第三話 痛み断つ愛Ⅱ
「お、お見合い?」
掠れた声で睦見が問う。構成員の中で唯一色恋沙汰に慣れているであろう睦見でさえこの反応なのだ。正気を保っているのは周りを見た限り事前に知っていた愁晴のみで、残りは動揺を隠し切れない。
「か、カガリ、大丈夫?」
恐る恐るアイラが尋ねた炬でさえ、眉間に皺を寄せて固まっていた。
「アリアと……誰がだ?」
決定的なことを如月が尋ね、全員の視線が再びアリアに向く。アリアは困ったような、照れているような、そんな感情を交互に見せて首を僅かに傾げた。
「……私と、誰か?」
どうやら相手は知らされていないらしい。
それに安堵するような、余計に不安になるような──遥は急にもどかしくなって髪の毛を毟った。
「待て待て待て、そもそもお見合いって早くね? お前今いくつだよ」
「十六歳」
「あぁっ!」
してもおかしくない年齢に頭を抱え、睦見は一人でソファにもたれかかる。
「俺だってしたことねーのに……」
「当たり前だ」
睦見に冷静なツッコミをした如月は、この中で誰よりも早く落ち着いた様子を見せていた。
やはり《十八名家》の付き人をしていた人間は少しだけ違うのだろう。そのようなことをよく目にしていたのか、「またか」というような態度だった。
「とりあえず落ち着けやお前ら。その辺座り」
愁晴に促され、立っていたままの朔那とアイラ、炬とアリアがソファに向かう。遥はソファのすぐ傍──隣に立っていた朔那に場所を譲り、本格的に話し合うような形となった瞬間に発生した重たい空気に潰されかけた。
「せやから言うたやろ。お前らにとってはたいしたことやあらへんし、本人同士の問題やって」
「たっ、たいしたことっすよ! めちゃくちゃ一大事じゃないすか!」
思い切って前のめりになるが、愁晴はそんな遥を押さえつけて首を左右に振る。
「どこがやねん。あ〜、遥にはもう言うたんやけど、これは家の問題やから。《グレン隊》の活動には支障が出えへんようにしとくし、心配せんでも大丈夫やで」
「ウチの問題でもあるだろおい」
「まぁ、隊員の婚姻ですもんね」
睦見と如月の渋るような表情に、不安そうな感情を隠し切れないアイラが怯えた。炬と朔那は何も言わずにそこにいるが、逆にそれが恐ろしく思え──当の本人は縮こまるようにして端の方に座っている。
「せやけどなぁ、外野がとやかく言うことやないやろ。異議あり言うてお見合い会場に乗り込む気なんかお前らは」
「場合によってはやるけどな。そもそも誰がんなこと勧めてんだよ。綿之瀬家のお偉いさん?」
「旧頭首のトメさんや。……あの人が考えとることはじゅーぶん理解できることやし、アリアも向こうで聞かされたと思う。綿之瀬家の事情なんやから《グレン隊》が口出ししてもええことは何もないで」
「そういう理由なら俺は反対しませんよ。愁晴さんの言う通りだと思いますし」
反対派に近い睦見とは違い、如月はすべてを察した上で納得していた。炬は納得していないように見えるが、《十八名家》として事情はわかるのか口を出そうとは思っていないらしい。
「ふぅん、ワケありか。名家のお嬢様はそういうとこも大変なんだな」
「で? するのか、お見合い」
ようやく口を開いた朔那は、不機嫌そうな表情でアリアに問いかけていた。
場は本格的に沈黙し、金髪で隠されたアリアの顔色はまったく赤くならずに俯いている。
「……断れないし」
それは、どういう心境で吐かれた台詞だったのか。
遥は頭の中を真っ白にし、膝を抱えるメイド服姿のアリアを眺める。
アリアはぴくりとも動かなかった。照れは当然あったと思われるが、基本的に乗り気ではない。それがありありと見て取れるほど大人しくしている。
「愁晴、どういうワケがあったらお見合いなんて話になるんだよ」
雲行きが怪しくなったことに気づいた睦見は、声色を低くして再び尋ねた。愁晴は肩を竦めて淡々と、強敵を前にしてすべてを諦めたかのような調子で返答する。
「強いて言えば厄介払いやろうなぁ。延命措置としか思えへんし、向こうの出方もあるんやろうけど」
「そういうふわっとしたことを聞いてるんじゃねぇんだよ。俺は別に深いとこまで聞く気はねぇし、言いたくねぇなら言わなくていい。でも、今回の件は話が別だ。ちゃんと言えよ」
「んなこと言われても、俺らはお前らと違って縁切りしてへんからなぁ。《十八名家》やし、言えることと言えんことなんてぎょーさんあるんやで?」
「《十八名家》に色々とあんのは承知の上だよ。けど、こんなモン見せられて知らんぷりはさすがにできねぇつってんの」
愁晴は参ったように息を吐き、アリアに視線を移して頭を撫でる。
思えば、家を出た睦見と如月、遥と朔那だけではなく──勘当されたアイラも家と縁を切っている部類に入っていた。《グレン隊》は炬の家の事情で動くことがほとんどで、その事情は全員が知っているし、そうであることは承知の上だ。
つまり、縁を切っていないのはアリアと愁晴だけなのだ。
だからいつでも二人は綿之瀬家に振り回されている。養護施設が崩壊しても、こうして今でも──。
「しゅーくん、ちょっとだけなら私は大丈夫だよ」
アリアは意外とすんなり促すが、愁晴は頬を掻いて思案気な表情をしていた。根本はアリアではなく愁晴にあるのではないかと疑うくらい、愁晴は必要以上に物事を語りたがらない。
「ん〜……今な、イギリスからアリアの親戚が来てんねん。んで、綿之瀬家側はその親戚とアリアを会わせることを嫌がっとって、仮に会うてしもうたとしても嫁にやっとけばアリアをイギリスに連れ去ることなんてせえへんやろ〜っちゅう考えなんやと。これでええ?」
語ったとしても早口で、さっさとこの会話を終わらせたいという態度がありありと見て取れた。
「……シュウセイ」
だが、珍しく非難するような声を出すアイラに愁晴は体を強ばらせる。じっとアイラを真朱色の瞳を見据え、釘を刺しているように見えるが──
「イギリスから来ている人は、アリアの親戚だけじゃない。わたしの……叔母さんも来てるの」
──アイラは隠そうとはしなかった。
「クレア・ダンカンとグロリア・カートライトか」
朔那の援護射撃にアイラは首肯し、遥は二人のことを思い出す。それだけではなく、他にも思い当たる節がいくつかあった。
『この子はさっき説明した通り、骸路成愛来っちゅう子や。七年前に骸路成家の分家とイギリス人との間に生まれたハーフの子なんやけど、骸路成家からはそれが原因で親諸共勘当されとる。《十八名家》やからっちゅう理由で気ぃ遣わんでもええで』
アイラは確かイギリス人との間にできたハーフで、アリアは確かイギリス人とのクォーターだったはずだ。初めて会った時の自己紹介で遥は確かにそれを聞き、後者は朔那から聞かされた。
「えっ? でも確か、探してるのはコーデリア・ダンカンとアラン・カートライトだって……」
「コーデリアはアリアの旧名で、アランさんはアイラの親父さんや。綿之瀬家はアリアが二人に見つかることを恐れとるし、アランさんの件があの二人に知られることを《十八名家》の全員が恐れとんねん。こないなこと、追及されても言えんやろ。頼むからこれ以上は何も聞かんといて」
何故見つかることを恐れているのか。《十八名家》全体が隠そうとしているアランの件とはなんなのか。
そんな基本的なことさえ聞くことを許されないまま、愁晴は席を立って自室に戻っていった。
「な、なぁ……見合いってやっぱ、結婚すること前提なのかな?」
「話聞いてたか? お前。結婚しなきゃアリアはイギリスに連れ去られるかもって話だっただろ」
「愁晴さんは見つかったらって言ってたよな。なら、見つからなかったら結婚しなくてもいいんじゃないか?」
「そんなの外出禁止にしないと無理だろ。この町狭いんだから」
苛立たしげな朔那は、遥と違ってすべての点を繋げ終わっていた。遥は外出禁止の意味を知り、力が抜けてソファにもたれかかる。
点と点が繋がった。すべてはそういうことだったのだと理解した。
今まで一言も喋らなかった炬はゆっくりと席を立ち、裏口の方から外に出ていく。
「……かがりん」
その背中を炬が動いた刹那から見ていたアリアは、唇を引き締めて階段の方へと駆け出していった。
「アリア、嫌がってる」
沈黙が続いたリビングで最初に口を開いたアイラは、全員の顔を見回して意見を仰ぐ。
「なのに、断れないか」
睦見は天井を仰ぎ。
「《十八名家》の本家筋は、基本的にお見合いで相手を決めている。この話自体は珍しいことではない」
如月はお見合い自体の反対もお見合い制度も否定もせず、それでも釈然としない表情で拳を握り締めた。
「要は外に出さなきゃいいんだろ。アリアもアイラも」
「つってもいつまでだよ……! あの人たちあのままだと可哀想だし、この町に住みついちまったらどうすることもできねぇよ……!」
いつまでも続くとは思えない極論を吐き、朔那は顔を顰めてそっぽを向く。
「じゃあもうこのまま事を進めるしかないな」
「《十八名家》はどうせいつか家庭を持つんだ。ただ単に早すぎただけだろう。相手がどんな奴だろうと旧頭首が選んだのならばまともだろうし」
「むしろ嫁側に問題アリだな」
「確かにあのままだとすぐには嫁げないな」
睦見と如月は振り切ったのかアリアの気持ちを蔑ろにして事を進め始めた。
「おまえらそれでいいのかよ?! なんかこう……もっと全員が納得するような解決策ってないのか?!」
「今のところ進むという選択肢しかねぇんだからしょうがねぇだろ」
「〝家庭〟と〝組織〟じゃ引き止める重みが全然違うからな。向こうが連れ去らないことがベストだが、愁晴さんの様子を見る限りそれは有り得ないだろう」
「じゃあ、相手がクソだったらどうするんだ」
棘を含めた朔那の問いに、睦見と如月は一気に真顔になり──
「言ったろ? 見合い会場に俺らが乗り込むってな」
──獲物を狩る愚連隊の表情をした。




