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スクリーム・ノート II  作者: 藤沢凪
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九十九頁    悪魔 参   『数ある地獄の中の一つ』

 九十九頁

 

 悪魔 参

 

『数ある地獄の中の一つ』

 

 二年五組の教室で彼女を待っている間。どうせ、来てくれない。本心ではそう思って諦めていた。でも、彼女は来てくれた。その時、俯瞰で見ていた人生の中に、彷徨っていた心が、やっと自分の身体に戻る事が出来たと思った。

 

 それは全て、勘違いだった。間違いだった。また私は、自分の人生から逃げ出すんだ。

 

「だって、あなたは私の人生を終わらせてくれる主人公じゃ無かったんだもん。やっと、運命の人に出逢えたと思ったのに……私の気持ちも、少しくらい分かってよ」

 

「分かんねぇよ‼︎ 私が、主人公? 何で私がお前の人生の主人公になんだよ⁉︎」

 

 私、なんて返事したっけ? ……どうでもいい。関係無いから。

 

 白鹿先生が現れて、本物の三上恵理奈と争ってる。どうでもいい。関係無い。

 

 三上恵理奈が教室を去って行く。傷……確か私が刺したんだっけ? もう、どうでもいいよ。

 

 誰も何も喋ん無い。つまんない。帰ろ。

 

 私は立ち上がり、ゆらゆらと歩き始めた。

 

「阿久津?」

 

 小鳥優子……

 

「何? 私の事、殺してくれる気になった?」

 

「ならないよ。お前、色々と間違えてるから」

 

「そっ。間違ってる事くらい、分かってるよ」

 

「分かって無いから‼︎ まず、殺してくれる友達なんて、居る訳無いだろ?」

 

「そうなのかもね」

 

 それでも私は、あなたに希望を持っていたんだ。

 

「友達が死んだら、悲しい筈だろ? 違うのか?」

 

「私は、友達が死んでも、友達を殺しても、そんな感情持て無いけど?」

 

「やっぱりそうだ。お前は友達を作ろうとなんてしていない。自分を殺す道具としか見れないんだ。だから、どっかでブレーキが掛かってんだよ。それ以上、感情を移入しない様にしてんだよ」

 

「ブレーキ……?」

 

「もしかしたら、この世の中には友達の為に、友達を殺してあげる事があるのかもしれない。でも、お前は友達になる前にいつも閉じてるんだよ。だから、お前の望みが叶う事は、絶対に無いんだよ」

 

「分かった様な事、言うなよ……」

 

「私に殺人衝動があるって思って急いだんだろ? 色々複雑だけど、殆ど面と向かって喋った事も無い相手に、三通目の手紙で殺しくれっておかしくないか?」

 

「だって、あなたにはその衝動があるって聞いたから」

 

「まぁそれは人違いだった訳だけど、矛盾して無いのかそれは? そういう衝動があるって分かったから、段階も踏まずに殺してもらおうとしたんだろ? それは、本当の友達に殺してもらうっていう、お前の理想に適った事なのか?」

 

「手紙のやり取りを、していたと思ってた。まぁ、実際はコイツらが作ったまやかしだったけど」

 

 私は、未だに床に這いつくばる晶とさやかを見て言った。

 

「殆ど喋った事も無い、二、三通の手紙をやり取りした相手を、友達とは言わない。そして、お前はそんな事分かってる筈なんだよ」

 

「何を、言ってる?」

 

「お前は、怖かったんだ。手紙をやり取りして、実際に会って仲を深めるのが、好きになって、もっと一緒に居たいって思うのが怖かったんだよ。そう思ってしまえば、今まで自分の軸になっていた、死ぬ、っていう選択肢が無くなって、どう生きれば良いのか分からなくなりそうだったから、お前は逃げたんだ」

 

「好き勝手言うなよ。もういいの。あなたは私を殺してくれないし、もう、あなたに興味なんて無いの」

 

「手紙……受け取ったからな」

 

「……別に、もうどうでもいい」

 

 どうせ、晶とさやかにも読まれてたんだ。過去を隠してる訳でも無い。そんな過去、言う必要も無かっただけ。どうだっていいんだよ。そして私は、大嫌いなあの家へ帰って行った。

 

 三上と小鳥の言う通りだった。私は、誰かを、自分だって殺す事が出来ない。だから、優しい誰かが、私の言葉に惑わされて、殺してしまうのを待っていた。そんな事、そんな奇跡、起こる筈が無い。私は、本当は、生に執着しているのかな? 生きたいって、魂は叫んでいるのかな……

 

 分からない。分からないよ。

 

 結局、頭は整理も出来ないまま、週末を終え、月曜日になると、学校に足を運んでいる。教室へ入り、自分の席に着くと、尚子と寧々が話し掛けて来た。

 

「良かった。今日も真央から、声は聴こえない」

 

 寧々の静かな声が聞こえた。

 

「どうすんの? 三上追い込むか?」

 

 尚子がいつもの様に聞いて来た。

 

「一人にさせて。誰とも話したく無いの」

 

「ねねとも? 尚子とも?」

 

「うん」

 

「珍しいな? 分かったよ」

 

 二人が離れて行った。授業中も私は、周りが何も見え無いまま、ぼぉっと教科書の表紙を眺めていた。

 

 昼休み、トイレから教室に戻ろうとする私を、顔の腫れがひいていない晶と、首の位置が定まらないさやかが引き留めた。この二人はもう、話し掛けて来ないと思ってたのに。

 

「阿久津さん。ウチらちゃんと、謝りたいの」

 

「何の事?」

 

 てっきり、身の程知らずに報復にでも来たのかと思ったよ。

 

「阿久津さんの事を知りもせず、手紙の返事を捏造した事、ちゃんと謝りたい」

 

「もう、どうでもいいよそんな事」

 

「……ねぇ? ウチらに……出来る事は、無いかな?」

 

「はっ? 無いよ」

 

「友達って……言ってくれてたじゃん。それなら、ウチらにも出来る事があると思うんだよ……」

 

 今まで、父や母の事を話したのは尚子と寧々だけだった。そうか。話せば、こうやって、同情されて惨めな思いをするんだ。

 

「もう友達じゃ無いし、要らない。苛つくんだよ。見下してんのか?」

 

「心配してる事を、見下してるってどうして思ってしまうの? ウチらは、ただ……責任を負いたいんだ」

 

「責任?」

 

「伝わる事を望んでもいなかった筈のウチらに、過去を知られてしまった。でも……上手く言え無いけど、その事を後悔して欲しく無いんだよ」

 

「別に。隠してる訳でも無い。今まであまり人には言って来なかったけど、そんなの、どうでもいい事なの」

 

「何で、その人達はあなたの味方をしてくれないの?」

 

「してくれてるよ? 尚子と寧々だよ。一緒に、私を殺してくれる友達を探してくれるよ」

 

「そんなの! 友達じゃ無い‼︎」

 

 嶋牛の瞳から、涙が一筋溢れ落ちた。

 

「何で……泣いてるの?」

 

 意味が、全く分からなかった。

 

「阿久津さん……いや、真央ちゃん! ウチらを、頼ってよ……」

 

 晶までなんで……

 

「同情なんかされたく無いんだよ」

 

「嘘吐き……手紙には、同情して欲しいって書いてた」

 

「そもそもお前達に宛てた手紙じゃねぇんだよ!」

 

 晶は、糊付けされてある茶封筒を差し出して来た。

 

「それなら、これを受け取って」

 

「何? これ?」

 

「今日、小鳥と話しをしたの。ウチらの想いを言い終えた後、小鳥から渡しておいてくれって言われた、手紙」

 

 手紙の返事……今までの様な偽りじゃ無く、間違った相手からでも無い、小鳥優子からの、手紙。

 

 私は、その茶封筒を手に取り、いつまでも眺めていた。そのまま、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

 晶とさやかは教室へ戻り、私は、引っ張られる様に、誰も居ない五組の窓際の席に座り、皺一つ無い封筒を開き、小鳥からの手紙を広げ、返事を読んだ。

 

 

 阿久津真央様へ

 

 手紙、三通とも読んだよ。二通目と三通目の間にあの二人がなんて書いたのかは分からないけど、ちゃんと、最後まで読んだよ。

 

 私ね? 手紙ってちゃんと書いた事無いかもしれない。そもそも、メールとかラインすらあまりした事無いもの。私、ずっと友達が居なかったから。だから、初めて出来た友達との距離感が分からずに、訳分かんないまま嫌われてしまったの。

 

 その子との仲を深めたくて、私なりに勇気を出して頑張ってみたつもりだった。嫌われてしまったその子とまた友達に戻りたくて、間違った事をしたのかもしれない。そうしていたら、誰も認識さえしていなかった私の周りに、会話を出来る人が増えていた。私は必死だっただけなの。本当に、それだけだった。

 

 友達って、作ろうと思ってたらなかなか出来ないのに、気付いたら、放っておけない人達が出来ていた。意外とみんな、友達の事で悩んだり、人生に迷ってるんだなって気付いた。私だけが悩んでるんじゃ無いって気付いた。その事に気付けた時、少しだけ心が楽になる感覚がしたんだ。

 

 何でこんな事書いてくんの? って思うよね? ただ、阿久津が自分の過去を、想いを書いてくれたのに、私は何も言わないのは、フェアじゃ無いと思うんだよ。フェアじゃ無いって表現で合ってるかな? 同等じゃ無いの方が近いかな?

 

 本題に入るけど、まず、お前の父親の話し。私からしたら、最低だと思う。ってか、私が常識的な思考を持っているかが分からないから一応そういう言い方したけど、誰がどう見ても、最低だと思うよ。

 

 お前はもっと、ちゃんと自分の事を理解してくれて、本気で助けてくれ様とする奴を見つけた方が良い。ずっと一人だった私が言うのもおかしいかもしれないけど、私は、そう思うんだ。そして、気付いて欲しい。お前の人生の主人公は、お前しかなれないって事に、気付いて欲しい。

 

 お前は蹴り飛ばし、タコ殴りにしたけど、手紙を捏造したあの二人は、本気でお前の事を心配していた様に感じたよ? だって、別に黙ってれば済んだ事じゃん? 本気で、お前の事を心配してたんじゃないのか?

 

 そして、私も。お前が嫌じゃ無ければ、お前の味方になってやりたい。きっとお前には、一人でも多くの理解者が必要だと思うんだよ。そして、お前の心が、少しでも軽くなって欲しいんだよ。

 

 私にだってまだ、誰にも言った事の無い秘密がある。お前の地獄に比べれば、私の悩みなんて大した事じゃ無いのは分かってる。でも、ずっと一人きりだった私にとっては、それはそれは、地獄でしか無かったんだよ。みんながみんなそうじゃ無いとは思うけど、私は、今生きてるこの人生が地獄だと思ってる人って、沢山居ると思うんだ。それは私みたいに、自分以上の地獄を知らなかったからそう思い込んでたり、お前よりも劣悪な環境で過ごしている奴も居るかもしれない。お前が抱えているそれは、数ある地獄の中の一つなんだよ。そう思える時が来れば、少しだけでも、心が楽にならないか?

 

 お前は、私の気持ちも知らないで、いい加減な事を言うなと思うのかもしれない。それなら、話しをしようよ。私の話しも聞いてよ? 色んな想いを伝えてくれたお返しに、私の地獄も教えてあげるよ。

 

 あと、最後の手紙を読んだ後でも、私の気持ちは変わらない。私は、お前を殺さないし、死んで欲しく無い。放っておけないし、お前の話しを聞きたいし、私の話しも聞いて欲しい。そして、手紙はもう書かない。だから、最後の手紙って言ったんだよ?

 

 ちゃんと、面と向かって話そう。それとも、嫌なのか? お前、屋上で、一番の友達になってねって言っただろ? まぁ、私の一番はもう埋まってるから難しいかもだけど。

 

 kotoriyuuko これ、私のラインIDだから、連絡、待ってるからね。

 

 小鳥優子より

 

 

 ………………

 

 

 私は手紙が濡れてしまわない様に気を付けながら折り目に沿ってゆっくりと畳み、元の茶封筒に入れ、胸に優しく押し当て目を閉じた。

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