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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第四話 切り解く糸Ⅳ

 《ハリボテの家》へと戻ることなく、愁晴しゅうせいに逃げ切れたと連絡を入れて三人は駅前の小さなカフェに入る。

 実物を堂々と出して他の客を怯えさせるわけにもいかず、はるか朔那さくなに中身を盗み見させてすべての名前を紙に書かせた。


「とりあえず、キャリーケースの中にあるのはこれだけだ」


 朔那が見せた紙に書かれている武器の名前はあまりピンと来ず、首を傾げる遥を見て朔那は盛大にため息をつく。


「お前がそんなんでどうすんだよ」


「うっ……! わ、わりぃ」


 遥は背中を丸めて短く謝罪し、黙々とケーキを頬張る深紅のドレス姿のアリアへと視線を移した。


「ん?」


 不思議そうに首を傾げ、アリアはクリームをつけた唇をナプキンで拭う。テーブルにナプキンを置いて初めて気がついたが、アリアはグロスをつけていた唇を尖らせて「なーに? はーちゃん」と両肘をついた。


「……あのさぁ。クレアとグロリアって何者なんだ?」


「…………」


「あっいや、〝誰〟とかじゃなくて! 何をしてたらあんなモン手に入んのかなぁ〜って!」


「確かにな」


 遥、朔那、そしてアリアが苦戦したあの人工の網。場数を踏んできた遥と朔那、そして前線には滅多に出てこないが決して弱いわけでもないアリアが敵わなかったあの網だ。


「アリアが持ってた忍者刀のおかげでなんとかなったけどさ、ぶっちゃけなかったらビミョーだったぞ」


「……いや、そもそもあれはあの時折れた。もう使い物にならなかったはずなのに……なのになんで折れてないんだ?」


「へっ?」


「ッ!」


 言われてみれば、確かに遥はあの時折れた忍者刀の破片を見た。アリアの叫び声もちゃんと聞いたし、折れたのは朔那の忍者刀だと遥も理解できたのに。


「えっ、なんで折れてねぇんだよ」


「だから、それを今聞いてんだろーが」


「知らねぇよ。あの時見てたのおまえだろ?」


「お前に聞いても答えなんて出てこないことくらいわかってる。俺が聞いてんのはアリア、お前だよ」


 朔那の隣に座るアリアへと視線を移し、正面に座る朔那に視線を戻して遥は唾を飲み込む。


「さぁ? 私もよくわかんないけど……」


「嘘つけ。俺が捨てたこれを拾って鴉貴輝司からすぎこうしと戦ってたじゃねーかよ」


 妙な汗をかきながら、それでも普段通りに答えたアリアに切り込んで朔那は腕を組む。


「お前、やっぱ俺らになんか隠してるだろ」


「さ、朔那! 今その話してねぇだろ!」


「うるせぇ黙れ。俺は、このバカの幼馴染みとして聞きてぇんだよ」


 遥は口を閉ざし、どうしていいかわからずにアリアを見て──アリアの本気で困ったような笑みが痛々しくてすぐに視線を逸らした。


「さっくん」


「言えよ」


「どうして私を困らせるの……? 私が隠し事をし続けていたとして、それでさっくんは何か困るの……?」


 今度は朔那が黙る番だった。

 威圧的になってアリアから事を聞き出そうとした朔那は、こんな返答をされるとは思ってもみなかったのだろう。


 困惑して、アリアと見つめ合って、そんな二人を視界に入れていた遥はもどかしくてもどかしくて仕方がなくて咳払いをする。


「脱線すんな! アリア、とにかく何か知ってるならあの二人について何か教えてくれ! そうじゃないと対策のしようがねぇ!」


「お前もっと声のボリューム抑えろよ」


「うっ……!」


 背中を丸めて周囲の視線から逃れようとし、互いに気まずそうに視線を逸らす朔那とアリアを下から眺めて息を止める。


 青い瞳と蒼い瞳。


 よく似た色の瞳は思春期の少年少女のような戸惑いを帯び、年上としてしっかりしなければと遥に自覚させている。

 遥は背筋を伸ばし、ぽつりぽつりと話し出したアリアの声に耳を傾けた。


「クレアは綿之瀬わたのせ家と同じ科学者で、グロリアは……なんかシスター? みたいなことをやってるらしいんだけど、そっちはよくわからないんだよね」


「科学者とシスターってだいぶよくわかんねぇ組み合わせだな」


「なんで一緒に行動してんだか」


「うーん。グロリアがクレアの家に居候してるらしいよ。で、クレアの家と綿之瀬家の間を繋ぐ感じでアランさんが日本に来ることになってこっちで結婚したんだって」


 つまり、グロリアとアランがクレアの家に居候しなければ、アイラがこの世に生まれてくることはなかったということだろうか。


「じゃああれは、研究でわざわざ作った繊維を網にしたってことか」


「だろうねぇ。日本の刀は向こうのよりも切れやすいから偶然切れたんだろうけど」


「えっ、洋剣って切りにくいの?」


 キャリーケースの中に入れていた武器の中に、洋剣がいくつか入っていたはずだ。その情報が確かならばこれらは使わない方がいいのかもしれない。


「みたいだよ〜。とーくんがドヤ顔で言ってた」


「えぇ〜……信憑性あるのかないのかわかんねぇ情報だなぁ」


「あの人の言葉はジョークかガチかの見分けもつかねぇしな」


「えぇっ、本当だよ?! かがりんも『そうだな』って言ってたもん!」


 ならばそれは真実だ。遥はすぐにリストの中から洋剣を削除し、話を聞いた上でいくつか選んでいく。


「その選び方で本当にいいのか?」


「今必要なモンを選んでるんだ! いいに決まってるだろ!」


 ため息をつく朔那を無視し、遥は知り合いでありバイト先の店長でもある老人に頼んで更衣室を借りた。キャリーケースの中から必要なものと不必要なものを分け、衣服に武器をしまい込み残りはキャリーケースの中に戻す。


「おっちゃん! このキャリーケース後で取りに来るからここに置かせて! 何かあったらおれに脅されたって言っていいから!」


 更衣室から出ながら店長に声をかけると、店長は眉間に皺を寄せて遥を睨んだ。


「はる坊テメェ! うちの店はロッカーじゃねぇぞ!」


「いーからいーから! 頼む!」


「うるせぇ! 一日タダ働きだからな!」


「それは困る! けど頼む!」


 代金を適当に置いて朔那とアリアの腕を引っ張り、遥は走って外に出る。


「ちょっ、おいバカ!」


「はーちゃん! ねぇ、いいの?!」


「いいのいいの! おまえらは黙っておれについてこい!」


 二人のことは必ず守る。

 二人にかかる火の粉は必ず自分が取り除く。


「朔那! アリア! 作戦決行だ!」


「あぁ!」


「うん!」


 二人は遥を臨時のリーダーとし、まっすぐな心で遥を追う。


 三人が目指すと決めた先は、雑居ビル地区だった。遥と朔那がアリアと共に行動をしているのは明白で、遥と朔那が《グレン隊》として活動しているのも明白で。

 そもそもクレアの顔があれば、名前がなくてもアリアには簡単に辿り着けるのだ。だから、雑居ビル地区に来ている可能性が高い──。


「み、見つけた……」


「お前、へばってんじゃねぇよ」


 探し回って数時間後。雑居ビル地区の大通りに姿を現したクレアとグロリアは、真っ直ぐにアリアを見つめている。


「……Cordelia」


「……クレア」


「アナタは、ワタシの所有物ですヨ」


「……そうかもしれないけど、私は私の人生を生きたい」


 何故か否定しなかったアリアは、クレアが取り出した小型のスプレー缶に視線を移した。


「ダメですネ。帰国してください」


「嫌だ」


「なら、処分します」


「それじゃあ私には勝てないよ」


 淡々と告げたアリアは息を吐き、遥と朔那を見上げてこくりと頷く。


 ──行って。


 アリア自身に力はなくとも、人を使える力はある。

 遥と朔那は作戦通りに駆け出した。クレアの後ろに隠れるグロリアごと貫くような勢いで、貫通属性のあるエストックを襟ぐりから取り出す。


 細長い、遠目からでは目視しづらい武器。切るのではなく、貫く武器──。


「これで終わりだ!」


 貫く直前のクレアは当たり前のようにスプレーを噴射し、霧状の液体に包まれた遥は一瞬にして膝をつく。


「ッ?!」


 いつの間に──いつの間に自分は膝をついた?


 意識が朦朧とする。朔那も被害を避けられなかったようで、クレアには一歩届かずに膝をつく。

 クレアは残念そうな表情でスプレー缶を放り投げて、「これ、毒ガスですヨ」と麻痺した二人に声を落とした。


 遥も朔那も声を出せず、意識を手放しかけた刹那──


「だと思った」


 ──アリアの声が降り注ぎ、途端に意識が蘇る。


「そういうの、得意だもんね」


 困惑するクレアとグロリアには、まだ気づかれていない。遥は一瞬哀れんで、それでも諦めの悪いクレアの腿を奥深くまで突き刺した。


「あぁっ?! あっ、ああああ!!」


 血塗れのエストックを抜くこともせず、クレアは倒れて悶絶する。


「クレア?! クレアッ!」


 グロリアは目の前で倒れたクレアを介抱しようとして、朔那の鎖鎌に縛られて身動きを封じられた。


「あっ、あぅ……! どうし、て……?」


「突き進めってアリアが言った。それだけだ。なっ? 朔那」


「あぁ」


 遅れて駆けつけたアリアは横たわる二人を見下ろし、短く「ごめん」と謝罪する。だが、その真意は二人にはまったく通じていないようだった。


「どうして……」


 倒れてもなお、クレアは涙混じりに問いかける。その感情が伝播したのか、グロリアまで泣き始めてアリアは唇をきつく噛んだ。


「ごめんなさい。クレアもグロリアも、本当は何も悪くないってことくらいわかってる」


 なのに、アリアは拘束する道を選んだ。遥も哀れだとは思うが、対話できない人間に持つ慈悲はない。


「悪いのは全部私たちだよ。だから落ち着いたらちゃんと話す。詳しいことは何もわからないけど、私はそうするべきだと思うし私も知りたい」


「聞くって?」


「おばちゃん──綿之瀬乙梅おとめと、綿之瀬トメに。おじちゃんとこまっちゃんは死んじゃったし、しゅーくんもそこまで知ってそうには見えないし」


「トメ……オバアサマの、名前……?」


 涙を垂らしたクレアは、ぽつりと呟いてアリアを見上げる。


「うん。みんなでちゃんと話そう」


「アラン……アランは本当に……」


 グロリアはクレアの手を握り締め、痛みに耐える彼女のことも思って泣く。


「うん。でもね、話さなきゃいけないことはそれだけじゃないよ」


 だが、アリアはそれでも希望はあると口にした。

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