亡命手段
「……5歳児に、あんなダンス踊らせる!?」
今思い返せば、アランは厳しすぎるところがあった。
お父さまが亡くなってからも、彼は家庭教師として私に厳しい指導を課してきた。
多分彼は天才すぎて、凡人の能力の限界が理解できないのだ。
「……」
けれど彼は私を最後まで裏切らなかった。
「よし、誰もいないわね」
お父さま不在の真夜中。
私は、執務室に潜入している。
(お父さまを助けてみせる。そのためには真実を知らなくては)
お父さまが死んでしまうのは、今から十年後。そのころ、お父さまは中将になっていた。
――周囲から『閣下』と呼ばれていた。
ほんの少しの違和感。
こういった類いの違和感は、その場で答えにたどり着けずとも、解決の糸口になることがある。
「魔法回路、起動」
指輪が金色に輝いた。
生まれたときに、お父さまが贈ってくれた指輪は魔導具。成長とともにサイズを変える、魔術師としての生涯の相棒だ。
魔法と魔術は似て非なるもの。
かつて、人が精霊から与えられたとされる魔法は、技術の発展とともに体系化されて魔術と呼ばれるようになった。
――そして近年、そこに魔導具が加わった。
魔石を触媒として体系化された魔法回路を描くことで魔導具は起動する。
――人類すべてが魔法を使うという夢物語にはまだ時代は追いつかない。
私が5歳の頃、つまり現在。今から十年後には誰もが自由に魔導具を操っているだろうと予想されていた。
でも、十三年後も魔術を行使できるのが一部の者だけであるという現実は変わらなかった。
魔術を行使できるのは、魔力を持ち複雑な魔法回路を理解できる者だけ。魔導具を駆使できるのも、魔力を持ち魔法回路を理解できる者だけだ。
だが、未来に向けて前進したこともある。
魔法回路発明以前は、魔力を持つ者が天性の感覚のみで魔法を使っていたが、努力である程度は補うことができるようになったのだ。
(それでも天才は、いるけれど)
完璧で隙が無い魔法回路。
そんな代物を作り上げる人は、十三年後の私が知る限りでも王国に数人しかいない。
現在大佐であるお父さま、今は中将のはずの総帥閣下、第二王子殿下――そして、アラン。
(そう考えると、アランって何者!? ってなるわよねぇ……?)
いくら娘が可愛いからって、家庭教師として雇うには有能すぎるのではないか。オマケにダンスの腕まで一流だったことが、昨晩判明した。
(そう、伯爵家とはいえ、我が家の家庭教師に収まるような人材じゃないのは確かよね)
王族として生まれた第二王子殿下は、王位に一番近いと言われていたし、お父さまも総帥閣下もこのあと大きく昇進する。
私自身も魔法回路を理解し行使できることと、貴族階級であることから、軍部最年少の少佐だった。
――平民ですら、活躍すれば貴族位を賜り、特権階級になることも夢ではない。
だが、今は誰かが来る前にやるべきことを終える必要がある。
「うん、起動できるわね」
五歳児に理解できないはずの複雑な魔法回路。この屋敷にいる使用人たちも、誰一人として理解できないはずだ。
お父さまの机の魔法回路に魔力を流し解析していく。美しい金色の光が、机の引き出しに張り巡らされる。
――ガチャン。
鍵が開いた。引き出しの中に封じられていたのは魔法紙。
鍵となる魔法回路を理解した者だけが開くことができる、特別な仕様だ。
お父さまが亡くなったとき、軍に関係するからとすべての資料は回収されてしまった。
少佐になってから閲覧を申請したけれど、権限が足りずに閲覧できなかった。
――でも、鍵になる魔法回路は知っている。本来知らなければ、時間と技術を駆使して解錠すべきものだが、私には開けられるのだ。
お父さまが亡くなる直前、私に教えてくれたから……。
何が書かれているのだろう。
魔力を流し込み紙の上に魔法回路を描いていく。
それに伴い、魔法紙に図と文章が現れた。
「お父さまの字」
しかし、そこに書かれていたものは、私の予想と大きく外れていた。
「え……?」
――そこには、国境を通常の方法とは違う手段で越え隣国に行く手段、そして協力者が書かれていたのだ。
「これって、亡命手段!?」
――そして協力者は、アランだった。




