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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
燐のシェーナ
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第一話 忍び寄る影Ⅰ

 はるかは逸る気持ちを抑えて階段を駆け下り、地下にある《ハリボテの家》の扉を思い切り開ける。

 いつも通りが広がっている《ハリボテの家》の中は相変わらず物で溢れ返っており、遥はその中から目的の物を探し当ててにんまりと笑った。


朔那さくな! 見ろよこれ!」


 そしてソファに深く沈んでいた朔那の下へと駆け寄って、嬉々とした表情で手元の札束を見せた。


「……あぁ」


 一瞬驚き、納得した表情で朔那はまじまじと札束を見つめる。


「なんだと思う?! なんだと思う?!」


 はしゃぐ遥を厭うことなく、朔那は無表情ままヘッドホンを外してソファから身を乗り出した。


「お前の初給料だろ。新札なんだな、初めて見た」


「そう、おれの初給料! おれも新札は初めて見た!」


「触らせろ」


「おう! 存分に触りたまえ!」


 興味深げに新札を触る朔那の指は細く、しかし一年前とは違い武骨な手になっている。

 遥もこの一年でだいぶ身長が伸び、青年と呼ばれ始めてもおかしくはない年齢になっている。


「……遥、札束を持ちながらこの地区を駆け回っていたのか?」


「ったく、無防備すぎやで〜? 今は危ないんやから危機感持てや〜」


 その様子を見ていた如月きさらぎ愁晴しゅうせいは呆れたが、遥はそうではなかった。


「何言ってるんすか愁晴さん! おれはもう今年で十八っすよ? 体だって鍛えてるし、喧嘩慣れもこの二年でじゅーぶんした! 絶対誰にも負けねぇっす!」


「んなこと言われてもなぁ」


 心配そうに自分を見る愁晴に向かって、遥は力こぶを作ってみせる。が、愁晴は首を横に振るだけだった。


「……最近どっかの阿呆がこの地区で暴れ回っとるみたいやし、ほんまに気ぃつけや」


「まーたそんなこと言う! 愁晴さん、少しはおれのことも信用してくださいよー!」


 どうして愁晴は信じないのだろう。

 彼の中にいる自分は、まだまだ子供なのだろうか。


「別に、一人じゃなきゃいいんですよね」


 一瞬落ち込みかけた遥が視線を下ろすと、遥が手放した新札で口元を隠しながら──朔那が目を合わせてそう答えていた。

 遥は口元を緩め、見つめ合う自らの戦友に親指を立てる。


「まぁ……せやな。お前らはなんでか知らんけど二人で一人なとこあるしなぁ」


「わかる〜! 二人っていつの間にか仲良くなってたよね!」


 そして、アリアに向かって大きく頷いた。


「おう! こいつ意外といいヤツなんだぜ!」


「知ってます〜! 私とさっくんは幼馴染みだもん!」


「あ、そっか。お前ら最近話してねぇからすっかり忘れてたわ」


 アリアは忘れないでよねぇと腕を組み、一緒に下りてきたアイラと共にソファに座る。

 今ではもう見慣れているが、去年の春に同居し始めてから──二人は〝メイド服〟を着て《ハリボテの家》で生活するようになっていた。


 アリアは西洋のクラシカルメイド服を着用し、アイラはどこから買ってきたのか着物の上にエプロンをつけた和風のメイド服を着用している。

 一度何故そのような格好をするのかとアリアに尋ねたことがあるが、「だって私はかがりんの家来だから!」とわけのわからないことを言われてしまったのも懐かしい話だった。


「そういやかがりはまた寝とるん? もう黄昏時やぞ」


「ぐっすり寝てた」


 答えたアイラは頷き、テーブルの上に乗った洋菓子を口に運ぶ。


 このメンバーに、睦見むつみを入れた八人。


 それが現在の《グレン隊》であり、遥が守りたい居場所であり、自分自身が本当の意味で生まれた場所だ。かけがえのない大切な命を乗せた箱舟だ。

 遥は無意識に微笑み、朔那から札束を受け取って財布の中に突っ込んだ。


 一歩ずつ大人になっていく。

 そんな自分の変化が、自分でもはっきりとわかる。


 遥が《グレン隊》に入隊したのは十五歳の冬だった。今は十七歳の夏。あの日から二年が経って、遥はまだ生きている。


 今まで生きてきた十五年間よりも、《グレン隊》に入隊してからの二年間の方が充実しており。遥は抑えきれない笑みをまた零し、両手から零してしまうほどの幸せを噛み締めた。


「何笑ってんだ、遥」


「べっつに」


 朔那は不審な物を見るかのような表情をしていたが、やがてヘッドホンを被り直して手元のスマホを弄る。それは朔那が初めてのバイトで稼いだ給料で購入したスマホであり、遥はバイトで得た初給料の使い道に思いを馳せて小躍りした。


「踊るな」


「はーちゃんすっごく楽しそうだね! 私もバイトしようかなぁ」


 年齢が一番近しく話も合う朔那とアリアの間に座り、遥は悪戯っ子のように笑う。


 ずっと生きていた心地がしなかった。

 誰も手を差し伸ばしてくれなかった。


 朔那とアリアのような〝誰か〟に巡り会えなかった。


 同じ中学の先輩として、遥は二人の肩を抱き寄せ。ぐりぐりと頭を撫でて満足げに手放す。


 自分はもう大人だ。

 いつだって炬が、愁晴が、睦見が、そして如月が話し合って決めていたことに自分だって関われるような頼もしい大人になるのだ。


 そして、年下の朔那とアリアとアイラを守るのだ。


 そういう覚悟をずっと抱いていた。

 それを実行する日が着々と近づいていた。


「何? お前もバイトすんの?」


 視線を向けると、たった今扉を開けて帰宅した睦見が驚いていた。

 日焼けをしたくないのか、遥が思うような男らしくない白い肌を今でも持続させている。


「おかえりとーくん」


「ただいまアリア」


 睦見は首をゴリゴリと回し、空いているソファに座ってスマホを弄った。

 アリアはそんな睦見に向かって身を乗り出し、「バイトって楽しい?」と尋ねる。


「楽しくはないけど金はあるに越したことはないぞ。なぁ朔那」


「俺ですか」


「お前うちに入隊してすぐにバイトしてたし。金欲しかったんだろ?」


 朔那は口をへの時に曲げて、「まぁ」と否定せずに言葉を漏らした。遥は身を強ばらせ、「冬馬とうま」と咎めるような声を出す。


 朔那の実家は、遥の実家と大差ないほどに荒れているのだ。遥は暴力に苦しみ、朔那は金に苦しんだのだ。もっと言えば、アリアとアイラは施設で愛に苦しんだ。遥はそう思っている。


 施設で見た二人の、あの背中が忘れられない。

 多分、あの二人は愛されていた。愛していたし、愛されたかった。そんな雰囲気を人の感情に機敏な遥は感じていた。


「はいはい」


 睦見は肩を竦め、スマホをテーブルの上に置いて手を叩く。全員の視線が睦見に集まり、やがてその意味に気づいてスマホを注視した。


「なんや、また届いたんか」


「あぁ。ったく、人使いが荒いよなぁ」


「また依頼? 最近すっごく多いよね」


「マジすか。なんなんすかね、あの女。おれらは炬さんを慕っているだけで、炬さんの従姉のことは別に慕ってないんすけど〜?」


 遥は盛大にため息をつき、最近は睦見のスマホ経由で届く《紅炎こうえん組》からの依頼文を眺める。


「金貰えるだけまだマシだけどな」


「《紅炎組》は身内のみの組織ですし、《風神ふうじん組》に負けないよう俺たちを使い潰すのは理にかなってますけどね」


「決めるのは……全部、カガリだけど」


 全員で頷き合い、注視したスマホの文は相変わらず簡素で。


「まぁ、断った試しもねぇし……。全員準備だけはしとけよ」


「せやなぁ。この文の様子やと早めに伝えた方がええやろし、今から叩き起こすか」


「そうですね。突入の経路は俺の方で調べておきます」


「えっ? えっ?」


 遥は少しだけ腰を上げ、着々と話を進めていく三人の顔をそれぞれ見やる。


 まただ。また、三人で話を続けていく。


 自分が入る隙なんてどこにもない。入隊した直後の如月が頼りにされていた十七歳になっても、自分は話に入れない。それどころか如月はもう二十歳だ。最近じゃ炬や愁晴、睦見に混じって酒を酌み交わしている。

 まだまだ、四人には追いつけない。


「おれは何をすればいいすか?!」


 身を乗り出して尋ねることしかできなかった。

 愁晴、睦見、如月は黙り、首を横に振って何もないことを伝える。


「お前は準備運動でもしとけばいいんじゃね?」


「そうだな。朔那、突入経路を出したらお前にも見てもらう。そのつもりでいてくれ」


「わかった。あ、如月。なるべく裏路地がいい」


「あぁ。そのように組んでみよう」


 集中する為に自室へと向かう如月と、炬を起こす為に立ち上がった愁晴が階段を上がっていく。残った睦見は辺りを見回し、「そういえば」と口を開いた。


「なぁアリア、さっき駅前を歩いてたらお前そっくりな人を見かけたぜ」


「えぇ? 何それ〜」


 アリアは目を丸くし、呆ける遥もその会話に意識を向ける。


「さぁ? なんかお前が大人になったらあぁなるんだろうな〜って感じの人なんだけど、知らない?」


「それ、他人の空似じゃないんですか?」


 朔那はそうやって口を挟むが、睦見は納得していなさそうな表情だった。


「まぁ、アリアが知らないならそうなのかもしれねぇけどさ。なかなかいねぇだろ? アリアにそっくりな人間って」


「あぁ、確かに」


 思わず声に出し、遥はまじまじとアリアを見つめた。


 初めて会った時、恥ずかしそうに愁晴の後ろに隠れたアリアを。

 自分よりも年下で女なのに、憧れている炬の一番近いところにいるアリアを。


 遥は弱いと思ったし、納得だってしていなかった。


 日本人のものではなく、睦見のように染められたものでもない純粋な金髪は美しく。蒼い瞳は澄んでいて、西洋のメイド服だって着始めた当初はまともに見れなかったが似合っている。

 そんな日本人離れした彼女に似ている人物など、この世に存在するのだろうか。


 いいや、こんな辺鄙な田舎町──独立国家に等しい閉鎖された陽陰おういん町に、本当に存在するのだろうか。


「ゆ、幽霊じゃねぇの……?」


「確かに服は白かったけど、真夏だからって真っ昼間に幽霊なんか見ねぇよ」


「え、えぇ……」


 遥は不安に駆られその場をぐるぐると回るが、これが大人になれていない要因だと気づいて立ち止まる。

 そして、一年経って慣れ親しんだとはいえ──時々人形のような表情で黙りこくるアイラに視線を向けた。


 アイラは、白い顔色で何かを黙々と考えているような──そんな表情をしていた。

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