いつもの日常へ
*この小説はフィクションです。
勇輝は長い眠りから目を覚ました。目を開くと、真っ先に白い天井が視界に入る。
辺りを見渡し、場所を確認する。見覚えのある場所のような気もしなくはないが、勇輝は知らない場所にいたことに気づいた。
体を起こそうとしたとき、ある人物が勇輝の目に映る。
「瞬」
隣のベッドには瞬が眠っている。勇輝が名前を呼ぶと、瞬はぱっちりと目を開いた。
「起きたんだ。で、何?」
瞬は勇輝の声に気づき、首を勇輝の方に向ける。怪訝そうに聞き返す。
勇輝は眉を曇らせ、瞬のほうを向く。心配そうに見つめたまま、黙っている。
「だから、なにって聞いてんだけど」
それでも、勇輝は話さない。天井に目を向ける。
「変なの」
瞬はぼそっと呟いて、勇輝に背を向けてしまった。
二人の間にしばし沈黙が流れる。
「ごめん。俺、瞬に悪いことした」
勇輝の言葉に驚きを見せると、ぱっとはね起きた瞬だったが、痛みに顔を歪める。痛みが薄らぐと、勇輝のほうを見やった。
未だに勇輝は天井をぼうっと眺めている。
「なんだよ、急に。今更、謝ったって遅いし。というか、戻ってるんだ。戻ってて、謝るのらしくない」
再び、不機嫌にそっぽを向いてしまった。
気まずい空気が漂う中、不意に二人の所に駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。近づいてくる度に話し声も聞こえてくる。どうやら、言い争っている声に聞こえなくもない。
大きくになるにつれて、瞬の様子に焦りの色が見えてくる。
「目を瞑って、寝たふりして! あの二人が来ると面倒なんだよ」
瞬は勇輝に伝え、すぐに眠ったふりをした。
勇輝は目を開けたままだ。
「駄目って言ってるでしょ。まだ病み上がりなんだから、安静にしてなきゃ駄目よ」
「それは美鶴さんもだって、さっきから言ってるじゃないか。それより、勇輝が心配なんだ。様子を見に行くくらい許してくれよ」
「だから、」
部屋に入ってきたのは美鶴と司だった。二人は言い争うように話していたが、ベッドから体を起こす勇輝に気づいて、はっとして我に返った。司が駆け寄る。
「勇輝、大丈夫か! 痛いところはないか?」
司は不安そうな眼差しで勇輝の様子を見やる。まるで、父のような姿だ。普段の司からは見られない珍しい光景でもある。
勇輝は司の様子に戸惑いを見せるも、瞬の背にちらっと視線を向けた。背から伝わってくる感情を読み取っていた。
「俺は大丈夫。それより二人に聞きたいことがあるんだけど」
勇輝が落ち着いた表情で言葉にする。二人は安心した表情になるが、勇輝の言葉で表情が変わった。
「俺たちを襲った狂ってやつ。えっとさ、男がいただろ。そいつはどこにいるか知ってる?」
二人が目を合わせた。勇輝は教えてもらうように言葉を続けようとした。
「実は私たちも知らないの」
勇輝の言葉に美鶴が答える。司は首を縦に振っている。
「俺たちは美鶴さんの知り合いに助けられたらしいんだ。もちろん、能力者だ。その人に奴のこと聞いたんだが、知らないと言っていた。もしかすると、どこかに逃げたかもしれない。また襲ってくる可能性が、」
「それはないと思う。俺、」
司が説明していると、勇輝が司の言葉を遮った。
勇輝は皆が知らない状況を目の当たりにしている。
目の前で狂の体が砂のように崩壊したのだ。信じ難い話だが、はっきりと勇輝の目に映っていた。
その話を美鶴たちに伝えようか悩んでいる。
「勇輝、どうした?」
勇輝は司と美鶴をちらりと見やる。二人は不思議そうな目をしていた。
「俺、見たんだ。信じてもらえるか分からないけど、奴の体が崩れていったんだ」
勇輝の言葉に二人は静かに聞いていた。驚いてきょとんとしている。
重苦しい空気が漂う。そんな中、瞬が勇輝の方を向いた。
「そんなの嘘なんじゃないの? そんなことが起きるわけないのにさ」
瞬はむすっとした顔で言葉を吐き捨てた。司に黙ってろと無言の圧をかけられる。
「まぁ、勇輝を信じるなら勝手にすれば」
三人に背を向けてしまった。
「信じる。俺たちだってあの場所にいたんだ。先に意識を失ってしまったが、勇輝が言うなら本当なんだろう」
「そうね。私も信じるわ」
二人の言葉に瞬が顔をしかめる。勇輝は瞬にちらっと視線を向けたが、気にせずに二人に感謝の言葉を口にした。
ふと、勇輝はあることを思い出す。
「そういえば、流さんの遺体は?」
美鶴の表情に笑顔が戻る。
「流ちゃんの遺体は元に戻ったみたいよ。皮膚の状態は変わらないけれど、私の知り合いがなんとかしてくれるみたい。近々、葬儀もできるわ」
美鶴の言葉に勇輝は安堵した。勇輝の近くで鼻をすする音が聞こえる。
「悪い。部屋に、戻る」
司が言葉を残し、その場を去っていく。去り際に勇輝は感じ取った。
悲しみが司の心にあふれていた。
不安げに部屋の出入り口に目をそっと向ける。
「司さん、辛そう。やっぱり、まだ流さんの死を受け入れてないんじゃ」
「そうね。二人仲良かったから、まだ少しかかりそうかもね。でも、きっと大丈夫よ。司ちゃんなら乗り越えられる。そう信じてるわ」
美鶴は自信満々な顔つきで話す。勇輝は美鶴の様子から信頼している気持ちを感じ取った。
もしかしたら、司の強さを誰よりも知っているからこそ、そう言えるのだろうと勇輝は思った。
「今は安静にしてほしいのだけど、みんなに会いにいきましょう。みんな、あなたに会いたがっているわ」
その言葉を耳にし、勇輝は会いたいと伝えた。瞬にも一緒に行こうと誘ったが、拒否られてしまう。
「何かあったら言えよ」
「どの口が言ってるんだよ」
勇輝と瞬が言葉を交わすと、美鶴は見慣れた光景を思い出し、笑みを漏らした。その後、瞬を残し、美鶴と勇輝は部屋を後にした。
勇輝は皆がいる場所に着いた。そこである事に気づく。
能力者ではない逸樹がいないことと馨が下を向いていた。
聞かなくとも何があったか勇輝は察した。
気まずい空気が全てを覆い尽くしてしまう前に話をしたが、上手く言葉が続かない。
早々に切り上げた。美鶴は出ていってしまったが、勇輝は残った。その理由は言うまでもない。
馨の表情から読み取れた感情にある。馨のところへと静かにそばに寄る。
「馨」
たった一言、声をかけるだけ。すぐに馨は顔をあげる。馨の泣き顔が勇輝の視界に入った。
「お、俺の、せいだ。こんな、ところに、居させたのが、悪いんだ」
馨は泣きながら必死に言葉にしている。馨のせいではない、そう伝えたかった勇輝だったが、言葉をのみ込んだ。
「馨のせいにしてないと思う。ここに来たときは嬉しそうだったもん。俺、分かるよ」
ふと、言葉を発したのは探だった。探は逸樹と話したこともあり、誰よりも気持ちを理解していた。
探も親友を亡くしたうちの一人。馨のつらさを慰め、元気づけようとする。
探の目からしずくがぽたりと落ちる。必死に耐えようと顔を緩めた。
「何なの。その変な顔。泣くか笑うかどっちかにしたらどうなの?」
寧々に表情を言われてしまう。
「うるさいな! 馨のつらさが分からない寧々はあっちいって!」
「分かるもん!」
突然、探と寧々の言い争いが始まった。探の涙は引っ込んでしまっている。
二人を止めようと勇輝と馨が間に入るが、二人の言い争いは止まらない。
ふと、勇輝と馨の目が合う。二人は嬉しそうに笑みを漏らした。
「何、やってるの。あなたたち、喧嘩はやめなさい!」
騒ぎを聞き、部屋に戻ったはずの美鶴が入ってきた。
「寧々が悪い!」
「は? 人のせいにしないでよ」
そんな言葉が飛び交うなか、勇輝は口元を緩ませたのだった。
次話更新は8月20日(木)の予定です。
*時間帯は未定です。
次回が最終話の予定です。
*更新時に次回が最終話と載せましたが、もう1話追加します。




