ノクターン古書店――不確実性の希望
星々の瞬きが消え、月が雲に覆われるその瞬間―― 運命を左右する議論が始まる。
セシルを救うための策とは?
路上を滑る車のライトと、星々の瞬きが夜空に溶け合い、誰かの溜息のように消えていく。
天空には暗雲が広がり、まるで物語のピリオドを悟ったかのように、月を覆い隠そうとしていた。
ノクターン古書店の地下書庫には、夜のざわめきが届かない。
だが、この夜ばかりは――運命を左右する議論が始まろうとしていた。
「ん!」
スーマが突然反応する。
その画面に、無数の数字が走り出す。
「……さすがはオッサン!!」
スーマが蛇のセシルを見やる。
セシルは「シュルリ」と舌を出す。
どこか焦っているようにも見えた。
「セシルを戻す策が……あるかもしれねぇ。」
スーマの呟きに、ルクジムが身を乗り出す。
「本当か!」
「それは確かか?」
ジョーも声を荒げる。
「ま、待て。慌てるな。」
スーマが画面を深い青に染めながら続ける。
「セシルの意思を翻訳してる時に、ほんの僅かに読み取れたんだが……これは“可能性”の話であって、“確定”じゃねぇ。」
「どういうことだ?」
神妙な面持ちのルクジムの隣で、ジョーが問いかける。
地下書庫の天窓から、微かな風の音が忍び込む。
「ウラン――原子番号92、分かるか?」
「核燃料のやつか!」
ルクジムが即答する。
「そうだ。」
スーマの声が低くなる。
「人間にとってウランは、ただの鉱物、エネルギー資源って認識だろうが……本当は違う。」
「神の血が大地に落ちた時、赤黒い炎のように地を焦がし、その残滓が結晶化した――それがウランだ。」
ルクジムとジョーが息を呑む。
「天、地、魔の生命がまだ一つの世界に共存していた時代――」
「その生存争いで、デビルズも人間も、そして神すら敗北しかけた。」
「その戦いが原因で、次元は分かたれた。」
「……それは、セシルからも聞いていた。」
ルクジムが小さく囁く。
ジョーは顔色を失い、黙り込んだ。
スーマの画面が頷くように揺れる。
「その戦いで流れた神の血が、大地で結晶化したのがウラン鉱石だ。」
「放射能は、神の怒りと失意の記憶……」
古書の紙に染み込んだインクの香りが、重苦しい沈黙をさらに深くする。
「だが、それは同時に――高エネルギー物質、力の源でもある。」
セシルは沈黙のまま、ただ佇んでいる。
「そのウランから抽出されたものが、核燃料だ。」
スーマはセシルを見つめながら語り続ける。
「吸血鬼の身体を再構築するには、別次元にある元素を再生する“エネルギー”が必要だ。」
「ウランなら、血液の何万人分にも匹敵するエネルギーを持っている。」
ルクジムとジョーは、微動だにせず聞き入っていた。
リスクを超えてでも、希望を見つけ出そうとするように。
「……でもな、この話は“不確実性”の塊だ。」
「ぶっちゃけ、かなりのリスキーさだ。」
スーマの画面が、深い緑と青の間で揺れていた。
「本来なら、十年かけて転生を繰り返し、少しずつ蓄積させるエネルギーを……一気に得られるのは確かに魅力的だ。」
スーマの声は低く、重く響いた。
「だが、この方法は――被爆はただの傷じゃない。魂そのものに“ひび”を入れる呪いだ。それを拡大させる危険すらある。」
画面が深い赤に染まり、沈黙が場を支配する。
「実行する俺たちも、セシルも、大地も、都市も、住民も……」
「何百年単位の汚染という“呪い”を背負うことになる。」
その言葉の重さに、誰もが言葉を失った。
それはセシルを救うための希望であると同時に、決して取り返しのつかない破滅への道かもしれない。
その道を選ぶかどうかの決断が、今、彼らに突きつけられていた。
沈黙を破れば、もう後戻りはできない――三人とも、それを理解していた。
それでも、前を向かなければならない。
友を、現世を、失わないために。
沈黙を破ったのは、ルクジムだった。
「それを……どうやって手に入れる?」
その真っ直ぐな問いが、空気を変えた。
ジョーの顔に、久しぶりの笑みが戻る。
「どこにそんなもんがあるんだ? 原発か?」
半分冗談のつもりで言ったジョーに、スーマがニヤリと画面を歪ませる。
「ヘヘッ……俺様のデータを聞かせてやるよ。」
画面が警戒色に変わる。
「サイズウェルC原子力発電所――知らねぇか?」
「イングランド東部に建設中の施設だが、そこから数キロ北に“異常事象対策局”の地質調査研究所がある。」
スーマの言葉に、ルクジムとジョーは訝しげな表情を浮かべる。
「異常事象対策局は、表向きの“オルド・アーク”の顔だ。」
「そこに、サイズウェルCで使用予定のウラン、プルトニウム、そして破棄された核燃料が――すでに持ち込まれてるって噂が、裏サイトで囁かれてる。」
「その燃料プールに忍び込む。やつら相手なら、遠慮はいらねぇ!」
スーマの画面が赤く燃えるように輝き、地下書庫の空気が一変する。
「セシルは俺たちの仲間だ。取り戻す以外、選択肢はない!」
ルクジムはこぶしを握る。
「まったく……とんでもない計画だ。でも、俺もやるさ。」
ジョーの決意も固い。
それは、希望か。
それとも、破滅への扉か。
だが、彼らはもう迷わない。
セシルを取り戻すために、命を懸ける覚悟は――すでにできていた。
「交錯する視線――邂逅」へ続く。




