第五話 別れ告ぐ声Ⅱ
目の前を歩くアリアとアイラが、心の底からの笑みを浮かべて帰路につく。
遥はそれを見つめて顔を上げ、隣を歩く愁晴を眺めた。
「ん?」
「あっいや、なんでもないっす……!」
「なんやねん。そんなじぃーっと見つめて『なんでもない』はないやろ」
「本当になんでもないんすから! あっち見ててくださいよ!」
愁晴の視線から逃れるように走って、ついでにカフェに寄って預けていた荷物を回収する。
「なんやのそれ」
「うへぇっ?!」
先に行ったと思っていた愁晴は、何故か店の前で待っていた。
「なななななんでここにいるんすか?!」
「お前がどっかに行くから待ってたんやろ。そないに慌ててどうしたん?」
愁晴のことだ。見つかったら確実に最強の説教コースだろう。
愁晴が大切にしているのはアリアとアイラで、自分のことはそんなに気にかけていない。本気でそう思っていたのに、それを真っ向から行動で否定するのが愁晴だった。
「変なやっちゃなぁ」
呆れたように遥の頭をぽんと撫で、愁晴は「行くで」と雑居ビル地区へと足を向ける。
「しゅ、愁晴さん!」
「ん?」
つい、声をかけてしまった。遥は口をすぼめ、キャリーケースの取っ手を握り締める。
「こ、子供扱いすんのはやめてください!」
「はぁ? ……あぁ、まぁ、確かにお前ももう高校生やもんな」
「つーか元々五歳しか離れてねぇっす!」
「しゃーないやん。初対面の頃、お前めっちゃ子供やったし」
確かに、あの頃は中学生だったし痩せていて背も低かった。なのに今はどこからどう見ても体格にたいした差はない。
「いい加減対等に扱ってほしいっす!」
「そないなこと急に言われても、お前は朔那と二人で一人なとこあるやん」
「それ別に関係ないじゃないすか! 俺たちも冬馬や宗太と同じように〝一人前〟として見てほしいんす!」
言った。ついに、言ってやった。
愁晴を見ると、愁晴はぽかんとしていて。やがて笑みを零し、「わかったから落ち着きぃや」と飴色の髪を掻く。
「約束っすよ!」
「ん。お前はもう一人前や」
「ちょっと軽くないすか?」
「他にどう言えばええねん」
確かに。
遥は唇を尖らせて、キャリーケースを引いた。
「ところでそれはなんなん?」
「……企業秘密っす」
「言葉の意味わかっとるん?」
「言葉のあやっす!」
何がなんでも見せてやるものか。そんな決意を持って遥は警戒心を高める。そんな遥を、愁晴はただ笑って見ていた。
……なんだ。別に、二人っきりでも大丈夫じゃないか。
ほっと息を吐き、愁晴と一緒に駆け足になって先を歩くアリアとアイラに全力で追いつく。
《ハリボテの家》の扉を開けると、いつもの面々が遥たち四人の帰りを待っていた。
「おー、おかえりー」
「たっ、だいま〜!」
「ちゃんと決着つけてきたか〜? クレアとグロリア、納得したのかよ」
「したした! したよっ! しばらく観光したら帰るって!」
睦見は「へぇ〜」と感心したように相槌を打ち、持っていた雑誌をテーブルに置く。そして簡易キッチンを一瞥し、如月を手招きした。
「お前ら昼飯どうする? 宗太が色々作ってたけど」
「食べる〜!」
「……食べる」
「おれも食べる!」
アリア、アイラ、遥も続いてソファに座ると、目の前に座っていた朔那がじっと三人を見据える。
「ほんとに決着つけて来たのかよ」
「もちろんつけて来たよ! 信じてさっくんっ!」
朔那はしばらく怪しそうにアリアを見ていたが、遥を見て頬杖をついた。
「……良かったな」
小さく、朔那がアリアに言う。そんな優しさが朔那にはある。
「だよなっ! それと、アイラも良かったよなー! 叔母さんとちゃんと会えて!」
アイラに目をやると、隣にちょこんと座っていたアイラは頬を綻ばせて「うん」と頷いた。
「今日はオムライスだ。ありがたく食え」
「ありがたくいただきます!」
三人で手を合わせて、如月が出したオムライスを頬張る。相変わらず、如月が出す料理は死ぬほど美味い。
「うめぇ〜!」
「めちゃうま〜!」
わいわいと騒ぐ遥とアリア。その一方で、睦見と如月が顔を合わせて表情を曇らせる。そして、彼らと同じくソファに座った愁晴は──足を組んで天井を見た。
「で。どうするよ」
「そうなんだよなぁ」
「んあ? 何が?」
「バァーカ。《カラス隊》だよ」
睦見と如月の会話が理解できず、問いかけると朔那に足を蹴られる。
「えっ、あぁっ!」
「お前ら、《カラス隊》に追われてるやろ? あいつら──ちゅーか鴉貴輝司のことなんやけど、あいつしつこいからなぁ」
「あいつマジでありえねーよなぁ。執念深いっつーか、性格悪いっつーか、なんであんなにうちのクソガキ共を追いかけるんだか」
「……まぁ、《カラス隊》やからやろうなぁ」
ため息をつき、頬を掻いた愁晴はどこか呆れているようだった。
「そういや愁晴さん、鴉貴輝司と同級生なんすよね?」
「あぁ。炬もな」
だからそんなに輝司のことを知ったような顔をしているのだろう。
けど、それだけじゃないような。もっと他にも何かがあるような──そんな気がして遥は首を傾げた。
「アリア、アイラ。まだ気ぃ抜いたらあかんで」
「……わっ、わかってる! でも、鴉貴輝司は……」
クレアとグロリアの時とは違う。そう言葉を漏らして、アリアは表情を強ばらせた。
「ていうかさぁ、なんか、全部昨日のことなんだよなぁ……」
アリアがお見合いをして、《グレン隊》全員で《カラス隊》に喧嘩を売って、クレアとグロリアに見つかって逃げて、彼女たちを撃退したのは。
「……ん? ていうか! 追われたのはおれらだけど喧嘩売ったのはおれらじゃん!」
「お前らじゃん」
「ああああ違う! 追われてるのはおれらで、喧嘩を売ったのはここにいる全員で……」
「向こうだろ」
身振り手振りで説明していると、階上から姿を現した炬が面倒くさそうな表情でそう言った。
「炬さん!」
「お、炬」
「今起きたんかいな。ほんまお寝坊なやっちゃなぁ」
「うるせぇ」
寝起きの炬は腹を掻き、三人が食べているオムライスを見て腹を鳴らす。
「……宗太、このバカに飯出したって」
「はい」
炬は大股でリビングまで辿り着き、一人分のソファにふてぶてしく沈んだ。
「で? 向こうは向こうで絶対こっちのせいにしてくるぞ」
「遥たちの問題じゃないですよ、これ。あの日、両者の隊員が絶対全員あの場にいたんですから」
「……まぁ、全面抗争の流れでしたもんね」
朔那は眉間に皺を寄せるが、スマホから決して顔を上げない。
「……けど、全面抗争しても勝つのは《グレン隊》っすもんね!」
炬。愁晴。アリア。睦見。遥。如月。朔那。そして、アイラ。
この八人がいれば、絶対に負けない。数でも自分たちの方が勝っている。
「なっ? そうだろ? なっ?」
「まぁ負けるつもりは全然ねぇーけど、大丈夫か? お前」
「おれは負けねぇよ! 愁晴さんのお墨つきだ!」
「まぁ、別にそこはなんでもいいんだけどな」
「良くねぇよ宗太! おれは強いんだ!」
まったく信じていなさそうな如月を指差し、遥はぷんすことオムライスを口にかき込む。
「ぎょーぎ悪いで? 遥。せやけど炬、あいつのことやしまた何かしてくるとは思うんよ。どないするん?」
「ぶっ飛ばす」
「そないなこと聞いてるんちゃうわボケ! 例えば今来たらどうするん? 俺らの本拠地なんて調べればすぐにわかるやろ」
「…………愁晴、もうどうもこうもねぇわ。ぶっ飛ばす、それが大将の命令だ」
刹那、愁晴の顔が強ばった。睦見と如月は口を引き、扉の方へと視線を向ける。
「…………なんでもう来とるんや、あいつ」
「ここまで来ると気持ち悪いな」
けらけらと笑みを浮かべる余裕を見せ、睦見は立ち上がり。
「大将、顔ぐらい洗ってこいよ」
「足止めしときます」
「おれも行く!」
「…………はぁ」
如月、遥、朔那も続いて扉の方へと足を向けた。
「アリア、アイラ。お前らはここにいとき。お前らは《カラス隊》とは分が悪いわ」
「うん、わかった」
「……了解」
メイド服を握り締め、後ろに引っ込む炬と共に徐々に下がる。
「分が悪いってなんすか」
「深い意味はあらへんよ」
尋ねた朔那は舌打ちをし、下がったアリアを一瞥して外に出た。
「おっ、おい朔那!」
慌てて一緒に飛び出ると、見慣れた《カラス隊》の隊員たちが《ハリボテの家》を取り囲っている。
遥は息を呑み、中心にいる輝司を見据えた。
「……やっと出てきましたか」
ため息をつき、輝司は顎に手を添える。その瞳は朔那を捉え、興味深そうに舐め回していた。
「ッ?!」
「きっ、気持ち悪ぃ……!」
朔那と共に一歩下がり、互いに顔を合わせて首を横に振る。
出てくる前はあんなにやる気だったのに、輝司と対面すると背筋が凍るのは何故だろう。
「やっぱりあいつ、なかなかにヤベー奴だな」
「ぶっ飛ばしたら多少はすっきりするかもな」
後から出てきた睦見と如月は、顔を引き攣らせながらも背筋を伸ばして立っていた。
「おい、《カラス隊》! おまえらなんの用だよさっさと帰れ!」
「帰りません。今すぐ綿之瀬有愛、及び骸路成愛来を私たちの前に出しなさい。それと、手前にいる二人にも多少の説教とお話があります」
「いやいや、うちの大事な仲間を出せと言われてほいほい出すわけないだろ。あと何? こいつらも? お前何ガキンチョ相手にムキになってんの?」
「〝ただの〟ガキンチョ相手でしたら、こんなにムキにはなりませんよ」
〝ただの〟を強調して腕を組む輝司は、遥でも朔那でもなく《ハリボテの家》の外観を眺めている。
その中に、アリアとアイラ、炬と愁晴がいる。滅多に前には出ない四人だが、《グレン隊》にとっては大事な仲間で。だから。
「絶っ対に出さないからな!」
「その中にお前らもいるんだから、あんまむちゃすんなよ」
多少のむちゃをしてでも、遥には遥の信念があって憧れの人もちゃんといる。
炬に少しでも近づきたくて、遥は朔那に頼ることなく一人で戦うことを決意した。




