第四話 切り解く糸Ⅱ
「ろろろろロープ! ロープ!」
必死になって手を伸ばし、ロープを手探りで掴んで横たわる弥上を縛りつける。
「下手くそ」
悪態をついた朔那と途中で交代し、暴れる弥上を縛りつけて遥はほっと息を吐いた。
「なんなんだよお前ら! 見境なしか! 組同士の縄張り意識はないのかよ!」
「こっちはお前っつー外部の人間に縄張り侵入されてんだよ。その縄張り内ならどこへでも行く」
「そうだそうだ! どこへでも行くぞ! 歓楽街に隠れても無駄だからな!」
朔那の間から顔を出した遥は拳を振り上げ、悔しそうに顔を歪ませる弥上を見下ろす。ほんの少しだけの優越感に浸り、遥は胸を張って自分のサルエルパンツのポケットの中を探った。
「よし。冬馬と宗太に連絡するぞ!」
「ちょちょちょちょちょ! 待った! タンマ! お前らちょっと俺の武器に興味ない?! 見逃してくれたらタダであげちゃうよ〜! この俺がタダにするなんて滅多にないからな〜! 今がチャンスだぞ〜!」
「はぁ?! ふざけんな、おれらがそんなんで買収されるわけ…………んんん」
「おい」
朔那に小突かれたが、興味がないとは言い切れなかった。
ナックルダスターしか持っていない遥は、朔那のように多くの武器を扱えるようになりたいと意識を向けたばかりなのだ。まだ力のない自分が、炬や睦見や如月のように拳だけで戦うなんて不可能だと思い始めたばかりなのだ。
「よし。おまえを突き出して全部奪おう!」
「なんでだよ! 窃盗罪で訴えるぞコラ!」
「は? んなの隠蔽すればいいんだろーが」
「えっ怖い……。待ってお前らそれって結構ガチで言ってる……?」
身を縮める弥上は疑うような視線を向けるが、遥と朔那はいつでも本気だ。
改めてスマホを取り出し冬馬の電話番号に触れ、暴れ回る弥上を押さえつけながら応答を待っていると──
「そこで何をしている」
──開け放たれた扉の奥で、遥と同い年くらいの青年が姿を現した。
彼のことは見たことがない。咎めるような目つきで立っているのだからどこかの組織に所属しているはずなのに。
「あ? んだよおまえ。あっち行け」
「チッ。おい、見せモンじゃねぇぞ」
青年はウェーブがかった柔らかそうな胡桃色の髪を掻き、盛大なため息をついて遥と朔那を交互に睨む。──碧眼。朔那やアリアに少しだけ似た青系の瞳は、彼の中にある冷酷さを具現化しているようで遥は思わず眉間に皺を寄せた。
「……無知は罪だぞ、野良犬ども」
「はぁ? おまえ、さっきから何言ってんだよ」
「……おい、お前ら、マジで知らないのかよ。こいつは相豆院鬼一郎だぞ。相豆院家の現頭首で、《風神組》の組長だ」
その答えの一部は弥上が握り締めていた。
遥と朔那はぎょっと目を見開いて鬼一郎を見上げて、鬼の名を持つ割にはやけに甘めの顔立ちに驚く。遥と同い年で、未成年であるにも関わらず数多の権力を一夜にして手に入れた前代未聞の歓楽街の王──。
「なっ、なんでおまえみたいな奴がこんなとこに!」
「ここは俺の縄張りだ。それを言う権利がお前たちにはあると言うのか?」
鬼一郎は片手に持っていた漫画を傍らに立っていた組員らしき男性に手渡し、完全に遥と朔那の逃げ道を断つ準備をする。あからさまな危害を加える気はなさそうだが、このままでは確実に──炬に、そして《グレン隊》や《紅炎組》に迷惑をかけてしまうことになるだろう。それだけはなんとしてでも避けなければ。
「とっ、取り引きだ!」
刹那、はっきりとした声色で遥が鬼一郎にそう提案した。
「取り引き?」
鬼一郎は遥の言葉をオウム返しし、不可解そうに目を細める。
「こいつの名前は弥上集! おれらの町に侵入したマフィアの仲間で、おまえら《十八名家》の誘拐を目論んでる! だからその……おまえは頭首としておれたちを見逃せ! こいつを逃したら困るのはおまえたちの方だからな!」
掌の汗が凄まじい。鬼一郎の、本気を出した時の気迫を想像すると恐ろしい。同い年なのに、ここまで違うことが悔しくて仕方がない。
「あぁ、そうだ。これは炎竜神家からの依頼だ。お前ら相豆院家の耳にも入ってるだろ」
《十八名家》の汚れ仕事はすべて炎竜神家が。その手から零れ落ちてしまう仕事は《グレン隊》が請け負っている。何もしていない相豆院家に止められる筋合いはない。
「もとより俺は、お前たちをここからつまみ出す程度にしか考えていない。今すぐここから退却して……」
刹那、かなりの音量の足音が聞こえてきた。
「遥っ!」
「朔那!」
「えっ……? あっ、冬馬! 宗太!」
何故ここに来たのか──そう思って、電話をかけっぱなしだったことに気づく。
「きいち……くみちょ……そう……」
「おい宗太、呼びづらいなら呼ぶな」
睦見に突っ込まれた如月は、久しぶりに再会したかつての主人に対してどういう表情をしたらいいのかわかっていないようだった。
「……お前、まさか如月か?」
若干戸惑う如月は意を決して歩き出し、睦見と共に遥と朔那が待つ個室へと向かう。
鬼一郎はそんな如月を驚きつつも視界に入れ、懐かしい旧友に思いがけず会ってしまったような表情をした。
「ッ……!」
「へっ……? あっ、弥上! 待て!」
遥と朔那、そして鬼一郎が目を離した隙に弥上が飛び出す。足に縛りつけていたロープははらりと床に落ち、遥は人為的に切られたそれを呆然と眺めて思考を止めた。
「おい!」
朔那が飛び出し、鬼一郎が咄嗟に道を譲る。睦見と如月が止めるかと思ったが、慌てて遥が個室から顔を出すと、弥上の姿はどこにもなかった。
「いないっ?!」
「クソッ、どんだけ逃げ足が早いんだよ!」
珍しく声を荒らげる朔那の後ろを、一方通行であるにも関わらず睦見と如月を力ずくで薙ぎ倒した弥上の火事場の馬鹿力に戦く遥が続く。
「……どんなものかと思えばこの程度か」
聞き覚えのない声に振り返ると、鬼一郎につき添っていた組員が冷めた目つきで遥を見ていた。
「ッ!」
「おい遥!」
聞き捨てならない。弥上のことは睦見と如月に任せ、足を止めた遥は踵を返す。
「余計なことを言うな」
だが、先に組員に釘を刺したのは鬼一郎だった。鬼一郎は、冷酷さをその身に秘めつつも暖かさを失っていなさそうな態度で組員を睨みつける。
「俺たち《十八名家》は、自分の身は自分で守れる。少なくとも俺は、自分の身内は自分で守れる。だから気兼ねなく暴れて来い。何かあったら俺がすべて責任を取ろう」
「組長、何故貴方様がそこまでするのですか」
「俺じゃなくても同じことを言うさ、あの人たちならな」
鬼一郎は顔に似合わない低い声で淡々と述べ、それでも遥は止まらずに鬼一郎の前を通り過ぎる。
「遥、何して……」
遥は弥上が借りていた個室の中へと再び入り、彼が残したすべての武器へと視線を落とした。
「なぁおまえ」
「なんだ」
「ここに置いてある武器、おれが全部貰うからな」
「好きにしてくれ」
鬼一郎はそれだけを述べ、不服そうな組員を引き連れて去っていく。姿が見えなくなっても鬼一郎は組員を黙るように言い聞かせており、残った遥は敵対している憎むべき相手である鬼一郎の人間性を憎めなくなった。
「何してるんだよお前」
弥上を追いかけるのではなく遥に付き添うことを選んだ朔那は、呆れた調子で同じく中に入ってくる。
「なぁ朔那、おれが使えそうなのってどれだ?」
「はぁ?」
遥は真っ直ぐな瞳で武器を一つ一つ手に取って、その価値を見極めようとした。だが、武器に不慣れな上に知識もない遥にそれを正しく選べるはずもなく。
「頼む、マジな話なんだ」
「あのなぁ。んなの直感でいいんだよ」
「直感?」
「それと、自分の掌のサイズに合うもの。こいつらを見る限り最初はそれくらいでいいんだよ」
遥はあまりの呆気なさに息を吐き、結局選べずにすべてを同じく置き去りにされたキャリーケースの中に詰める。
「……後で選ぶ」
「あっそ」
それを大事そうに抱え、遥は物音に気づいたのか不審そうに覗き込んでいた店員を威嚇して外に出た。
「外に出たんだから転がせよ」
「お、おう。そうだな」
遥は頷き、キャリーケースを舗装された道路に置く。それをごろごろと転がしていると、目の前にクレア──いや、アリアが姿を現した。
「あっ、アリア?!」
「あっ! はーちゃん! さっくん! こんなとこにいた!」
「何しに来たんだよおまえ!」
「四人があの後どっかに行っちゃったからGPS機能を使って探してたんだよ! ねぇ、急にどうしたの?!」
確かに、アリアたちに何も言わずにここまで来た。咄嗟の思いつきでここまで来てしまったことを深く反省しつつ、遥は慌てて周囲を見回す。
「はーちゃん? それに、さっくんもなんで辺りをきょろきょろしてるの?」
「バッ、バカかよおまえ! おまえ外出禁止だろ!」
「そ、そうだけど……こんなところにわざわざ来ないでしょ?」
「来てたから焦ってんだろバカ!」
朔那が半ばキレるように声を出し、遥が顔を隠せそうなお面が売られているのを見つけた頃──
「見つけたですヨ」
──聞き覚えのある、微笑ましく思えるような口調が聞こえた。だが今は微笑ましくもなんともない、ただの悪魔のような声だ。
振り返ると、クレアとグロリアが遠くの方に立っていた。思っていた以上に距離があったことに安堵しつつ、その物理的距離を感じさせない気迫に戦く。
戦いてばっかりだ。これじゃあまるで雑魚みたいじゃないか。
遥は唇を噛み、一歩ずつ歩んでくる彼女たちから距離を取る。
「ぁ」
だが、アリアはまったく下がらなかった。やがて遥と朔那と一列に並び、アリアが下がっていないことに気がついた遥と朔那が彼女の片手をそれぞれ握る。
「朔那、武器は」
「鎖鎌と撒菱が少し。後は全部綿之瀬家に置いてきた」
圧倒的に数が足りない。口の中から血の味がする。だが、アリアは二人の手を強く握り返して声を上げた。
「忍者刀なら私が持ってる」
その声には芯があり、遥と朔那は安堵してクレアとグロリアを睨みつけた。




