ロンドン郊外――廃工場跡地
ミラ・カステリ。
兄の失踪と、世界の歪みに向き合う捜査官。
何もないという異常。
雲のベールを纏った満月が、揺らめくライトのように空を照らしていた。
その光は、かつての凄惨な事件の記憶を覆い隠すかのように、瘴気の渦を闇へと逃がしていく。
古びた工場跡。
崩れた瓦礫の山が、そこにあった争いの激しさを物語っていた。
その静寂の中、ひとつの影が周囲を慎重に確認していた。
ミラ・カステリ――彼女の姿が、月光の下に浮かび上がる。
「兄が最後に消息を絶った場所……」
瓦礫が散乱するだけで、目立った痕跡は何も残っていない。
だが、ミラの目にはその“何もなさ”こそが異常に映った。
「連続テロとは真逆……不自然なほど、何も残されていない。」
その光景に、彼女の確信はさらに深まる。
微かに漂う硝煙と硫黄の混じった匂いが、過去の暴力の痕跡を静かに語っていた。
「兄が消えたこの場所……報道では事件としてすら取り上げられていない。」
「なぜ、ここだけが“無かったこと”にされている?」
その時、一瞬差し込んだ月の光が、瓦礫の隙間で何かを反射した。
「……これは? 毛……? 白い毛髪ではない。かなり太い……」
人間のものとは思えない、獣とも違う、説明のつかない毛だった。
ミラはそれを慎重に拾い上げ、ポケットにしまう。
「スコットランドヤードに分析を依頼しよう。」
そう呟くと、彼女は静かにその場を後にした。
月光が再び雲に隠れ、廃工場は闇に沈んでいく。
「ノクターン古書店――不確実性の希望」へ続く。




