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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第四話 切り解く糸Ⅲ

 人混みに時々隠れるクレアとグロリアは、それでもアリアを見失わなかった。はるかは彼女たちの執念に異様さを感じ、武器の少なさも鑑みて逃げることを選択する。


「逃げるぞ」


「あぁ」


「うん」


 朔那さくなとアリアは拒まなかった。遥の意見に同意して、二人はじりじりと下がっていく。

 大事なものを守る為に、それしか選択肢がないのだと全員がわかっていた。そうすることが一番なのだと全員がわかっていた。


「──ッ!」


 逃げる気があるとわかった刹那、クレアとグロリアは大股で歩き出す。繋がれた手は互いに汗ばみ、異様な緊迫感が続いていく。


「……ど、どうやって逃げる?」


「おい」


 恐る恐る尋ねた遥に厳しい目を向け、朔那は短く舌打ちをした。


「お前、何を使ってここまで来た」


「しゅーくんに頼んで途中で下ろしてもらったの」


「チッ、なんなんだよあの人。肝心な時に余計なことしやがって……!」


 苛立ち、朔那は歯を食いしばって視線を様々な場所に向け始める。


「今から呼び戻す?」


「間に合わねぇだろ」


「どっかに隠れる?」


「それ……なら……イケるかも?!」


「バカ。よく見ろよ、あいつら一回も目ぇ逸らしてねぇだろ」


 逃げることはできても隠れることは難しい。朔那はそう言って、隠れるという選択肢を意図も容易く消し去った。


「じゃあもう……愁晴しゅうせいさんが来るまで全力で逃げ切る! で行くぞ!」


「アリア、愁晴さんに連絡入れとけ」


「うん! ……って、とーくんとそーちゃんは?!」


「あいつらは弥上集やがみしゅうを追ってる! 自分らのバイクで帰れるだろうし、放置! でいくぞ!」


 遥の掛け声によって駆け出した三人は、離した手を全力で振る。大きく振って、足を上げて、全力で。


「追いかけてくる!」


「んなのわかりきってることだろーが! 走れ! お前は一番鈍臭いんだから!」


 朔那は叫び、驚く歓楽街の住人を突き飛ばして道を開ける。その間を縮こまるようにしてアリアが通り、遥は全力で駆け抜けた。

 歓楽街の出入口となっている通りの境目はすぐに見え、そこから先は人がまばらな商店街が広がっている。広大な商店街の数多な大通りを利用すれば二人を撒けるかもしれないが、遠くまで見渡せるせいであまり意味を成さない可能性もある。だが、それはお互い様だ。


「撒くぞ!」


「あぁ!」


「わかった!」


 三人一緒に行動する。遥が先導し、振り返ると朔那とアリアが追いかけてくるのが見える。が


「おまえら、なんで笑ってんの?」


 二人は何故か、程度に大きな差はあれど嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「なっ、笑ってねぇよ!」


 朔那はすぐに反論するが、アリアは若干嬉しそうに朔那を見る。


「もしかして、さっくんも?!」


「ちげーよバカ!」


「何がだよ! 否定してる時点でちょっとそれ肯定してんじゃねーか!」


「うっ」


 不快そうに顔を顰めた朔那は、舌打ちをして視線を逸らす。それを肯定と捉えたのか、アリアは状況に似合わないような笑顔で朔那の顔を覗き込んだ。


「やっぱりさっくんも思い出したの?! 昔、こうやってヌイと一緒に走ってたこと!」


 ヌイ──。時々アリアが話す、朔那とアリアの幼馴染みのことだ。そんな彼女を遥と重ねて二人は見ていたのだろう。


「おっ、おまえら気ぃ抜きすぎだろ! しゃきっとしろよ! 怖くねぇのかよ!」


「怖いよ!」


 朔那と同じような即答。だが、アリアは決して怯えていない。


「怖いけど、さっくんとはーちゃんがいるから! 怖くない、大丈夫だって思えるの! だから──」


「だから?!」



「──だから、絶対にいなくならないでね!」



 アリアに向けて視線を落とした朔那は、何故か驚いていた。やがて表情を大きく歪め、朔那は辛そうに視線を落とす。

 その意味を遥はまったく理解できなかったが、アリアにはそのような意図があったようで──珍しく、寂しそうに笑っていた。


「って、うわぁ! 来てる! 来てるっ!」


「だからそんなのわかりきって……」


「やべっ! 朔那、鎖鎌……」


 だが、遥はその言葉を最後まで言えなかった。

 広大な大通りに投げ出された網は三人の上空を簡単に覆い、落下して全身に纒わりつく。


「いっ?!」


 それは、一目で簡単に解けるものではないとわかるような繊維で作られていた。人工物の網に見えるのに妙に軽く、女性でも容易く投げられそうなのに抜け出すことがどうしてもできない。


「捕まえましタ」


 上手い日本語で耳に触れる。その声に向かって視線を上げると、嬉しそうに笑みを浮かべるアリアによく似たクレアが立っていた。


「探したですヨ、Cordelia」


 アリアは唇を噛み締め、自分と同じ顔をした彼女を睨みつける。クレアの瞳の中に映ったアリアは嫌がっていたが、アリアを瞳に映したクレアは傷ついていた。


「Why? Cordelia」


「私の名前は、コーデリアじゃない」


「What?」


「私の名前は、綿之瀬有愛わたのせアリア


 不可解そうな表情で、クレアはアリアを見下ろしている。


 何一つ理解できなさそうな表情で。

 この世界で一番不幸なヒロインだとでも言いそうな表情で。


 遥が心の底から哀れだと思うくらい、クレアはアリアに拒絶されていた。


「ワタノセは、オジイサマの……」


「そうだよ。その綿之瀬だよ。私は綿之瀬有愛だよ」


「Aria?」


「だからもう関わらないで。私はもう、貴方の知っているコーデリアじゃない」


 クレアは口を閉ざし、隣にいるグロリアを一瞥して眉を下げる。グロリアもグロリアで不可解そうな表情をしており、肩を竦めて遥に視線を移した。


「アナタあの時、知らないって言ったです」


「えっ?! いやだって、全然名前違うし」


 違う。今は言い訳をしている場合ではない。逃げなければ──そう思うのに、このまま話を続けさせた方がいいのではとも思う。


「Allan……Allanは?」


 縋るように、今度はグロリアは遥に問いかけた。


「えっ?! いやそれは……」


 アランという人は知らない。だが、アランの娘がアイラだと言うのなら、アランはもう──。


「……えぇーっと……」


「死んでるよもう」


 遥がどのように伝えるか迷う努力も虚しく、吐き捨てるように朔那が言う。あまり人の気持ちを考えない朔那のことだ。こういうことも簡単に言ってしまう。


「……え?」


 ぽろりと、口をぽかんと開けてグロリアが声を漏らした。


「いや! わからないっすよ! 確定したわけじゃないっすよ!」


「いないよもう。お墓あるもん」


 遥が慌ててフォローするも、その努力さえアリアは簡単に捨て去ってしまう。


「アリア!」


「誤魔化したってしょうがないじゃん。事実は事実。隠す方が可哀想だよ。だって、このままだったらお葬式もできないもん!」


 声を上げたアリアの日本語が理解できたのかできなかったのか、捕えた三人を見下ろしたままクレアとグロリアの体は硬直していた。その目は虚無を映し出し、突然突きつけられた真実を受け入れられないでいる。


「おい」


 朔那が遥に囁くように言った。


「やべぇぞ」


 その意味を遥もわかっていた。


「ッ!」


 遥はキャリーケースの中を探り、何かないかと何度も動かす。朔那が今使える武器は少ない。遥が今使える武器は多くても、役に立つかはわからない。アリアの忍者刀は──?


「……どうして」


「……なんで」


 震える綺麗な日本語で、クレアとグロリアが言葉を出す。


 まずいまずいまずいまずい。逃げなければ──。


「アリア!」


 アリアは襟ぐりから忍者刀を取り出し、朔那に手渡して身を伏せた。遥も同時に身を伏せて、朔那が振るう忍者刀の被害を一緒に逃れる。

 聞き取れない英語で息を呑んだ二人を一瞥し、遥は申し訳なさを滲ませながらも「逃げるぞ!」と叫んだ。


 細かく切れた網は呆気なく千切れて地面に落下する。その隙間から抜け出した三人は二人がいる場所から真逆に走り出し、一目散に逃げ出した。





 膝に手をつき、三人は同時に息を整える。互いに顔を見合わせて無事であることを確認し、安堵するように息を吐いた。


「……なんだよ、あれ」


 忍者刀を襟ぐりにしまい、朔那さくなは不機嫌そうにアリアに尋ねる。遅れて息を整え終えたアリアは顔を上げ、「わかんない」と言葉を漏らした。


「……お前の親戚、なんであそこまでお前に執着してんだよ」


「……わかんない」


「つーかあれ、お前の母親じゃねぇの? 似すぎだろ」


「違う! 私のお母さんはもう死んだ!」


 死んだ。そうきっぱりと言い切ったアリアが逆に哀れで、はるかは口を噤む。そして、養護施設にいたということがどういう意味を表しているのかアリアとアイラを見て嫌というほど思い知らされた。


「じゃあ誰だよ」


 さらに追求しようとする朔那の姿勢に、嫌になったのかアリアが不機嫌そうに言葉を返す。


「さっくんには言えない。……言いたくないの」


 その言葉の意味がどういう意味なのか、遥にはわからなかった。きっと朔那にもわからなかった。


「なぁ……」


「そういう細かいことはいいだろ! そんなことよりも今だよ!」


 辺りを見回し、ここが人がそれなりにいるオフィス街だということを確認した遥は二人に問いかける。


「このまま行けば《ハリボテの家》に帰れる。つーかぶっちゃけ愁晴しゅうせいさんの迎えももういらないとこまで来てる。……どうする?」


 その言葉を聞いて、二人は息を止めた。


「逃げるか、自分たちでどうにかするか」


 二人の意思を遥は聞きたかった。


「逃げる一択じゃなかったのかよ」


「そうだけど! ここまで来たら対抗する為の準備はできるだろ!」


「対抗するの……?」


「あのままだったら確実にまた襲ってくるだろ!」


 そのことはもう間違いないのだ。遥はきつく唇を噛み締めて、戸惑う二人の表情を観察する。


「お前、さっきまで怯えてたくせになんなんだよ」


「怯えてねぇよ!」


「はーちゃんって、物事が終わった後にそういうスイッチ入るよね」


「まだ終わってねぇよ!」


 遥は再び息を整え、迷うように視線を逸らし


弥上やがみ冬馬とうま宗太そうたがやってんだ。あの二人くらい、おれらでどうにかしたいじゃんよ」


 そう思っているのは自分だけなのかと問いかけた。

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