過去を支配する者③
*この小説はフィクションです。
去ろうとする狂の足にしがみついて止めた勇輝に狂の鋭い視線が刺さる。きつく睨まれた勇輝だが、怯むことなく途切れ途切れに言葉を口にする。
「お前を、悲しみから、まだ、救って、やれて、ない」
勇輝は言葉にするも狂には通じない。勇輝の手を振り解こうとしている。
それでも、勇輝は手を離さない。掴んだまま、必死に引き止めようとする。
狂は言っていた。
『これ以上、オレの過去に踏み入れるなら、命がないと思え』と。
それを聞いたのにも関わらず、勇輝は踏み入れようとしている。その理由は勇輝の思いからあった。
同じ辛い経験をしている者同士、その者と関わったことがあるからこそ、放ってはいけないと助けてやりたいと強く思ったのだ。
同時に父親の力弥なら絶対に見捨てないとも思っていた。
「言ったよな。過去に踏み入れるなら命がないと。その覚悟があるってことだよな?」
勇輝は答えない。狂の足にしがみついたまま、黙っている。怪我を負っているため、耐えるのがやっとの状態。話など聞いていられるはずがない。
狂は勇輝の行動に苛立ちが募り、勇輝を蹴りつける。それでも、離れようとしない勇輝に怒りが膨れ上がる。
蹴りつけたが、足が痺れるほどに反動が起こった。
気がつけば、勇輝は狂の足から手を離している。しっかりと腕で防御していた。
狂は思い出した。以前、力弥と戦ったときに感じた力強さ。その時は狂にとっては大したことがなかった。なぜなら、力弥が一人でに能力を使い、力尽きて倒れることを知っていたから。
だが、今の勇輝からは力弥のときとは違う。気迫を漂わせている。
「そんなことあるわけねぇ」
誰に言うともなく呟く。勇輝のほうを向くと、目が合ったかと思えば、勇輝に強烈な視線を向けられていた。加えて、勇輝の目に黄緑の光が宿っていることに気がつく。
勇輝は真剣だった。
「そうか、ならば」
突然、指をぱちんと鳴らす音が響く。直後、光景が一変したのだ。
美鶴たちが倒れていたはずの光景が一瞬にして荒れ地に変わってしまった。
「ここならいいよな? 誰にも邪魔されずに戦えるぞ」
勇輝に向かって狂は発するが、勇輝はまっすぐ見据えるだけ。内心は美鶴たちがいなくなったことに驚いたが、平然とした態度を装っていた。完全には動揺を隠しきれない。辺りを見渡している。
勇輝の様子に気付いた狂は鼻で笑った。
「ここはな、お前らの住処ができるずっと前の頃だといったら驚くんじゃねぇか」
説明するように言葉にし、不気味な笑い声を出した。
はっとして我に返った勇輝は狂をじっと見る。今の勇輝には狂が何を考え、何を思っているのか、心を読み取れる力を持っている。
「こんなことをしても意味がないって分かってるはずだ」
「意味はある。ここは過去。過去を変えたら世界も変わる。良い意味でだ」
「は?」
勇輝は狂が何を言っているのか分からない。分かるはずもない。過去を変えれば大災害が起こり、たくさんの人々に危機が訪れる。
今までもそうだった。力弥が助けて、勇輝のところに連れてきた。連れてこられた者は悲しみを抱え込む。良い意味で変わるはずがない。
「何を言ってるかわからねぇか。まぁ、お前もいずれ分かるこった」
狂は言葉を吐くと、姿を消した。否、消したのではない。素早い動きで勇輝を混乱させている。
勇輝は目で追っているが、突然のことで追うのがやっとの状況。
再び、激しい攻防が始まった。
戦いのなか、勇輝は息を荒らげていた。すでに何度か攻撃を受け、体が限界に達している。その上で戦い続けている。
一方、狂は余裕を見せ、勇輝に攻撃を繰り返している。
「本気でやろうぜ。オレを楽しませてくれよ」
笑い飛ばしながら、ものすごい勢いで勇輝に攻撃を加え続けている。
勇輝は防御し続けるばかり。攻撃をしないとやられるだろう。
それでも、勇輝は攻撃をしようとしない。できないのではない。攻撃しないのだ。
勇輝は忘れていた記憶を呼び起こしていた。
最後の力弥との会話の中で暴力で解決しないという言葉があった。以前の勇輝なら、力弥と同様に力で解決したかもしれない。
だが、荒ぶっていた勇輝の中で何かが変わろうとしていた。
「何度、防御しても無駄だ。いずれ、立てなくなるぞ。それでもいいのか!」
狂はぶつけるように大声を出す。攻撃の手が止まらない。
攻防を繰り返し、一時間経ったほどだった。それは唐突に起きる。
余裕を見せる狂の体や顔から何かがぼろぼろと剥がれ落ちたのだ。まるで砂の塊が崩れるようにこぼれ落ちていく。咄嗟に狂は顔に手を当てた。崩れた肌を触って確認する。
何も言葉を発さず一時停止のように固まっている。勇輝が様子を見ていると、狂から感傷的な雰囲気が伝わってきていることに気づいた。
ふと、勇輝と狂の視線が合う。
勇輝を見ているはずの狂はぼんやりとどこか見つめている。狂の目から青い光が宿っていた。
「オレは、まだやることが、」
「生きたきゃ笑美さんのことを考えろ! じゃないとお前は……」
狂の言葉を遮り、勇輝は叫ぶように大声を出す。途中で言葉が途切れてしまう。
狂の体がぼろぼろと崩れていった。
「おい、まだお前を、」
言葉をかけるが、既に狂の姿は跡形もなく消えてしまっている。
勇輝は崩れ落ちた場所をじっと見つめていたが、徐々に勇輝の意識が遠のいていった。
次話更新は8月13日(木)の予定です。
*時間帯は未定です。




