第四話 切り解く糸Ⅴ
「話さなきゃ、いけないコト……」
クレアはオウム返しをし、理解したのかこくりと顎を引く。涙を地面に貼りつけて、それでも前に進もうとするクレアとグロリアの心はきっと強い。
その強さを、自分は喉から手が出るほどに欲しい。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
アリアはそう言って、クレアの腿に突き刺さったエストックを無理矢理引き抜いた。
「あっ、アリア?!」
遥はぎょっと目を見開いて、当然のように痛みに耐えられずに泣き叫ぶクレアは恨みがましくアリアを見上げる。だが、アリアはすぐに彼女に覆い被さって、「ごめんね。でも、もう大丈夫だから」と囁いた。
「さっくん、グロリアの鎖鎌も外してあげて」
「……あぁ」
今まで黙っていた朔那はグロリアに巻きついた鎖鎌を外していき、纏めて自分の服の中にしまい込む。
やがてクレアとグロリアは何事もなかったかのように立ち上がり、遥は「えっ?!」とクレアの血だらけの腿を舐め回すように見た。
「なんで?! なんであれで立てるんだよ!」
クレアを見ても、クレアは遥の方がおかしいんじゃないかとでも言いたげな表情で。アリアを見ても、おかしいのは遥の方だった。
「さっ、朔那〜!」
縋るように朔那を見ると、朔那は遥と同意見だったようで安堵する。だが、朔那は理由を見つけたようで──気にもとめない様子で疲れたように息を吐いた。
「な、なんだよおまえ〜……ん?」
遥が見ていた朔那の背後。そこは駅前で、カラスのような色の軍服がちらちらと視界に入る。
「朔那、アリア」
──奴らが、来た。
遥の声色によって朔那とアリアも気づいたようで、遥に近づいて塊を作る。不安そうな表情はしていないが、緊張しているのだけは伝わってくる。
「どうする、遥」
小声で朔那がそう問うた。
「いやでも……さすがにこんな端っこにある雑居ビル地区には来ないだろ……」
「そ、そうかな……? なんでかわかんないけどすっごいこっち見てるよ……?」
遥はそう判断したが、アリアの言う通り彼らは何故か雑居ビル地区の方を見ているような気がする。
「というかなんかこっちに来てる?!」
「来ないって言ったくせに来てんじゃねーか」
「逃げる? 逃げる?」
慌てふためく三人を不思議そうに見つめていたクレアとグロリアは、徐々に徐々に姿を現した《カラス隊》の異様さを視界に入れて眉間に皺を寄せる。
「アレはなんですカ」
「アレは敵ですカ?」
そんな二人を見上げたアリアは困ったように眉を下げて、「今日はちょっと都合が悪いからまた後で話し合おう!」と声を上げた。
「後デ? それは……」
「ホテルの部屋番号を教えて! 明日また会いに行くから! 絶対に! 絶対に逃げないから! 約束はちゃんと守るから!」
小指を出して願うアリアに、クレアは小指を出して応える。
「二、〇、八」
たったそれだけで笑顔を見せたアリアは笑い、「指切りげんまんね!」と小指を絡めてするりと離した。
「一応逃げるぞ。《ハリボテの家》はすぐそこだ」
「あぁ。アリア、ちゃんと走れよ」
「わかってる! 変に子供扱いしないでよね!」
輝司、そして末森と本庄の顔がはっきりと見える。その奥には四人の影があり、水無瀬と文梨、そして葉柴と長谷部であることがなんとなくわかった。
「それハ賢くないですヨ」
「潜伏地を教える、良くないですヨ」
「えっ? ど、どういうこと?」
そろそろ会話が聞こえる距離にまで攻め込まれてる。遥はアリアの手を急かすように握り、視線をぐるりと巡らせて気づいた。
「朔那、上」
「は?」
「いいから見ろ。上のビル」
小声で告げて朔那に上を見させると、朔那も気づいたようですぐに視線を落とす。
「とりあえず、上に行くかねーよな? なっ?」
「金を出すか、見逃すか」
「どっちにしろおれに任せとけって!」
自分の胸をどんと叩き、アリアに目配せをして小さく頷く。
「はーちゃん、帰るんじゃなくて撒こう!」
「わかった! しっかり掴まっとけよ、アリア!」
アリアの手を握ったまま、遥はすぐ傍にある雑居ビルの中へと駆け込んだ。後からついてくる朔那の足音と、急に走り出した《カラス隊》の足音が聞こえてくる。
すぐ傍にあったエレベーターは故障中で、遥は「こっち!」と手を引いたアリアと共に階段を駆け上がる。バクバクと上がり続ける心臓の音は腹が立つくらいにうるさく、遥は不安を掻き消すように振り向いた。
足音は聞こえるのに、朔那が見えない。
「朔那!」
「ちゃんといる! チッ、おい遥! ヤバくなったら撒くぞ!」
返ってきた声に安堵し、やがて姿が見えるくらい追いついた朔那に尋ねた。
「ま、撒くって?!」
朔那は自分の腰巾着を指差し、刹那に遥は意図を把握する。
「お、おぉ! わかった! タイミングよくめちゃくちゃ撒いてやれ!」
「ッ、さっくん!」
「後ろは任せろ! お前らは絶対にあいつを……弥上を逃すなよ!」
「おう!」
逃さない。絶対に。
雑居ビルの屋上にいたのは、間違いなく弥上だった。遥たちの方は見ていなかったが、ここなら絶対に見つからないとでも言いたげな表情で鼻歌を歌っているのが見えたのだ。
「にしてもあいつ、どうやって冬馬と宗太から逃げたんだよ……」
「そういう才能なのかもね!」
確かにそうなのかもしれない。いや、才能で片づけないと悔しさが込み上げてくる。そういう点では、素直に弥上のことを評価できるのだ。
「つーかだよ! 《グレン隊》の縄張りにまた戻ってくるなんて腹立つ奴だな!」
「でもでも! 戻ってくるなんて誰も想像できなかったからすごいよね!」
人を褒めてばかりのアリアは、遥と繋いでいない方の拳を握り締めてキラキラと笑う。遥もそれを肯定せざるを得なくなって、「そうだな」と見えてきた屋上へと続く扉を開けた。
「弥上ー!」
大声で叫び、びくりと両肩を上げた弥上を見据える。
「えっ? はぁっ?! な、なんでお前がここに?! 嘘だろおい! 信じらんねー!」
「弥上! おれたち今すぐ逃げなきゃいけないんだよ! だからおまえ、おれたちに今すぐ力を貸せ!」
「はぁ?! 何?! お前ら何言ってんの?! 俺はお前らに追われてこんなとこにいるんだぞ?!」
「一時休戦だ! この前もやったじゃんよ、なっ?!」
屋上の淵に逃げ込んだ弥上を囲い、アリアとの手を離した遥は必死に訴えた。
「頼むよ! マジですぐそこまで来てるんだって! なっ?!」
屋上に出た刹那に階段に向かって撒菱を撒き散らし、遥とアリアに合流した朔那がそれを証明している。
「頼むってば! おまえが満喫に残した武器全部買い取るから! お金ならいくらでも……いやそれなりに払うから! おまえのことを町に出るまで見逃しておくからさ! なっ?!」
「さっきから何が『なっ?!』なんだよ! バカが! いやしかし別に悪い話ではないか……?!」
「そうだよ! おまえはいつものように逃げるだけでいいんだから! なっ?! 頼む頼む! マジで頼む!」
階段の方が騒がしくなっている。これは本当に、時間の問題だ。
「金の話は後だな」
そのことに気づいたのは三人だけでなく、弥上もだった。弥上は三人を見回して、「ついて来い」とあからさまなドヤ顔を見せる。
「わっ! サンキュー!」
「ありがとう弥上集!」
「あざっす」
三者三様の感謝の言葉をドヤ顔のままで聞きながら、やがて弥上は背筋を伸ばしてそれぞれを指差し──
「今から俺のことはリーダーと呼べ!」
──刹那に「リーダー!」と答えた遥とアリアの声を感慨深げに受け入れて抱き締める動作を見せた。
「そういうのいいんで早くしてください」
「なんだよお前だけめちゃくちゃノリ悪いぜぇ!」
「朔那はこういう奴だから見逃してくれ! なっ、リーダー!」
「早く早く! さっくんなんかほっといて行こうよリーダー!」
遥とアリアの「リーダー」呼びにまんまと乗せられた弥上は、アリアの服装を一瞥し──
「結構めちゃくちゃなルートで行くけど、お前パンツとか見えても文句言うなよ!」
──厳しい言葉で深紅のドレス姿のアリアに釘を刺して彼女の様子を伺った。アリアは一瞬だけ複雑そうな表情を見せたが、すぐさま「言いません! リーダー!」と勢いのある返答をする。
その言葉を聞いた弥上は、その勢いに押されるようにして走り出した。
弥上が最初に目指したのは隣のビルに隣接していない面で、真下には大通りが広がっている。
「俺はこっから飛び降りるけど、お前らロープみたいなの持ってるか?」
「鉤縄なら」
「さっすがリアル忍者だな……! わかった、お前らはそれで来い! 敵さんが来ったぜぇ〜!」
面白おかしそうにビルから飛び降りた弥上は、突起した庇やら看板やらを使って想像以上に丁寧に降りていった。朔那は鉤縄を淵にかけ、躊躇いもなく真っ先に降りていったのはアリアだった。
「すっげ……おれも先に行くな!」
恐らくスカートの中を見られたくなかったのだろう。遥と朔那にとっても、見ないように気を遣うのは恐らく至難の技だ。
遥は意を決し、飛び降りる直前に撒菱を避けて駆けつけた《カラス隊》の面々を見。滑り降りた直後に降りてきた朔那は真下を見、アリアが降りて場所を開けたのを確認して──
「切るぞ!」
「へっ?」
──遥の返答を待たずに鉤縄を切った朔那は、バランスを崩して落下する遥を横目に着地した。
「いでっ! ば、バカ朔那! こういうのは先に言えよぉ!」
「言っただろ」
「おっせーよ!」
「お前ら、あそこから飛び降りたのに無事とかタフだなぁ〜。まぁいいや! 行くぜぇ! 俺らの逃亡劇はこっからだ!」
勝手に先を行く弥上を追いかけ、遥は屋上から自分たちを見下ろす七人の《カラス隊》の面々をぐるりと見回す。
──まだ、逃げ切れたわけではない。
遥は息を止め、必死になって弥上に食らいついた。
味方にすると恐ろしいくらいに頼り甲斐のある弥上。そして、「お前ら意外と根性あるな〜」と言った弥上の褒め言葉もそれと同等なような気がして嬉しくて。
「リーダー! おまえ、やっぱいい奴だな!」
弥上が本当の味方だったら──そう思った。




