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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第三話 痛み断つ愛Ⅰ

 寝ぼけ眼の目を擦り、はるかは欠伸をして自室を見回す。何も変わらない《ハリボテの家》。その部屋はすべて木製で、かがり以外の部屋はだいたい六帖くらいの大きさだ。

 二年前にできたこの部屋に適当に詰め込んだ〝自分好み〟の漫画や武器。そして衣類は昔の生活では得られるものではなく。二年もかけて何度も模索し収集した〝自分好み〟はとてつもなく少ないが、遥はそれでも幸福だった。


 寝巻き用に着ていた古ぼけた衣服を脱ぎ、真新しい真っ白なロング丈のタンクトップと幅が広めの黒いパンツに身を包む。外出する時はこれに上着やアクセサリーを追加して完成だ。


 自室から出ると同階に住む睦見むつみ如月きさらぎの気配はなく、炬と愁晴しゅうせいが住む二階、そしてリビングがある一階に下りて遥は顔を上げた。


「はよーっす」


「おはよう、遥」


 少し変わったイントネーションで返したのは愁晴で、遥は軽く頭を下げる。返ってきたのはそれだけで、睦見や如月、そして割りと早起きなアリアとアイラもいなかった。


「……ん? あれ、他の連中はどうしたんすか?」


冬馬とうま宗太そうたはこの辺りで弥上集やがみしゅうを探してみるんやと。んで、アリアは本家から迎えが来てな? 旧頭首……今の養母に呼び出されて綿之瀬わたのせ家のところに行ってん」


「……あぁ。そういやあいつの母親って、《十八名家じゅうはちめいか》の中で一番長生きしてる奴っすよね?」


「せやなぁ。トメさんっちゅーねんけど、あの人は実弟よりも長生きしとるしなぁ」


 ソファに座っている愁晴は思い出したようにそう言って、自分のかつての保護者だった一族に何か思うことがあったのか僅かにため息をついた。


 成人した愁晴は保護者は不要だと綿之瀬家に申し出たらしく、今でもアリアの為に連絡は取り合っているもののあまり快さそうではない。


 綿之瀬家は嫌いなのだろう。旧頭首の孫娘であるふうとは上手くやっているようだが、娘である現頭首のことは避けているように見えた。


「あの、愁晴さん」


「ん?」


「ちょっと思ったんすけど、アリアって今は分家じゃなくて本家の人間なんすか?」


 不意にそのことに思考が行って、遥は片手で口元を塞ぐ。


 炬もアリアも分家の人間で、アイラに至っては勘当されている。《グレン隊》に本家の人間はいないと思っていたが、アリアの親権が分家の人間から本家に渡ったのなら。


「まぁ、せやろなぁ」


「だとしたら、あいつって……結構すげー奴になっちゃったってことっすか……?」


 一番凄いのは炬だが、立場だけで考えるとアリアが一番偉い人間になる。だとしたら──



『こいつら《十八名家》は、町と人の為に命を投げ打つんだと』



 ──だとしたら?


「せやから、こうなるんやろな」


「えっ?」


 何かを知っているのか、愁晴は浮かない表情で膝の上に置いていた両手を握り締めた。強く強く握り締められたそれはすぐに赤くなり、遥は足が竦む。


 何か、良からぬことが起きている。そんな気がした。


「何か……」


 だから勇気を振り絞った。


「……知ってるんすか?」


 情けないくらいに震えた声だった。


 愁晴は聞こえない振りをしているのか、その問いに答えてくれる気配がない。だが、これではっきりとしてしまった。

 姓は違えど、愁晴も《十八名家》の人間なのだ。その時が来たら、愁晴も町と人の為に命を投げ打つのだ。


「嫌っすよ、愁晴さん……そんなの、おれは嫌っすよ」


 気づけば足が動いていた。愁晴の目の前に立ち、愁晴の両肩を掴んで、必死になって数度揺さぶる。


「ちゃんと言ってくれなきゃ、おれ、バカだから何もわかんないっすよ……!」


「たいしたことやないって」


「それでも言ってほしいっす! だって、愁晴さん今笑ってないじゃないすか! んな顔されて、たいしたことないって言われて、そうなんだって信じられるほどおれはバカじゃないっすよ! バカだけど!」


「んな渾身の自虐ネタやめいや……。まったくおもんないぞ……」


 顔を上げた愁晴は、何故か少しだけ呆れていた。遥を正面から見上げて、その鼠色の瞳に遥を映して、ちゃんと遥に向き合っている。


「ほんまにたいしたことないんやって。《グレン隊》の活動には支障が出えへんようにしとくから」


「じゃあなんでんな顔してるんすか」


「アリアは義妹やけど、心のどっかで娘のように思っとるところもあったからなぁ」


「……?」


 だが、愁晴は首を横に振った。


「これ以上は本人から聞いた方がええわ。まだ決定事項やあらへんし、まったく違う未来が切り開かれるかもしれへんしな」


 そう言って話を打ち切り、「朔那さくなはアイラの自室でアイラに勉強を教えとるよ。炬はまだ寝とるやろな」と話を変えた。


「あ〜……じゃあ、愁晴さんと二人きりっすか……?」


「何畏まってんねん。そりゃあ滅多にないことやと思うけど」


 改めて考えてみると、愁晴と二人っきりになったのは二年前に実家に戻った日以来のような気がする。あの日愁晴に誘われなければ、遥は実家に戻ろうとも思わなかっただろう。

 愁晴を実家に案内して、アパートから慌てて出てきた主婦たちから過度に心配され、遥の中にあった壊れた時間はようやく動き出した。遥はそう思っている。


 炬の傍にいたいと思ったのは本心で、居場所をくれた炬には深く深く感謝している。この恩を一生かけて返していきたいと思っている。そして、自分の時間を動かしてくれた愁晴にも同じくらい深く深く感謝をしていた。


「えー……っと」


「まぁ、立っとらんとそこに座れや。お前が普段通りやないと調子狂うねん」


「んなこと言われてもおれも調子狂うっすよ! 愁晴さんと何を話せばいいんすか?!」


「知らんがな!」


 感謝しているのに、二人きりになると調子が狂う。遥は何度か頭を掻き、「お、おれも出かけて来るっす!」と《ハリボテの家》から逃げ出した。


「この格好のままじゃ出られないっす!」


「なんやねん慌ただしいな!」


 《ハリボテの家》から出た瞬間に中に戻ると、愁晴が牙を剥きながら怒鳴ってくる。玄関先で意味もなく足踏みをすると、真後ろの扉に突き飛ばされて遥は床に倒れ込んだ。


「いだっ?!」


「お、いたのか遥」


「何をしているんだお前は」


 振り返ると、そこには睦見と如月が立っていた。雑居ビル地区を中心に探し回っていたのだろう。想像よりも早い帰宅だ。


「おまえらもう帰ってきたのかよ」


「いいや、結構時間かけてるで。出て行ったんは夜明け前やからな」


「マジで?! うっそだぁ!」


「嘘じゃねぇよ。あ〜、朝飯抜いたから腹減った! なんかねぇの?」


「自分で作ればいいだろ」


 真っ先にソファに向かった睦見を小突き、如月は簡易キッチンへと歩いていく。如月は自炊ができる人間だ。これから一人で勝手に作るのだろう。


「あ、おれも! おれも朝飯食ってない! 早く食べたい!」


「お前も自分で作れ」


「宗太の飯がいっちゃん旨いんだよ!」


「なんやて遥! お前俺の飯は旨ない言いたいんか!」


「ぎゃあ! そそそそそんなわけないじゃないすか!」


 慌てて否定し全力で謝り、遥は如月について行く。愁晴には深く感謝しているが、共にいると少しだけ居心地が悪く──その理由はよくわからないが遥はほっと息を吐いた。


 如月が手早く作る炒飯を盛りつけ、二皿を持った遥はテーブルの上に適当に並べる。何もしていない睦見は有難く炒飯を口に運び、遅めの朝飯を三人で食べる。

 あっという間に完食し、いつも通りの午前が終わりかけた刹那──《ハリボテの家》の扉が開き、新たに帰宅をしたのはアリアだった。


「……ただいま」


「……あぁ、おかえり」


 アリアは何故か元気がなく、その事情を知っていると思われる愁晴もすぐに神妙な面持ちになる。今まで無理矢理気分を上げていたのだろう、愁晴は上げていた腰を下ろして大人しくなった。


「おかえりアリア……って、ん? どうしたんだよ元気ねぇな」


「何かあったのか?」


「やっ、やっぱり綿之瀬家になんかされたのか?!」


 慌ててアリアの下へと駆けつけると、アリアは困ったような──照れくさそうな笑みを浮かべる。


 何故そんな顔をするのか。

 何がアリアをそうさせているのか。


 わからなくて、自分の仲間を苦しめる《十八名家》という存在がなんとなく憎くなった。


「何かってなんだよ」


「アリア?」


 振り返ると、朔那とアイラが下りてきていた。起こしてきたのか無言の炬まで後ろについている。


「ううん、たいしたことじゃないんだけど……」


「おい、アリア。お前本当に大丈夫か? あんま言いたくないけどここ最近マジでおかしいぞ」


「困ったことがあったらちゃんと言え。今のままだと逆に迷惑だ」


「いやいやいや、別に隠すことじゃないからちゃんと言うよ?! その、でもやっぱりちょっと言いにくいから落ち着かせて!」


 なのにアリアはわたわたと慌て、顔を真っ赤にさせて金髪で隠す。ずっと心配していたのに、なんだか拍子抜けするような態度だ。


「お前らあんま追及すんのやめたって。ほんまにお前らにとってはたいしたことないねん。本人同士の問題やから……」


「だからその本人同士の問題ってなんなんですか。いい加減下手に隠し事するのやめてくださいよ」


 キレ気味に遥の隣に立った朔那は、じろりとアリアを睨んで発言を急かす。アリアは決して怯むことはしなかったが、余計に顔を赤くさせて俯いた。



「あのね、私……明日〝お見合い〟をすることになったの」



 小さな声で報告をし、アリアはさらに顔を赤くさせてそのまま顔を手で覆う。


「はぁ?」


 なんとかそう言葉を出せたのは、アイラじゃない男性陣の誰かだった。


「はぁぁぁぁっ?!」


 そして全員で声を上げ、今まで感じたことのない動揺が《グレン隊》に広がっていく。なんとなく癖で隣に立つ朔那を見上げると、朔那は何を言われたのか読み込めていない表情でその場に立ち尽くしていた。

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