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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第五話 別れ告ぐ声Ⅲ

 息をする暇もないまま、背後の扉から愁晴しゅうせいかがりが二人揃って姿を現す。《ハリボテの家》を守るようにして《グレン隊》の主力が全員揃ったが、常に後ろから全員を見ているアリアとアイラは出て来なかった。


 出て来なくていい。《カラス隊》の魔の手から、必ず二人のことを守る。


 自分たちを取り囲むようにして目の前に並ぶ《カラス隊》は、中心に輝司こうし、左に末森すえもり、右に本庄ほんじょうを置いている。そしてそんな三人の半歩後ろに下がって立っていたのが、水無瀬みなせ文梨ふみなし葉柴はしば長谷部はせべの四人だった。


 七人と、六人。数で負けても負ける気は不思議と全然しない。


 はるかは拳を握り締めて、《ハリボテの家》を守るように全員が一列に並ぶ様を横目で見た。その中に自分がいるという事実があまりにも嬉しくて、頬を緩ませながら軽く背伸びをする。


「ぶっ飛ばすんすよねっ! 炬さんっ!」


 喜びを抑え切れなくて問いかけると──


「手加減すんなよ」


 ──炬はしっかりと遥に命令して腕を組んだ。


「おいおい。ボッコボコ宣言したるなや」


 愁晴は軽く笑っているが、中心に立つ炬は本気で鬱陶しそうに輝司を見、輝司は侮蔑の視線で炬を見ている。

 かつて本当に同じ学校で同じ学年で同じクラスだったのかと疑うほど、三人は懐かしさも親しみも表に出さない。それどころか、誰から見ても明らかに仲が悪い。


「お前にはもう二度と会いたくなかったよ」


 敬語をやめた輝司が言った。


「なら帰れよ」


 吐き捨てるように炬が言った。


「帰れない理由が、〝そこ〟にあるからな」


「ほっとけよ」


 そうやって面倒くさそうに言う炬は、それでも輝司から視線を逸らさなかった。背後にいる大切な仲間を守る為に、炬は輝司と戦う気でいる。そのことに快感を覚えた遥は、全身でニヤけるのを必死になって我慢した。


「仕事だよ。それに、誰もあの二人を放っておかないだろ」


「うぜぇ。いい加減にしろよ。消えてどっかに行ってくれ」


 輝司は薄い笑みを浮かべ、軽く右手を上に上げた。刹那、他の六人が一斉に日本刀を抜刀する。


「七対六。どこまでやれるのか見物ですね」


「お前も参加するんかい。珍しくやる気やな」


「うるさいですよ、朝霧あさぎり炎竜神えんりょうしん炬と共に在ることを後悔させてあげましょうか?」


「お前の相手は俺だろ、輝司。ずっと昔からな」


 輝司は軽く頬を引き、自らも日本刀を抜刀する。そしてその切っ先は、炬だけに向けられた。


「よっしゃあ! どっからでもかかってこいっ!」


 それぞれが自分と同じ位置に立つ相手を見る。だが、不意に。


 葉柴、水無瀬、末森、輝司、本庄、文梨、長谷部を見て。

 朔那さくな睦見むつみ、愁晴、炬、如月きさらぎ、そして最後に自分を見る。


「…………ん?」


 目の前に立つ文梨と長谷部は、何故か自分を見つめていて。そして、不意に。自分が一人で二人を相手にするのだと悟った。


「…………な、なんで?」


「並び順。あと、単純にお前が吠え過ぎたせいだな」


 隣の如月は淡々と言い、目の前の本庄に意識を集中させる。


「…………マジで?」


「俺は負けない、後は……愁晴さんのお墨つき、だったか?」


「うぐっ」


 確かにそう豪語したのは自分だ。一人だと思っていた相手が二人になっただけでころころと意見を変えるのは自分が目指す〝炬さん〟じゃない。


「どうしても無理だったらアリアかアイラを呼べ。あの二人なら俺たち一人分の戦力になるだろう」


 あの二人は、武力が強いわけではないが強力な運がついている。如月はそうつけ足して、軽く腰を落とした。


「…………よ、呼ばねぇよ!」


 絶対にやってやろう。朔那は絶対に、相手が二人でも弱音は吐かない。負けても絶対に、言いわけはしない。

 遥は腰を落とし、新たに得たエストックを襟ぐりから取り出した。これで必ず戦ってみせる。朔那に頼ることなく一人で勝ってみせる──。



「ん? 何してんだお前ら」



 素っ頓狂な声が聞こえてきて、力んでいた体が一瞬にして解される。慌てて声がした方に視線を向けると、そこにはラフな格好をした弥上やがみがいた。


「や、弥上?」


 驚いたのは遥だけではなく、背後の五人もそれぞれに息を呑んでいる。コンビニ帰りの学生のような緩さでそこにいる弥上はこてんと首を傾げ、なんの危機感も抱いていないような顔で手を差し伸ばした。


「おうよ。ほら」


「えっ?! いやっ、逃げるわけないだろバカッ!」


「はぁっ?! 誰も逃げるなんて言ってないだろうよぉう! 金だよ金! お前、後で払うつっただろ! 嘘つきは針千本だぜぇ?!」


「金?! あっこれか……」


 遥は握り締めていたエストックに視線を落とし、「ちょ、ちょっと待てよ!」と左手で弥上を制す。


「よく見ろ今おれらそれどころじゃねぇんだよ! 一旦戻って出直して来い!」


「やだよ馬鹿野郎ッ! 今じゃなきゃお前ら絶対俺を捕らえるだろぉ! こういうゴタゴタ時が一番狙い時なんだって! アハハハハッ!」


 ゲスのような笑みを浮かべ、忘れていたが商人魂のようなものに火がついた弥上は両手をしきりに揉みしだいている。


「マジかよお前。ドがつくクズだな」


「ちゅーかお前、逃げた方がええで」


「なんでだよ! そうやっていっつも商人のことを馬鹿にしやがって! 金までしらばっくれると俺らも武力行使するからな!」


 瞬間に路地裏から姿を現したのは、卯之原うのはら皐堂さきどうだった。どこで調達したのか、最初から持ってきたのか。囚人服とは異なる私服を着て──物凄く面倒くさそうに立っている。


「うわ。ほんまに脱獄囚が合流しとる」


「大人しく逃げとけ。《カラス隊》はお前らも狙ってるぞ」


「えっ? ……なんで?」


「こいつらは警察だ」


 刹那、弥上の顔色が哀れに思えるほど青ざめた。


「うっ……そだぁ! そんなめちゃくちゃなコスプレをした警察がこの世にいるわけねぇだろ!」


しゅうくん。でもあれ一応ちゃんとした軍服だよ」


「……頭は《十八名家じゅうはちめいか》らしいっスよ」


「はぁっ?! お前ら知ってたなら先に言えよぉぉぉぉっ!」


 弥上はその場で地団駄を踏み、慌てて輝司を見下ろすが──時既に遅し。輝司は明らかに弥上一味をロックオンし、全《十八名家》が警報を鳴らす彼と脱獄囚を逃すまいと手を向ける。


「えっ?! もう囲まれた?!」


「すごーい。さすが現役」


「……やるっスか?」


 逃げ足の速さだけが取り柄の弥上でさえ、囲まれたら逃げ切れる自信はないのだろう。足を下げた弥上だったが、ここで逃げるものどうかと思ったのか一歩足を前に踏み出す。


「お前らぁっ! このままやられっぱなしじゃすげーむしゃくしゃするっ! こうなったらひと暴れしてやるぞぉ!」


「はぁ〜い。でも集くん、僕はガス欠早いから色々と勘弁ね」


「……うっす」


「えっ? えっ?」


 自分の隣には、皐堂が。その奥には、卯之原が。再奥には、弥上がいる。《グレン隊》の列に、彼らが、並んでいる──。


「警察がなんだっ! ぶっ潰す!」


「まぁ、僕と大河たいがにとっては避けては通れない道だからね。頑張ろう、大河」


「……お前もな」


 弥上は《カラス隊》と大差ないほどに立派な日本刀を取り出し、卯之原は例の仕込み刀を、皐堂は自らの拳を構える。


「まーた一時休戦かよ。ハハッ、こいつらおもしれー」


「異色のターゲットだな」


 かつて《グレン隊》の敵だった睦見と如月は、軽く笑みを零して正面を見据える。


「ほぉ。ちゅーことは……」


「昨日の敵は今日の友! 敵の敵は全員味方! お前らと組んでやってもいいぜぇ?!」


「えっ、マジかよ! どうするんすか炬さん!」


 まさかと思って前のめりに炬を見ると──



「好きにしろよ」



 ──また、炬はそう言って受け入れる。


「組むんすか」


「まぁえぇやろ。実力はあるんやし」


 朔那は訝しげに三人を見ていたが、やがてやることを思い出したのか視線を戻す。


「七……対、九?!」


 遥の声に、それぞれ別の方向を見ていた九人が遥を見た。


「うちの卯之原と皐堂をお宅の半人前コンビに貸してやろーか?」


「うちに半人前はどこにもいねぇよ」


 反論しようとする遥を制するように炬は呟き、一歩、自ら前に突き進む。


「炬さぁんっ……!」


「感動してる暇あったら結果出せよ〜? 俺と宗太そうたからさっさと卒業してくれ」


「うるさい。俺はもう強い」


 炬に続くように歩き出す朔那に続き、遥も慌てて足並みを合わせる。輝司は、物凄く腹立たしそうに炬を──そして九人を睨みつけて日本刀を構えた。


「ッ!」


 乱戦だ。遥は走り出し、日本刀を構える文梨にエストックを突き出す。

 見様見真似ではない。ちゃんと、睦見と如月から意見を聞いてある程度の指南は受けた──。その一撃を文梨は正面から受け止め、流す。


「なっ?!」


「あ〜、だめだめ。君、基本はわかってるけどちょっと惜しいね」


 とんっと、隣に立った卯之原から軽く肘を入れられる。そのまま仕込み刀で連撃を繰り出し、無表情の文梨の眉間に皺を寄せさせた。


「やっ、だから! おれは一人でできるって!」


「できるできないの問題じゃなくて。せっかくその道のプロがいるんだからちゃんと見てなよ。君、センスだけはちゃんとあるしね」


 軽く片目を閉じ、卯之原は前へと飛び出す。いつも見ている睦見や如月、そして朔那や炬の背中とは違う──細く、線のある美しい背中だ。

 そして彼を追う皐堂は、ナックルダスターを使っていた遥と似たような体勢で拳を使う。遥はじっとそれを見据え、決して素人ではない二人の攻撃を受ける文梨を見た。


「あいつ……やっぱり固い」


 強いのに、お手本のような剣さばきだと思う。戦う為ではなく、魅せる為のもののようだ。

 《カラス隊》は元々去年できたばかりの組織で、ずっと色んな場所で活動していた《グレン隊》の面々と比べるとどうしても経験の浅さが浮き彫りになってしまうのだろう。


「お前よく見てんのな」


 振り返ると、弥上はニヤリと笑っていた。それを見ているだけで、なんでもできるような気がした。

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