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スクリーム・ノート II  作者: 藤沢凪
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八十一頁    亀 壱   『亀水遥』

 八十一頁

 

 亀 壱

 

『亀水遥』

 

 最近、バイト先のデリシャス美味には、変人が集まり出している。ユーチューバーのクズ男と、めちゃくちゃ水を飲む女。そして、一組の兎咲美穂。

 

 兎咲美穂の顔は、写真で知った。でかいゴミ袋を漁っている画像は、二組の半数以上に出回っていた。噂では、好きなクラスメイトのゴミを漁っていたらしい。僕は彼女を、変態だと思った。気持ちが悪いと思った。だからこのお店に来た時、がっかりした。ただでさえクズ男と水飲みが居るのに、ゴミ漁りまで加わるのか? バイト先が、僕の倫理観では到底理解出来ない者達の溜まり場になりつつあった。

 

 しかもその変人コンビは、中学の頃からの知り合いの天羽の連れの様だ。天羽は常連で、店に来るといつもその愛くるしい笑顔で挨拶してくれて、それからは角砂糖を二つ入れたコーヒー一杯で二時間程粘り、ひたすら読書をしている。そんなに悪い印象は無かったのだけど、変人二人と友達なのを考慮すると、あんまりお近付きにはならない方が良いかなと思った。

 

 今日はウェイターが僕しかいない。キッチンの先輩はホールに出ないから、僕が接客しないといけない。客は一組しか居ないので忙しくは無いのだが、その一組にあまり近寄りたくは無かった。

 

 しかし、後から来た水飲みとゴミ漁りのアイスコーヒーが出来たので、席に持っていかないといけない。憂鬱な気持ちでその席を見てみると、兎咲がおしぼりを落とし屈んだ。そこまでは別に何とも無い事なのだが、頭までテーブルの下の兎咲の様子が変だ。ここからだと、テーブルの下まではっきりと見えている。

 

「どうしたんだよ? アイスコーヒー持ってけよ」

 

 先輩が急かした。席の近くまで行くとテーブルの下が見えなくなってしまう。

 

「待ってくださいよ。先輩、あの子、テーブルの下で何してるんですか?」

 

「えっ? あぁ、あれは……向かいの通路側の女の子のパンツ見てるな……」

 

「ですよね……」

 

 僕と先輩の推察が一致した。

 

「そして、もの凄く喜んでいるな」

 

「ですよね……」

 

 兎咲は、テーブルの下で目を見開き微笑んでいた。

 

「僕、この仕事辞めたいです。今日は帰っても良いですか?」

 

「はっ⁉︎ ちょ待てよ! お前居なくなったらオレのワンオペになるだろ⁉︎ 話し聞くから、なっ? 取り敢えずアイスコーヒー運んでくれ!」

 

「アイスコーヒーは運びません。今丁度五時ですね。五時でこの店辞めました。だから、このアイスコーヒーは運びません」

 

 僕は、先輩にあの変人達と知り合いって思われるのも嫌だし、あの席にアイスコーヒーを運ぶのも嫌だった。

 

「はぁっ? そんなの社会じゃ通用しないんだよ‼︎ 話し聞いてやるって言ってんだろ、アイスコーヒー運べよ!」

 

「運びません。僕はもう、ここの従業員じゃ無いんで! 偉そうに上から言うなよ? あんた僕と一つしか歳違わないでしょ? ちょっと早く入ったからって偉そうにすんなよ! 前から苛ついてたんだよ‼︎」

 

 ヤバッ。アイスコーヒー持って行きたく無いからって、日頃の不満までぶっちゃけちゃってる。しかも、そこまで苛ついても無いのに盛って喋っちゃってる。

 

「わ、悪かったよ! 分かった分かった。アイスコーヒーはオレが運んでやるよ」

 

 良かった。想定外だったけど、日頃からの不満言えて、アイスコーヒーまで持って行かす事が出来た。

 

「ほら? アイスコーヒー持って行ってやったぞ? 機嫌直せよ?」

 

 意外と与し易いなこの男。普段キッチンで楽してる分を、倍にして返してやるよ。

 

「じゃあ、先輩が今日ホールやってくれますか? 僕が中入るんで」

 

「はっ⁉︎ お前舐めてんのか? キッチンやった事無いだろ⁉︎」

 

「無いですよ。でもそんなの、見よう見まねで誰でもやれる事じゃないですか」

 

 ちょっと言い過ぎたか……こんな言い方するつもりじゃ無かった。

 

「まぁそうだけど。お前がキッチンやりたいって言うならいいよ。分かんない事あったらちゃんと聞けよ?」

 

 そうなの⁉︎ 見よう見まねで出来るのか? まぁ良い。作戦は成功した。バイトを辞める気なんか始めから無かったし、今日は接客せずに済む。これからちょっと混み出す時間だけど、まぁなんとかなるだろ。

 

「ねぇ先輩? この店変な客増えてないですか?」

 

 キッチンとウェイターの立ち位置を交換して、いつもの暇な時の雑談を始める。

 

「あのユーチューバーの事言ってんのか? 確かに、あれはなかなかだな」

 

 先輩は、客席の方を見ながら僕に返事した。僕はいつも、先輩の方を見て喋っていたのに。

 

「あの団体の客だってそうですよ! 水やたらと飲んだり、あと、コーヒー一杯でいつも粘ってる子も居るし。先輩だって頭に来るでしょ?」

 

「なんで? あと、客って言うな。お客さんな」

 

「へっ?」

 

「ユーチューバーの奴は、さすがにどうかと思う。女の子の心を弄んでってのも勿論あるけど、それ以上に、配信か何か知らないけど、あんな大きな声で下劣な事喋ってたら、他のお客さん達の気分を害する。それはオレも、腹が立つよ。あと、別に敬語じゃなくていいからな?」

 

「えっ? でも先輩にタメ口なんて……」

 

「タケルで良いよ。それに、先輩って思われても無いのに、そう呼ばせるの、オレは嫌なんだ」

 

 何この人、根に持つタイプ? 面倒くさっ。じゃあそうさせてもらうよ。

 

「……あ、あの四人組だって変じゃん!」

 

「何が悪い? 水飲み放題なんだから、いくら飲んだって構わないだろ? 無料な分セルフなんだから、オレ達の労力に変わりは無い。よく来てくれるあの子も、コーヒー一杯で粘るとか言ってたけど、学生が金無いのなんて当たり前だろ? 少ないお小遣いの中で、この場所に癒やしを求めに来てくれる。そんな空間を提供出来てるってだけで、オレは誇らしいけどな」

 

「で、でも……店の利益には、繋がらないじゃん。せ、タケルはバイトだからそうやって言えるんだよ!」

 

 僕は、そんな考え方の出来るタケルを一瞬尊敬してしまった。でもダメ。それを認めちゃうと、僕が間違ってたって事になるから。

 

「頭固いなお前? 確かに、オレの言った事って、損得の概念で言うと分かり辛いかもしれない。遥はこの店、何年目か知ってるか?」

 

「し、知りません……あと、急に遥って……」

 

「遥もタケルって呼んでんじゃん? 今は同い年なんだから、対等に、だろ? デリシャス美味は今年で、三十年目だよ」

 

「そんなに……でも、それがさっきの話しと関係あるの?」

 

「大ありだよ。確かにあの子は、今はコーヒー一杯頼むので精一杯だ。でも、いつかアルバイトを始めて給料が出たら、少し贅沢をして、パンケーキを頼んでみたりするだろう。初めて頼んだパンケーキをオレ達は、がっかりさせない為に腕によりを掛けて作るんだ。ってかそれは、どのお客さんにもそうしろって話しだけどな!」

 

 タケルの肩が揺れた。そんな場面を思い浮かべて、笑っているのかな? ちょっとヤバい人なのかなこの人? それは僕が、彼の事を認めたく無くて、悪い方に考え様としているだけの様にも感じた。だから、タケルが話し終わるまで、口を挟むのを止めた。

 

「その子は、パンケーキの味に感激するんだ。そして、今まで手の届かなかったメニューを頼み始める。オムライスやハヤシライス。エビグラタンもおすすめだな! ここは喫茶店だけど、デリシャス美味って言うくらいだから、料理にも力を入れている。マスターのレシピを再現出来れば、どんなお客さんだって満足させられるんだ!」

 

 何故この人は、ただのアルバイト先にここまで情熱を抱けるのだろう?

 

「いつかその子も恋をして、結婚して子供が出来て、親子で来るんだ。お父さんはビーフシチュー、お母さんはピラフ、子供は、このお店で大好きなオムライスを食べるんだよ」

 

「話しが、飛躍し過ぎな気がする。そこから子供までって! でも、確かに一理ある。人って、出世するんだもんね? 収入が多くなれば、消費する金額も増えていく。じゃあ今は、餌付けみたいなもんだね!」

 

「うーん。まぁ、分かったなら良いよ! それにあの子は、席が埋まって来たら早めに帰るんだ。気付いてたか? それでいうと暇な時はサクラ的な立ち位置になってくれてる。今日だって友達を連れて来てくれたじゃないか? 全然迷惑なお客さんなんかじゃないよ」

 

 そうなの? そこまでは気付かなかった。ごめんね天羽。コーヒー一杯で粘るせこい客とか思っちゃって。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 カランコロン

 

 先輩、じゃなくてタケルの揚々とした声がカランコロンと同時かちょい前くらいに響いた。タケルは小気味良いステップを踏むかの如く、いやそれは誇張し過ぎだな。軽やかにお客さんを迎え入れ、席に案内した。注文を聞き、僕の所まで来てオーダーを出した。

 

「コーヒーとカフェラテを一つずつ! コーヒーは注ぐだけだから、カフェラテは——」

 

 めっちゃ教えてくれる⁉︎ 見よう見まねで誰でも出来るとか言った事、怒って無いのかな?

 

 言われたままに作って出した。その後三組来て、タケルの的確な指示通りにエスプレッソやらなんとかマキアートやらを作って出した。あたふたはしたけど、何とかなった。

 

「遥、オーダー、オムライス」

 

 えっ? む、無理だよ。ドリンクは見よう見まねで出来ても、フードは無理だよ。

 

「あ、あのっ……」

 

「岸田さん、分かるだろ? 常連で来てくれてるご夫婦だ。時間掛かるかもって言ってあるから、見よう見まねで作ってみろ」

 

 鬼かよ⁉︎ 出来る訳ねぇだろ‼︎ 腹いせしてんのかテメェ⁉︎ 家でちょっと料理した事くらいあるけど、オムライスなんか作った事ねぇよ!

 

 でも、自分が啖呵切った手前、降りる事なんか出来ない。材料が何処にあるかとか、工程を逐一聞きながら必死になって作った。ってか、このオムライスに八百円も払ってくれんのか? 失敗なんか出来ない……ヤバ、ヤバッ‼︎ キッチン怖ぇえ。

 

 出来上がったオムライスは、玉子は焦げて、中身ははみ出てて、とてもじゃ無いけどお客さんに出せる代物では無かった。

 

「岸田さんは、どんな仕上がりでも良いって言ってるけど?」

 

 色々と経緯を説明してくれてたのか。マジ、申し訳ない。

 

「これを、お客さんに出す訳にはいきません。先輩、助けて下さい。お願いします」

 

「そっか、交代するか? それはオレの賄いにするからラップしとけよ!」

 

「えっ? は、はい……」

 

 タケル……じゃ無くて先輩と立場を交代し、ウェイター業務に戻った。気付いたら、天羽の四人組は退店していた。正直もう、そんな事はどうでも良かった。そこから更に四組のお客さんが来て、まぁまぁてんやわんやした。フードのオーダーも結構入り、その中でキッチンのタケルじゃなくて先輩は速やかにドリンクも作ったのだから僕も驚いた。ウェイターだけやっていたら、気付けない事だった。

 

 先輩が作り直した岸田さんのオーダーのオムライスを持って行った時、話し掛けられた。

 

「あら? 凄くお上手ね? 何処かで料理されてたの?」

 

 岸田夫人は優しい声で、先輩の作ったオムライスを褒めた。

 

「これは、針貝先輩が作ったオムライスです。僕の作ったオムライスは、とてもお客様に出せる代物じゃ無かったんです。先輩に、作り直してもらいました。お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません」

 

 本当に、凄くお待たせした。誠心誠意で、頭を下げた。

 

「なんだタケちゃんのオムライスか。どおりで綺麗過ぎると思った。逆にこんな綺麗なオムライス作れる子入っちゃったら、タケちゃん可哀想だもんね」

 

 タケちゃん? 可哀想? どういう事?

 

「あの……つかぬ事をお伺いしますが、タケちゃ、じゃ無くて針貝先輩のオムライスが綺麗過ぎる、というのは、良く無い意味でしょうか?」

 

「あっ、ごめんなさいね? 変な誤解させちゃった。昔を思い出して、ついね……タケちゃんが初めてキッチンに入った時の話し。当時はドリンクだけやって、フードはマスターがやってたの。マスターは、ゆくゆくはタケちゃんにフードやらせたいんだろうなぁって微笑ましく見てたのよ。ある日、そんなに混雑してない時に、マスターに、タケちゃんのオムライスが食べたいって言ってみたの」

 

「本当、世話の掛かる女房だよ」

 

 ヒッ⁉︎ あっ、旦那さんか。全然喋らないから置物だと思ってたよ。

 

「その時のタケちゃんのオムライスは、チャーハンみたいだった」

 

 チャーハン⁉︎ オムライスがチャーハン⁉︎ それを、お客様に出したのか⁉︎

 

「それはその……さすがに怒りましたよね?」

 

「怒った? まさか。笑ってしまったの。味は美味しかったのよ? でも、出された時に笑ってしまったの。多分それで彼に、火を点けてしまったの」

 

「火を、点けた?」

 

「それからタケちゃんは、みるみる内に上達していった。その過程がね、なんか、我が子の成長を見守る様で感慨深かったの。だから、今日初めてキッチンに立ったっていうあなたのオムライスも、食べてみたかったわ」

 

 失敗しても、良かったんだ。失敗しても良い道を、先輩は作ってくれていたんだ。何か色々と、腹いせか? とか思った事謝らせて欲しい。

 

「本当、お客様に出せる代物じゃ無くて……あっ、その、タケちゃんって呼ぶのって、特別感ありますね? 針貝先輩って、そんな前からこのお店に居るんですか?」

 

 先輩、ってだけ教えられて、勤続何年かなんて知りもしなかった。

 

「いつから居るか? そうね……その問いに答えるなら、十七年前から居るわね」

 

「はぁっ?」

 

 僕は、お客様に対しあるまじき返答をしてしまった。

 

「アハハっ、びっくりするわよね? でもタケちゃんは、赤ん坊の頃からこの店に通っていたの」

 

「あっ、それって……」

 

「何か聞いていたのかな? 私は大学生の頃からこのお店に通っているのだけれど、タケちゃんのお母さんが高校生の時からよくこのお店に来ているのを見てたの。さゆりちゃん、タケちゃんのお母さんね? さゆりちゃんは高校生の時は、このお店で見かける時は、いつも一人だった。本を読んだり、勉強したり、誰かと一緒に居るのを見た事無かったの」

 

「そうだったんですね……」

 

 今の天羽と、少しだけリンクする。

 

「私も常連だったから、その当時からお互いに顔は見知っていたの。私はね? さゆりちゃんにいつか話し掛けてみたいと思っていた。同じくらいの年齢で、同じ店を好きになって通った女の子と仲良くなりたいって思うのは、不自然な事かしら?」

 

「そんな訳無いです! それから、どうなったんですか?」

 

「でも私はね、遠慮していたの。だって彼女は、一人きりの時間を過ごす為にここに来ているんだと思ったから。もし私が話し掛けてしまったら、もうここは、誰に気を遣う必要も無い隠れ家だったのに、その居場所を奪ってしまうと思ったの」

 

「確かに……そこまで考えられるの、凄いと思いました」

 

「杞憂だったのよ。私の考え過ぎ」

 

「えっ?」

 

「それから何年か経ち、私もさゆりちゃんも社会人になった。ある日、いつも一人でしか来なかったさゆりちゃんが、男の人と向かい合わせに座っているのを見たの。何故か私の心は、言い表せない感動で埋め尽くされていた」

 

「……分かる気がします。何か今、キュンとしました! そ、それが……?」

 

「ふふふっ、そう。今の旦那さんよ」

 

 良かったァァァァァァァァアッ‼︎ これでフェイクだったら今までの溜めなんだったんだって思ってた所だよ‼︎

 

「素敵な話しですね。杞憂というのは? どういう事ですか?」

 

 謎がまだ残っている。

 

「さゆりちゃんが今の旦那さんとよくここへ来るようになって、どう考えても身籠っているなと思っていたの。私は話し掛けたかったけど、それがなかなか出来なくて……だって考えてもみて? 十年間くらい同じ店で顔を合わせ続けて、初っ端話し掛けるべき言葉って、なに?」

 

「確かに‼︎ 今更なんて言えば? ってなるかも……」

 

「それに、身籠ってる子の相手が、いつも一緒に来てる人じゃ無かったらどうしよう! って思っちゃったの」

 

「それは考え過ぎでは? それじゃあまだ、さゆりさんとはコンタクト取って無いんですか⁉︎」

 

「それがねぇ……私があれこれ悩んでる間に、ウチの旦那がさゆりちゃんの旦那さんと仲良くなっちゃったのよ」

 

「あっ」

 

「本当、あっ、でしょ? 私達も丁度その頃結婚して、さゆりちゃんの事とか旦那に色々話してたの。そしたらトイレでさゆりちゃんの旦那さんと隣同士になったみたいで、そこで仲良くなって、その日に同席する事になったのよ!」

 

「同席⁉︎ いきなりその日にですか⁉︎ 男子トイレってそんなに人と人が仲良くなれる空間なんですか⁉︎」

 

「違うの、さゆりちゃんも私の話しをしてたみたいなの。高校生の時からよくこの店で顔を合わせるんだけど、話してみたいと思ってたけど、話し掛けられ無いまま十年経ったって旦那さんに愚痴ってたらしい。だから、男子トイレでお互いの旦那がたまたま隣になって、そうなったの」

 

「本当はおれは、彼がトイレに行くのを見計らって行ったんだけどね!」

 

 あっ、旦那さん! 全然喋らないから置物だと思ってたよ。

 

「そうだったの⁉︎ 余計な事するんじゃ無いわよ‼︎」

 

 えぇ……夫人ガチギレ、なのかな?

 

「えっ、いやだって! あのままじゃ声も掛けられ無かっただろう⁉︎」

 

 と、僕も思ったけど……良かったと思うのだけど?

 

「これは私の問題。だって、あの偶然を運命だと思ったんだもん……同じタイミングで旦那がトイレに行った事に、運命を感じたんだもん……でも、あれがヤラセだとしても、あなたの優しさを感じた。ありがとう」

 

 うわぁ……運命とか信じちゃうタイプだったか……この事で尾を引かなきゃいいけど。

 

「えっ、お礼を言われる事なんか、何もしてないよ……」

 

「結局、結論ね? あなたと出会った事が運命なの! そして、私の予想外の事をあなたはする。それで、さゆりちゃんと仲良くなれた。あなたと出会えて良かったわ!」

 

 心配する必要無かったみたい。勝手に丸く収まったし! 夫婦生活ってもしかして、考え方の柔軟さなのかもしれない。それ次第で、パートナーの言動をプラマイどっちにでも出来る気がする。

 

「同席した時に言ってくれたの。さゆりちゃんね? 私と、本当はずっと前から、友達になりたかったって言ってくれたの……」

 

 もう話し切り替わってる! 大人の女って凄ぇ……

 

「でも、さゆりさんはこのお店で、一人の時間を大切にされてたんですよね?」

 

「そもそもそれが、間違いだったの」

 

「えっ?」

 

「さゆりちゃんも私と、話したいと思っていたらしいって言ったわよね? でも私は、たまにクラスメイトと一緒に来たり、ボーイフレンドと来る事もあった。一人の時もあったけど、話し掛け辛かったと言っていたわ」

 

 そうか、そういう事か。岸田夫人は結構活発で、友好関係が広かった。だから、友達が居なくて、いつも一人きりの女の子の気持ちが分からなかったんだ。さゆりさんは、一人の時間が欲しかった訳じゃ無い。本当は、友達が欲しかったんだ。

 

「あの時、さゆりちゃんに話し掛けられていれば、親友になれていたかもしれないわね」

 

「それは、今からでも遅く無いと思います。僕も、さゆりさんとお会いしてみたいです!」

 

「そうね……話し過ぎちゃったわ。あの事があってから、さゆりちゃん、来なくなっちゃったから……」

 

「あの事?」

 

 夫人は、すぐに話題を切り替えた。

 

「タケちゃんは、いつもオムライスを食べていたね。本当に、満面の笑顔で食べるの。見ているこっちが笑っちゃうくらい、幸せそうに食べるのよ?」

 

 先輩の言ってた話しは、実体験だったんだ。そんな都合の良い事が、なんて思ってた。全て、事実に基づいたストーリーだったんだ。

 

「すいませーん!」

 

「はい! あ、あの、僕は業務に戻ります」

 

「そうね。頑張ってね。あなたの作るオムライス、楽しみにしているわ」

 

 涙が出そうになった。仕事って、こんなにも心を酷使するものなの?

 

 二十一時、閉店時間。全てのお客様が帰って、一息つく。

 

「カァァァァッ! 後半まぁまぁしんどかったな? 片付けはゆっくりしようぜ」

 

 とか言っときながら、どうせサボる癖に。まぁ流し場にグラスやら皿やら持って行けば僕の仕事は終わりだし別にいいけど。

 

「いただきます」

 

 テーブルの上の残ったグラスをトレンチに乗せている時に、微かにそう聞こえた。

 

 トレンチに乗せたグラスを流しに置き、キッチンの隅に居る先輩に近付くと、僕の作った形の悪いオムライスをガツガツと頬張っていた。

 

「美味しく無いでしょ?」

 

 先輩に、聞いてみた。

 

「はっ? 普通に美味いよ? 見た目はアレだけどな」

 

 僕はまたも泣きそうになってしまったから、踏ん張って言った。

 

「さっきの話しって、先輩の話しだったんですね? 妄想か? って思ってました。実際に、あるんですね、そんな話し」

 

「岸田さんに聞いたのか? 口軽いんだよあの人は」

 

「お客様の事、そんな風に言うの良く無いです!」

 

「仲良いから良いんだよ! あっ、でも、本人には言うなよ?」

 

「言いませんよっ」

 

「初めてオムライス作った時さ、まじグチャグチャでさ、これがお客様に出されるのかと思ったら身の毛がよだったよ。マスターに言ったんだ。お願いします、作り直して下さいって。でも、マスターは、お客さんはお前のオムライスを食べたいって言ってる、俺のオムライスじゃ駄目なんだ、って言った。そして、せめてちゃんと謝りたくて、自分でグチャグチャのオムライスを出して、笑われた」

 

「でもそれが、今の先輩の糧になっているでしょう?」

 

「さぁな。あんなのトラウマなんだよ。思い出したくもねぇ」

 

「フフッ、今度、オムライスの作り方教えて下さい!」

 

「やだよっ! お前がキッチンやったらオレがウェイターになるだろ? ホールだりぃんだもん」

 

「嘘つき」

 

 キッチンから見てましたよ? 楽しそうに常連さん達と喋ってる姿。だから僕も、作りたいんです! 岸田さんを、あっ! と言わせる様な、デリシャス美味のオムライスを。

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