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スクリーム・ノート II  作者: 藤沢凪
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六十六頁    兎 肆   『好きぇ〜』

 六十六頁

 

 兎 肆

 

『好きぇ〜』

 

 あぁぁぁ、あぁ、ああああああああああああああああああァ‼︎

 

 何でこんな事になった⁉︎ 最悪だ。最悪だァァァァァァアッ‼︎ 僕が生きて来た中で、今が一番不幸だと言える。学校になんて、行ける筈無い……

 

 猫宮君と犬養君と目が合ってしまった。あの噂は、クラス中に知れ渡っている事だろう。僕が首輪を付けて、鬼釜に散歩させられてた事は……僕はあの日から、ずっと部屋に閉じ籠もっている。

 

 とは言っても、中学の頃から学校を休みがちだった僕は、今や家族から特別な目で見られる事は無い。父が仕事から帰ると、リビングで父と母と弟と僕、四人で食事をしている。

 

 中学の時は、こんなものじゃなかった。僕は四六時中部屋に閉じ籠もり、食事の時も部屋から出る事は無かった。ある日、部屋の前に置いてくれた食事を取る為にドアを開けると、母がそのドアの前に立っていて、僕の腕を力いっぱい掴んで叫んだ。「なんで部屋から出ないの⁉︎」僕は誰かと、家族とも対面するのが久しぶり過ぎて、しかもその母の異様な昂りに面食らってしまい、アガアガと開いた口を閉じる事も出来ず下顎を震わせる事しか出来なかった。

 

「美穂⁉︎ お母さんと話そ⁉︎」

 

 母は、少し泣いていた。

 

 ちょっ……いきなりマックスで来るんじゃないよ‼︎ めちゃくちゃびっくりしたんだけど⁉︎ そっちは心の準備出来てるかもしれないけど、僕は今録画してたヒルナンデス見て寛いでたんだよ‼︎

 

「い、いや! 嫌だ‼︎ 手ぇ離してよ‼︎」

 

 やっと声が出た。母を手で押さえ、侵入を拒もうとした。

 

「お母さんを、舐めるな‼︎ ずっと閉じ籠もってるあんたより、何倍も力があるんだ‼︎」

 

 母が部屋に侵入して来た。僕は尻餅をつき、テレビ画面は、オードリーの若林さんがロケVTRの食レポでオムライスを食べて、「好きぇ〜」と言っている所で一時停止されていた。母はその事には触れなかったのだが、なんか恥ずかしかった。

 

「なんなの⁉︎ 出てってよ‼︎」

 

 僕は母に叫んだ。

 

「話し、しようよ……」

 

 僕を追い越し、部屋の中央まで進んだ母の後ろ姿は、震えていた。

 

「話す事なんて、何も無いから」

 

「学校で、イジメられてるの?」

 

「そういうんじゃ無い。本当に、違うから。出てって……」

 

 イジメを受けている訳では無かった。ただ、僕の好きなものと、周りの人達が好きなものが違っただけなんだ。

 

 中学生になる歳にこの地に引っ越して来た僕は、はじめは友達を作る事に精一杯だった。引越すまで友達付き合いに不自由の無かった僕は、教室に独りで居る事が耐えられ無かった。だから、よく知りもしない人に話し掛け、見せかけの友情を紡ごうとした。

 

 その時話し掛けた同級生は、とても優しい子達だった。他所から来た僕を暖かく迎え入れてくれた。のだけど……話しが、めちゃくちゃつまらなかった。というか、趣味が合わなかった。漫画は好きだけど、その子達は少女漫画の話しばかりする。ドラマや映画も好きだけど、その子達は歯の浮く様な恋愛ものの話しばかりする。

 

 僕は、少年漫画が好きだった。僕は、アクションやサスペンスが好きだった。

 

 その子達にその話しをした事もあった。でもリアクションは、「よく分かんなーい」というものばかりだった。僕は、それ以上話しをする事をやめた。だって僕は、僕の好きなものを紹介して、つまらないと言われるのが嫌だったんだ。

 

 それからもその子達は、趣味の合わない僕を輪の中に入れ続けてくれた。でも僕は、つまらなかった。その子達と一緒に居るのが苦痛だった。いつも、休み時間になると、ホームルームが終わると、僕をその輪へ誘いに来る。もう、断ってしまおうか? 繋がりを断ってしまおう。でも、今更一人に戻れない。その子達以外のグループと話す事も許されない。僕は、果てしない虚無感を抱えながら学生生活を送っていた。

 

 部活にも入らず、その子達には早く帰らなければいけない理由を捏造し、放課後は逃げる様にいつも一番はじめに教室を出た。帰り道のブックオフにいつも寄って立ち読みしていた。僕の中学時代、ブックオフに居る時が一番幸せな時だったかもしれない。ありがとう、ブックオフ。

 

 お金が無いので立ち読みをするのだが、家でも読書を楽しみたかった。漫画は好きだけど、一時間もあれば一冊読み終わってしまう。なけなしの五百円が、一時間しか時間を潰せないのは悲しい。中古本を買えば五百円もしないのだろう。でも、僕は変な所で潔癖で、誰かの触り尽くした本を部屋で読むのは嫌だった。ごめんね、ブックオフ。小説も読むけど、難しい話しが多くて、途中で投げ出したものもちらほら。ブックオフで、それまで気に掛けた事の無いコーナーに立ち寄った。ライトノベルコーナー。

 

 今まではずっと敬遠していた。どうせ活字を読むなら、有名なタイトルのものにしよう。じゃないと、また途中で躓いて読むのやめるんだから。ライトノベルなんてどうせ、小説の劣化版でしょ? そう思っていた。しかしそのライトノベルコーナーには、その当時、そこまで深夜アニメを見ていなかった僕でも聞いた事のある様なタイトルばかりが並んでいた。

 

「えっ? これって……あっ、これも! なんなの? ライトノベルって、二次創作の溜まり場なの?」

 

 僕が知っているアニメ達の原作がライトノベルだったという事実を知ったのは、それからもう少し後の事だった。

 

 一つを手に取り読んでみると、一気にその世界の中へ引き摺り込まれた。僕は、出会ってしまった。自分の欲を完全に満たしてくれるカルチャーに、出会ってしまった。

 

 だって! 値段は漫画と一緒、なのに同じ様な興奮と読み終わるまでに四時間くらい掛かる‼︎ コスパが神なんだよ‼︎ 満足感半端ない‼︎

 

 それから僕は、お小遣いを全てライトノベルに注ぎ込んだ。お年玉で三十冊のライトノベルを買って帰り、部屋に並べた時には嬉し過ぎて鼻血が出た。

 

 学校で友達まがいの子達と話しをするより、家でライトノベルを読んでいる方が有意義だ! 学校って、無駄だ。僕の大切な、思春期という時間をつまらないものに費やしたく無い‼︎ だから、だから‼︎ 今日も、学校に行かなくて良いよね?

 

 僕の部屋は、ライトノベルで埋め尽くされていた。

 

「これは? こんな量の漫画本……これが、あなたを狂わせたのね?」

 

 本棚の無い僕の部屋の隅に山ほど重ねられたライトノベルを見て母は静かにそう言った。

 

「……違う。それは僕に、生きる喜びをくれたんだ!」

 

 母はこちらに剥けた目を晒し、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

 

「僕……? 違うでしょ? あなたは女の子なんだから、僕、っておかしいでしょ?」

 

 僕は、部屋に引き篭もっている間に、自分の一人称を僕にする事を心に誓っていた。

 

「僕は、僕だよ……」

 

 その時の母はめっちゃ怖かったけど、その当時、僕も負けん気は強かった。

 

「聞け無いの? お、お、お母さんの‼︎ 母さんの言う事がァ⁉︎ アアァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎」

 

「えっ? エェェェェェェェェェェッ‼︎」

 

 その時の母は、マジめっちゃ怖かった。そして、読みかけで床に置いてたままだったライトノベルを手に持って叫んだんだ。

 

「こんなものがァ‼︎ こんなもののせいで⁉︎ 娘はおかしくなったんじゃアァァァァァァァァァァァァアッ‼︎」

 

「お母さんやめてェェェェェェェェェェエッ‼︎」

 

 母は窓の外に向かって手に持ったライトノベルを思い切り投げた。しかし、母は気が動転していて気付かなかったのか? 網戸があったため、投げた本は跳ね返り、母のこめかみにクリーンヒットした。

 

「アガァァァァァァァァァァァァァァアッ‼︎」

 

「お、おかぁさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん⁉︎」

 

 母は腰から崩れ落ち、仰向けに倒れてしまった。

 

「お母さん⁉︎」

 

 僕は、母がこんなに必死になる姿を、初めて見た。

 

「うん。だって私は、お母さんなんだもん。負けるもんですか! 私は! お母さんなんですもん……」

 

「うん……そうだね。ずっと僕達の、お母さんなんだもんね!」

 

「よっこらせっ!」

 

 そう言って起き上がると、部屋から早足で出て行った。

 

「諦めて、くれたのかな?」

 

 な訳無かった。母は段ボールを括る為の白い紐を持って来て、僕の部屋の大量のライトノベルを縛り始めた。

 

「えっ……何するつもりなの母さん⁉︎」

 

 僕が、お母さんから母さんへ呼び方を変える分岐点でもあった。

 

「捨てるのさァッ‼︎ こいつらが悪いんだ‼︎ この漫画共がァッ‼︎ 私の! 私の可愛い美穂をたぶらかしやがってさァァァアッ‼︎」

 

「違う‼︎ 違うから‼︎ それは、ライトノベルだから‼︎ 漫画じゃ無いもん……」

 

「だから何さ⁉︎ お母さんには違いなんて分かんないんだよ‼︎」

 

「だってそれは……か、活字だから………活字だから許してよ⁉︎」

 

「活字だったら何したって良いって訳⁉︎ 人ん家の大事な一人娘たぶらかしたって活字だったら許されるんだ⁉︎」

 

「ってか、僕はライトノベルのせいで不登校になった訳じゃ無い‼︎」

 

「あんたが学校休み始めたの一月からでしょ‼︎ お年玉でやたらと本買ってるなぁと思ったら部屋本だらけになってるじゃない‼︎」

 

 あっ。よく考えたらそうだ。もうちょっとライトノベルの続き読みたいなぁ、っとかって学校ズル休みし始めたらこうなったんだった。

 

「だからって、捨てないでよ‼︎」

 

「これがあるから美穂は学校に行け無いんだ‼︎ これさえ無ければ、これさえ無ければ、これさえ無ければ‼︎」

 

「やめて……やめてよ」

 

 母はやめなかった。部屋にあるライトノベルを全て捨てた。実際、僕は一度読んだものをまた読み返してみたりするタイプじゃ無かったので、意外とダメージは少なかった。読んで無いやつも捨てられた中にはあったのだが、色々買って一巻ずつ読んでて、一番つまらなかった読んで無いやつのシリーズを捨てられたので、意外と虚無感などは無かった。

 

 あれから四年ほどの月日が経った。母も僕も、あの頃とは違う。

 

 食事中、僕が学校に行っていない事を気遣ってくれてか? 弟も学校の話題を避けている。なので、全く興味の無い父のコスパの良い昼食の話しや、母がヨガ教室のお試しに行って、通おうかどうか悩んでいる話しを永遠に聞かされていた。

 

 食事を終えて自分の部屋へ帰ろうとした時、携帯から着信音が鳴った。ディスプレイには、鬼釜と表示されていた。震えていた親指で画面に触れ、応答した。

 

「兎? オイ兎⁉︎」

 

 携帯を離していたし、スピーカーにもしていなかったのに、その声ははっきりと聞こえた。

 

「な、なに……?」

 

「なに? じゃねぇよ⁉︎ 何様だテメェ⁉︎ 着信あったら一秒で取れよ‼︎」

 

「そ、そんなの⁉︎ 無理に決まってるだろ?」

 

「やれよ! 引きこもってんだろ? 他にやる事ねぇだろ? だからやんだよ‼︎ お前自分の立場分かってんのかぁ? 秘密、バラされたく無いよなぁ⁉︎」

 

「…………」

 

「今すぐ蛇喰商店街に来い。首輪忘れんなよ」

 

「……はい」

 

「はいじゃねぇだろ? お前、犬だろ?」

 

「……ワン」

 

 通話を切り、クローゼットの奥に置いてある首輪を取って、ベッドに腰を掛け小さい声で呟いた。

 

「母さん……僕はいま、同級生にイジメを受けています……」

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