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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第五話 別れ告ぐ声Ⅰ

 弥上やがみに引きずり回されてなんとか《カラス隊》から逃げ切れた翌日、愁晴しゅうせいに連れられてはるかとアリアが訪れたのは駅前のホテルだった。


 和風の建物が多い陽陰おういん町ののどかな町並みとは大きく異なり、洋風に作られている町唯一のホテルは縦長に建築されている。

 その外観を呆然と見上げ、中に入り。豪華なロビーを通過した愁晴は、遥とアリアをさんざん連れ回して二〇八号室の前で足を止めた。


「あっ、ここってまさか……!」


「はーちゃん静かに! はーちゃんはここで見張りをしてて!」


 落ち着きなく動き回る遥の肩に手を置いて、ドアを叩くアリアも少し落ち着きがない。

 愁晴はそんなアリアを背後から見ていたが、不意に廊下の隅に視線を移して「あ」と口を開いた。


「アリア、おった。あそこや」


「ふぇっ?」


 愁晴の視線の先を追って廊下の隅を見ると、確かにそこにはクレアとグロリアがいて。クレアとグロリアは、三人と視線が合った刹那に動き出し──訝しげに目の前に来た。


「ほんとに来たですネ」


「アリア、ほんとに話すですカ?」


 二人はなんにも信じていないような口ぶりで、アリアはあわあわと手を大きく振る。


「ほんとにほんと! 嘘じゃないって! ちゃんと来たじゃん!」


 慌てて弁明するアリアだったが、二人はじとりとした視線を愁晴と遥に向けた。


「後ろの二人はナニですカ?」


「何故一人じゃないですカ?」


「しゅーくんは私よりも二人のことを知ってるし、はーちゃんは暇そうだったから護衛として!」


「暇そうとか言うな!」


 一人だけバイトが休みだっただけだ。


「えっと、で、あの後しゅーくんに聞いたんだけど、しゅーくんが一人でも答えられるって言ったから……」


「しゅーくん?」


「俺や、俺。知っとるやろ? 朝霧あさぎり愁晴や」


「アサギリ……シュウセイ……あの、〝短命〟の?」


 ──え?


「短命のて……難しい日本語覚えとんのなぁ」


 そう言ってニコニコと笑う愁晴は、顎をしゃくってついてくるように指示を出すクレアとグロリアを追いかける。


「えっ、待っ……愁晴さん、短命って……?」


「あぁ、俺自身の話やないよ。短命やったんは、俺のおっちゃんやから」


 咄嗟に掴んだ愁晴の服に、変な皺がついて。

 その服の裾に絡みついた自分の手をするりと引き剥がし、愁晴はなんでもないような顔でアリアよりも率先してクレアとグロリアの傍らに寄り添う。


 それは、何か──そうすることが、彼自身の宿命のような。


「なぁ、アリア。愁晴さんって……一体〝ナニモン〟なんだ?」


「えっ? やっ、えっ? な、なんで急にそんなことを思うの……?」


 そう問うた刹那に慌てたアリアは、何か愁晴のことについて知っているのだろう。当たり前か。《グレン隊》唯一の義兄妹なんだから。


「……だって、あの人だけじゃんよ。おれの時、一緒にアパートまで来てくれたのも。朔那さくなとアイラの時、保護者の許可を貰いに行ったのも……今だって、おまえのことについて動いてくれたのは愁晴さんじゃん。おれらのこと一番知ってるからっつって、一緒に来てくれたのは愁晴さんじゃん。実際、おれらのことめちゃくちゃ知ってるのも愁晴さんじゃん」


 遥はあの時、愁晴が傍にいてくれて嬉しかった。愁晴が傍にいるってわかっていたから、近所の人の話を冷静に聞くことができた。自暴自棄になって町をさ迷うなんてこともせずに済んだのだ。

 だから朔那とアイラの時、愁晴が二人の傍について実家に挨拶に行こうとした時も、なんの疑問も抱かなかった。そういう時に傍にいるべき人間は、愁晴だと身をもってわかっていたからだ。


 だが、この時。アリアの本当の保護者が来た時にここまで一緒について来てくれたのも、愁晴なんて──。



「──あの人、一人でどんだけの人間の人生を背負ってるんだ?」



 アリアは答えなかった。表情を曇らせ、遥と共に愁晴を追いかけていく。


「しゅーくんは、とっても、優しい人だから……」


「でもあの人、あん時世話になった人を裏切っただろ」


「…………」


「なんつーか、別に本気で詳しく知ろうとは思わないけどさ……愁晴さんって、マジでナニモン? ってのは、多分ずっと、死ぬまで思い続けてることだと思うよ」


 ただの人間ではない。それだけはずっと──如月きさらぎよりも、朔那よりも、愁晴を見ていたからわかるのだ。

 ただ、誰よりも訳知り顔をする愁晴のことをずっとアリアも、アイラも、多分かがりもそんなにわかっていないんじゃないだろうか。


 そんな愁晴の、過去も、未来も、本性も。すべての底が見えなくて。夏なのに変な寒気がして、身震いをした遥は自分の体を抱き締めた。


「ここですネ」


 しばらく歩いてクレアが案内した場所は、三〇八号室だった。


「えっ、さっきと全然違うじゃん!」


「ワタシ、言いました。潜伏地を教える、良くないですヨって」


 クレアはしれっとそう言って、扉を開けて三人を中に通す。


「ちょっ、なんではーちゃんも入ってくるの! はーちゃんは外! 護衛って言ったじゃん!」


「ぐへぇっ!」


「護衛不要です。化学の力、人よりも正確ですヨ」


「不要言うな!」


 だが、この四人がどんな話をするのかも遥は気になって気になって仕方がなかった。


「遥」


 愁晴に呼ばれ、言われるがままに耳を貸す。


「後で姫さんが来ることになってん。サプライズな、サプライズ。せやから姫さんの為に外で待ってて欲しいんやけど」


 サプライズ──というのは多分アイラのことだろう。すぐに愁晴の意図を察した遥は軽く頷き、外に出て扉を閉めた。





 アリアは唇を噛み締めて、クレアに言われるがままに椅子に座る。隣には愁晴しゅうせいが、丸テーブルを挟んだ向こう側にはクレアとグロリアが座っており、二人の内のどちらかが口を開くのを待っていた。


「何から話せばええんかわからんのやけど、クレアとグロリアは何が聞きたいん?」


「Allanは?」


「アランさんは、こっちで結婚して奥さんと一緒に亡くなりはったで」


 グロリアは、そうやって淡々と告げる愁晴を恨めしそうに眺める。


「どうして結婚、言わなかったですカ」


「そこまでは知らんよ。アランさんが言うてへんことを俺らが勝手に言うわけにもいかんやろ?」


「Cordelia……Ariaは、何故帰国しない?」


「帰国したないっちゅう本人の意思や。五年前、事故であんたのとこの両親が亡くなりはって……残されたコーデリアは、綿之瀬わたのせ家で綿之瀬有愛アリアと名前を変えて生きていくことになってん。元々血ぃ繋がっとるし、アリアにはまだ使命が残っとったからな」


 小さく、クレアが「使命?」と尋ねた。愁晴は頷き、アリアの頭を軽く撫でて口にする。


「アリアが連れて来られたんは、最初から人工半妖はんようの実験の為やったんや。今まで《十八名家じゅうはちめいか》の血が入っとる人間しか実験は成功せえへんかったけど、《十八名家》の血が入っとる〝クローン人間〟の方はどうなんやってなって……アリアが連れて来られたんやと。知らなかったんか? 実の娘のくせに」


 クレアは眉を吊り上げて、今にも愁晴に掴みかかりそうになるのを今にも泣きそうなグロリアが止める。

 クレアと同じく愁晴を見つめていたアリアは丸く目を見開き、初めて知ったその事実を前にしてたった一人で顔を歪めた。


「実験は成功。成功したらイギリスに連れて帰るっちゅう契約やったけど、それを交わした奴らは〝都合よく〟亡くなりはったからなぁ」


「腐った人間どもです」


「そうしたんは俺やなくてあんたの血の繋がった従伯父やで。知っとるやろ? 俺の名前は朝霧愁晴。俺は綿之瀬家が生み出した最初の傀儡クローンやねんから、全部あの人の後ろから見とっただけや」


「でも、それが、アナタの罪ですヨ」


 グロリアは、どこから取り出したのかいつの間にか十字架を握り締めていた。恐怖に震え、愁晴を睨み、すべての出来事は彼のせいだと責め立てているようで。


「しゅーくんは悪くない!」


 その視線に耐え切れなくなったアリアが反論した。


「だって〝クローン人間〟だもん! クローンは黙ってろって……クローンに人権はないぞって、ずっと言ってたのはクレアの方じゃん!」


 クレアは眉間に皺を寄せ、いっちょ前に反発するアリアを睨む。


「私、しゅーくんがどんな悪事に加担してても絶対にクレアとグロリアと一緒には帰らない! 別に私がいなくても困らなかったくせに、なんで今さら……」


「去年、ステラが帰ってきたです」


「……ステラ、が?」


「アリア、お前……まさかそこまで思い出しとったんか?」


 愁晴は目を見開き、小さく頷くアリアは浮かしていた腰を落とす。


「ワタシのクローンの、ステラ。ヒャッキヤコウあったって、日本から帰ってきて」


 グロリアはちらりとクレアを見上げ──



「ゴドウも死んだって、情報、来たから……まさかって思ったです」



 ──クレアは一人で頭を抱えた。


「アリア、ワタノセ家、ほんとに頭おかしいですヨ。それでもここにいるですカ?」


「私がここにいたい理由は……綿之瀬家じゃないもん」


「アナタは、ダンカン家が生み出した、最初の傀儡クローン


 アリアは黙って、クレアの言葉を聞き続ける。


「でも、手放す。許す。クローンにも人権あるって、ティアナと、はなと、ステラが教えてくれたから」


「三人はそっちにいるの?」


「この国のクローンはもう、アリアと、シュウセイと、あと……知らないオンナしかいない。それでも?」


「大丈夫。なんにも問題ないもん」


 クレアはアリアを見、やがて手を差し伸ばす。和解の握手だ。アリアはすぐにそう思った。


「愁晴さん!」


 ノックもなしに扉が開く。一瞬にして不機嫌になったクレアを制し、愁晴は頬を綻ばせた。


「来たっすよ! アイラが!」


 恐る恐る中に入ってきたアイラは、すぐにグロリアに目を止めて。


「アイラ?」


「アランさんの一人娘や」


 グロリアは勢いよく立ち上がり、まじまじとアイラを見つめ──言葉もなく、姪を抱き締めた。

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