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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第一話 忍び寄る影Ⅳ

 敵は、十人にも満たない複数の青年だった。


 彼らの前に立って武器を構えているのは僅か三人で、一人は拳を、一人は打刀と思われる日本刀を、一人は箒を構えている。後方にいる青年の集団は武器を携帯しておらず、拳も構えない。ただ静観を決め込んでおり──とても不気味だ。


 風を切る音は日本刀から発せられており、位置関係から見ても彼が集団のリーダー格のようで間違いはない。

 睦見むつみ如月きさらぎの武器はかがりと同じく拳だが、二人は怯まずに拳と日本刀を構える敵に立ち向かっていた。


はるか朔那さくな! お前らは残党をやれ!」


「はぁっ?! でも冬馬とうま、あいつらよりもおまえらの方がやば……」


「油断をするな! ここは戦場だぞ!」


「ッ! 遥!」


 如月と朔那に制されて、遥は箒を構える──気弱そうな細身の青年を見やった。


 透き通るような淡藤色の髪。黒いピアスが映える白い肌。今紫色の瞳の形はつり目がちだが、その顔立ちからは十代後半──遥と朔那と変わらないような年齢に見える。マフィアの一味には似合わない華奢な体格を強調するような黒いポンチョはぶかぶかで、この戦場には似合わず怠そうに斜め立ちをしていた。


「君たち、元気だねぇ」


「はぁ?」


 遥は片眉を上げ、自分と変わらないような年齢の青年から距離を取る。


「行けよ、遥」


「いやでもあいつぜってーカタギだろ! そんなヤツをどうやって……」


「あぁ、やっぱりカタギに見える? そうだよねぇ〜。僕もそう思うよ」


 そう言って頷く青年はため息をつき、戦闘を続ける仲間の二人を見やった。

 困ったような顔つきは、マフィアの一味には到底見えない。遥は腰を落としつつも青年を観察し、後ろから青年を警戒する朔那の意思を肌で感じた。


「ねぇ、君たちって《紅炎こうえん組》?」


「《グレン隊》だ!」


「あぁ、そうなんだ。ふぅん」


 興味なさそうに相槌を打つ青年の行動は、まったく読めない。痺れを切らした遥は牙を向き、自らの中にある苛立ちを必死になって押し込めた。


「……おまえ、名前は?」


「え、僕? あぁ、僕は卯之原穂澄うのはらほづみ。卯の花の卯に、漁夫之利の之、野原の原に稲穂の穂、さんずいに登るの澄で卯之原穂澄ね」


 それでも興味のなさそうな卯之原は、呆れながら頭を掻く。


しゅうくん、大河たいが、僕もう帰っていいかなぁ? どいつもこいつもぐいぐい来ててすっごく鬱陶しいんだよね。疲れちゃった」


「帰んな馬鹿野郎! あと疲れんな! なんの為にここまで来たんだよ!」


「いや〜、興味がないとガス欠が早くてさぁ」


「興味くらい持て! このミッションをクリアしたら俺たちは億万長者だぞ?! ていうか俺を助けろよ! お前は俺の用心棒だろ?!」


「大河がいるから大丈夫だって。それに、集くんもそこそこ強いじゃない」


 集と呼ばれた青年はやはり日本刀を構えているあの青年で、遥はそこで、弥上やがみの顔を初めて視認した。


 パーマをかけたようにカールする灰茶色の髪に、鈍色の瞳。オレンジ色のロング丈パーカーが一番に目を引く平均的な体格をした青年だ。

 日本刀を構える様は立派なものだが、部下を従える能力がないのか卯之原は決して弥上を敬っているようには見えない。そもそも同じ組織ではないのかと疑うほど、卯之原にも──そして後方にいる青年の集団にも執着­­というものが感じられなかった。


「強くても俺らだけじゃどうにもなんねぇの! っくそっ、なんなんだよこいつら!」


「《グレン隊》だってさ。《紅炎組》でも《風神ふうじん組》でもないみたい」


「どこの組織だよぉっ!」


 泣き言を言う情けないリーダーの弥上は、それでも大河と呼ばれた青年と連携を取って睦見と如月を相手にする。

 情けないが、実力だけはあるのだ。多分、遥や朔那よりも──強い実力が。睦見と如月にも引けを取らない実力が。


 遥は唇を噛み、弥上と並んで睦見と如月を相手に取る大河と呼ばれた青年に視線を移した。


 漆黒のオールバックの髪に、それに映える赤いメッシュ。褐色に焦げた肌に逞しい体躯は炬以上であろう。睦見よりも歳上そうには見えないが、年齢不詳のような厳つい顔立ちだ。鋭い茶目は獣のように美しく、遥は何故か──その瞳に惹かれてしまった。


皐堂さきどう! 卯之原! お前らちゃんとやれぇ! 金が手に入るんだぞ?! 欲しくないのかよぉ!」


「金欲はちょっとないんだよね。今はご飯が欲しい。白米ね」


「……別にいらねぇっス」


「くそっ! 連れてくる奴間違えた!」


 喚きながらも寸分狂わずに睦見と如月の拳を弾き返す器用さは、如月以上なのではないだろうか。遥は頬を引きつつ、前進も後退もしない戦況にむず痒くなる。


 まだ戦いを終わらせるつもりはない。だが、これではエモノを狩ることも思い知らせることもできない。


 遥は自らの頬を叩き、未だに警戒を解かない朔那の意思に従って足を一歩踏み出した。


「うらァッ!」


 指に嵌め込んだナックルダスターを頼りに拳を握り締める。卯之原目掛けて突き出した遥の拳は空を突き、目を見開いた瞬間に金属と金属が弾ける音が響く。


「遥下がれっ!」


「ッ!」


 刹那に理解した。朔那の苦無だ。仕込んだ苦無を構える朔那は卯之原を睨み、卯之原は気だるげに転がる遥を見下ろしている。


「ふぇっ?」


 腑抜けた声が出た。卯之原が構えていたのは細い刀で──今までどこに隠していたのかと疑うほどに唐突に取り出されたそれはきらりと蛍光灯の光を反射していた。


「おまっ、それどこで……!」


「仕込み刀だ! 箒に仕込んでた!」


「どえぇっ?!」


 それは反則技ではないだろうか。いや──


『油断をするな! ここは戦場だぞ!』


 ──ここは、戦場だ。


 何が起こるかわからないからこそ、愁晴があんなにも心配するのだ。

 それを身を以て知っているのが睦見と如月で、知らないのが遥で、知識があっても経験だけがないのが朔那なのだ。


「……ッ!」


 歯を食いしばる。こんなところで、負けていられない。


「朔那ぁっ!」


「任せろっ!」


 これが、遥と朔那の〝形〟だ。遥は体勢を立て直してしゃがみ、飛び出した朔那が突き出す忍者刀の行く先を見守る。


「うわっ」


 卯之原は度肝を抜かれたような表情をするが、その仕込み刀の流れは緩やかで──心の底では余裕であることがよくわかる。


「──シッ!」


 朔那の勢いを殺し、仕込み刀で薙ぎ払った卯之原は転がる朔那の行方をただ見ていた。


「へぇ、すごい。リアル忍者だ。初めて見た」


 やる気がなさそうで、あんなにも──かつての遥と朔那のようにあんなにも貧弱そうなのに、卯之原穂澄はかなり強い。向こうの方で睦見と如月と戦う弥上と皐堂もかなり強い。後方の集団が何もしないのは、そういう意味なのだ。


「クソッ! 朔那!」


「そこで見てろっ!」


 懐に忍ばせた手から飛び出した万力鎖は卯之原へとその身を飛ばすが、卯之原はそれさえも軽々と避ける。


「──シッ!」


 だが、万力鎖はそこでは終わらない。万力鎖は卯之原の端正な顔面を直撃し、そのまま彼の足に絡みついた。


「遥ッ!」


「おう!」


 俊敏に動く遥はすぐさま卯之原の懐に忍び込み、そのナックルダスターを卯之原の腹部に突きつける。


「うっ……!?」


 バランスを崩した卯之原に、二連撃、三連撃、四連撃──……。


「でりゃあっ!」


 続け様に殴り倒し、倒れた卯之原をそのままに遥は後方で待機していた青年の集団へと殴りかかった。


 卯之原が倒されるとは思っていなかったのだろう。動揺が走る彼らを片っ端から殴っていく。だが、ただ殴られている彼らではない。反撃に出る者もいれば、倒れない者もいる。それを取りこぼさないのが朔那の鎖鎌だった。

 本物の忍者のように、次から次へと懐から武器を取り出す朔那は床を血で染め上げる。それは遥も同じで、ナックルダスターにこべりついた血を舐め上げる。


 鎖で締め上げられた後方の集団の五人は床に倒れ、遥の重い拳でとどめを刺す。朔那の鎖鎌に切りつけられても意識のあった彼らはだらりと力なく倒れ、遥と朔那は睦見と如月の方へと同時に視線を向けた。


「よっ、と」


「ッ……!」


 睦見に腹部を殴られ、皐堂が片膝をつく。ボクサーのように殴られた両者の顔は赤く腫れ上がっており、如月が苦戦する弥上もそれは変わらない。


「冬馬! 宗太そうた!」


「あーあ。大将だけ残しちまったか」


 睦見は残念そうに肩を上げ、遥と朔那が蹴り倒した扉から姿を現す〝彼〟に視線を向ける。


「お前がやるか? 炬」


 炬は片眉を上げ、「いいや」と答える。遅れて顔を出した愁晴しゅうせいは、「えげつない現場やなぁ」と苦笑した。


「しゅーくん! かがりん! 見えないよー!」


「……血なまぐさい」


 アリアは炬と愁晴の隙間から顔を覗かせ、四人の無事を確認した刹那にほっと息を吐く。アイラも同じく現場を見、悲惨であるにも関わらず眉根一つ動かさずに背筋を伸ばした。


「ちょっ……ッ、まだいんのかよ!」


 弥上は悲鳴にも似た声を上げ、その場から数歩後ずさる。


 炬から他の七人とは違う〝何か〟を感じたのだろう。獣のような本能で鳥肌を立たせる弥上は正しい。


 ──あんなに、強いのに。


 不意にそう思い、遥は頭を左右に振る。あんなに強い弥上でさえ怯えるのが炬なのだ。それはとても誇らしいことだ。


 弥上の自己評価が低いというわけではない。弥上と自分はすべてが違う。生まれた場所も、育った場所も、年齢も──強さも。遥は頬を引き、すべてを炬に任せる為に一歩身を引く。それを目敏い朔那は見逃さなかった。


「ふぅん。じゃ、俺がやっちゃおっかなぁ」


 肩を鳴らし、軽く準備運動をした睦見が言う。


「そういやお前、なんでそないな顔になってんねん。だっさいなぁ」


「あんまりそこつっこまないでくれる? 愁晴。俺も結構引きずってるからさぁ」


「お前が相手にしていた奴は、かなりの手練だったからな」


「そうなんだよね〜。俺もこっちの野郎が良かったってことで」


 ニコニコと笑う様は愁晴のようだ。だが、睦見には愁晴にはない嫌らしさがある。


「どういうことで?! ちょっ、多勢に無勢にも程がある!」


「大丈夫大丈夫。俺以外はそこで黙って見てるから」


「嫌だよ! 何が大丈夫だ馬鹿野郎!」


「そっちも似たようなことをしていただろう」


「確かに……!」


 弥上はバカなのだろうか。呆れ、遥は朔那を見る。朔那は元から遥を見ていたらしく、目が合った。


「いやいや、でも身内と敵は話が違うからな! こんなの勝てっこねぇ! 覚えてろよ《グレン隊》っ!」


 風のように──遥と朔那の間を弥上が駆ける。


「あっ!」


「なっ!」


 咄嗟に朔那が万力鎖を投げるが、万力鎖は弥上の足に絡まることなく──弥上は窓から飛び降りた。


「嘘だろおいっ!」


「ここは五階だぞ?!」


 だが、弥上にはそれが通用しなかったようだ。壁を駆け下り裏路地へと逃げる弥上を追える者は《グレン隊》の中で誰もいない。


「……諦めた方がいいっスよ。集さんは……逃げ足だけは人一倍なんで」


 窓から身を乗り出していた遥は振り向き、顔を上げた皐堂の──覚悟を決めた男の顔を見た。

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