第五話 別れ告ぐ声Ⅴ
「ったくよぉ〜! 〝超人的な力〟っつー都市伝説も結局デマだったみてぇだしよ〜! おいお前! ちゃんと金払えよ! むしゃくしゃするから増額してやる!」
起き上がり、弥上は遥のことを無遠慮に指差す。
「すんな! ちゃんと定額にしろ!」
「一億円だ一億円! 払えなかったらぼっこぼっこにしてやるからな!」
そんな子供のような二人のやり取りの間に割って入った愁晴は、呆れたように弥上を見上げた。
「あほみたいな値段やなぁ。遥、なんの金なん?」
「こいつが持ってた武器全部っす」
「プラス俺の給料とチップと損額だ!」
「お前商人やったら客が買えるような値段設定しなあかんやろ。あほみたいな値段で誰が買うねん」
「さっきからあほあほ言うなよお前!」
弥上は一人で怒っているが、卯之原と皐堂までもが呆れたようにして立っていた。
「つーかお前、金のことよりあいつらどうすんだよ。脱獄囚抱え込んだまま国外逃亡か、俺らにブタ箱ぶち込まれるか。どっちの方が楽だと思う?」
「どっちもやだよ!」
「前者は無理だな。指名手配されたらもう出れない」
「いーや、俺なら出れる。俺ならできる!」
変に自信満々だが、弥上はそんな自信があってもおかしくはない程度に逃げ足が早く運もいい。今まで何度も包囲網をくぐり抜けて来たのだから、弥上ならばやりかねない。
「逃げても無駄やと思うで? お前んとこのマフィアの規模は知らんけど、一週間後に《グレン隊》に潰されて終わりやろうなぁ」
「はぁ?! なんでウチがお前らんとこの弱小チームに負けんだよ!」
「俺が呪えばそれまでや」
愁晴はニコニコと笑い、唸る弥上をドン引きさせた。本気なのか冗談なのか、愁晴の場合は判断することが死ぬほど難しい。
「お前も商売やしな、金は払う。せやけど休戦はもう終わりや」
「集くん、僕別に牢屋に戻ってもいいよ〜?」
「……そうっスね。集さんの足を引っ張るならそれでいいっス」
「ばっ……! お前ら! お前らが残るなら俺もこの町に残る!」
愁晴の言葉を本気で受け取ったのか、卯之原と皐堂はあっさりと自分の身を弥上から切る。
本気で、二人は《グレン隊》と戦ったら負けると思っている。
あんなに自由にやっていたのに、いざと言う時には捨て駒になれる。
「ブタ箱行き決定だな」
「そうだな」
睦見と如月は頷いて、両側から弥上の腕をしっかりと掴んだ。その様子を、炬が遠くの方から眺めていた。
「別に、入れなくてもいいだろ」
「炬さん?」
「《紅炎組》の依頼はこいつらを潰すことだけだ。警察に渡す義理がどこにある」
「あっ、そうか! そうっすよねおれたち警察じゃねぇんだし! あいつらの代わりに捕まえるのも癪っすもんね!」
本当は、弥上たちを牢屋になんか入れたくない。そう思っていた遥は、炬の命令に安堵して頬を綻ばす。
「確かにそうだけどさ、こいつらどうするんだよ。普通に帰しても空路か海路で足止めだろ?」
睦見は眉間に皺を寄せ、如月と挟み込んだ弥上の頬をかなり強く引っ張った。
「あの鴉が言ってただろ。《グレン隊》の、九人だってな」
ジャケットの内ポケットから煙草を取り出し、火をつけて一服した炬の周囲に煙が上がる。その煙を、その場にいた全員が眺めていた。
「ちゅーことは、マジでこいつら《グレン隊》に入れる気なんか? 隊員やったら確かに《紅炎組》の加護を得て見逃してもらえるんやろうけど……」
「マジかそれぇ! よしっ、ならカモフラージュとして《グレン隊》に入ってやってもいいぜぇ! 卯之原、皐堂! お前らもついて来い! ここは最高の隠れ蓑だぜぇ! んで、それなりに時間経ったら帰ればいいさ!」
「えっ、集くんそれ本気?」
「……相変わらず馬鹿っスね」
卯之原と皐堂は今でも呆れたように立っており、走り回る弥上のことをずっと視線で追っている。
「こんな馬鹿野郎も入れるのかよ」
「どっちにしろうちの面子潰れません……?」
「でも、こいつらマジで優秀っすから! おれが保証するっすから!」
声にして、笑った遥は周りを見渡す。
炬。愁晴。睦見。如月。弥上。卯之原。皐堂。朔那。そして、自分と中にいるアリアとアイラ。この十一人でこれからはやっていける。
「せやったら、まーた改築せなあかんな」
「四階には空き部屋ないしな。五階作って、適当に家具もぶっ込むか」
「えっ、作んの? 手作り?」
「それが《ハリボテの家》だからな」
恐る恐る《ハリボテの家》を見上げて、弥上はやがて「ふぅん」と楽しそうに口角を上げた。卯之原と皐堂も〝手作り〟という単語が気に入ったのか、顔を見合わせて苦笑していた。
「じゃあ、お前らも来いや。うちの慈悲なんか意地なんかはようわからんけど、いるならいるでそれなりに働いてもらうで?」
「商売なら得意だぜぇ? 卯之原は掃除、皐堂は裁縫が得意だ」
「お前、戦闘は得意分野って前提で話してんのか?」
「腹が立つ。脱退する日が来たら殴らせろ」
「宗太お前、同年代に容赦ねぇな……」
喋りながら中に入っていく三人と、新たなリーダーとなった炬の後をついていく卯之原と皐堂。残った遥は振り返り、輝司に接触された直後から一言も言葉を発していない朔那を見た。
「朔那ー! 戻んねぇの?」
尋ねるが、何故か朔那は無言のままで──不機嫌そうに、遥と愁晴の目の前を通っていく。
「なんだ? あいつ」
「輝司に何か言われたんやろ。……にしても輝司もあほやなぁ。炬にあないな喧嘩ふっかけとらんかったら、《グレン隊》はずっと警察に協力したったのに」
愁晴はため息をつき、「戻るで」と《ハリボテの家》の扉を引いた。
*
あの日から数日の時が経って、《ハリボテの家》を増築している最中にアリアのスマホに着信が入る。どうやらクレアとグロリアが帰国するらしく、「見送りに行ってくる〜!」と、アイラと共に出て行ってしまった。
「あいつ、クレアの番号知ってるんだな」
「せやなぁ。一応持っといた方が楽やろし」
愁晴はアリアが散らかした菓子袋をゴミ箱に入れ、階段からリビングまで下りてきた朔那を見上げる。
「アリアなら今出てったで」
「別に探してないです」
「そうなん? 言うてずっと見てたやん。おらんくなるの待っとったんちゃうん?」
「……まぁ、そうですね」
朔那は愁晴から視線を逸らしたが、遥の方は見なかった。ずっと見られていないような気もするが、五階作りに全員が熱中していることもありそのせいだと思っていた。
「どないしたん? アリア抜きで話したいことがあるん?」
「……まぁ。一応、炬さんには先に話したんですけど」
「ほお」
愁晴が適当に相槌を打って。遥も朔那の気怠げな態度を見て、アリアが残した菓子に手を伸ばす。
「──俺、今日で《グレン隊》辞めます」
そして、その菓子を取り零した。
「……え?」
視線を戻す。朔那はやっぱり遥を見ない。
「ほんまか?」
「はい」
「炬はなんて?」
「いつものように、『好きにしろ』と」
愁晴は驚いているようだったが、すぐに「さよか」と呟いて表情を戻した。
「ちょ、ちょちょちょちょ待ってくれよ朔那! おまえ今、いや、マジで?! なんで?! 急すぎだろ!」
「そうだな」
「おれが聞きたいのはそうじゃなくて……! なんでって……」
「鴉貴輝司に誘われた。《カラス隊》に来いってな。だから行く。それだけだ」
朔那の言葉が、右から左へと流れていくようだった。声が、何故か出なかった。
「は、てめ……」
「ほんまにそれだけか?」
一気に感情が溢れてきて、その感情の処理ができなくて、ロボットのように壊れて、伸ばした手を下ろす。なのに、愁晴は遥以上に冷静だった。
「あんたが嘘つきかどうかを確かめに行きます」
そう言った朔那の声は、恐ろしく冷たくて。不快感を顕にさせたあの時の朔那の表情を思い出して、すべての引き金があれだったのだと遥は刹那に理解した。
「上に行って、冬馬と宗太にも挨拶をしたら部屋にある私物を全部持ってすぐに出ていきます。準備はだいぶ前から終わらせてあったので、本当にすぐに出ていきます。愁晴さん、今までお世話になりました」
その挨拶に感情らしい感情はなく、心の底からそう思っていないことが簡単に伺える。朔那はすぐに背を向けて、階段の方へと歩き出した。
「ちょっ、ちょちょちょちょ待ってくれよ朔那! おまえおれには何もないのかよ!」
朔那は一瞬足を止め、たったそれだけでやっぱりすぐに歩き出す。
「アリアには?! アイラにも何もねぇのかよ! おまえアリアがココ空けるタイミング見計らって出てくのか?! 幼馴染みなのに……ずっと一緒だったのに何もねぇのかよ!」
そんな朔那に一気に腹が立った。
自分には何もなくても、頑張って百歩譲ればそれなりに許せる。けれど、幼馴染みで──朔那が入隊をするきっかけだったはずのアリアには何もないのはおかしいと思う。
「おまえら前に言ってたじゃんよ! 乾って奴がいなくなって、衣良って奴もいなくなって、二人だけって言って……おまえまでいなくなるのかよ?!」
「うるせぇな。お前には関係ねぇだろ」
トドメと言わんばかりに突き放して、朔那は駆け足気味に階段を駆け上がっていった。遥はその後を追いかけられず、浮かしていた腰を下ろす。
「なんで……」
そんなことしか言えなかった。
「朔那が決めて、炬が認めたんやから行かせたってや」
本当になんでもなさそうな表情で、愁晴は朔那の脱退を認めている。そんな聞き分けの良さが遥には死ぬほど辛かった。
「でも、おれとアリアとアイラには何も言って来ねぇじゃねぇすか!」
「照れくさいんとちゃう? 同年代やし」
「あいつはそんな奴じゃないっす! もっと性格悪いっす!」
駆け足で下りてきた朔那に聞かれてしまったが、朔那は舌打ちをしただけで文句を言わない。本当に荷物を持って扉へと向かい──
「今度会う時は、敵だ」
──別れを、告げた。




