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ナイトコードΩ 【残響の封印】  作者: 神北 緑


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ノクターン古書店―セシル

闇の貴族たちが交差する静かな舞台。


ノクターン古書店の地下書庫で、三人は再び“彼”と出会う。

薔薇の紋が浮かび上がるその瞬間、歓喜が弾ける。


ロンドンの裏路地。


闇の貴族たちが集う、名もなき社交場。

人ならざる者たちが交差する、静かなる舞台。


ルクジムがパウラを送って戻ってきた頃、店内には静寂が戻っていた。


スーマが口火を切る。


「ようやく三人だけになれたな。」

「早く、地下書庫だ。」


ジョーとルクジムは周囲の気配を確認しながら、ゆっくりと席を立つ。


懐かしい紅茶の残り香。

古い紙の匂い。

少しの埃臭さが、地下の湿気に溶け込んでいる。


「開けるぞ。」


ルクジムが静かに扉を押し開ける。


木製の机の上に、古びた羊皮紙が無造作に置かれていた。

蝋燭の灯は消え、闇が静かに息を潜めている。


黒い影が羊皮紙の上で蠢いた。


やがて、月光に照らされた蛇の額に小さな薔薇の紋が浮かび上がる――その瞬間、三人の胸に歓喜が弾けた。


「セシル!!」


三人が一斉に声を上げる。


カーテンコールとアンコールが重なったような歓喜の空気。

涙が零れそうになる。


「セシル……本当にセシルなんだな。」

ルクジムが駆け寄る。


「心配したぞ。」

ジョーが静かに呟く。


「ヒヤヒヤさせやがって……ICチップに悪ぃぜ。」

スーマの声も、どこか弾んでいた。


「セシル! セシル、セシル……!」


三人はしばらく、一方的に言葉を投げかけ続けた。


だが――


蛇は何も言わず、ただ静かに佇んでいる。


「これ……セシルで間違いないんだよな?」

ジョーが疑問を口にする。


ルクジムも、じっと蛇を見つめる。


沈黙の中、スーマがふと気づく。


「そうか……蛇は喋れねぇんだ。」

「俺様を、あの蛇にくっつけろ!」


「フォン、ピコン。」


スーマの画面が翻訳モードに切り替わる。


「…ミンナ、ゲンキソウデナニヨリダ…」

「ヘビノカラダデハ、コエモダセナイシ、ヒョウジョウヤリアクションモデキナイ…」

「スマナイナ…」

(…この体では、俺の気持ちを伝えることすらままならない…)



「間違いなく、セシルだな。」


スーマの画面がグリーンに染まり、静かに呟く。


「うおーっ! セシル!!」


ルクジムとジョーの歓喜は、しばらく止まらなかった。


待ち望んだ安堵の瞬間。

時間の流れが、微笑んでいた。



月光が蒼白く変化し、偽りの唱が静かに止まり始める。

ため息のような木枯らしが、枯れ葉を舞い上げ、地下書庫の小窓をかすかに揺らした。


「おい、みんな。言いたいことが山ほどあるのは分かるが……ここは本題に入ろう。時間がねぇ。」


スーマの真剣な剣幕に、場の空気が再び張り詰める。


「そうだな。さっきの怪しい尾行も気になる。」

ジョーが頷く。


「オルド・アークの匂いではないと思うが……」

ルクジムが低く呟いた。


そして、彼はセシル――蛇の姿をした彼に問いかける。


「それで……セシルは、いつ元の姿に戻れるんだ? 吸血鬼に。」


沈黙が落ちる。

張り詰めた空気の中、誰もが息を潜める。


……


月明かりが差し込む地下書庫。

古紙が擦れる微かな音が、遠い旋律のように響く。


ジョーが静かに問いただす。


「なぜ、答えないんだ……セシル?」


「……ソレナンダガ……」


スーマが割って入る。


「いい。いちいち翻訳するより、俺様がセシルの考えを直接喋った方が早ぇ!」

「それに翻訳してたら、俺様が喋れねーしな!」


スーマの画面が切り替わり、色が深い青に染まる。


「結果から言うと――約十年はかかるみてぇだ!」


「……!!」


ルクジムとジョーが固まる。


「じ、十年……?」


ルクジムの声が震える。

ジョーは言葉を失い、ただ目の前の小さな蛇を見つめていた。


スーマの画面には、彼の戸惑いを隠すかのように、無数のデータが高速でスクロールしていた。


スーマが続ける。


「吸血鬼の身体を再構築するには、別次元にある元の身体の元素を再生する“エネルギー”の蓄積が必要なんだ。」

「吸血鬼は、その元素配列を遺伝子のように霊体に保存している。」

「それを再構成するには、かなりの量のエネルギーがいる。特に吸血鬼ともなると莫大な量が必要だ。最速で見積もっても十年……それが現実だ。」


天地をひっくり返されたような衝撃が、三人の胸を打つ。


だが、絶望に飲まれる前に、ルクジムが顔を上げた。


「……それまで、俺たちだけでも封印の捜索を続けよう。」


ルクジムは即座に前向きな決意を示すが、ジョーはしばし沈黙、スーマは冗談めかしてごまかそうとする。


セシルの沈黙は、信頼の証。

彼らに託された時間が、今、動き出す。


その決意が胸に刻まれたその頃――ロンドン郊外では、別の探求者が月光の下に立っていた。


挿絵(By みてみん)

「ロンドン郊外――廃工場跡地」へ続く

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