八十三頁 牛 陸 『一言』
八十三頁
牛 陸
『一言』
月曜日、手紙の配達役を任された牛嶋と嶋牛は、切羽詰まっていた。
「何でウチらがこんな役やらないといけないんだよ!」
「それは、ウチがあいつらと関わる事を晶に提案してしまったから……」
「さやか! その話しはもうしないって約束したじゃん!」
「そ、そうだったね、ごめん」
「この手紙って、何書かれてるんだろう?」
「そうだね……中身、見てみる?」
「バレねぇかな?」
「でも、この手紙の内容を確認出来れば、二人に何が起こっているのかが分かる。これから何が起こるのか分からないけど、展開を優位に進められるかもしれない……」
「おぉ……何か参謀みたいでカッケェ!」
「ウフフ。でも、決めるのは晶ちゃんだよ?」
「……見よう。見てみよう! ウチらが、盤面を動かす主導者になるんだ!」
「でも、見たのがバレたら……」
「マジ、殺されるかもね」
この時牛嶋が言った、殺されるかも、というのは決して比喩表現などでは無い。間近で三上の殺人衝動を見て、こういう人間も居るという事を知った事で出た、心からの言葉だった。
「じゃあ、やめておく?」
「……いや、見よう!」
「そうこなくっちゃ!」
二人は、阿久津から三上への一通目の手紙を開いて読んだ。
…………
「……何この手紙?」
「さぁ……多分、ラブレターなんじゃない?」
その手紙の内容は二人の予想とは掛け離れたものであった為、お互いに首を傾げながら意見を出し合う。
「何で? 三上を呼び出して屋上に行ったあの時、阿久津は三上と喧嘩したんだよね?」
「だと、思ってた。でも、ウチらは何も見てないし、阿久津は何も言ってくれないから、結局何が起きているのかなんて分からなかった」
「何か、めちゃくちゃ親密な仲になりかけてるんじゃんこの二人。一組対二組で抗争でも起きんのかなぁと思ってたら、とんだ肩透かしなんだけど?」
「うん……何かちょっと、腑に落ちないな」
「さやか? 腑に落ちないって、何が?」
「だって、この前初めて喋った鬼釜尚子。あの子は、一組への悪意で満ち満ちていたでしょう?」
「あぁ、引いたな……」
「うん、引いた。何故あそこまで他人を陥れたいのか、理解に苦しむ。まぁウチらも同じ様な事しようとしたんだけど」
「確かに! あの感情が、遠い昔の事の様に思えて来るぜ」
「あの悪意の塊みたいな鬼釜が、女神の殺人衝動を知った時狂った様に笑った」
「あぁ、何か不気味だったな?」
「その後すぐ、阿久津が実は女神と知り合いだとカミングアウトした」
「別に、知り合いな事くらい、言おうが言うまいがどっちでも良いと思うけどね? 鬼釜は隠し事良く無いなぁとかって言ってたし、訳分かんないよ」
「でも、そう言ってる鬼釜は何故か、喜んでる様に見えなかった? しかも、阿久津に良かったなぁとか言ってたし」
「確かに。ウチらの知らない何かがあるんだよ。それが分からないと、今何が起こっているのか見当も付かない」
「素直に、教えてくれるかな?」
水曜日、放課後教室から出て来た牛の二人に、阿久津が声を掛けた。
「あっ! 晶ちゃん? さやかちゃん?」
「ヒあっ! 阿久津さん!」
牛嶋は、悲鳴を上げるのを堪え、阿久津に返事をした。
「返事は?」
「はいっ‼︎」
嶋牛は、阿久津に声を掛けられた途端に口を塞いだ為、自分が返事を返さなかった事にお怒りなのだと思い、大きな声で返事をした。
「いやっ、そんなのいいから。手紙の返事は?」
二人は、三上からの手紙の返事など受け取っていない。
「まだ、何も……」
「はぁぁっ? 私、心込めて書いたんだよ? その手紙の返事が、まだ来てないってどういう事?」
「あ、あのっ、女神も、大切な手紙だから、時間を掛けて返事を考えているんじゃ無いですかねぇ?」
「そんな事よりも、私の気持ちを最優先させるべきなんじゃないの? あんな心の込もった手紙を貰ったらさぁ? 相手がどれだけドキドキしながら返事を待ってるかって、普通だったら分かるよねぇ⁉︎」
「お、仰る通りです! あんな素敵なラブレター貰ったら、すぐに返事を書くべきです!」
牛嶋は、阿久津を宥める為にそう言った。
「あ、晶ちゃん⁉︎」
それが、手紙を見たと知られたら殺されると言っていた自分の言葉と矛盾している事に、牛嶋はまだ気付かない。
「晶ちゃん? 手紙、読んだの?」
阿久津は声を荒げる訳でも無く、いつもの声量で言っているのにも関わらず、凄まじい程の圧が、牛嶋に襲い掛かる。
「へっ? あ、アァァァァァァァァァァァァァァァァアッ‼︎」
牛嶋は、今しがた己の過ちに気付いた様だ。
「あなたも読んだの?」
阿久津の圧が、嶋牛にも牙を向けて襲い掛かる。
「う、う、ウチは……読んで無いです……」
嶋牛は初めて、牛嶋を裏切った。
「そう。じゃあ、晶ちゃん?」
牛嶋は即座に理解した。およそ何秒程先か? 次の、次の一言で全てが決まると。かつて無く、目まぐるしく働き出した脳細胞が導き出した答えは、通常であれば選択し得ない答えだった。
「こ、コムギ……」
「はぁ? 何コムギって? ねぇ? そんな事より、どうだった私の手紙? 良かったかなぁ? あんな拙い文章でちゃんと、想い伝わるかなぁ?」
意外と阿久津の沸点は、そんな所に無かった。
「えっ? あぁ、へっ、へへへっ、きっと、伝わってますぜぇ……」
「そっか! ってか二人、交互に喋る事しか出来ないと思ってた。まぁいいかそんな事。晶ちゃん? そう言って貰えて安心したよ! 明日にはきっと、返事くれるよね?」
阿久津は安心した様子で、二人の前から去って行った。
「晶ちゃん⁉︎」
阿久津が去った後、嶋牛が牛嶋に駆け寄り、名前を呼んだ。
「えっ、へへっ、死ぬかと思った……」
「良かった……一時はどうなる事かと……」
「逃げたね? さやかは、ウチを残して逃げたよね⁉︎」
牛嶋の脳裏には宿便の様にこびり付いている。嶋牛の、ウチは読んで無いです、という言葉が。
「だ、だって、だって‼︎ めちゃくちゃ馬鹿じゃん‼︎ 何で手紙読んだ事あんな簡単にカミングアウトすんだよ⁉︎」
「そ、それでも‼︎ さやかは、一緒に地獄に堕ちてくれると、信じてた‼︎」
「う、う、う、うわぁぁん! ごめんなさぁぁぁぁぁい‼︎」
嶋牛は放心状態の牛嶋を置き去りにして、泣きながら走り去って行った。




