地質学研究所地下 ― 呪われた空間
倒れかけたルクジムを繋ぎ止めるのは、セシルの名。
そして、蛇の姿をした彼が選んだのは――
鉄錆を思わせる赤色を纏った闇が、静寂とともに再び支配を始める。
霊気は濃度増し、吐息は白く結晶化しながら空間に漂う。
血管のように無造作に張り巡らされた配管が、脈打つように震え始めた。
先ほど飛び散った鮮血は冷え固まり、足を踏み出すたびに砕けて消えていく。
「ドサッ…」
数歩進んだルクジムが膝をつき、崩れ落ちた。
その顔には安堵の色が浮かぶが、呼吸は荒く、今にも止まりそうな儚さが全身を覆っていた。
焦燥に飲まれ、倒れこもうとした刹那――セシルの顔が脳裏に浮かぶ。
「…セ・シル…」
その名を呼ぶたび、胸の奥でまだ燃える何かが応えた。
歯を嚙み締める。
何かが彼を繋ぎ止めた。
胸の奥に灯ったセシルの光が、体内の白銀の血を微かに刺激する。
次の瞬間、瞳に生気が戻っていた。
エドとスーマは、逃げ込んだ部屋を見渡していた。
「通路とこの中じゃあ、温度が5℃どころじゃねえ、皮膚が茹で上がるぜ…」
エドがため息交じりに呟く。
部屋は管制室のようだった。
前方には大きなガラス張りの壁が広がり、コンソールと計器類が並ぶカウンターの上にそびえている。
エドはスーマを掴み、ゆっくりと立ち上がった。
「おい…こ、これわ…!」
乾いた喉を鳴らしながら、エドがささやく。
ガラスの向こう、約20メートル下には、薄緑の鈍い光を放つ妖しい巨大なプールが静かに佇んでいた。
水面からは微かな湯気ではなく、霊気を纏った瘴気が立ち昇り、コンクリートの壁に沿って流れていた。
「核燃料プール…」
密閉もされず、無造作に設置されているその存在に、言葉を失う。
「見つけたぜ!」
スーマが黄色い画面を点滅させながら叫ぶ。
「ウェッ…」
エドが吐き崩れた。
「おい、エド!大丈夫か?」
スーマが話しかける。
「ああ…大丈夫だ。さっきから頭痛と吐き気がするだけだ…」
青ざめた顔で答えるエドは、明らかに限界が近かった。
スーマは黙って頷いた。
(…こりゃあ被爆の初期症状だ。ARの入り口から入ってまだ数十分…放射線濃度が高すぎる!早く何とかしねーと…)
気が付くと、セシル――蛇の姿をした彼がバックから這い出て、ガラス越しに下を見つめていた。
「セシル!」
スーマが声をかける。
「…まあ、結果的に情報は真実だったってことか…」
エドが小さく呟いた。
その言葉には、もう帰る場所がないという現実を受け入れざるを得ない覚悟が滲んでいた。
セシルは、プールの横に設置された培養層のような装置をじっと見つめていた。
スーマが言う。
「このガラスを抜ける程度のモバイルバッテリーなら、用意してるぜ。」
セシルは振り向き、静かに頷いたように見えた。
スーマの画面に「h-aon」の文字が浮かび上がる。
セシルは頭を使って画面をタップした。
その姿は、己の命運と、仲間たちの未来を懸けた、静かなる宣戦布告のようだった。
「ナイトコード h-aon」
合成音声が轟き、空間に小さな黒い次元の裂け目が出現した。
開いた裂け目の向こうには、選択の果てが口を開けていた。
だが、選択はすでに始まっていた。
「核燃料プール ― 紡いだ希望」へ続く。




