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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第四話 切り解く糸Ⅰ

 《グレン隊》と《カラス隊》の命を削るような激突に目を眩ませ、はるかは足を踏ん張ってかがり輝司こうしの殺気を刮目する。

 炬は笑っておらず、輝司も笑っていない。燃やすような暑さと凍てつくような冷たさがそこにあってぶつかり合っている。


 ゾッとしたのは遥だけではなく、先に出て道を開けていた末森すえもり本庄ほんじょうも全身を強ばらせていた。アリアも、朔那さくなも、アイラも、愁晴しゅうせいも。葉柴はしば長谷部はせべも固まっていて一歩も動けない。

 ただ、睦見むつみ如月きさらぎ──そして水無瀬みなせ文梨ふみなしは激突した直後の緊迫感を保ったままお互いを睨みつけていた。


 そこで逃げるような《グレン隊》でも《カラス隊》でもない。


 アリア、朔那、愁晴、アイラ。

 末森、本庄、葉柴、長谷部。


 お互いがお互いを睨み合い、一歩も動けないでいる。誰も喋らない。誰も動けない。だからどうすることもできない。

 遥は息を詰まらせてすぐさまそれを吐いた。誰か助けてくれ──そう願った刹那の声だった。



「何をしているのです」



 しわがれた、老婆の声だとすぐにわかった。遥は視線を真上に上げ、先ほど突入した客間の隣室から老婆が顔を出しているのを見る。

 白髪混じりの灰色のような髪を持ちながら、ショッキングピンク色の冷えるような視線が彼女の年齢を不明にしている。背筋を伸ばして凛と立つその姿は陶器でできた像のようで、見ている者は息を呑まざるを得ない。


「輝司、炬。貴方方は何故あたくしの領土で争うのですか」


「…………トメさん」


「…………旧頭首」


 輝司、そして炬が言葉を漏らした。

 二人を争わせるようなことをした張本人であるにも関わらず、トメは知らん顔で腕を組んでいる。そして、すぐに顔を出したトメよりも若そうな女性はアリアと愁晴を見下ろして顔を顰めた。


「アリア、愁晴! 貴方方は一体そこで何をしているのですか!」


乙梅おとめさん…………」


「おばちゃん…………」


 彼女が、アリアと愁晴を縛る綿之瀬わたのせ家の現頭首──綿之瀬乙梅なのか?


 遥は視線を乙梅に止め、彼女を睨んだ。遥が本当に睨むべき相手は、《カラス隊》であって綿之瀬家の彼女たちでもあるのだと本能でわかっていたのだ。


「うるせぇ! だったらおまえらがなんとかしろよ! 偉いんだろ?! 自分で解決してみろよ!」


 遥は叫び、アリアと愁晴を縛る綿之瀬家のことを。輝司にあんなことをわざわざ言わせた綿之瀬家のことを決して許しはしないと心から吠える。


「クレア・ダンカンとグロリア・カートライトから守ってやれよ! 元はと言えばおまえらの問題だろ?! こうなったのはおまえらのせいだろ?!」


 だから、《カラス隊》に助けを求めることも《グレン隊》を巻き込むことも間違っているような気がした。


「……遥」


 愁晴が掠れるような声で遥を呼んだ。だが、遥は止まろうとは思わなかった。止まれなかった。


「おれたちも全力でアリアを守る! けど、そっちもそっちの力でアリアのことを守ってやれよ! 人任せにすんな!」


 自分は子供だと自分でも思う。何も知らないのだと本気で思う。だが、これくらい言ったっていいじゃないかと思う。


 アリアの為に、叫んだっていいじゃないかと。


 遥は奥歯を噛み締めて何度か息を吐いた。唸り、不機嫌になって自分の感情をコントロールできなくなる。


「──おい」


「うひゃあ?!」


 刹那に首元に触れられた。真夏なのに妙にひんやりとした朔那の手だ。


「……ぁ」


 怒られる。自分の方が年上なのに朔那の性格上咄嗟にそう思って──


「よく言った」


 ──彼に、力強く褒められた。

 その声には熱が籠っていて、頭が冷えた遥の熱を吸収していくようだった。


「去りなさい、目障りです」


 淡々と、乙梅ではなくトメが言う。その言葉を皮切りにして炬と輝司の殺気も目に見えて薄れていった。


「…………隊長」


「…………隊長殿」


 輝司につき従う末森と本庄は、晴れない表情で身を整えながらその場を去る。その後を軍人のように水無瀬と文梨が続き、葉柴と長谷部は数秒遅れて彼らの後を追いかけていった。

 去り際に見えた輝司の表情は腑に落ちなさそうな表情で、まるで苦虫を噛み潰しているようにも見える。それでも、それは炬も同じだった。


 獅子のように闊歩し、その後をアリアと愁晴がつき従う。睦見と如月、遥と朔那。そして遥と朔那の間にアイラが立って《グレン隊》も去っていく。

 遥は一瞬だけ振り返り、窓際に立って無言で《カラス隊》と《グレン隊》を見下ろす乙梅とトメを見上げた。彼女たちは決して視線を逸らさず凛としてそこに立っており──遥に、《十八名家じゅうはちめいか》とはなんなのかを暗に示している。


「アリア、しばらくは本家に行ったらあかん」


「……わかった」


 二人の会話には熱が籠っておらず、遥は《十八名家》の光と闇を見たような気がして唇を結んだ。


「はーちゃん、ありがとう」


 だが、少しだけ晴れやかに笑うアリアの顔が見れて遥はすぐにそれを忘れる。


 アリアが幸せならばそれでいい。今はそれだけでこれから先も生きていける。


 愁晴の車に乗り込むアリアとアイラ、そして炬を見送り、遥と朔那は睦見と如月の大型バイクに跨った。


「つーか遥、クレアとグロリアはまだアリアとアイラのことを探しているのか?」


 思い出したように問うた睦見の顔を覗き込み、遥は唇を曲げて考え込む。


「そうだと思うぞ? あの二人は本気で会いたがってたし」


「ふぅん。結構しつこいんだな」


「ていうか冬馬とうま弥上やがみは見つかったのかよ」


「いや、まだだ。ったく、どこに隠れてんのか……」


 クレアとグロリアにはあの日以来会えていない。弥上ともあの日以来会えていない。二人に見つからずに弥上を見つけなければならない。


「目星はついてんのか?!」


 如月の大型バイクと並走しながら、遥は風に掻き消されないように尋ねた。


「俺が昔使ってた地下都市か!」


「もしくは俺が昔いた歓楽街か!」


 そのどちらかだと答えた睦見と如月の意見はよくわからず、遥は首を傾げて朔那を見る。朔那も遥を見、互いに身を預ける睦見と如月へと視線を戻した。


「そういうお前らは?! 町民だから知る穴場ってあるだろ!」


「雑居ビル地区!」


「特にない!」


 二人は即答し、再び視線を合わせた二人は眉間に皺を寄せる。


「おい! ないはないだろ朔那!」


「お前こそなんだよ雑居ビル地区って! いたらぜってー気づくだろバカ!」


「バカって言うなバカ!」


「バーカ! バーカ!」


 風に乗って流れてきたため息により口論はすぐに収まったが、考えれば考えるほど弥上の潜伏地がわからなくなる。田園地区、雑居ビル地区、駅前、オフィス街、歓楽街、住宅街、高級住宅街、地下都市もある。その中のどこに弥上の居場所があるのだろう。


「なぁー! このまま歓楽街に行ってみねぇ?!」


「そうだな!」


「マジで?! でもあそこは相豆院そうまいん──《風神ふうじん組》の本拠地じゃん!」


「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ! だからいるって可能性もある!」


 確かにそうかもしれない。遥は前を向き、雑居ビル地区へと向かう道から逸れて歓楽街へと向かう道路を走った。

 だが、そこにいたのは弥上ではなかった。彼よりも先に見つけてしまったのは──


「ぐっ?!」


「…………ッ!」


 ──クレア・ダンカンと、グロリア・カートライトだった。


「Wow! アナタは会ったことあるですヨ! コンニチハ!」


「こここここんにちは! んでもってさようなら!」


「Why! どうしてですネ! サヨウナラ?! サヨウナラ!」


「Claire, calm!」


 歓楽街の入り口で見かけたクレアとグロリアを大きく避け、遥と朔那は二人から視線を逸らさない睦見と驚く如月を連れて突き進む。


「本当にドッペルゲンガーだな」


「その話は今まで何度もしたっての!」


 あまり動こうとしない睦見と如月を半ば引きずり、生まれて初めて訪れた歓楽街の雰囲気に顔が熱くなるのを遥は感じた。

 そこかしこにまだ営業時間でないスナックやバー、クラブ等が詰まっており──時折視界に入る半裸の女性のポスターが貼られた店も数少なくない。


 何故クレアとグロリアがここにいたのかと疑問に思うが、ここには漫画喫茶や酒造会社、そして着物やビデオのレンタルショップ等まともでありながら日本らしい店も並んでいた。


「いそうだな」


「そうだな」


「わかる」


「入るか?」


 朔那が指差したこの町唯一の漫画喫茶を視界に入れ、遥はごくりと喉を鳴らす。漫画喫茶には興味があるが、歓楽街にどうしても足を踏み入れたくなくて今まで見向きもしなかったのだ。


「いや、まずは二手に別れよう。お前らは満喫、俺らは風俗だ」


「ふっ?!」


 だが、遥以上に顔を顰めた如月は文句も何も言わなかった。


「ふざけてんのかお前ら」


「いいや、多分本気だ。こういう時彼女たちの情報は以外と役に立つ」


 如月はため息をつき、朔那にわけを話して大人しく睦見につき従った。


「い、行くか!」


「俺たちが行くのは満喫だぞ」


「わわわわかってるよバカ!」


 恐る恐る前に進み、遥と朔那は漫画喫茶へと入っていく。いきなり姿を現した真っ暗な階段を上り、遥は朔那を庇うように真っ先に一本道を突き進んで自動ドアが開くのを待った。


「あ」


「あ」


「……あ」


「ややややや、や! 弥上しゅう!」


 漫画を両手に抱えたスウェット姿の弥上を見据え、遥は弥上に向かって指を差す。咄嗟に逃げ出した弥上の後を朔那と共に追いかけて──遥は、弥上が取った個室へと飛び込んだ。


「うごゃあ!」


「捕まえた! 朔那!」


「いや、何も持ってねぇよ」


「なんで?!」


 弥上を取り押さえたまま振り返ると、もみくちゃになった弥上と遥を見下ろす朔那がため息をつく。


「お前が投げたんだろ」


「確かに!」


「鎖鎌ならあるぞ」


「「取り出すなよ危ねぇな!」」


 弥上と遥は声を被せ、何かないかと視線を巡らせ──弥上が溜め込んだと思われる武器を視界に入れた。

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