忘却
*この小説はフィクションです。
隠れ住処内。彼らは勇輝の帰還を待っていた。刻一刻と時間が過ぎるが、一向に戻ってこない状況に緊迫した空気が漂っている。
別室にて、隼人と美鶴が何かの作業をしていた。隼人は黙々とキーボードを打ち、一方、美鶴は資料と睨めっこしている。
また、他の部屋では司が心身を休めている。司は精神に多大な影響を受けていた。
一緒に行動してきた仲間の存在が、他の者の記憶から消えてしまったのだ。更に遺体となった体も消えていた。そんなことがあれば、精神に大きな影響を受けるのは当然だ。
萎れた植物のように心がしおれている。時折、探がそっと様子をうかがっているが、声をかけても返事に詰まっている。
探は美鶴に司に構わないように言われてしまった。
そんな状況の中、不意に騒がしくなる。それは、癒維の行動から始まった。
「癒維さん、危ないですよ。あの、癒維さん!」
医療隊員の一人が癒維に声をかけるが、癒維はうわの空。
次の瞬間、がしゃんと物音が辺りに響き渡った。はっとして我に返った癒維は慌てて、床に散乱している医療器具を片付け始めた。
近くにいた医療隊員が駆け寄り、手伝いをする。
「大丈夫ですか? 怪我はなかったですか?」
心配そうに声をかけると、癒維は申し訳なさそうに謝った。
美鶴と司が戻ってから癒維の記憶がぼんやりとしていた。何か大事なことを忘れている、それだけは理解できるが、思い出せていない。
「どうしちゃったんですか? 少し休んでください」
優しく声を掛ける隊員だが、癒維は浮かない表情を浮かべている。頭の中にもやもやした気持ちが離れない。
「癒維さん?」
「ごめんなさい。何か、大事なことを忘れているような気がしてて。でも、多分大丈夫だと思う。そんな気がするだけ」
曖昧な言葉に隊員は心配そうな顔で癒維を黙って見つめた。隊員の視線に気づいた癒維は苦笑いで応えた。
癒維たちの場所に向かって、勢いよく駆けてくる足音が聞こえてきた。やってきたのは美鶴だ。美鶴は何かあったのかと心配になり、部屋を飛び出してきた。
「何があったの?」
医療器具を拾う癒維たちを心配そうに見ながら、美鶴は問いかける。
なんでもないですと答える隊員。癒維は片付けている手を止め、美鶴に不安そうな視線を送った。
「あの、私たちの仲間がもう一人いたんですよね? 思い出そうにも思い出せないんです。きっと、大切な仲間だったような気がして。もし、私にできることがあれば手伝います。だから、」
癒維は言葉を途切らせる。癒維の目から涙があふれていた。
「知らないはずなのに、どうして……」
美鶴は困惑している癒維の肩に触れる。安心させるように大丈夫と声を掛け、隊員にあとを任せた。
癒維とその場を去っていった。
美鶴が落ち着かせていたおかげか、癒維は落ち着きを取り戻した。すぐに二人はある場所に着いた。
扉が開いている。ちらっと中を覗くと、隼人がパソコンと睨めっこしている。
「隼人くん?」
状況がのみこめず、癒維の頭の中に疑問が浮かび上がるばかり。美鶴が中へ入るように促そうとすると、不意に隼人が振り向いた。
「美鶴さん、どうでした?」
美鶴のうしろにいる癒維には気づいてないようだ。美鶴は答える代わりに癒維を部屋の中へと入れた。
部屋の中には資料がたくさんあり、少しばかり散乱している。
「とりあえず、この状況を説明するのは後でいいかしら? とりあえず、癒維ちゃんは椅子に座って待ってて」
美鶴は言葉を伝えると、隼人に進捗を聞き始めた。癒維は立ち尽くす。二人をじっと眺める。
二人が何の話をしているのか全く理解できない。大事な話をしているのは察することができるが、それ以上は分からない。
「あの、何かできることがあれば、」
言葉にするも二人は話に夢中で癒維の言葉に気づかない。途中で言葉を切り、近くの椅子に腰を落とす。
ぼうっとする癒維はぼんやりと眺めていた。
*
一方、探と馨の二人は美鶴と司が戻ってきたことに安心していたが、勇輝が戻っていないことに不安が増していた。
「なぁ、俺たちで」
探が第一声を発するも言葉をのみこんだ。
捜しにいこうなどと危険を冒すということだと皆が理解している。それは、探も承知している。
「とりあえず、待とう。それが俺たちにできることだと思う」
馨が言葉を発して少しすると、出入口のほうで物音がした。
音に気づいた二人は顔を合わせて、嬉しそうに微笑んだ。言葉を交わすことなく、出入り口の方向へと駆け出していく。
出入り口には勇輝がいた。二人は驚く。よく見ると、勇輝は瞬を背負っている。瞬は目を瞑って寝ているように見えるが、どうやら様子がおかしい。
「勇輝、大丈夫だったか?」
馨が言葉を掛けるが、勇輝は返事をしない。深刻な面持ちで美鶴の居場所を聞き出した。
二人を他所に勇輝は瞬を背負ったまま、歩き出した。
次話更新は6月4日(木)の予定です。
*時間帯は未定です。




