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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第一話 忍び寄る影Ⅴ

 敵をそのまま放置するわけにも行かず、《紅炎こうえん組》が来るまで《ハリボテの家》で引き取ることとなった《グレン隊》は《ハリボテの家》のリビングで一息をつく。


 いつもの如く動き回るアリアが持っているのはアリア手製の軟膏で、今日も怪我に効く軟膏だと言って全員の傷口に塗りたくっていた。最初の頃はメンバーの半数が疑っていたが、本当に効くのだから不思議なもので──今ではすっかり馴染みのものとなっている。

 そしてアイラが淹れたお茶を飲み、事後処理に隊長以外の全員で務めるのが《グレン隊》の任務の一連の流れだった。


「よし、アイラ。最上階に奴らを縛っといたから監視を頼むで」


「わかった」


 最上階──朔那さくなたちの部屋がある真上の空間に入れられた人間を監視するのは、大体最年少のアイラの役割だった。


 はるかは最初の頃こそ耳を疑っていたが、用心深い愁晴しゅうせいがこうもあっさりと頼むアイラの監視能力は幼いながらに高く。何もしていないのに何かをしてはいけないと脅迫してくるようなアイラの瞳が実は苦手だった。


 遥はメイド服を翻して階段を上がるアイラを目で追いかけて、次いで軟膏をしまうメイド服のアリアを目で追う。

 彼女たちは戦場ではほとんど何もしない少女たちだったが、こうして表舞台ではないところで支えてくれている《グレン隊》の大切なメンバーだった。


「んで。目的はなんなん?」


 さてと、という風に視線を落とした愁晴の視線の先にいたのは、卯之原穂澄うのはらほづみ皐堂大河さきどうたいがだ。

 縛り上げた二人は無言で愁晴を見上げており、卯之原はへらへらと笑みを浮かべ、皐堂は沈黙を貫いている。


「いや〜。別に知ってて行動を共にしてたわけじゃないから、知らないものは本当に知らないんだよねぇ」


「ほんまかいな」


「けど愁晴さん。そいつら弥上やがみと親しそうだったんでぜってー何か知ってるっすよ」


 口を挟んだ遥は傷だらけの卯之原を見やり、腕を組んで凄んでみた。


「で? 本当におまえら吐く気がねぇのか?」


「知らないからねぇ」


 卯之原は先ほどから同じような調子のままだ。このまま吐く気になるとは思えないほど腑抜けた表情をしている。


「せやったらそっちは?」


「……俺も知らないんで」


 一方の皐堂は目を閉じたまま答え、やがて固く口を閉ざした。


「意外と忠誠心が高いんか……ほんまになんも知らんのか……。お前らはどう思うん?」


「マジな線も一応あるな。こいつらはこっちがびっくりするくらい興味関心がねぇんだよ」


「ですがこれでも一応弥上の護衛だったみたいですし、あの様子だと本人が勝手に喋っていた可能性もありますよ」


 今まで黙って事態を静観していた睦見むつみ如月きさらぎは、愁晴に聞かれるままにそれぞれの見解を述べる。遥はぱちくりとまばたきし、再び卯之原と皐堂を見下ろした。

 確かに睦見と如月の見解も一理あるが、遥はどうしても吐かせたくてもう一度睨んでみる。だがそれは、卯之原にも皐堂にも効果のないものだった。


「じゃあ拷問してみれば〜?」


 可愛い顔をして残酷なことを言う生粋の《グレン隊》人間アリアは、ごとりと軟膏の壺を床に置いて愁晴の傍につく。


「せやなぁ。もうボコボコに殴られた後なんやけど」


 愁晴は苦笑いを浮かべ、卯之原と皐堂の前でしゃがんで頬杖をついた。


「何がええかなぁ」


 ニコニコと笑う愁晴も人当たりの良さそうな顔をしておいてこんなことを言う。遥は相変わらず人を甚振ることに長けている義兄妹を見て、ぶるりと鳥肌を立たせた。


「相変わらずやべぇよな、おまえの幼馴染み」


「俺の幼馴染みじゃなくて《グレン隊》のメンバーだろうが」


「ても幼馴染みだろ?」


「…………」


 朔那は黙り、遥の脇腹に肘を入れる。よろめく遥は数歩下がり、拷問に長けた愁晴の後ろ姿を改めて見た。


「爪剥がしは〜?」


「血ぃ出るやん」


「よし、燃やすか」


「うちが燃えるわ」


「水に沈めましょう」


「それは軟膏が効かんし……悩むなぁ」


 アリア、睦見、如月の意見をことごとく却下し、愁晴はかがりの名前を呼ぶ。

 ソファに座って目を閉じていた炬は目を開け、卯之原と皐堂を指差す愁晴を視界に入れた。


「こいつらの骨折ってくれへん?」


「なんでだ」


 眉間に皺を寄せる炬は足を組み、ふいと視線を外す。


「血ぃ出えへんし、うちへの被害もあらへんし、何より軟膏が効くしなぁ。手っ取り早いやん」


「まぁいつもはアイラがやってんだし、たまにはお前がやってみればいいんじゃね?」


「今回は炬さんだけ何もしてませんしね……。いいんじゃないですか? 骨の二三本くらいどうってことないでしょう」


 炬は「そういう問題じゃねぇ」と髪を掻き、ゆっくりと腰を上げた。

 遥は炬の動きに目を奪われ、次の動作を見逃してなるものかと刮目する。


 炬を見ていると、何故か心がわくわくするのだ。幼い頃、自分を産んだ人間に散々連れ回されていた雑居ビル地区で見た──獣のような炬の姿に目を奪われたのだ。

 それが炎竜神えんりょうしん家の分家息子──炎竜神炬だと知り。連れ回される先でいつも姿を現す炬の〝強さ〟を見ることが、遥の唯一の〝娯楽〟だった。


 ──あの頃から、遥は炬の〝強さ〟に憧れていたのだ。


「ドカンとやっちゃえばいいんすよ、炬さん!」


 飛び跳ねながら炬の〝強さ〟を待つ遥は、ヒーローの到着を待つ子供のようで。それはあの頃から何一つ変わっていなかった。


「ドカンは拷問やのうて殺人やろ、遥」


「……バカ」


「なっ、バカってなんだよ朔那! これはその……言葉のあやだっ!」


「それは言葉のあやじゃねぇよ。バカがバレるから黙っとけ」


 バカがバレたら炬の迷惑になるのだろうか。一抹の不安を抱きながら遥は噛みつくように朔那に寄りかかる。


「おまえもバカだろ! 中卒! 一緒! バカ! ハナタレ小僧っ!」


「さっくんはバカだけど頭良かったよ? いっつも百点満点だったし」


「えぇっ?! おまえ、あの激ムズ鬼畜問題クリアできたのか?!」


「何が激ムズ鬼畜問題だよ。全部基礎問題だっただろ」


 が、何故かそこには学力の差があって遥は頬を膨らました。


「そこの中卒トリオ。ちょっと雰囲気が壊れるから口塞げよ〜」


「へぇ、大河。雰囲気壊れるだって。ここってかなりめちゃくちゃだけどバカばっかだよね」


「……愚者を侮ると痛み目見るぞ」


 卯之原と皐堂はどうでも良さそうな会話しか続けず、肝心の話は一切しない。

 拷問するという話まで出ているのに、両者まったく怯えていないのも不気味なことだった。


「ここって面白いなぁ。うちって堅苦しいから嫌いなんだよねぇ。もっと楽したい」


「するな」


 なんだかバカにされていないだろうか。遥は腕を組み、《グレン隊》を侮ることしかしない卯之原と皐堂に砂糖を撒く。


「ぶははっ、何砂糖撒いてんだよお前……!」


「もったいないな」


「撒けるなら塩だ! 塩! 塩持ってこいっ!」


「やめいや阿呆」


 愁晴に止められ仕方なくやめる。その代わりに炬が制裁を加えればいい。

 遥は牙を剥き出しにして後方に待機し、刹那に背後の扉の開閉に絶叫した。


「ぎゃあっ?! 何?! 何っ?!」


 唐突に開いた扉は遥の背を跳ね、遥は膝を打ちつけて床に倒れる。


「邪魔だよ。あまり扉付近に立たないでくれるかな」


「んあ? ふうか?」


 振り向いた愁晴は《ハリボテの家》を訪れた少女を視認して、「あぁ」と声を出す。直後に遥も振り返ると、そこには黒髪の──遥よりもほんの少し歳上に見える少女が立っていた。


「やっぱ風か。どないしたんこないなとこまで来て」


「本家からの警告だ。アリア、それとアイラ……はいないみたいだね」


 風と呼ばれた少女はアリアを見、はぁとわかりやすくため息をつく。

 ショッキングピンク色の瞳と顔立ちが綺麗な少女だ。なのに身嗜みには興味がないのか髪はぼさぼさに跳ねている。


「この二人はしばらく外出禁止だよ。守らなければ幸福は訪れないと思え」


「はいよ。アリア、風の言うことをちゃんと聞けや? それと後でアイラにも伝えといてくれ」


「はぁい」


 口調も女性のものとは思えないほど尖っており、遥は少女からただならぬ大物感を感じて一歩身を引いた。だが、風は言うだけ言うと《ハリボテの家》からさっさと出て行く。


「えっ? なんだったんすか今の! 誰?!」


 拍子抜けし、やがて遥は彼女に領土を一瞬だけでも占領されたのだと思い知った。


綿之瀬わたのせ風や。アリアの従姉やで」


「やっぱり!」


 只者ではない、そう思った遥の直感は間違っていなかったようだ。遥は何度目かの牙を剥き、扉を開けて砂糖を撒く。


 ここは《グレン隊》だ。


 百歩譲ってこの地に来ていい《十八名家じゅうはちめいか》の人間は炎竜神家と骸路成ろろなり家の麗夜れいやのみなのだ。アリアの従姉とはいえ綿之瀬家が来ていい場所ではない。


「塩っす! 塩を撒けば悪霊は退散できるっす!」


「何言うてんねん、阿呆。そろそろ《紅炎組》のお偉いさんが来るからやめい」


「し──」


 お。


 そう言おうとして視線を上げると、めぐむが奇っ怪なものを見るかのような目で遥を見ていた。


「うぎゃあ?!」


「ほら来よった。遥、お前は下がっとれ」


 愁晴に言われるがまま下がると、《紅炎組》の幹部である恵が下りてくる。


「お前らまた何かバカなことやってるのかよ。ほんとバーカ!」


 そしていつもの如く喧嘩腰で舌を出した。


「それがうちのウリやからな。ほれ、これが護衛の二人や。上に五人おるからお前ら下ろして来ぃ」


「はいよ」


「了解です」


 睦見と如月に指示を出し、愁晴は無慈悲に卯之原と皐堂を差し出す。だが、二人はそれでも顔色を変えることはなく──自分のことだと思っていないのか、これにさえ他人事のような態度だった。


「ふんっ。なかなか雑魚っぽそうだな」


 不遜な態度をとる恵に噛みつきたくなる衝動を抑え、苦労なんか一つもしていなさそうに遥は振る舞う。


 腹が立つが、感謝されないのが遥にとっての当たり前だ。だから、今さら何かを求めることはしなかった。

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