第102話 30年前のあの日(前編)
30年前。帝位には皇帝レオンがいた。青い髪に絢爛な装飾をしてはいるが、その目には立派な威光を宿していた。
彼が鎮座する大広間の前にストストと公爵が入ってくる。髪は黒く髭を蓄え絢爛な装飾を付けた立派な壮年男性である。玉座から一段下がった場所には小さな椅子があり主が座っている。
「来られたか。ラドア・ヴァルシュタイン公爵」
「陛下。レクス王子を立太子されるとは本当ですか!」
そのまま詰め寄る。
「うむその予定だ。今は7歳だがもう次の帝位指名をしても良い頃合であろう」
レオンはそう告げる。続いて隣に控えている白髪の老人ライゲート公が口を開く。
「レクス王子は陛下の第一皇子。若くして才覚もあり、ふさわしいですな」
ライゲート公爵は信任が厚い宰相であり先代からこの国をずっと仕切っていた。
「しかし……」
ラドアは口ごもる。そして視線を反対側に向けてみる。そこには老人ばかりの部屋の中では若い男が座っていた。ソナタ侯爵である。彼の姉はレオンの妃、つまり義弟でありこれから帝政の鍵を握るであろう男だ。
「まぁレクス王子にはこれからもっと帝政の為に勉強していただくことがありますからねぇ。色々教育係を付けないと」
どうせその教育係とやらも自分の身内でもつけるのだろう。ラドアはそう感じて辟易した。自分は帝国に尽くした四大公爵家のメンバーであるその功績と何よりも権力をこの若造にみすみす取られてなるものかと。ラドアは非常に強欲な男であった。このままでは中枢から遠ざけられてしまうだろう。
次に別のメガネをかけた公爵が発言する。
「慣例ですと立太子された者はそれを広めるために帝国内を行幸することになっていますが、日のいい時にしましょうか」
エルフのコートバーグ公爵だ。帝国の中央書庫を管理し学問や慣習に詳しい帝国の生き字引である。ライゲート公爵が返答する。
「それもそうですな。地方の辺境伯にも教えておかねば特にヴァルグレイ家など長命な上に領地に引き籠ってばかりでいつ情報を更新しているかも分からない……」
「それはエルフもそうです。里を出て地方を旅しているものなど数年姿を現さないことなどザラですので。特にマリアなど後30年もせねば帝都に寄らぬのではないか」
ラドアの葛藤を無視して他の公爵たちは笑いあう。新参のソナタが口を挟む。
「ヴァルグレイでしたか。そこの物の顔は知りませんよ」
「あの男をみると驚くでしょう。あとそこの一人娘も……ゴホゴホ!」
ライゲート公爵は咳き込んでいる。
「大丈夫か。ライゲート公」
「失礼いたしました。寄る年波には勝てませんで」
ラドアはこれを見て占めたと思った。
「ライゲート公殿。貴殿は帝国に十分貢献なされました。どうですそろそろ他のものに任せてみるのは」
あくまで心配する風を装ってそう尋ねる。事実上の引退勧告になってしまうが、これでこの老人を地方にでも隠居させられればこちらにも権力の天秤が傾くという物だ。
意外にもレオンは同調してくれた。
「ライゲート公。貴様の貢献は知っておる。そろそろ後進に頼るのも良いだろう」
「それもそうかもしれませぬ。倅がおりますから、少しずつ父子で業務を移管していきましょう」
「そうですか。息子さんも有能な方ですから安心ですな」
ラドアはそう心配する風に締めた。あくまで社交辞令なのだがこれで邪魔な爺は合法的に追い払えるだろう。
だがそれでも一人追い払えそうなだけ。もっと厄介なものはいる。
ラドアの視線は公爵を超え、奥にいる玉座に向かっていた。
「ヴァルシュタイン公爵?」
「あ、いえ何でもありませぬ。いやぁ私も老いましたな」
ラドアはそう取り繕ったが、心情は変わらなかった。




