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スクリーム・ノート II  作者: 藤沢凪
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九十八頁    天使 拾弐   『三上恵理奈VS白鹿卓造VS三上狂子」

 九十八頁

 

 天使 拾弐

 

『三上恵理奈VS白鹿卓造VS三上狂子」

 

「テメェだけは、産まれて来てごめんなさいって言うまで催眠解かねぇかんな」

 

 えっ? 十六文字さんめっちゃ怒ってる……産まれて来てごめんなさいって言うまで催眠解かないの? なんで? 猪本先生が虐げられた事に、怒っているのかな……

 

「う、う、産まれて来てごめんなさい……」

 

 もう言ったし‼︎ そんな言葉……本来なら絶対言いたく無い筈だよね? 催眠って怖。

 

「はぁっ? そんなのどうせ言葉だけでしょ? 心からそう思わなきゃ意味無いと思うんですけど?」

 

「は、はぁ……仰せの通りに……」

 

 会話になって無くない? いや一応なってはいるんだけど、十六文字さんの言う心は、もう彼には無いんじゃない?

 

「まぁ良いです。取り敢えずあなたは、今すぐ二年五組に行って、二年一組の生徒を全力で守りなさい! で、あれ? あなたお名前何でしたっけ?」

 

「はぁーい‼︎ おれーのなーまえーははーくしーかたーくぞォォォォォォォォォォォォオッ‼︎」

 

 うわぁヤバッ……催眠怖っ。十六文字さんは平然としている。こんな感じになる人を何人も見て来ているんだろうな。

 

 白鹿先生が、五組へ向かおうとした。

 

「ちょっと待ちなさい! そのままでは面白みに欠けますね。服を脱いで行きなさい。パンツ一枚になった方が、解放感があって素敵でしょ?」

 

 何も素敵だとは思いませんが?

 

「はぁーい‼︎ そうですね‼︎ はいはいはい! 勿論! 仰せの通りに! こうしてこうして! 行って参ります!」

 

 イヤァもぉ……脱いだし。佑羽は両手で顔を覆った。左手の中指と薬指を少しだけ開き様子を窺うと、白鹿先生はブーメランパンツ一丁になっていた。

 

「返事などいいから! 一刻を争う事態なんです! 早く行ってらっしゃい!」

 

 一刻を争う事態なのにわざわざ服を脱がせたのは十六文字さんだよ? 白鹿先生がダッシュで五組に向かって行った。

 

「ふぅー……わたくし達も、急ぎましょう?」

 

「あれっ……十六文字さん疲れてる? 大丈夫、かな?」

 

「少し、力を使い過ぎた様ですね」

 

 十六文字さんの額には、脂汗が滲んでいた。そこへ、鬼釜さんの野次が飛んで来た。

 

「ヘッ! くだらねぇ。無駄だよ無駄! 真央は死ぬまで変わらねぇ」

 

 今まで聴こえて来た心の声で分かった。鬼釜さんは、恵理奈ちゃんの殺人衝動など信じて無い。どうせまた、失敗するとか思っていた。良く分からないけど、阿久津さんは誰かに自分を殺して欲しいらしい。そんなの、良くないよ。

 

 鬼釜さんの本当の目的は、阿久津さんを殺す事に失敗した恵理奈ちゃんを、阿久津さんの目の敵にする事の様だった。

 

 鬼釜さんの思惑とは裏腹に、恵理奈ちゃんには本物の殺人衝動がある。早く行って止めないと、でも……

 

「……鬼釜さん? 本当に失って良いの? 阿久津さんの事」

 

「はぁっ? 何言ってんだよお前?」

 

 少しだけ、この人と話しがしたい。

 

「本当は、死んで欲しく無いって思ってるんじゃ無いの? 阿久津さんの事……」

 

「何も言ってねぇのによぉ? お前、マジでアレなのか? まぁいい」

 

 アレって何? 頭おかしいって事? 違う。何だろう? でも、多分違う意味なんだ。

 

「阿久津さんはあなたにとって、本当に大切だと思う人なんじゃないの? いつか、後悔する日が来るんだよ」

 

「チッ、マジで、何なんだよお前‼︎」

 

「行こう! みんな!」

 

 言える事は言った。一組の教室を出て、イチカちゃんと十六文字さんと美穂ちゃんと琴子ちゃんと佑羽の五人で、五組まで走った。途中で奇声の様な呻き声が聞こえた。何が、一体何が起こっているというの?

 

 五組の教室を見て、一番始めに目に付いたのは白鹿卓造のブーメランパンツ一丁で背中を向けているせいで丸見えなケツ、などでは無く、恵理奈ちゃんの下腹部に刺さったナイフだった。

 

「えっ? 恵理奈ちゃん⁉︎」

 

 何で恵理奈ちゃんが刺されてる? どうなってるの? ねぇ何で? 教えてよ恵理奈ちゃん⁉︎ ……何か笑ってない? あっダメだ。目が完全にイっちゃってる。あの時と同じだ。催眠、効かなくなったんじゃなかったの?

 

「俺は阿久津を懲らしめるんだ‼︎ どけよ小童がぁ‼︎」

 

「アアァァァァァァハァハァハハハハ‼︎ コイツが良いのぉ狂子ォォォォオッ? ちょ、ちょっと待ってててててねぇェェェェェエッ⁉︎」

 

 そう言うと恵理奈ちゃんは、下腹部に刺さったナイフを力任せに引っこ抜いた。

 

 ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイッ‼︎

 

 めっちゃ血ぃ出てるって‼︎ 恵理奈ちゃん? もう、やめて?

 

「そうかそうか、邪魔をするお前は一組じゃ無いんだなぁァァァァァァアッ‼︎ お、俺が、俺が大人しくさせてやるからなぁァァァァァァアッ‼︎」

 

 白鹿先生が恵理奈ちゃんに大振りの右フックを放った。恵理奈ちゃんは見切っていた様にユラっと後ろに身体を動かし避けた。ってかあんなの入ったらヤバいよ‼︎ 女の子なんだよ⁉︎ 顔に傷が残ってしまうかもしれないのに……佑羽は、いくら催眠が掛かっているとは言え、白鹿卓造を軽蔑した。

 

「エヘヘッあれっ?」

 

 恵理奈ちゃんは鼻血を垂らしていた。さっきの右フックがその、高過ぎる鼻を掠めていたのかもしれない。上唇まで滴った鼻血を舌で舐めずり、恵理奈ちゃんは歓喜した。

 

「あっ、あはアハァッ! おいちぃぃぃぃイッ‼︎ も、ももっと吸わせてぇ⁉︎ わ、わだじ‼︎ 血の味が恋ぢぃのォォォォォォォォオッ‼︎ オマエを刺した傷口から! ちうちうちうちう吸いたいにゃあ⁉︎」

 

 い、イヤァァアッ‼︎ 何言ってるの恵理奈ちゃん⁉︎ 正気取り戻してよ‼︎ もうこんなの、どうしたらいいの⁉︎

 

「ポン‼︎」

 

 十六文字さん?

 

「これで、催眠は解ける筈‼︎」

 

 そうなんだ! 良かった、これでやっと事態はおさま……

 

「なかなかやるじゃないか? 勝負じゃあァァァァァァアッ‼︎」

 

「望む所じゃオラァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ‼︎」

 

「エェェェェェェェェェェェェェェェエッ⁉︎ 何で解除が効かないんですか⁉︎」

 

 まぁこういう流れになると思ったよ。恵理奈ちゃん⁉︎ またさっきと同じ様な大振りの右フックだから、避けて……

 

 恵理奈ちゃんは今回、白鹿先生の懐に潜り込む様にして右フックを躱した。そのまま左手で白鹿先生を喉輪し、足を引っ掛け倒し、マウントポジションを取った。

 

「恵理奈ちゃん凄い‼︎ って、あっ……」

 

 恵理奈ちゃんは、白鹿先生の喉を締め付けたまま、ナイフを持った右手を大きく振り被った。そうだ、恵理奈ちゃんはナイフを持っているんだった。

 

「いっただっきまァァァァァァァァァァァァァァァアす‼︎」

 

「止めて? 恵理奈ちゃん‼︎」

 

 佑羽の言葉は間に合わないと思った。ってか全然間に合って無かった。……本来なら。

 

 彼女を止めたのは、彼女自身だった。

 

「ゴメン狂子……これ以上は、めっ」

 

 恵理奈ちゃんは、子供をしつける様に優しい声で呟いた。

 

「命だけは……命だけは……いぃぃぃぃ……」

 

 白鹿先生が、か細い声で命乞いした。

 

「なんでどうして駄目なの? って、殺したくないの? って、狂子が一番分かってる筈でしょ? 殺してやりたくてたまんねぇよ‼︎ 今このナイフを突き刺してやれば、この命を消せんだよ‼︎」

 

「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。うわぁん。嫌、イヤ! 誰か助けてよぉ?」

 

 白鹿先生? 命乞いが憐れ過ぎるんだけど?

 

「こんな情け無い奴殺して捕まって、本当に良いのか? だから、ねっ? 狂子。考え直して?」

 

「やんややんやぁ! 嫌んやぁ‼︎ 殺さるのやんやぁ‼︎」

 

 白鹿先生は惨めに涙まで流し始めた。

 

「狂子‼︎ わたしは嫌だ! こんなのを殺して捕まるのなんて嫌だ‼︎ ナイフを、ナイフを捨ててよ?」

 

 狂子ちゃん? よく分かんないけど、諦めて? 多分だけど今、恵理奈ちゃんは必死で、自分の殺人衝動を抑えようとしているのだから。

 

 暫くの静寂。その場に居合わせた誰もが声を発する事が出来なかった。恵理奈ちゃんの口の端から涎が一雫垂れ落ち、泣き止み目を見開いたまま膠着する白鹿先生の右の眼球に注がれた。

 

「もういい。お終い。さよなら、さよなら……」

 

 そう言うと恵理奈ちゃんは、首を垂れ下げながらゆっくりと立ち上がった。

 

「これ、お前への手紙だとよ」

 

「えっ?」

 

 恵理奈ちゃんは三通の手紙を小鳥さんに手渡した後、ユラユラと歩き始め、佑羽達の隣を通り過ぎた。

 

「……み、三上さん! せめて催眠を、解いておかないと……」

 

 十六文字さんが教室から出ようとする恵理奈ちゃんに言った。

 

「大丈夫。もう解けてるよ……」

 

 いつもの恵理奈ちゃんじゃ無い。弱々しく、震えている様にさえ感じた。

 

「女神……?」

 

 イチカちゃんが、そっと呟いた。聞こえ無かったのか、恵理奈ちゃんは返事もせずに歩いて行く。

 

「傷……病院に行こう? 危ないよ……心配だよ!」

 

「佑羽? ……大丈夫。大した事無いよ……」

 

 佑羽は、その後を追い掛ける事が出来なかった。恵理奈ちゃんは教室を出て、独りきりになってしまった。

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