「……っ」
彼にすれば、幼子を心配しただけなのだろう……。
(そういえば、いつも私のことを心配してくれた)
お父さまが亡くなってから、私のことを心配してくれる人はいなかった。
毎日、毎日、魔法回路とにらめっこ。
自国の防衛に心血を注ぎ、残りの時間は王子妃教育。
「眠ったらどうですか?」
「眠くないの!」
「嘘ですね」
魔法回路が展開された。
いつものクセで思わず解読しようとする。
なんて美しい、なんて緻密、なんて完璧。
こんな魔法回路、どうしたら描けるのか皆目見当がつかない。
(――これ、人を夢に誘う魔術だわ。自分の生徒相手に、対人戦闘用の魔術なんて……なんてことするのよ!?)
「眠れ」
「……っ」
すでに眠くなければ、抗えたかもしれない。
けれど、睡眠不足の5歳の身体では抵抗するのは無理だった。
(探さなきゃ、証拠。眠い。お父さまが裏切ってないという証拠を。眠い)
魔術師団の魔導具を使い、魔法回路を描いて痕跡を辿れば隣国の情報網にアクセスできるはず。
でも、5歳で魔術を扱い魔道具を使えるなんて気付かれたら、騒ぎになってしまう。
あと少し、あと少しで、次の一手が浮かびそうだから――。まだ、寝ちゃ、だめなのに。
「スヤァ……」
「五歳児が、まさか、抵抗するなんて」
アランの驚いたような声が、聞こえたような気がした。




