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スクリーム・ノート II  作者: 藤沢凪
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百頁    虎 壱   『結糸らん』

 百頁

 

 虎 壱

 

『結糸らん』

 

 私の生活の中で今、一番の癖になりつつある事がある。それは、ある女の子の一人言を盗み聞く事だ。

 

 相手の女の子の名前すら私は知らない。その内容から、隣のクラス、二年一組の子だろうなという事しか分かっていない。

 

 昼休み、朝コンビニで買っておいた焼きそばパンを持って、クラス内でいつも仲良くしている二人の友達に一言断りを入れた。

 

「それじゃあ私、行くから!」

 

 二人は呆れた顔をしながら言った。

 

「またこの子は。いつも何で焦ってんの?」

 

「やめなよー。どうせ聞いても教えてくれないんだから」

 

「ごめんねー!」

 

 私は駆け足で、今は使われていない旧校舎の非常階段へと走った。カヴェルニはどうなってしまうのだろう? レクソアの想いはちゃんと伝わっているのかな? 走っているせいなのか? 心臓が激しく波を打つのを感じた。

 

 非常階段の扉をゆっくりと開けて、音を立てない様に階段を降りて行った。

 

 昼休みになるとすぐにここへ向かうのに、いつも彼女は先にこの場所へ辿り着いていた。そして、誰も通らない階段に座りいつもと同じ、ツナマヨとおかかのおにぎりをちょこんと横に並べている。

 

「そうしてカヴェルニは救われた。その時、脳裏に浮かんだのは、レクソアの笑顔だった」

 

 カヴェルニ助かったんだ⁉︎ 良かった! そんな時にレクソアの笑顔が浮かんだって、それもう相思相愛じゃん‼︎ 早く帰ってレクソアに無事を伝えてあげて!

 

 私が今夢中になっているのは、同級生の小説家の卵の創作だ!

 

 初めて彼女を知ったのは、丁度一ヶ月程前の事だったと思う。私も思春期の真っ只中なんだから、それなりに友達にも言えない悩みの一つや二つはある。いつも一緒に居る二人には話せない、話したく無い悩みを抱えながら、ふらっとこの非常階段に立ち寄ると、一人言をいつまでも喋っているこの子を見つけた。

 

 多分彼女は、こんな一人言誰にも聞かれて無いだろうと思いながら喋っている。他人の秘密を覗き見ている感覚にワクワクして、昼休みになる度にこの非常階段に来て、ひっそりと聞き耳を立てていた。

 

 初めは何を言っているのか全く分からなかった。多分カヴェルニというのが主人公なのだろうけど、隣の家に住んでるレクソアに辛く当たるし、レクソアはやたらとカヴェルニに付き纏うし。

 

 ある日、私はモヤモヤしながら一日をやり過ごし、家に帰ってベッドに横になりながら、何も考えず「カヴェルニ」と携帯で検索をかけていた。すると、小説家になろうというサイトにヒットし、私はベッドから勢いよく起き上がった。

 

「えっ⁉︎ 投稿してるんだ⁉︎」

 

 部屋に一人なのに、思わず声に出して叫んだ。それ程私にとってはセンセーショナルな出来事だった。同級生が、小説を書いてウェブサイトに投稿し、連載している。しかももうすぐ百話に差し掛かる所だった。

 

 私は、勿論一話から読んだ。二十話くらいまで読んだ時に気付いた。ヤバッ、これ普通にめっちゃ面白い……

 

 身近な人が書いてるからって補正があるからかも知れないけど、めちゃくちゃ面白いんだよ! なのに、ブックマークは0で、評価ポイントも十六という微妙な数字だった。

 

 私はその連載中の、「ブラックマテリアとセブンジュエリー」を最新更新の所まで読破した。続きがめっちゃ気になった。小説家になろうのサイトに会員登録をして、ブックマークに登録し、星五つを評価に入れて、毎話感想を書いていった。

 

「レクソア素直になってぇ!」とか、「カヴェルニ鈍感過ぎワロタ」とか、「ベネルタは地獄に堕ちるべき!」とか。感想を書いていると、「ワシカヴェルニの産まれ変わり、さん、いつも感想ありがとうございます」と、サイト上で返信が来た。めちゃくちゃ嬉しくて、ベッドでゴロゴロしてたら転げ落ちて肘を強く打って悶絶した。

 

 そんな彼女の紡ぐ最新話を、誰よりも早く盗み聞く事が出来る! この、今は寄り付かない非常階段は、今私に一番の興奮をくれるんだ!

 

「はぁ……今日はここまでかな……」

 

 そうなの? 最近更新頻度が遅いけど、何かあったのかな?

 

「絶対……面白い物語にしてみせる。舐めんじゃねぇ……」

 

 どうしたの? 話し、聞いてあげたいけど……

 

「ってかなぁ……百話書いてブックマーク一かぁ……」

 

 そのブックマークしてる私は、あなたの大ファンだよ? 早くあなたの紡ぐ世界を、言葉を、その先の物語を、知りたいな?

 

「……でも、読んでくれてる人居るし、最後まで書かないと」

 

 うんうん! 欲を言うならカヴェルニとレクソアが結ばれる幸せエンドが良いなぁ……

 

「もしかして、ありきたりな展開になってたりする⁉︎ カヴェルニをもっと悩ませないと」

 

 やめて⁉︎ 私ね? カヴェルニには幸せになってもらいたいの。だって今までだって、人の何倍も辛い思いして来たと思うから。

 

「レクソアが悪い男に捕まってエロい事されちゃうとか?」

 

 やめろォォォォォォォォォォォォオ‼︎ カヴェルニとレクソアの純粋な愛が軸となっている物語なのに、そんなのあんまりだよ……

 

 でも、現実世界ではそんな非常な、人の心を踏み躙る様な悲しい事件が起こったりもしている。レクソアがそんな悲惨な目に遭ったとしたって、私は、レクソアに感情移入する事を止めないよ? ……でもさ。物語の中くらい、幸せな世界を見たいって思ってしまうよ。

 

 私は携帯を取り出し、彼女の小説に新しい感想を書いた。暫くすると彼女は、その感想に気付いた様だった。

 

「あっ、新しい感想。ワシカヴェさんからだ、なになに? 私は、どうしてもレクソアに感情移入してしまいます。カヴェルニとレクソアの幸せな結末を期待しています……」

 

 私、ワシカヴェさんって呼ばれてたんだ。変な名前で登録するんじゃ無かったな。

 

「これって……ワシカヴェさんって、女の人なのかな?」

 

 そっか! それにも気付いて無かったのか!

 

「感情移入してくれてるんだ……じゃああんまり男の人にエロい事されてとかはやめた方が良いかな……」

 

 良かった……でも。私は、彼女の紡ぐ物語に口を出してしまった事になるんじゃないのか? もしかしたら、彼女の言う様にそんな辛い展開になった方がアクセス数は増えたんじゃないのか? 

 

 彼女を見ていて思うんだ。創作をする人って、ずっと悩んで、一日中物語をどう動かすか考えて、それを言葉に繋いで行く。自分の向かっている方角が正しいのかも分からないまま、暗くて先の見えない分かれ道を幾つも選んで進んで行ってる気がするんだ。

 

 私の言葉なんか、軽い。きっと彼女は、私の何倍もこの物語の事を考えて過ごしている筈だから、余計な事、言うべきじゃ無かったんだ。

 

「でも、ワシカヴェさん。いつも感想書いてくれるの嬉しいな。一人でもこうやって読んでくれている人が居るなら、完結まで頑張れる気がするよ」

 

 えっ……そんな言葉、勿体無いよ。私はただ、読んでて気持ちが良い物語に出逢いたいだけなのに。でも、私と同じ感覚の子が居たとしたら、絶対この物語に魅了される筈。腐らないで続けていれば、きっと私と同じ様な人達に評価される日が来ると思うんだよ。

 

「あっ、もうすぐ昼休み終わっちゃう。……よし! 今日は金曜日だし夜更かしして、なんなら徹夜で書こう! 帰りにでっかいペットボトルのコーヒー買って帰ろう!」

 

 無理しないでね? きっと、よく分かんないけど、身体の健康が創作には一番必要なものだよ? まぁ、よく分かんないけど。でも、もしもいつか、私がワシカヴェさんだと気付かれた時には、いつも素敵な物語を届けてくれるお礼に、週末に無糖のブラックコーヒーを奢ってあげるよ。あっ、でもそれって、徹夜で書けよってプレッシャー掛けてるみたいになる?

 

 私は物音を立てない様に、ゆっくりと階段を上がり、非常階段へ続くドアを開けた。

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