七十七頁 鹿 壱 『白鹿卓造』
七十七頁
鹿 壱
『白鹿卓造』
俺の名前は白鹿卓造! この高校の、二年二組の担任を任されている!
夢は、俺の受け持つクラスの生徒全員が、立派な大人になって幸せな未来を送る事! 誰一人置いて行ったりなんかしないからな! 覚悟しておけお前達!
クラス替えがあってから一ヶ月半程経った。俺の想いはみんなにちゃんと伝わっているのだろうか?
「先生……ちょっと話し、いいですか?」
ホームルームを終えた後に、一人の生徒が思い詰めた顔をして話し掛けて来た。
どんと来いだ! 待っていたんだぞそういうの! 誰も先生に声を掛けて来てくれないし、どんだけ平和なんだよと思っていた所だ! もっとトラブル起こせよ! 俺の見てきた学園ドラマでは、イジメがあったり、不登校が居たり、援助交際してたり、妊娠してたりしてたんだぞ! 赴任してから五年間、そんな問題一つも起きやしないじゃ無いか! 現実こんなもんかよ! 肩透かしにも程があるだろ! お前達思春期なんだろ? もっと常識というレールから逸脱したドラマを見せてくれよ! なんて思っていた所だったんだよ! なんだ? どんな悩みを聞かせてくれるんだ?
「話し? 良いに決まってるじゃないか! 俺は君の担任の先生なのだから! 悩みがあるのか?」
「は、はい……」
「そうかそうか! その悩みとはなんだ! 聞いてやるからな! ところで、君の名前はなんていうのかな?」
「えっ……亀水です」
「亀水? 珍しい名前だな! 確かに出席を取る時、珍しい名前だと感じた記憶があったよ! 顔を全く見ていなかったよ! でも、少しだけその顔に覚えはあるんだ! 記憶の引き出しの奥の方に入っていたよガハハハハ! 俺はね? 思い出を色んな引き出しに入れているよ? 人と会話をする時、その引き出しを開け閉めするよ? いくつか引き出しを開けて探っていたんだ! いくつも開けた引き出しの中の、奥の方に君は入っていたんだガハハハハ!」
「あの……先生?」
「悩みがあるんだったな? どんな悩みなんだ! 言ってみろ! 苗字の事か? 亀水という珍しい苗字のせいでイジメられているのか⁉︎」
「ち、違います。それに僕は、亀水という苗字に負い目を感じた事などありません!」
「そうか。ってか君、僕っ子かぁ。それってアニメか何かの影響なのか? 俺、そういうの興味無いから分かんないんだ! あっ、それか! 僕っ子という事でみんなから馬鹿にされて傷付いているのか?」
「違います。なんなら、クラスメイトの方が先生よりも理解あります」
「そうか。ってか君、随分痩せてるな? 家庭環境か? 家が貧乏な事を理由にクラスメイトからイジメを受けているのか⁉︎」
「違います。痩せているのはそういう体質なんです。僕の家は裕福では無いけど、誰かに馬鹿にされる様な家庭環境じゃ無いし、みんな自慢の家族です」
「それじゃあ! 君はどんな理由でイジメられているんだ?」
「……先生は、どうしてでも僕をイジメられてる事にしたいんですか?」
だって、イジメを受けている生徒から相談を受けるのが、先生の醍醐味だろ? なんて事を言うのは、変な人だと思われかねないので喉元で止めておいたのだ!
「あいつら遅ぇな?」
その時、クラスに何人かで残っていた鬼釜が呟いた。
この生徒は一年の時から悪名高くて、こっそりチェックしていた。誰かを呼び出しているのか? 誰かをイジメているのか? 先生にも、教えてよ?
「あ、阿久津さん! と、みなさん……」
冴えない二人組が教室に入って来た。そして、鬼釜達の元へ早歩きで駆け寄った。
「——んせい? 先生? 聞いてるんですか?」
君、誰だっけ? 聞かないといけない程の悩みなの? 俺、鬼釜の方が気になるんだけど?
「聞いてるだろ‼︎ 先生の時間を削っているくせに、なんなんだその態度は⁉︎」
今は鬼釜だから。鬼釜の話し優先だから! 君の話しは、後で聞いてあげるよ。
「だ、だから……僕達どうしたら良いんですかって聞いてるんですけど⁉︎」
用件言ったの? 全然聞いて無かったよ!
「少し、考えさせてくれるかな?」
「えっ? ……はい」
何だその訝しげな目は? 今から俺は、鬼釜達の話しに耳を傾けるのだから、余計な事を言って俺の集中を切らせるなよ!
「そっかぁ。わたし達の味方してくれんだ? 歓迎するよ。丁度、アイツらの情報欲しかった所なんだよ」
お、鬼釜? それは、問題を起こそうとしてるんだよな? 信じてるからな? 鬼釜!
「情報……一つ、ウチらとか取り巻きの奴らしか知らないのがあります」
何だ君達? 良いじゃないか! ってか君達どこのクラスの誰なんだ⁉︎
「取り巻きって、誰居んの? 全部言え」
鬼釜が冴えない二人組に聞いた。
「ウチらのクラスは、女神が覇権を握ってます。その近くに居て、よく話しをしているのが、天羽、猫宮、十六文字、兎咲、犬養って奴らです」
何処のクラスの話しをしている?
「へぇー……で、そいつらしか知らない情報って、なに?」
「ウチら、間近で見たんです‼︎ 女神は……狂ってる。信じてもらえないかもしれませんが、女神には、抑え切れない殺人衝動が眠ってる」
「殺人衝動? フッ、フフッ、フハハハ、ハッ、ギャハハハハハハハハハハハ‼︎」
何だそれは⁉︎ 殺人衝動だと? 学園ものでそんなの聞いた事無い‼︎ や、やれっ、もっとやれ‼︎ だ、大丈夫だからな? せ、先生が、必ず解決してやるからな! だ、だから、だから……
もっと溺れろ。もっと、もっと深く沈んで、自力で上がれなくなったら、先生が助けに行ってやる。待ってろ? そんなお前達を命懸けで助けてやるんだ。そしたら、お前達は心の底から俺に感謝するだろ? ちゃんと、導いてやるからな? お前達を、幸せにしてやるよ。
「本当の事なんです……」
冴えない二人のどっちかが呟いた。
「あのね? 尚子ちゃんには言って無かったけど、私、女神ちゃんと知り合いになったの。晶ちゃんとさやかちゃんの話しが本当なら……」
阿久津が呟いた。この生徒も要注意だと聞いていたので、顔と名前を覚えている。
「隠し事かぁ? そりゃあ良くねぇなぁ⁉︎ でも、良かったなぁ? クァハッ! 良かったなぁ! まおぉオッ⁉︎」
「うん……」
どういう事だ? さっぱり分からん! も、もっと、俺にも情報をおくれ?
「先生? いつまで黙ってるんですか⁉︎ 相談、全く乗ってくれて無いじゃないですか⁉︎」
君、まだ居たのか? なんだっけ? あれ? この子、なにでイジメられてるんだったっけ?
「あぁ、そうだな! なる様になれだ!」
悩み事とかなんとかって、大体この一言で片付くものだろ? 早く帰ってくれないか?
「アドバイスくれないんですか⁉︎ 本気で悩んでるんです! バイト先の喫茶店で迷惑系、いや、クズユーチューバーが女の子を弄んでるんです! もう、耐えられないんですよ」
そんな悩みだったのか。そうか……それで辛くて俺に相談して来たのか。
「あのな? えーと……かみ? くめ? えーと……」
「亀水です」
「亀水! あのな? 学校外の揉め事を、俺に言うなよ」
覚えておけ! バイト先の諍いなど、俺の知った事じゃ無いんだよ。




