終章 紅蓮の姉妹
数日後に完成した四階に、朔那とアイラ、そしてアリアの部屋が入って。二階にあったアリアと愁晴の部屋は愁晴のみの部屋となり、月日の流れをアイラは一人で感じていた。
顔を上げると、アリアが無言でアイラの私物の荷解きをしている。
「一人で、できるから」
アイラはそう言うが、アリアは首を縦には振らなかった。
「多くない、から」
「それでもやらせて。手を動かさないと、落ち着かないの」
ようやく口にした言葉は重く、アイラは黙って自分の部屋のレイアウトをするアリアを見据える。彼女自身が言うように、本当にアリアは何もしていないと宙をよく見るようになったのだ。
それがいいことなのか悪いことなのか。少なくともそれだけはアイラにだってよくわかる。
アイラは黙り続け、自分の荷物だけでなくアイラの荷物まで整理し終わったアリアの一息を観察した。
「下行こっか」
「うん」
笑ってそう言って、アリアはアイラの手を引いて。一階までは少し遠いが、行けば全員が──誰かが必ずそこで待っている。
リビングを見渡し、アイラはほっと息を吐いた。
「飯できたぜ〜」
「冬馬! うまそ〜!」
「お前でもやればできるんだな」
「遥、宗太、お前らすげー失礼だな」
みんながいる。ここにいる。
睦見が昼食を作ったのか、座って待っていた遥と如月の前にオムライスが並べられる。
朔那はまだ荷解きが終わっていないのだろう。未だに眠る炬と同じくここにはいない。
「アリアとアイラも来たか。じゃ、あとは朔那と炬だけだな」
「しゅーくんは?」
「あいつは買い出し中。なんか足りねぇって騒いで出てったから、余りモンで適当に作っといたぜ」
「そっか」
刹那、背後でミシッと階段が軋む音がした。
「さっくん!」
朔那はアリアを一瞥し、何を思ったのか顎を引いて追い越していく。
「朔那も食えよ。冷蔵庫には何も入ってねぇからな」
簡易キッチンへと足を向けていた朔那は見事に足を止め、渋々足先を戻して誰もいないソファに沈んだ。
「あ〜、本当に美味しそう! とーくんすごい!」
無邪気に褒め称え、アリアは朔那の隣に座る。引かれた手のままにアリアの隣に座り、アイラは目の前に置かれた綺麗な黄色をしたオムライスを視認した。
どこも破けていない極薄卵の上に、丁寧にかけられた赤い円形。どこからどう見ても綺麗好きな睦見が作った作品のような料理だ。
「いただきます!」
全員で合掌する。
それが、優しくて美しい。
「ただいま〜……て、なんやもう食っとんのかい」
扉を開けて帰ってきた愁晴は、両手のビニール袋を簡易キッチンまで運んで下ろす。
「……飯か」
同時にようやく起きてきた炬が合流し、《グレン隊》が揃ったこの空間をアイラは心の底から愛した。
「あぁ、ちょうどえぇ時に起きてきたな、お前」
「……は?」
「なんで嫌そうな顔すんねん。まだなんも言ってへんやん」
愁晴は眉を顰め、後頭部を無造作に掻く炬を視線で追う。
「やーっと起きたか、炬」
「炬さん、ちーっす!」
「かがりんおはよう!」
そして他の隊員にも視線を移し、リビングに戻ってこう言い放った。
「全員耳の穴かっぽじってよう聞けや〜。これから全員で屋上遊園地行くで〜」
「はぁっ?!」
「遊園地?!」
ぎょっと目を見開いて睦見が立ち上がる。
逆に瞳を輝かせたのは遥のみで、遅れてアリアが表情を輝かせる。アイラや朔那、如月はなんの反応も示さなかったが──アリアを見ていると思う。それが多分正しいと。
「ならさっさと行ってこいよ」
だが、炬は乗り気ではなかった。
「炬さん行かないんすか?!」
「炬、遥が一緒に行こうや言うてるで」
「……なんで遊園地なんだ。その辺でいいだろ」
気だるそうにソファに沈み、首を回して目を閉じる。
「ついさっき福引でチケット当ててん。使わな勿体ないやん」
「別になんでもいいですけど、遊園地ってすぐそこのあれですよね?」
「デパートの屋上遊園地だろ? 大人が行くようなもんじゃ……」
そこまで思考し、睦見は視線を未成年組へと向けた。
「……あぁ、まぁ付き添いならそれでいいか」
「ナメんなや、冬馬。うちの屋上遊園地はごっついで」
「へぇ〜。まぁ、ここは陽陰町だもんな」
そんな会話を繰り返し、成人組の愁晴と睦見は計画を立てていく。
唯一会話に入らなかった炬は飽きたのか、下りてきた今でも眠っていた。
*
「遊園地だー!」
はしゃぐアリアは一人で先行し、「おっしゃー!」と両手を上げる遥も先に行ってしまう。
アイラと朔那、そして如月はそんな二人の背中を眺めて、大型デパートの屋上遊園地を視界の外側で捉えていた。
屋上にあるというのに、必要以上に金をかけているのか安っぽさをまったく感じない。それどころかテレビで見かける遊園地と大差がない。
「こんなにすっげぇのに無反応かよ。お前らってガキンチョのクセに達観してるよな」
「少なくとも俺はそういう年齢じゃないことくらい察してくれ」
如月は肩を竦め、この中で一番適した年齢であろうアイラを見下ろす。
「はいはい。《グレン隊》のガキはガキのクセに色々抱えてるみたいだしな」
「お前も似たようなモンやろ。指定暴力団の若頭やったっけ?」
「昔の話を持ち込むのはやめろよ」
「はいよ。アリア、アイラ、どれ乗るんや〜?」
不意に、遠くまで聞こえる声で愁晴が尋ねた。
「ジェットコースター!」
言われるがままに全員で乗り、言われるがままに繰り返し、何かを吹き飛ばすようにアリアはジェットコースターに乗り続ける。
「おえっ、気持ちわりぃ……」
「なんで……連続で……ジェットコースター……」
遥と朔那が脱落する傍らで、アイラは黙って屋上遊園地を見渡していた。
幼くして両親を亡くし、どこにも行けない中限られた玩具で時間を潰す。そんなアイラにとってこの場所は特別だ。世界で一番の遊び道具だ。
「次、あれ」
「……ちょ、まだ乗るん?」
無意識に指を差したアイラは、やつれたように見える愁晴を見上げてそれを下ろす。
間違えた。夢中になりすぎて周りをよく見ていなかった。これは自分の悪いクセだ。
「あれか」
「え?」
顔を上げると、平気そうな炬とアリアがコーヒーカップに向かって歩いていた。
「どのコーヒーカップに乗るんだ?」
「赤!」
二人同時に叫ぶ。それ以外考えられなかった。
炬は無言で赤色のコーヒーカップに乗り込み、続くアリアとアイラがハンドルを握る。
「それでは、始めまーす!」
係員の合図と共に回したが、上手く回らない。そんな二人を見かねてか、炬が手を貸して回し出す。
「はぁっ?! ちょっ、なんだ?!」
「コーヒーカップが……見えない……?」
同じくやつれた睦見と如月が柵の外で何かを言っているような気がしたが、上手く聞き取れなかった。
*
「で、次はどうするん? あれ乗るん?」
閉園前、愁晴が指差したのは観覧車だった。
「うん」
「乗りたいっ!」
黄昏時になっても動けるのは炬とアリアとアイラのみで、あれだけ喧嘩慣れしている睦見や如月、遥や朔那や愁晴は一歩も動けない。
が、炬も彼らが座るベンチに座って空を仰いでいた。
「カガリ?」
「お前らだけで乗ってこい」
「わかった」
「はーい」
アイラは頷き、これ以上迷惑はかけられないとアリアの手を引く。
「楽しんできいやー!」
ニコニコと笑って見送る愁晴に後押しされ、アリアもアイラの手を握り返した。
それは、温かい手だった。
並び、乗り込み、上昇するまでアリアの手はアイラから離れない。
「あ、しゅーくん! はーちゃん! おーい!」
だが、しばらく経った頃、アリアはアイラの手を離して愁晴と遥へと手を振った。見下ろすと小さな愁晴と遥が手を振り返している。その隣には、睦見も、如月も、朔那も、炬もいる。
「…………」
「観覧車は初めて?」
「……初めて」
「……私も」
視線を移すと、アリアは下を見つめたまま寂しそうに笑っていた。
観覧車は初めてだ。アリアとこうして遊んだことも、初めてだ。
「アイラ」
頂上に来た頃、アリアがアイラの名前を呼ぶ。
「何?」
地平線を眺めたまま、アイラはそう聞き返した。
ここから一望できる陽陰町は、広い。目を凝らせば、施設があった場所も見える。
「私ね、アイラのこと実はちょっぴり嫌いになってた」
「知ってる」
アイラは唇を結ぶ。
アリアは、あの施設が崩壊した原因の一つ一つを少しずつ恨んでいるのだ。そのことは、ここ数日のアリアを見ていればわかることなのだ。
「でもね、私はアイラを嫌いにはなれない。私とアイラは同じだって気がついたから」
──同じなのに、違う。
アイラはずっとそう思っていた。だから、アリアの言っていることがよくわからない。
「《グレン隊》で人工半妖。そして、《十八名家》と運命に振り回された者」
「……うん」
「私ね、おじちゃんに全部奪われたって知った時、イギリスに帰りたくなったの」
「……うん」
「でもね、やめようって──おばあちゃんに引き取られて、ここで頑張るって決められたのはアイラのおかげだよ」
私の? ……おかげ?
耐え切れなくなって視線を戻すと、アリアの蒼目とかち合った。
「言ったでしょ? アイラ。おじちゃんの名誉の為に戦うって。死んでほしいって思われるような生き方をしたくないって」
「ッ?!」
真っ直ぐな目。芯がある。どこかで見たことがある目だと思って、すぐに思い出した。あれは、《十八名家》の現頭首の目だ。
「そんなの、アイラ一人には絶対に背負わせない。もう大丈夫だから、私も一緒に背負うから──一緒に、頑張ろ?」
ぎゅうっと、アリアがアイラを抱き締める。それは、力強くて相変わらず温かかった。
再び手を繋ぎ、一緒になって観覧車を出る時もアイラが描いた手を取って共に歩いていける未来だ。立ち上がった愁晴はそんな姉妹を出迎えて、何故だかほっと息を吐く。
「ねぇしゅーくん」
「ん? なんや?」
「話があるんだけど」
そうやって、きっと未来は続いていく。




