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スクリーム・ノート II  作者: 藤沢凪
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八十五頁    兎 漆   『全部だきしめて』

 八十五頁

 

 兎 漆

 

『全部だきしめて』

 

 月曜日から金曜日まで登校して、鬼釜から僕へのアクションは何も無かった。今日は日曜日。このまま、何も無く平凡な日々を過ごしていけるのかな? なんて一瞬思ったりしたけど、そんな訳無い事、僕が一番分かっている。

 

 鬼釜の異常なまでの悪意。弱味を握って、僕に首輪を付けて散歩させてた程だぞ? そんな女が、このまま引き下がる筈など無い。こんな焦らされてモヤモヤする位なら、いっそ早くとどめを刺しに来て欲しい。僕だけ地獄に堕ちてみんなが助かるのなら、その方が良いんだから。

 

 これも作戦の内なのか? あり得ない事も無い。鬼釜は、人の心を削る事に快感を覚える異常者だ。そんな悪癖を持つ者もこの世の中には居るのだろう。でも、その程度が桁外れなんだ。鬼釜は、対象が死んでも心を痛めない。それどころか、鬼釜にとってはそれが目標なんだ。

 

 首輪を繋がれ散歩している時も、僕の尻を蹴りながら煽って来るんだ。

 

「家族に、クラスメイトにこんな姿見られたら、お前どう思う?」

 

「……会わない事を、痛切に願うよ」

 

 地べたを四足歩行で這いながら、鬼釜に返事をした。

 

「会いたいなぁ。出くわさねぇかなぁ? お前の心が溶けた鉛みてぇに歪んで、醜い顔でガクブルする姿想像したらわたし……き、気持ち良いくて、わ、訳分かんなくなりそぉだよぉ……」

 

「き、今日を凌げば、僕は解放される。今日さえ乗り切れば、僕は……」

 

「はぁぁあ? き、き、ヘハハハ……? お前、あんな言葉信じたんだ? 終わりな訳ねぇだろ? また呼んでやるからな?」

 

「なっ⁉︎ 三回散歩したら、見逃してくれるって言ったじゃないか⁉︎」

 

「嘘でちたァァァッ‼︎ アハ、アハァッ? これからもお前の弱味に付け込んで、楽しい事いっぱいしてやるからなぁ? 転校しても追い込んでやる! なぁ? アハハ。家族に言えるかそんな事? 言えねぇよなぁ‼︎ 一人で悩め、苦しめ、踠け! 精も根も尽き果てて、生きる意味を失って、誰の事も信用出来なくなって、独りで生きている事に気付いて、未来が無いなって、そ、そうしたらお前、どうしたい⁉︎」

 

「それは、地獄だな……」

 

「そんな事聞いてんじゃねぇんだよ‼︎ 地獄でお前は、どうしたい?」

 

「そうなったら、僕は、君を呪って死んでやる‼︎」

 

「ルゥアハァハハハハァァァッ! 呪いだってよォォォォオッ‼︎ 好きなだけ呪えよ! そうだ! お前の葬式に出てやる‼︎ テメェの屍にバレねぇ様に痰ぶち撒けてやんよ‼︎」

 

「き、君は……狂ってるよ……」

 

「こんな狂った奴にゴミ漁ってんのバレて、脅されて、オモチャにされて残念でちた⁉︎ お前、運無さすぎだろ? この先、生きてても良い事なんかねぇよ? わたしを恨むんならすぐ死んだ方が良いぞ? わたしがお前で遊ぶのに飽きた後じゃあ、報復にも何にもなんねぇからな?」

 

 僕は、僕は……確かに運は無いよ。でもそれは、天羽君の家のゴミを漁ったりした罰なんだ。悪い事をしたら、必ず自分に返って来る。それを学んだ。

 

 もしもあのまま一人で抱え込んでいたら、良くない事を……考えてしまっていたかもしれない。でも、天羽君が……僕の過ちを知った後でも、僕を救いたいって言ってくれた。一番大好きな人に、一番知られたく無かった人に、一番迷惑を掛けた人にそんな事言われたら、もう、周りの人がどう思うかなんてどうでも良くなったんだ。だから僕は、天羽佑羽、君の事を好きになって、本当に良かった。

 

 やらなければいけない事がある。僕が強くなれば、天羽君の策を遂行する必要はなくなるんだから。

 

 夕食の時間。父と母と弟は、もうテーブルの前に座って、僕の事を待っている。こんなにドキドキしながらリビングに入るのは、後にも先にも一度きりの事だろう。

 

 いつもの場所に座ると、三人は談笑するのをやめた。きっと、僕のただならぬ空気に気付いている。僕達は、家族だから。やっぱり、分かってしまうんだね。

 

「話しが、あるんだ」

 

 本当は、折角母さんが腕によりを掛けて作ってくれた料理を冷ましてしまうのが嫌で、ある程度食事を終えた後に話しを切り出そうと思っていた。でも、きっと喉を通らない。そんな状態で母の料理を頂く事の方が失礼に感じた。それに、家族のみんなも、僕の気持ちにはもう、気付いている。

 

「どうしたんだ美穂? 顔色が優れないぞ」

 

 父が僕の事を慮ってくれた。

 

「まず、学校を休んでいてごめんなさい……」

 

「なんで謝るの? それで私達家族が、迷惑だと感じると思ったの?」

 

 母さんの優しい声が、僕の心に染み渡っていく。

 

「僕が学校に行かないせいで、太一だって気を遣って、学校の話しを避けるじゃないか」

 

「はっ? それが何? 別に気なんか遣ってねぇよ。おれだって思春期なんだ。家族にも言いたく無い事とかあるに決まってんだろ? 姉ちゃんのせいなんかじゃねぇよ。たまたま、そういう難しい年頃ってだけだし。勘違いすんなよな!」

 

 弟が、ツンデレの様な事を言った。

 

「みんなに、話さなきゃいけない事があるんだ……」

 

「美穂……別に良いのよ? 無理なんかしないで。言いたく無い事は、言わなくても良いのよ? 学校で、何かあったのよね? もしも辛かったら、転校したって良いんだから」

 

「ありがとう母さん。でも、ここで話さないと、いつまでも家族にバラす事をちらつかされ脅されるんだ」

 

「脅されるって……美穂? どういう事なんだ?」

 

「僕は今、学校で、隣のクラスの子から、イジメを受けています」

 

「い、イジメ……」

 

「ゆ、許せ無い……私の、私達家族の可愛い美穂をイジメるなんて、お母さんは絶対に許せ無いんだよ‼︎」

 

「イジメられるきっかけを作ったのは、僕なんだ」

 

「大丈夫だからね美穂? 私達が守ってあげるから! あなたは何も心配しなくて良いのよ?」

 

「話しを聞いて母さん? 全て、話したいんだ……」

 

 沈黙。僕の言葉を、家族が待ってくれている。

 

「まず、僕は学校に好きな子が居る」

 

「学校に……それって?」

 

「そう、女の子だよ。そして、僕はたまたまその好きな子の家を知って、その子の家族がゴミを出すのを朝方待ち伏せして、そのゴミを、漁ってたんだ……」

 

 引いて、いるよね? 家族の理想の兎咲美穂は、もう何処にも居ない。

 

「それを別のクラスの女子に見られ、写真を撮られ、好きな子に、家族にバラされたく無ければ、言う事を聞けと脅された」

 

 分かっていた筈なのに、声が震える。手が、震える。それでも僕は、最後まで包み隠さず家族に話しをするんだ。

 

「僕はその脅しに屈して、首輪を……首輪をして町中を散歩させられた。そして、その姿も撮影されていたんだ……」

 

 情け無い事は分かっている。でも、堪え切れなくて、涙は溢れてしまった。

 

「ごめん、ごめん……みんな、ごめんなさい……こんな、ストーカーする様な娘でごめんなさい。こんな、恥ずかしいお姉ちゃんでごめんなさい……」

 

 一つ、二つ、三つ、四つ…………

 

 涙はもう、数え切れなくなる程、テーブルの上、手の甲に雫となって落ちていった。

 

 家族の、顔を見るのが怖い。軽蔑の眼差しを受けるのが、怖い……

 

「美穂?」

 

 膝の上で震えている、僕の濡れた手を母さんが握った。

 

「私達に、謝る事なんてある? 謝るなら、ゴミを漁ってしまったその子に謝りなさい」

 

「うん……もう、謝った。その子には全部話して、好きだと告白して、謝った……」

 

「全部乗せね。よくやったわ、あなたは偉いわ」

 

「そしたらその子が、僕がイジメられてるのを知って、僕の事を、助けたいって言ってくれたんだ……」

 

「……その子凄いわね。聖人だわ。さすが、美穂の好きになった子だね」

 

「だから……その子のおかげで勇気を覚えて……知らない場所も目をつぶって走れる様になったんだ……」

 

 やべっ……興奮して吉田拓郎みたいな事言っちゃった。

 

「危ないよ? 知らない場所はちゃんと目を開けて、走らないで歩きなさい」

 

 もっともな事言われた。そうじゃ無くて……

 

「僕をイジメてた奴は、相当ヤバい奴で、そして僕のせいで、その好きな子を含んだ三人のクラスメイトも目を付けられてしまった。僕は、家族にバラすぞと脅されていたから、その弱味を無くすため、こうやって話す必要があったんだ!」

 

「自分の為じゃ無くて、その子達の為だったのね。美穂が、優しい子に育ってくれて、お母さんは嬉しいよ?」

 

「僕は、優しい子なんかじゃ無い! ストーカーする様な変態なんだ!」

 

「美穂! お父さん、トイレを開けて大するだろ? そしたら、匂いだって漏れるし、お前達だって、勿論嫌だろ?」

 

「父さん? 何の話ししてるの?」

 

 急にどうしたの?

 

「あれな……実は父さんの性癖だったりするんだ。そんな恥ずかしい姿を見られて興奮したり、匂いが伝わってるんだと思うと……興奮するんだ」

 

 マジで何言ってんの⁉︎ 糞キモいんだけど⁉︎

 

「父ちゃんマジかよ⁉︎ めちゃくちゃヤバい性癖じゃん‼︎ ……まぁ、おれも人の事言えねぇけどな。チッ、言う流れになっちゃったじゃん。姉ちゃんは忘れてるかもしんねぇけどさ、おれ、前に姉ちゃんの部屋にあったバービー人形持ち出したんだよ」

 

 忘れて無いよ? 忘れ様としてたんだけど、最近走馬灯で蘇ってから鮮明に記憶に残ってるよ。

 

「おれさ、何か……バービー人形見てるとムズムズすんだよ。だから、姉ちゃんのバービー人形持ち出して、部屋に連れ帰って、パンツ下ろして……」

 

「分かった! もう大丈夫。みんなのおかげで、また勇気を覚えたから!」

 

 二人は僕だけが恥ずかしい想いをしない様に言ってくれたんだ。今度は言葉の比喩なんかじゃ無く本当に、知らない道を目をつぶって走れそうだよ。

 

「美穂? ちゃんと覚えておきなさい」

 

 何を? 家族の性癖を⁉︎

 

「美穂の心が暗いと、私達の心だって暗くなる。美穂が泣いてると、私達だって、悲しくなるんだよ?」

 

 ……あっ、本当だ。さっきまでは涙で滲んでて分からなかったけど、母さんも、父さんも、太一も、泣いてた。って事は、泣きながら性癖暴露してたんだ……僕もだけど。

 

「美穂が部屋に閉じ籠もってた時が、私達は一番辛かった。あなたの心が分からなくて、どんな言葉を掛けてあげれば良いのか分からなかったの」

 

「えっ……僕が学校に行かないから、怒ってたんじゃないの? 不登校の娘を抱えて、恥ずかしいと思ってたんじゃないの?」

 

「そんな筈無いでしょ⁉︎ だって、家族だもん。あなたが私達にも何も言えず、部屋に閉じ籠もっているのが辛かった。分かってあげたいのに、分からなかった自分達が情け無かった! 学校なんてどうでもいい‼︎ 大切な家族のあなたの笑顔が、早く見たかっただけなの‼︎」

 

「母さん……」

 

「ごめんなさいね……母さん暴走しちゃって、あなたの大切な本いっぱい捨てちゃった。でも、そうすれば部屋から出て来てくれるって思い込んじゃってたの」

 

「それじゃあ、学校を休んでも、ずっと本を読んでても、母さんは怒らないの?」

 

「うん。でも、部屋に閉じ籠もって、私達を避ける事だけは絶対に許さないからね!」

 

「母さん。ありがとう」

 

「それとそのイジメてた子、とてもじゃないけどあなた達の手に負える相手じゃ無いわ。私達が学校に言って、何とかしてあげるから」

 

「母さん、その気持ちだけで大丈夫。僕はもう、好きな子に、家族に、自分の非を打ち明けて謝るっていう一番高いハードルを飛んだんだ! もう、心配いらない」

 

「でも、何かあってからじゃ遅いの! どうしても、心配なの……」

 

「また、毎日話しをするよ。何も隠さず、嘘も吐かない。どうしようもなくなったら、お願いしても良いかな?」

 

「美穂……強くなったね?」

 

「母さんの、父さんの、太一のおかげで、ここまで大きくなれたんだよ?」

 

「でも、その子達のおかげで、強くなれたんだよね?」

 

「うん」

 

「それは、私達には出来ない事だった。いつかそのお友達を、この家に招待してね? お礼を言いたいの」

 

「みんな、変わった人達だよ? 大丈夫かな……でも、とっても良いやつらなんだ!」

 

 この問題を解決したら、みんなとこの家で、楽しいお泊まり会をするっていう夢が出来たんだ。鬼釜は僕に運が無いと言ったけど、今はそう思わない。こんな大好きだって胸を張って言える家族と一緒に居れるだけで、僕はとても幸運だって思うんだ。

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