六十八頁 天使 玖 『手段』
六十八頁
天使 玖
『手段』
兎咲の為に帰れと言っている。後の事は猫がどうにかしてみせる。
猫宮さんの真剣な眼差しとその言葉を、佑羽は信じたいと思ったんだ。
嘘を吐いて、帰ったフリして物陰に潜む事も出来たと思う。でも、佑羽と真摯に向き合ってくれた猫宮さんに、嘘を吐きたく無いと思ったんだ。だから、意地を張ってこの場に残る事を了承してもらった。
でも……この位置からでは美穂ちゃん達の心の声が聴こえないんだ。猫宮さんの心の声で実況解説してもらわないと何が起こってるのか分からない。だから、最後あんな酷い暴言を吐いて猫宮さんをイライラさせて、心の声を垂れ流しにさせようと画策したんだ。
んっ? ちょっと待って? 佑羽さっき、猫宮さんに嘘吐きたく無いとか思ってなかった? この力を隠している事は、嘘吐いてる事に入らないの? あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ‼︎
なんなんだよ佑羽は⁉︎ 聖人でも気取っているのか⁉︎ 元々が、嘘吐きなんじゃん。みんなの心の声を盗み聴いて、それを利用して立ち回っているじゃないか‼︎ 綺麗事を言うのはやめろよ⁉︎ 佑羽の本性は、とても醜いものなのだった。
今日は一日中ずっとそうだった。猫宮さんの気に触る事言って、ネガティヴな感情にさせて、心の声を聴いて美穂ちゃんの真実に辿り着きたいと思ってたんだ。負の感情しか聴こえて来ないから、そのせいで、猫宮さんに酷い事ばっかり言ったんだ。そんな事、許されるの? 猫宮さんは、傷付いたのかもしれない。その傷を、傷付けた張本人である佑羽は癒せるの? 美穂ちゃんの為には、しょうがない事だったんだって済ませるつもりなんだ? 必要な犠牲だったんだって自分を納得させるつもりだったんだ⁉︎ 佑羽は……佑羽は‼︎ クズだ……猫宮さんの心の声が最近あんまり聴こえ辛いからって、ボリューム上げる為に猫宮さんを傷付けてたんだ。最低だ……
んっ? 声が聴こえ辛い? えっ、それって……佑羽に好意を持ち始めてくれてるって事⁉︎ あの猫宮さんがそんな訳……いや、いやいや! 本当にそうなのかもしれない‼︎ エロい事しようとしたのも、それが猫宮さんにとっての最大の愛情表現だったのかもしれない‼︎ そんな猫宮さんを佑羽は……自分に興味を向ける筈が無い人と断定して、利用して来たんだ。あぁァァァ……アァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ‼︎
あ、謝らなきゃ……ちゃんと理由を言って、数々の無礼を謝りたい。そして、下の名前で呼びたい。でも、怖いよ……この力を知られたら、みんな佑羽の事、気味が悪いと思う筈だから。
(……いや、なんなんだよアイツ‼︎ 気味が悪いんだよ)
猫宮さんの心の声だ‼︎ アイツって、佑羽の事だよね? ってか……力をバラしたりしなくても、通常営業で気味悪がられてた。
佑羽は、いつも周りが見えなくなってしまうんだ。恵理奈ちゃんの時も、散々みんなから非難されたのにこの様だ。美穂ちゃんを救いたいって気持ちに支配されて、他の人達を蔑ろにしているんだ。
猫宮さんの言う通り、佑羽はここで、何もしないで膝を抱えていた方が全ては上手く行くんじゃないかな? 嫌だ。もう何も、聴きたく無いよ……
耳を塞いだって、誰かの心の中の悪意は聴こえて来る。
(なんなんだよ⁉︎ 兎咲? お前は鬼釜に何の弱味を握られているか⁉︎)
猫宮さんの心の声……佑羽は、佑羽は、佑羽は、佑羽はァァァァァァアッ‼︎
…………
(オイ天羽? 聴こえるか? 聴こえてるなら後ろ向け)
へっ? これって、心の声だよね? 佑羽に、話し掛けてる? ……そんな訳無いか。だって、佑羽のこの力を知ってる人なんて誰も……
(えっ、これ天羽だよな? 聴こえてんだろ⁉︎ シカトすんなよ⁉︎ 後ろから蹴り入れてやろぉかオラ⁉︎)
居たわ……そして、随分ご立腹だ。
佑羽は、後ろを振り返った。
「小鳥さん! 何でこんな所に⁉︎」
小鳥さんは何故か私服で、こんなに晴れているのに髪だけびしょ濡れだった。
「こっちのセリフなんだよ‼︎ 今日シフト入って無かったけど来てみて、むしゃくしゃして小遣い稼ぎしてみれば、猫ちゃんが居んじゃねぇかよ‼︎ 説明しろよ!」
いや……佑羽にもその経緯を説明してもらわないとよく分からないんだけど? シフトあるの? いや、蛇喰商店街の七不思議を創ってる英治さんの愛娘だという事は知ってるけど、どういうシステムなのこの商店街?
「ってか……小鳥さんには言ったんだったよね、この力の事……」
「力だと? あぁ、お前が心の声聴こえるってやつか? それが何?」
小鳥さんに恵理奈ちゃんの事で協力して欲しくて家まで頼みに行った時、佑羽はあの時必死で、初めてこの力の事を他人に打ち明けたんだ。小鳥さんはその時半信半疑で、「マジで言ってんのかよお前?」とヤベェ奴を見る様な表情を浮かべていた。
小鳥さんの心の声は垂れ流しだったので、伝わって来る心の声を全て当ててみせた。その時小鳥さんは、「マジかお前? で? 何しに来たの?」と言って来た。
用件から先に話せば良かった。別にこの力の事話さなくても信じてくれたかもしれないし。いや、でも流石に信じなかったかな? だってその後、「恵理奈ちゃんには殺人衝動があって」とか話してると、「ハァッ?」「ハァッ?」の繰り返しだったし、心の声が聴こえてる前提じゃないと話しは進められなかったと思う。
そうしてそんな物騒な話しを玄関で三十分くらいした。ってか、リビングにも通してもらえなかったな……佑羽、小鳥さんに嫌われてるんじゃないかな?
フラッシュバックしている間、小鳥さんは沈黙していた佑羽の瞳を見つめていた。
「あ、あの……?」
「なに?」
怖っ……威圧感あるんだよな小鳥さん。なんで佑羽はこの人にだけ秘密を暴露してしまったんだろう……
「佑羽は……佑羽は。なんにもしない方が良いんじゃないのかな? 佑羽が出しゃばる事で、色んな人が傷付いていくよ。佑羽は、そんなつもりじゃ無かったのに……」
「ハァッ⁉︎」
「ヒィィィッ‼︎」
「いや、脅かすつもりじゃ無くて。何言ってんの? って思っただけ。お前もしかして、別荘で私が言った事気にしてる?」
佑羽のせいで無茶苦茶になったって小鳥さんと十六文字さんにキレられたやつだ。気にしてないって言ったら、嘘になる。
「ゆ、佑羽は、佑羽は……」
「そういや謝って無かったわ。ごめんね。別に思って無い事言ってた訳じゃ無いけど、自分の事を棚に上げて言った言葉だったからさ」
「へっ?」
「別に良いじゃん? 誰を巻き込んだって、そのせいで、誰を傷付けたって。あの時お前は、三上を助けたいって一心でみんなを巻き込んだ。私は猫ちゃんと縒りを戻したい一心でその策を受け入れた。でも最後は、お前の一生懸命な姿に心が動かされて、どうでもいい筈の三上も助けてやりたいと思ったんだよ」
「でも、佑羽のせいでみんなを危険に晒したんだもん!」
「それは別荘にみんなを誘う前に気付けよって話しなんだけど? 自分で皆んなを誘っておいて、殺人衝動のある奴紛らせるなんてマジ、ジグソウ並みに頭イカれてるから」
「や、やっぱり、佑羽は……」
「うん。頭はおかしいよ? でも、なんだかんだ上手くいって、今の三上は落ち着いてる様に見える。ってかよく知らんけど落ち込んでる様にも見える。手段を選ばないやり方なのであれば、お前のやってる事も理解出来るんだよ。今だって、自分の為じゃなく、誰かの為にやってんだろ?」
小鳥さんの言葉に、救われた気がした。佑羽の行動は、マイナスばかりじゃ無いんだって! でも……頭はおかしいと思われてた。
「み、美穂ちゃんの為に……」
「美穂って誰?」
「あっ、兎咲さん……」
「兎咲か。何かあったの?」
「最近学校休んでて、何か良く無い事が起こってるみたいなの……佑羽も、よく分かんないんだけど……」
「休んでたっけ? まぁいいか」
「……何か、首輪を付けられて散歩させられてるみたいな心の声が聴こえて……」
「ハァッ? ウケる」
「こ、小鳥さん⁉︎ ゆ、佑羽に協力してくれないかな‼︎」
なんだかんだ、この人は強い。腕っ節とかの話しじゃなくて、メンタルが! でも、無理かな……結構大ごとの筈なのにウケてるし。
「無いね。いまは、お前に協力してやる気になれない」
やっぱり、駄目なんだ。
「そ、そっか……でも、嫌われてるのかなと思ってたから、お話しが出来て良かったよ」
「嫌われてると、思った?」
「う、うん。だって、心の声で後ろから蹴り入れてやろうかって……」
ついさっきの事だよ?
「嫌いに決まってんだろぉがクソアマがぁァッ‼︎」
「ヘェェェェェェェェェェェッ⁉︎」
えっ⁉︎ 嫌いなの⁉︎
「さっきの話しなんだったの⁉︎ ゆ、佑羽嫌われてんじゃん‼︎」
「さっきの話しはさっきの話しだろぉが‼︎ 私は今回の事言ってんだよ‼︎」
「ど、どういう事?」
「兎咲かなんか知んねぇけど、猫ちゃん巻き込んでんじゃねぇよ‼︎ 首輪付けてとか、学校休んでとか聞かされても、私にとっちゃそんな奴の事なんてどうでもいいんだよ‼︎ なに猫ちゃん巻き込んでくれてんだクソ野郎が‼︎」
「えっ、だ、だって、ごめぇん……」
「今回はお前に協力してやる訳じゃ無い。兎咲の事など知らない。でも、猫ちゃんに害を及ぼすかもしれない奴を、放って置く訳にはいかないんだよ」
「なんで、そこまで……」
「なんでって……猫ちゃんには、夢があるから。タレントになるっていう夢が。私は、凄いなって思うから。猫ちゃんはね? 夢に向かって努力してるんだよ? 私には何も無くて……だからかな? 夢に向かって努力してる猫ちゃんは……輝いて見えるんだよ。私は友達として、いや……友達と思われてなくても、嫌われていたとしても……猫ちゃんに無駄な時間を過ごして欲しく無い。陰ながら、その夢を応援してあげたいんだ」
猫宮さん、そんな夢があったんだ。全然知らなかった。
「なんか、素敵な関係だと、佑羽は思うな」
「あっ、こんな事私から言うのはナンセンスだった‼︎ 忘れて? その当時、と、友達だった私にだから打ち明けた秘密だったのかもしれないのに。マジ、忘れて?」
大丈夫。佑羽は、口が堅いから。
「うん。でも、こんな厄介事に巻き込まれてたら、夢の為に努力する時間が削られちゃうね?」
「んな事分かってるよ‼︎ 何かあったらお前の力でサポートしろよ⁉︎」
「うん‼︎」
あなたが言った、手段を選ばなければ理解出来るやり方って、こういう事だよね?




