8話 お弁当
お昼の時刻。
今の今まで、練習を行なってきたが多少の上達は見られるが想定していた進歩は見られない。
今日一日ずっとこんな感じなんじゃとファンヌはいやな予感がする。
「ファンヌは食事はどうする? カフェに行くなら奢らせてくれ」
エクセルなりに申し訳ない気持ちとなったのだろう。
しかしファンヌは首を横に振った。
「申し訳ありません。わたくし、お弁当を持ってきているのでカフェで食事して頂いて結構ですよ」
「弁当か……」
ファンヌの取り出した弁当箱を見て物珍しそうな顔をする。
ファンヌと違い友人の多いエクセルは基本カフェテリアで食事を取ることが多かった。
エクセルは少し恥ずかしそうに口を出した。
「もし良かったら一緒にランチをしないか。カフェじゃなくてもサロンにベンチがあるし……」
「あ、はい」
突如の誘いに素直に返事をしてしまう。
そこには何の策略も存在しなかった。
購買でサンドイッチセットを買ってきたエクセルとファンヌは横並びのベンチに腰掛けランチを取る。
ボーン寮の平民生徒を除けば弁当を持参している生徒はほぼいない。
特に上級貴族が所属するキング寮、クイーン寮の生徒で弁当を持ち込む生徒はファンヌぐらいであろう。
「その弁当はシェフやメイドに作らせているのか?」
「いえ、わたくしが調理をして詰めているのです」
「ファンヌは料理ができるのか。すごいな」
「そう難しいものではありませんよ」
エクセルの素直な言葉にファンヌは照れ臭く苦笑いをする。
魔法学院では料理研究会などのサークルもあるので料理ができる女子生徒もいるにはいるが、ファンヌのような立場の生徒はそうはいない。
(ウチにシェフがいれば良かったのですがね)
目先の仕事に熱心な両親と得意分野以外壊滅的なメイド。
ファンヌは幼いながら自分がなんとかしなければという義務感ばかりが強かった。
「これがハンバーグというものか……」
ファンヌの開けた弁当箱をまるで童心のような目で見つめるエクセル。
そんな仕草にファンヌはくすりと笑みを浮かべた。
「もし良かったらお一ついかがですか?」
「いいのか? いや、それは申し訳ないな……」
「でしたらサンドイッチをお一つ頂けますか? 購買に行くことはほとんどないので目新しいと思っていたのです」
華奢なファンヌは小食なので必要はなかったが交換という手法であればエクセルも気兼ねがなくなるだろうと考えた。
エクセルはその提案にのり、指でサンドイッチを1つ掴み、ファンヌに渡そうとする。
「え……と」
渡そうとしてくるのはありがたいが、サンドイッチのある位置がおかしい。
ファンヌの口元すぐに存在するのだ。てっきり手渡すか、弁当箱に放り込んでくるかと思ったのにまるでそのまま俺の指まで咥えろと言わんばかりである。
「どうした食べないのか? さぁ……これをお食べ」
(強引!)
そんなキラキラした端麗な顔で言われたら何も言えやしない。
ファンヌとしてはなぜか拒否する気になれなかった。
恥ずかしさを隠し、顔が火照る気持ちを何とかして押さえて口を開けて、サンドイッチを咥えた。
唇に少し肌の温度を感じた気がした。
「お、美味しいです」
「季節のフルーツを使っているようだ。俺も好みだな」
エクセルはファンヌに与えた指をゆっくりと自分の唇にくっつ汚れを取るように舌で舐める。
(わ、私の唇に当たった指ですよ!!? わざとですか!)
真っ赤になりそうな顔を何とかして押さえるがエクセルは知らずか平然としている。
自分だけアタフタして馬鹿みたいとファンヌは敗北感を覚え、仕返しにフォークでハンバーグを刺し、エクセルにそれを差し出した。
「はい、あーんしてください」
(これで自分が何をしたか理解できるでしょ)
同じことをすれば嫌でも気づくはず。
そんなファンヌの思惑にエクセルは……。
「あーん」
素直にハンバーグを頬張った。
「んんッ! うまい! こんなうまいハンバーグを初めて食べたぞ」
「え? あ、ありがとうございます」
「王家のシェフ達にも引けを取らない旨さだ。本当に驚いた」
「お気に召して頂けて何よりです」
「これだけ美味い弁当を毎日食べられたら幸せだろうな……」
「もう、褒めすぎですって」
だが悪い気はしない。
両親もメイドも美味いと言って食べてはくれるがやっぱり家族ではない第三者の感想は一味違うもので合った。
「でしたら……三連休ですし、明日明後日のエクセル様のお弁当をわたくしが作りましょうか?」
「本当か! だが負担ではないか?」
「1つも2つも変わりません。これでエクセル様が昼からやる気を出されるのであれば本望です」
「ははは、手痛いな。ファンヌの弁当を食べれば頑張れるような気がするよ」
こうして明日明後日の弁当作りが決定する。
このままファンヌとエクセルは雰囲気が良いままランチを続けることになった。
ファンヌが弁当の具材にフォークを突き刺して自分の口元に持ってくる。
(待って……このフォークってさっきエクセル様が口にされたはず。つまりこれは)
何も考えずハンバーグを突き刺して渡してしまったが、まさか返されるとは思っても見なかった。
ファンヌはじっとフォークを見つめる。
(関節キス!)
「食べないのか?」
「ひゃい! 食べます!」
ファンヌにとって実に悶々とした昼食会であった。
昼からはエクセルの動きが見違えてよくなり、当日の試合には何とか間に合うという手応えを感じていた。
そして夜、ファンヌは自宅の調理場に立つ。
「ふっふーん」
「お嬢様、ご機嫌ですね」
メイドのエリエスがファンヌの後ろ姿を見て声をかける。
「エクセル様がね。私のお弁当を褒めてくださったのよ。それで私のお弁当を食べたいって!」
「へぇ」
「男の人って何がいいのかしら。ハンバーグに興味をなされていたから肉類よね。あとやっぱりいっぱい食べるから量も多い方がいいわよね! パエリアなんてどうかしら。旬の海鮮とか」
「お嬢様、お幸せそうですね」
「そ、そうかしら、そう見えるかなぁ。でも美味しいと言ってもらえるのは嬉しいわよね!」
「ま、お嬢様がそれでいいならいいんですけどね」
「ん? どういうことかしら。まぁいいわ。エクセル様、何が好みなのかしら。あ〜〜〜、お昼に聞いておけば良かったわ!」
お弁当作りは夜遅くまで続くことになった。