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スクリーム・ノート II  作者: 藤沢凪
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八十四頁    鹿 弐   『ヒューマンステージ』

 八十四頁

 

 鹿 弐

 

『ヒューマンステージ』

 

 よし、今週も仕事が終わった! いつも通り俺は、良く頑張った! さぁて、計画通り、一組の担任を食事に誘うとしよう。

 

「猪本教諭! 今日帰り、一杯やって行きませんか?」

 

「えっ……白鹿教諭……?」

 

 嫌がっているな? 顔を見ていれば分かる。猜疑心の強そうな目に、覇気の感じられ無い振る舞い。大した信念も無くこの仕事に携わっているのがよく分かる。同僚から呑みの誘いを受ける事など迷惑でしかないのだろう。本来、俺が君に声を掛ける事なんてあり得ないんだよ? こんな時代だから、クズでも勉強が出来れば教師になれてしまう。人間力、即ちヒューマンステージの低い輩が教育界に蔓延っているんだ。

 

 構わないよ! 俺は、君になど興味は無い。君の受け持つクラスの生徒に興味があるんだ! だから、行こうよ? 君のクラスの秘密、教えてよ?

 

「ガッハハ! そんな事じゃあ良くありませんよ猪本教諭? お互いに意見を交換し合って、生徒達のより良い未来の手助けを我々はしないといけない、いや、そうする使命があるんです!」

 

「はぁ……」

 

 いい加減にしろよ? お前の様なひょろ長い餓鬼、ワンパンで失神させれるんだからな?

 

「さぁ行きましょう! オススメの居酒屋があるんですよ!」

 

「まぁ、ちょっとだけなら……」

 

 ふんっ、他愛も無い。渋る割に流されるのか? どうせ行くのならはじめから行きたそうにしろよ? こちらの心象を下げただけという事が分からないのか? どうせ渋るのなら、貫いて断れよ? その方がまだ見所がある。こいつのヒューマンステージはランクDだな。俺は、人のヒューマンステージをランク付けしているよ? 上から、SABCDEFGとなっているよ? パワプロみたいだろ? そういうヒューマンステージの低い出来損ないを教育して、レベル上げをしたりするよ? 俺はランクAまで辿り着いた時に、限界を感じていたんだ! このまま己を磨いていっても、Sには何故か届かない。その時に気付いた。この力を、他者を育てる事に使うのが正しい事に気付いたんだよ! 社会貢献というやつだな! そして俺は、前人未到のSランクにまで辿り着いた! 俺の様な漢が居なければ、この世界は忽ちランクEやFのクズで溢れ返るよ? そうなれば、世界中で戦争が起こり、地球温暖化で南極かどっかの氷が溶けて海に飲み込まれる前に、家族を失った者達の涙で溢れ、大地は沈み、この惑星は滅亡してしまうんだよ?

 

「——くしか教諭? あの? 白鹿教諭?」

 

「あっ! すいません! 生徒達の事を考えていたら、ついつい瞑想に耽ってしまっていましたガハハハハ!」

 

 学校を出て目当ての居酒屋へ向かう途中、俺とした事が可愛いミスをしてしまった様だ!

 

「はぁ……何かぶつぶつ言ってましたけど? ヒューマンステージがどうとか……」

 

 声にも出してしまっていたのか! まぁ問題無いだろう。人に聞かれてまずい事など俺には一つも無いからな! ゆくゆくはこの思想をSNSなどで発信して、老若男女に奉られ、齢五十で国民栄誉賞を授与されるつもりなんだ!

 

「あっ! 着きましたよ猪本教諭! ここが俺のオススメの居酒屋です!」

 

「はぁ……全国チェーンの店ですね?」

 

 そうかそうか……君は、無理そうだね? 悲しいよ。せっかく俺が教育してやろうと思ったのだけれど、馬鹿に付ける薬は無いと言うだろ? 君は、今からランクEだよ?

 

 猪本教諭の発言はシカトして、店内に入った。受付の女に、スマホの画面を見せた。

 

「この、会計十%オフクーポンで!」

 

 その女は取り繕った笑顔で言った。

 

「すいません。週末はクーポン使え無いんです」

 

「知っているよ! でも、今日俺達は初めて二人で呑みに来たんだ! 何かサービスがあっても良いんじゃないか?」

 

「えっ、あの……皆様、同じ条件でご来店されてますので……」

 

「君とは話しにならないね! 上の者を呼んで来てくれるかな?」

 

 その時、猪本教諭が割り込んで来た。

 

「あっ、大丈夫です通常料金で」

 

「おま、猪本教諭? 余計な事はしないで頂きたい!」

 

「俺が多めに払いますから。ここは、お願いします」

 

「そうですか? しょうがな、良いですね! あっ、ほら君? 突っ立って無いで! もういいよ? 席に案内して! あと、お通しはカットしておくように! 分かったね?」

 

「えっ……はい……」

 

 そこは笑顔で畏まりましただろう? この女は、ランクEだな。

 

 席に着き、お互い生ビールを頼んだ所で、一番気になっていた所を率直に聞いてみた。

 

「猪本教諭? 多めに出すとは、具体的にお会計の何%ですか?」

 

「はっ?」

 

 はっ? だと? とぼけ様としているのか? さっきお前と同じランクEの女に言った事は偽りだったのか? お前は、これ以上ランクを落として良いのか?

 

「先程の言葉は、嘘だったんですか?」

 

「あっ、いえ、多めに払いますよ? お会計来てからで良くないですか?」

 

 そう言って、こちらから言って来なければ煙に巻くつもりだったんだろ? ランクEの考える事など容易に想像が付く。

 

「駄目です! そういうのははっきりして頂きたい! 例えば、お会計が一万円だった場合、十%オフクーポンが適用されれば、九千円になります! 割り勘だとしたら一人四千五百円です! あなたはお会計が一万円だった時、いくら払ってくれるんですか?」

 

「え? それじゃあ、七千円くらい払いますよ」

 

「七十%だと⁉︎」

 

 正気か⁉︎ 戯言か何かか? 俺をからかっている? いや、そうはさせ無い。言質は取った。

 

「本当に良いんですね?」

 

「えっ? はい」

 

 ほぉう……猪本教諭? ランクDに昇格だ!

 

 その時丁度、席に女が我々の生ビールを持って来たので、腕を掴んで言った。

 

「ここのお会計を持って来る時、トータルの金額を七十%と三十%に分けて持って来なさい! 分かったね⁉︎」

 

「ヒィィィィィィイッ‼︎」

 

 おい女? 何だそのリアクションは? 流行っているのか? おちょけるなよ? 俺はお客様だぞ⁉︎

 

「ちょっと白鹿教諭⁉︎ 腕、離してあげて下さい‼︎」

 

「何を言っているんだ猪本教諭⁉︎ このおん、この店員はあろう事か大声を出して周りの客の注目をこの席に集めたんですよ? こんな状況で気持ち良く呑めるか⁉︎ なぁ君? こんな粗相を犯したんだ。だから、このクーポン使えるよね?」

 

 十%オフクーポンを再び開き、その女に見せた。

 

「マジで止めて下さい‼︎ 取り敢えず、その子の腕を離してあげて下さい‼︎」

 

「邪魔しないで頂きたい! この子には、それなりの教育が必要なんですよ」

 

 この女、ランクFの疑いがある。俺が、俺しか気付いていない! どうにかしないと、手遅れになるんだぞ!

 

「俺が奢りますから‼︎ だから、もう何%オフとか関係無いでしょ?」

 

「そういう事なら……」

 

 百%だと⁉︎ 猪本教諭? ランクBに飛び級で昇格だ‼︎ ランクFの疑いのある女の腕を離し、野に返してやった。

 

「はぁ…………それで、何故俺を食事に誘ったんですか?」

 

「少し聞きたい事がありましてね? 一組に、三上恵理奈って居るでしょう?」

 

 各席に備え付けられているタッチパネル式のタブレットを操作して、特上鉄板焼きサーロインステーキと厳選旬の刺身盛り合わせを三人前ずつ注文した。

 

「はい。三上がどうしたんですか?」

 

「噂を聞きましてね。何やら、とんでもない衝動をお持ちの様で?」

 

「それは……」

 

 カハハ……確定だ。言葉を濁している。ちゃんと教師してるじゃないか? 生徒の事など何も知らないと思っていたぞ? ちゃんとスタートラインくらいには立てているじゃないか? 取り敢えず、雲丹と牡蠣フライと期間限定の蟹汁も単品で三人前ずつ頼んでおくか。

 

「お互いの生徒の情報、共有していきましょうよ? 力を合わせて、生徒達の未来を守りましょう?」

 

「……心配には及びません。一組の問題は、一組で解決しますから」

 

「兎咲美穂、暫く学校休んでたみたいですね?」

 

「えっ? はい。でも、今週から普通に登校してます」

 

「普通に、ですか?」

 

「はい。普通に」

 

「実はですね? 二組の中でよく兎咲の名前を耳にするんですよ」

 

「えっ?」

 

「内容は分かりません。しかし、兎咲の名前を口にする生徒達は、どれも悪い顔して笑ってるんですよね」

 

「二組の生徒が、兎咲の話しを?」

 

「もしかして、兎咲美穂は、ウチのクラスの生徒からイジメられてません?」

 

 この話しはこの男を引き込む為の餌に過ぎない。俺が本当に欲しいのは、三上恵理奈の情報だ。俺の推理が正しければ、阿久津と三上は手紙のやり取りをしている。もしかすると、この男も何か知っているかもしれない。

 

「……分かりません。何故兎咲が休んでいたのか、何故二組の中で兎咲の名前が出てくるのか、俺には分かりません……」

 

「はぁ……それでも担任の教師ですか?」

 

 運ばれて来た三人前の刺し盛りに、上から醤油をたっぷりと掛けて、一切れ頂いた。おぉ! これは旨い! この店にはよく来るが、こんなちゃんとした物も置いているのか!

 

「俺は……教師の資格なんて無いのかもしれない。いつも、何でこの仕事をしてるんだろうって考えてしまう」

 

 見ていれば分かるよ。今更気付いたのか? 教師という仕事に誇りが持て無くて、自分を信じられなくて、それでどうやって思春期の不安定な生徒達を導いて行けるんだ?

 

「猪本教諭? 俺達、大人なんですよ? いつまで甘えてるんですか?」

 

 教育が、必要な様だな。

 

「でも、少しずつ変わって来た気がするんです。今受け持っているクラスの生徒達を、みんな幸せな表情で卒業させてやりたい。本当に、そう思うんです」

 

「意見が一致しましたね? お互い、助け合って行きましょう!」

 

「……三上の事は、何処で知ったんですか?」

 

「仲の良い生徒が教えてくれました。その生徒は、そんな人が居る学校に通うのが怖いと怯えていますよ? どうしてくれるんですか? 猪本教諭」

 

 はったりで揺さぶり掛けてやる。

 

「三上は……もう人を傷付ける事はしないと思います」

 

「はっ? あのねぇ……猪本教諭? 何かあってからじゃ遅いんですよ? あなたがそう仰る根拠って、何ですか?」

 

「信頼、したいんです。少なくとも俺達は、死線を越えて来たんで」

 

 この男、厨二病かなんかか? 特上鉄板焼きサーロインステーキをフォークで刺しながら、その挙動を見つめた。

 

「生徒を信頼? その考え自体がズレてる。彼女達はまだ子供なんです。発展途上なんですよ? 考え方なんて二転三転します。そんな不安定なものを信じてる様じゃ、すぐに破綻します。俺が猪本教諭を導いてあげますよ! 大丈夫、俺の言う通りにすれば、問題は全て解決出来ます!」

 

「気遣って頂き、ありがとうございます。でも、あなたのアシストは要りません。俺は、俺なりに頑張ってみます」

 

 お前じゃ役不足だから手貸してやるって言ってんだろ? 舐めてるのか? 口へと運んだ特上と銘打った肉は硬く、何度も何度もガムみたいに噛んだ。

 

「クチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャクチャ」

 

「ありがとうございます。白鹿教諭のおかげで、やっと覚悟が決まりました」

 

「そうですか。あなたのクラスの生徒が、俺のクラスの生徒を傷付けたら、ただじゃ置かないからな?」

 

「それは、お互い様です」

 

 おっ? 睨んでんのか? 何だよその目? もういいよ。キサマはヒューマンステージGに格下げだ‼︎

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