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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第五話 別れ告ぐ声Ⅳ

 弥上やがみの笑みに後押しされ、はるかは先を行く皐堂さきどうの後を追う。

 その先にいた文梨ふみなしは、顔を歪めて卯之原うのはらの一撃一撃を受け止め続けていた。反撃の機会を伺っているように見えるのに、卯之原は一瞬たりとも隙を見せない。


 間延びした口調。面倒くさがり屋な性格。おまけにやる気のない飽き性ときた。何もかもが卯之原を侮るに足る充分な要素なのに、彼は本気を出すと攻撃性が増す変わった人間だった。


 卯之原に押されている文梨の隣には長谷部はせべがいて、弥上の刃を受け止めることに全力を注いでおり、加勢はない。そして、両者は気を抜くとすぐに襲いかかってくる皐堂の拳も相手にしていた。


 人数の逆転。多勢に無勢。


 遥は不意に、自分がいなくてもこの乱闘が成り立つことに気がついて朔那さくなの方を一瞥した。すると、彼は一人で葉柴はしばを手早く片づけていた。

 鎖鎌を振り回し、予備の万力鎖で拘束した葉柴を一瞬でも見ることなく視線を巡らせる。遥もそのまま辺りの状況を把握しようと視線を巡らせると──


輝司こうし、お前どうすんねん! このままやとほんまにこいつらにぶっ飛ばされるで?!」


 ──戦場の中心にいる愁晴しゅうせいが輝司にかけた声を聞いた。

 戦闘員ではない。一度も戦ったことがない。そんなほとんど一般人の愁晴は、峰打ちを狙う末森すえもりから逃げ回っている。同じく中心部で拳と刀の激闘を繰り広げているかがりと輝司は、そんな愁晴の言葉を聞いているのかいないのか二人だけ異次元の速さで戦っていた。


「愁晴さん!」


 朔那と同じく飛び出して、朔那よりも早く末森の日本刀をエストックで受け止める。


「朔那! ここは任せろ!」


「はぁ? それ一本で何ができるんだよ!」


「なんでもできる! おれはできる!」


 豪語するが、朔那の舌打ちが遠くからでも聞こえてきた。


「遥! 朔那! 頼むで!」


 そして、愁晴の声が意識の遠くから聞こえてくる。遥はなんの返事もせず、重い末森の一撃を跳ね返した。


 食いしばった歯が痛い。副長──つまり《カラス隊》のナンバースリー以上である末森は、不可解そうな表情で遥から数歩距離を取った。

 《グレン隊》のナンバースリーにさえ入れない遥は、末森のその表情の意味をなんとなく理解する。そして、その上で末森がまだ峰打ちをする態度でいることも理解した。


「本気でかかって来いよ!」


「本気でいったら、君死ぬよ?」


「うるせぇー!」


 噛みつくような遥の態度にぎょっと目を見開き、末森は一瞬だけ唇を舐める。


「……ふぅん。君って、《グレン隊》の番犬って感じだよね」


「はぁ?! あったり前だろ!」


「お前、馬鹿にされてるんだぞ」


 背後の朔那に突っ込まれ、遥はさらに牙を剥き出しにした。


「ばっ?! てめぇ!」


「あははっ。かわい〜」


 くすくすと笑う末森は、戦場を一瞥して一点に視線を止める。


「そこの君、手持ち無沙汰みたいだし手合わせしてみる?」


「はぁ?」


「ちょっ、おまえの相手はおれだろーが!」


「違う違う。俺じゃなくて、別の子だよ」


 そう言って、彼は何故か紙切れを取り出した。


本庄ほんじょう! 俺たちなら九対九にできるでしょ?!」


「末森!? お前まさか……本気なのか?!」


 如月きさらぎから距離を取った本庄は、信じられないような目つきで末森を見る。末森がずっと見ていた本庄はすぐに顔を歪めたが、《カラス隊》が劣勢だと悟るや否や片手で紙切れを取り出した。


「はぁ?! それで何ができるんだよ!」


「馬鹿にしてるのか」


 だが、末森と本庄は逆転すると信じ切っているような表情だった。


「──馳せ参じたまえ、ヤクモ!」


「──馳せ参じたまえ、ナナギ!」


 紙切れを宙に投げ出して、日本刀をすぐに構え直した二人は突撃する。本庄は如月を、末森は遥を狙って走り出した。


「なっ?!」


 エストックで末森を迎え撃った遥は、朔那が息を飲んだ理由がわからなかった。日本刀を弾き返し、体勢を立て直してようやくその理由を知る。

 どこから現れたのか、朔那の視線の先には一人の女性が立っていた。


 《カラス隊》の共通衣装である軍服は一切着用しておらず、しかしカラスを想起させる黒を基調とした着物を身に纏っている。着崩されたその着物から覗く白い肌は柔らかそうで、纏う雰囲気は大人の女性そのものだ。

 アリアとアイラにはない色っぽさも、着物に相応しいように纏められた髪も、何もかもが現代人とはかけ離れすぎていて物語の中から登場してきた人物のように見える。


「ふふっ。あっちらを呼び出すなんて、ぬし様は卑怯でありんすなぁ」


「主殿、このようなことで我々を呼ばないでいただきたいのだが……」


 そして、本庄の傍らに立ったのは男性だった。

 彼も《カラス隊》の共通衣装である軍服を着用しておらず、女性と違って白を基調とした着物を身に纏っている。男性はその上に鮮やかな青色の羽織物を羽織っており、髪に赤いリボンをつけている女性との対比が美しい。


 その美貌も、現代人では限りなく着る人が少ない着物も、突如現れたその異様っぷりも、何もかもがファンタジーじみていて。

 遥はあんぐりと口を開き、休む暇も与えない末森の一撃を慌てて躱した。


「輝司! お前、アリアとアイラを厳重注意する暇があんならあいつらをまずどうにかせえや!」


 立ち止まった愁晴は輝司に声をかけるが、やはり炬と輝司は止まる気配がない。

 《カラス隊》の葉柴と《グレン隊》の愁晴が動けない今、八対八で完成されたこの戦場で聞く耳を持つのは集中力があまりない遥のみだった。


 朔那は日本刀を取り出す女性に合わせて忍者刀を取り出し、皐堂は男性の方に視線を向けて彼と対峙する。


 遥は唾を飲み込んで、末森の一撃をかわすことをやめた。エストックで弾き返すこともやめ、構えて突きに出る。

 末森はさすがと言うべきか遥のエストックをいとも容易く弾き返し、やはり峰打ちをしようとする意思を放って目を見開いた。


「おまえがおれをナメてんのはわかってんだよ!」


 吠え、遥は左手の拳を握り締める。エストックを持っていた手は、右手。遥の本来の利き手は、左だ──。


 ナックルダスターを一切つけていない利き手の拳で、末森の懐に飛び込んだ遥は彼のみぞおちを全力で殴った。


「──ッ?!」


 気絶で勝利を得ようとする末森は、決して遥を傷つけない。それをわかっていたから遥は飛び込んだ。死ぬ可能性があったとしても、《グレン隊》の為なら飛び込めた。


「総員、《グレン隊》の九人を押さえ込みなさい!」


「九?! ちょ、俺らを勝手に頭数に入れるなよ!」


 遠くの方で、弥上が輝司に激しく突っ込む声が聞こえてきた。見渡すと、最早炬を仕留めることしか頭になさそうな輝司が炬を押している。


 本気の度合いが違う。瞬時にそう思った。炬は多分、輝司個人に大した興味はない。だが、輝司は炬に異様な執着を見せている。


 遥は膝をついてむせる末森を無視し、一歩ずつ歩き出した。

 朔那の万力鎖に拘束された、葉柴。未だに睦見むつみと如月と激闘を繰り広げる、水無瀬みなせと本庄。卯之原に体力を削られ続けた、文梨。弥上に峰打ちされた、長谷部。そして、朔那と皐堂と戦う突如現れた着物姿の男女。


「よぉ見ぃや。お前の負けやぞ」


 《カラス隊》の面々は、誰も動けない。《グレン隊》の面々で動けるのは、愁晴、遥、そしてアリアとアイラだ。


「そっちが先に〝奥の手〟使うたんやから、俺らがアリアとアイラを出したら敵わんやろ」


 輝司は足を止め、鋭い目つきで辺りを見回す。そして例の男女を見、舌打ちをした。


「今回は、諦めましょう」


「なんで上から目線やねん」


「うるさいですよ、朝霧あさぎり


 輝司はそう吐き捨てて、それでも何故か愁晴を見据える。


「今回は諦めますが、時が来れば必ず我々が隊員として受け入れます。それまでせいぜい遊んでいなさい」


「だから、なんで上から目線やねん。『嫌や』言われたらそれまでやろ」


「本人の意思なんて関係ありませんよ。朝霧、貴方ならわかるでしょう。自分たちが生かされた意味を、今一度よく考えてみなさい」


 何故か口を閉ざした愁晴は、輝司が《カラス隊》に所属する全員に撤退命令を出す様をただ黙って見つめていた。

 愁晴が黙っているのなら、炬は何も言わない。炬が黙っているのなら、《グレン隊》に所属する全員は何も言わない。


「それと、そこの二人」


 そこの二人というのは、遥と朔那のことだった。


「例え未成年だとしても、罪は罪ですからね」


 はっきりと言葉に出した輝司は、その足で朔那の方へと向かっていく。朔那は警戒するように眉間に皺を寄せたが、輝司が彼の耳元に口を持っていった刹那何故か表情を強ばらせた。


 朔那はぽかんと口を開け、何か言葉を漏らしているように見える。見えるだけで、離れたところにいる遥には何も聞こえなかった。


「輝司!」


 焦った愁晴の咎めるような声が効いたのか、輝司はすぐに朔那から離れる。そして、愁晴のその声はまた別の意味で効果を発揮したのか──朔那が明らかに不快感を顕にさせて愁晴を見た。


「では、また」


 負けたのに、輝司は何故か満足そうに笑っていた。


「二度と来るな」


「そっ、そうだそうだ! あっち行け!」


 炬に続いて遥は吠え──


「塩撒いたれ、塩! 冬馬とうま宗太そうた、塩や塩!」


 ──これまた不快そうな愁晴は睦見と如月に命じて塩を要求した。


「はいはい。一応塩撒いとくか」


「……勿体ない」


 睦見と如月は《ハリボテの家》へと戻っていき、残された弥上と卯之原は自らの武器を納刀する。皐堂はあまり変化のない表情で二人を見、卯之原は弥上を見、弥上は不満そうに炬を見た。


「おい! お前のせいで《グレン隊》だって思われたじゃねぇか!」


「自業自得だろ」


 炬は面倒くさそうにそう言って、「納得できね〜!」と叫ぶ弥上は後ろに勝手に倒れ込む。そんな弥上を卯之原と皐堂がしゃがんで囲み、いつものように適当な言葉をかけていた。

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