八十九頁 悪魔 壱 『阿久津真央』
八十九頁
悪魔 壱
『阿久津真央』
三上恵理奈様へ
とうとう私達は、お互いの一番になる事が出来ましたね。
私達はこうやって手紙をやり取りする度に、友としての絆を深めていく事に成功しました。私はあなたの事が大好きだし、あなたも私の事が大好き。あなたが私との子供の話しをした時は、狂ってるんじゃないかと思った程だよ? でも、良いんだよ? 私ね? 他の子には黙っていたんだけど、狂ってるの。少しだけだよ? おかしいの。あっ、でも、尚子と寧々だけは知ってる。嫉妬しないであげて? だって、その秘密を打ち明けたのは、とっても前の事なのだから。あなたと出逢う、ずっと前の話し。
この手紙が最後になる筈だから、全てを、愛するあなたに知って貰いたい。拙い文章でごめんね? 長くなるかもしれないけどごめんね? でも、最後だから、私の想いを全て、分かって欲しいの。
前回の手紙の内容を覚えてる? 覚えて無い筈無いか。だってまだ先週の出来事だもんね? 私の子供への価値観の話し。最初だけ読んだら多分、引いちゃうよね? 最後に冗談だよって書いたけど、でも、本当は見てみたい気持ちもあるんだ。私と同じ人生を歩んだ男の子を。そしてその子が、私と同じ様に、死にたいって思うのかを知りたかったんだ。
でもそれは、倫理の観点から見ると、あってはならない事なの。きっと、本当に子供を産んだとしたら、そんな酷いこと出来ない。それ程までに私の人生は狂ってるって感じる。それに、前回の手紙でも書いたけど、私が、死にたいとばかり考えている私が、子供を持つなんて未来の事、どうしても考えられないんだよ。
実は、あなたの噂を聞いたの。あなたには、殺人衝動というものがあるって噂。もし、それが本当だとしたら、運命なんだと思う。私は、心を寄せ合えた友達に殺されたいと願ってた。そしてあなたは、そんな衝動を持っている。私は、あなたに殺される為に産まれて来たの。
ごめんね唐突な話しで。私が、死にたいと思う理由を、ちゃんと伝えないとね?
私が小学一年生の時に、両親は離婚した。離婚は母から切り出したものだった。私は母との思い出が殆ど無い。何故かというと、母はいつも家事を放って男と遊び回っていたから。まだ若く、その盛りを迎える前に身籠もってしまった母は、何を間違えたのか私を産んだ。私がまだ乳飲み子の時から、私への興味は無くなってしまったらしく、家を空けて何日も帰って来なかったと聞いている。父は、若く美しい母に心酔していた。肉体労働を掛け持ちしながら、帰って来ない母との娘を根気よく育ててくれた。いつか火遊びも落ち着いて、母が家族の元へ腰を落ち着けるとでも思ったのか?
母が帰って来ない日々が一ヵ月程続いたある日、学校から帰ると、父は手紙を握り締め、むせび泣いていた。私はまだ真新しく、艶のある赤いランドセルを置いて、暫くじっとしていた。お腹も空いていて、居た堪れなくなり、父に声を掛けた。
「ご飯、どうするの?」
あの時の父の、振り向いた狂気の眼だけはどうしても忘れる事が出来ない。
「お前? 誰の餓鬼なんだ?」
父が握り締めていたのは、母からの手紙だった。そこには、とうに父との間に愛情は無い。帰って来るつもりは無い。慰謝料を払う。子供は任せる。そう記されていた。何故私が知っているかというと、父にゆっくりと、小学一年生の私にも分かり易い様に丁寧に、その手紙を何回も何回も朗読して来たからだ。
その当時の、今でもよく覚えている父との会話を書いていくね? 出来れば、私に感情移入してみて? あなたならどう思うかな? あなたに、同情されたいの。
「お母さん、もう帰って来ないの? もう、会えないの?」
「あぁそうだな。何でこうなった? いつか戻って来てくれると、思ってた」
「でも、私は、お母さんの事よく知らないから。お父さんが、居てくれれば」
「もう意味ねぇんだよ。アイツが帰って来ないなら、お前ももう」
「お父さん?」
「お前、本当に俺の子か? あの当時も、隠れて男と会ってた」
「よく、分からない。でも、私は、お父さんに育ててもらいました。私には、他にお父さんを知りません」
「お前、アイツに言い訳が似てんなぁ? アイツも、他に男の影がチラつく時に問い詰めると、同じ様な事言ってたよ? 苛つくんだよ。二度とそんな喋り方すんな」
私は父が、大量に買ってストックしてくれる冷凍食品をレンジで温めて食べる生活を続けた。父と顔を合わせる事は殆ど無い。その当時は、その事を寂しいなんて思っていた。でもすぐに、そんな生活の方がまだマシだったと気付いた。
母は、金持ちの男でも見つけたのだろう。父に、相当な額の慰謝料が支払われた。それから父は、仕事を減らし、飲み歩く様になった。酔いどれた父はキツい香水の移り香を纏わせながら、私に絡んで来る様になった。
「あっ、アハッ! クソ餓鬼こんばんわァァァァァァッ‼︎ 寝てろよ‼︎ 何時だと思ってんだ⁉︎ 今もう十二時だぞ⁉︎ お前の顔見ると胸糞悪ぃんだよ」
「お、おかえりなさい。昨日良く眠れたから、今日はお父さんが帰って来るまで起きていようと思って」
「お前さぁ? まだ分からない? こんだけ放って置いてやってんのに、まだ気付かないの?」
「えっ、どういう事?」
「もう用済みなんだよ。俺には金がある。女も、幸せも金で買える。分かるか? お前が、邪魔なんだよ」
「お父さん?」
「お前が居ると、家に女呼べねぇだろ? 外では独り身で通ってんだよ。ヤルだけならホテルで済むけど、本気の女は家に来たがんだよ。女呼ぶ時だけお前を押し入れに隠しときゃ良いんだろうけど、お前の痕跡が部屋中にあんだよ。お前、もう自分が生活した証拠をこの家に残すな。いざこの女って奴連れて来る時、邪魔だから」
「何、言ってるの?」
「もう一回、言うか?」
私は、静かに首を横に振った。
それから私は、自分の存在を家の中で目立たせ無い様に生活した。ランドセルや自分の使う衣服は全て押し入れにしまい、歯ブラシは携帯用の歯ブラシを毎回使い、布団は必ず押し入れの近くに敷いて、父が誰か連れて来た時すぐに押し入れに隠れられる様にした。私は、そうする事で、父に褒めて貰えると思っていた。まだ幼かった私には、父しか頼る事の出来る人が居なかったから。
ある日の夜、酔っ払った父から鞄を投げ付けられて起きた。その時は何が起きたのか分かっておらず、前に自分が生活をした証拠を残すなと言われて以来の父との対面だったので、馬鹿の様に満面の笑みで父に話し掛けた。
「あっ、お父さん。おかえり。私ね? お父さんに叱ってもらった日から、自分の生活している証拠を残さない様に努力したよ? どうかな? ちゃんと、出来てるかな?」
私はまだ、親を諦める事が出来なかった。
「お前よぉ? それは俺への当て付けかなんかか? あんな酷い事言われても言う通りにしてますってやって、俺に惨めな思いさせたいんだろ?」
「えっ? なんで、そうなるの? わ、私、お父さんの言う通りにしたよ? そういうの、しつけって言うんでしょ? なんで、お父さんが惨めな思いをするの?」
「そういう喋り方すんのやめろって言ってんだろぉが⁉︎ 苛つくんだよ‼︎」
「ご、ごめんなさい‼︎ で、でも私は、お父さんが、私のどんな喋り方をやめろって言っているのか、分からなくて」
「お前、俺の言う事聞いてそういう事してんだろ? だったら、喋り方も全部変えろ。変える努力をしろよ」
「はい。ごめんなさい」
「へぇーお前、俺の言う事なんでも聞くんだぁ?」
「はい」
「脱げよ」
「えっ?」
「俺の言う事なんでも聞くんだろ? 脱いで裸見せろ」
「は、はい」
私は、これ以上父に嫌われたく無くて、パジャマのボタンを上から一つずつ外していった。でも父は俯き、私に背を向けて部屋から出て行こうとした。
「お父さん?」
父の、その背中に問い掛けた。
「お前が居ると、自分の事が嫌いになんだよ」
父は部屋から出て行き、玄関のドアが開閉する音が遠くから聞こえた。
またある日。時刻は何時頃だったのだろう? 私は眠っていた。何かの音で目が覚めて、瞼を開けると、すぐ傍に父の顔があった。ずっと、同じ様な言葉を繰り返していた。
「なぁ? 自殺してくれないか? お前の事が、邪魔なんだ。なぁ? 自殺してくれないか? お前が居ると、迷惑なんだ。なぁ? 自殺してくれないか? お前が居ると、不都合なんだ。なぁ? 自殺してくれないか? お前が死ねば、俺は自由なんだ——」
私は、怖くて、寝ているフリをした。でも、いつまでも、いつまでも言葉は降り注いで来る。
「寝たフリするなよ? 聞こえてるんだろ? そういう所、お母さんにそっくりだなぁ。なぁ? 我が子を殺しても罪に問われるみたいなんだよ? だから、なっ? 自殺してくれないか?」
父に、何か暴力を振るわれた事は一度も無い。だから、誰も彼を罪に問う事は出来ないよね? でもね。幼い頃から死ねって、自殺しろって言われ続けた子供は、真っ当に生きてはいけないんだよ。
だからもう、終わらせて欲しいの。尚子と寧々との話しも書こうと思ったけど、これ以上はもう。分かって下さい。
夢だったの。一番の友達に、この最悪な人生を終わらせて貰うのが夢だったの。だって、最後くらいは笑って死にたいよ。
あなたに殺して貰えるっていう、この糞みたいな人生を終わらせて貰えるっていうワクワクとドキドキでいっぱいです。死んだ先には、どんな世界があるんだろう? 楽しみだな。
今週の金曜日の放課後、今は使われて無い、二年五組の教室で待ってるから。必ず来て、私を殺してね?
阿久津真央より




