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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
業火のグレン
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第四話 ロストワールドⅢ

 アリアと朔那さくなが裏口から帰宅し、《ハリボテの家》の増築をしていたかがり愁晴しゅうせいはるか睦見むつみ如月きさらぎが一斉に下りてくる。

 仕事はないからと一階で待たされていたアイラは、集まった彼らを見回して密かに息を止めた。


 彼らはもう他人じゃない。

 《グレン隊》という大切な身内なのだ。


 こんなにも大勢の身内がいて、誰も本家に置いていった麗夜れいやのことを拒まない。

 アイラはほっと息を吐き、全員がソファに座るのを待った。


「二人増えたっつーのにあんま大差ないな」


「そんなに幅を取るような奴らじゃないからな」


 睦見の苦笑に如月が真顔で答える。


「せやけど、これからいっちゃんでっかくなるんもこの二人やで?」


「えっ、おれは?! 愁晴さんおれは?!」


「遥もでっかくなるとええなぁ」


「やった! だよなっ! だよな〜! おれもでっかくなれるよな〜!」


 頬を綻ばせた遥を愛らしそうに眺め、愁晴は急須に入れたお茶をコップに注ぐ。

 その表情は、ずっと見ていた表情以上の表情で。この短期間で失ったものなんか何一つ気にしていないようだった。


 刹那、着信音が《ハリボテの家》に鳴り響く。


 ビクリと体を震わせたアイラは視線を向け、鬱陶しそうにスマホを取り出す炬を眺めた。炬はスマホを耳にあてがい、何を思ったのか一人で席を外す。


「かがりん?」


 アリアは顔を上げ、裏口から出て行く炬を視線で追った。だが、追いかけることはしなかった。


「ありゃあ本家の方で何かあったな」


 炬がわざわざ席を外すということはそういうことだ。

 睦見は両肩を上げ、「で? どういう歓迎会をするんだ?」と愁晴に問いかける。アイラは目の前に差し出されたお茶を飲み、同じく愁晴に問いかけるような視線を送った。


「別になんも考えてへんよ。アイラと朔那は何かして欲しいもんある?」


「ないです」


「……ない」


 即答した朔那に続き、アイラは真顔で答える。


 何もしなくていい。できるならこのままでいい。居場所をくれるだけでいい。これ以上の幸福は、何も望まない。



 だから、この場所で幸せに──全員と慎ましく生き続けたい。



 それだけを強く願ってアイラは首を横に振った。


 愁晴は膝に肘をつき、まっすぐな瞳で朔那とアイラを見据える。その鼠色の瞳は一体何を考えているのか──いくら見つめ返しても、アイラにはまったく理解できなかった。


 愁晴のことが理解できなかった。


「欲がないんやなぁ。子供なんやから、わがままの一つや二つは言ってもええんやで?」


「どんな無茶ぶりでもどんと来いよ。俺らはアリアと遥に鍛えられたし、ある程度なら叶えられるぞ」


「えっ? おれわがままなんて言ってな……」


「黙れ遥。空気を読め」


 如月に口を塞がれた遥はソファの上で何度か藻掻き、「むぐっ! 宗太そうただって子供のくせに! むぐぐっ!」と暴れ回る。


「そういうところが子供なんだ、お前は」


 如月は呆れたように言葉を吐き、遥を引きずって二階へと上がっていった。それを見送った朔那はため息をつき──


「あれと一緒にしないでください」


 ──忌々しそうに毒を吐いてそっぽを向く。


「せやろな」


 愁晴は相槌を打ち、儚く笑った。


「遥と朔那は別人や。同じなんは出身地と出身校くらいやろなぁ」


「……柊命しゅうめいなんですか? あいつ」


「せやで。おとんとおかんに虐待されて、家を追い出された哀れな仔犬や」


 朔那は眉間に皺を寄せた。

 アイラも息を詰まらせた。


「おい愁晴、何もそこまで人のことを教えなくてもいいだろ」


 睦見がそう咎めるのなら、本当のことで間違いないのだろう。あんなに明るく振舞っているのに、抱えているものは決して明るいものではない。アイラは頬を引き、俯いた。


 どうして。


 どうして愁晴は、養護施設にいた子供たちだけではなく──《グレン隊》の彼らのことも事細かに知っているのだろう。時々、そんな彼が恐ろしく思える。自分のことは何も話さないのに。


「あぁ、せやな。俺の悪い癖やわ」


「お前って隠しごとできないタイプだよな」


「そないなことはあらへんよ」


「嘘つけ」


 愁晴と睦見の会話は続く。朔那とアイラが何も言わないのはいつも通りだが、アリアが黙りこくるのはあまりないことだった。

 朔那は張り詰めた表情でアリアを見、アイラは俯くアリアの痛みを共有し、異変に気づいている睦見もアリアを見やる。


 アリアは多分、全員が自分を見つめていることに気づいていた。


 でも、顔を上げられるほどアリアは強くない。アイラはアリアのことを知っているわけではないが、彼女が夜中に泣き出すことを知っている。


「アリ……」


 睦見が声をかけようとした刹那、裏口の扉がゆっくりと開いた。炬が不機嫌そうに立っている。何か悪いことでもあったのだろうか。


「アリア」


 炬が声をかけた。

 アリアは顔を上げ、曇らせた表情で炬を見やる。


「愁晴……あと、お前も」


 お前、で炬と目が合った。


「え、なんなん?」


 愁晴は怪訝そうな表情で腰を上げ、炬の元へと歩み寄る。


「確認したいことがある」


 それでアリアと愁晴を呼んだのか。自分も、呼ばれたのだろうか。


「さよか。で、何をや?」


「ここじゃあれだ。来い」


「え、どっか行くんすか?」


 二階から下りてきた遥は首を傾げてそう尋ねた。


「…………しばらくその辺歩いて来る。お前らも来い」


 アリアは重い腰を上げ、アイラがついて来ないことに気づいて振り返る。


「アイラ」


「ッ!」


 呼ばれている。アイラは腰を上げ、慌ててアリアの後を追った。裏口から四人で出て、炬が先行して路地裏を突き進む。


「で、なんの確認をしたいん?」


 誰もついてきていないことを気配で確認し、再度愁晴が尋ねた。

 何を聞かれるのかなんとなく察しているのだろう。愁晴はまったく笑っていない。アリアも、アイラも笑っていない。


綿之瀬わたのせ家のことだ」


 アリアの体が強ばった。

 彼女の隣を歩いていたアイラはその変化に気づき、何事かと胸に不安を積もらせる。


「本家が何かやらかしたん?」


「知らねぇのか?」


「俺は分家の──綿之瀬五道ごどうの傀儡や。綿之瀬五道が望む方向を見、綿之瀬五道が望むことを成し遂げ、綿之瀬五道に尽くすことが唯一の存在意義やってん。せやから本家のことは何も知らんよ。……そんな権限まではあらへんわ」


 炬は押し黙り、ジャケットの内ポケットから煙草を取り出した。


「ライター持っとんの?」


「……ねぇ」


「ははっ、やっぱ阿呆やなぁお前」


 掠れたように笑い、愁晴はズボンのポケットからライターを取り出す。手渡すことはなく、自らライターに火をつけて正面に差し出す。


「悪ぃな」


 炬は煙草を一本取り出し、愁晴の正面にある火に近づけて先端を燃やした。


「ええよ。今の俺は──炎竜神えんりょうしん炬の傀儡なんやから」


「嘘つけ」


「嘘ちゃうよ」


「能くらいあるだろ」


 煙を吸い込んで、炬はそれ以上の言葉を発しない。それ以外言う言葉がない。言うことはたった一言に詰め込んだ。


 そんな背中で先頭を歩いていた。


 アイラは顔を上げ、足を止めて言葉を失った愁晴の表情を見送る。

 生まれて初めてそれに気づけた子供のような表情だった。立ち止まって、糸を振り切って、ようやく歩き出した愁晴は火を消して炬の隣に並ぶ。


「ついさっき、炎竜神家の現頭首から報告が入った」


「あぁ」


「綿之瀬家の現頭首は、分家がしでかした過ちを正式に謝罪したらしい」


「さよか」


 ──謝った。


 分家がしたことは、正義ではなく不義だった。公の場で謝らなければならない悪事だった。それを認めてしまった。そういうことだろうか。


 アリアは、いぬいは、アイラは、まこは、星乃ほしのは……誰かに謝らないと生きることが許されない存在になってしまった。


 そういうこと、だろうか。


「さっき終わった会で綿之瀬家が発表したのは、汚名を返上する為に未来永劫百鬼夜行の解明に死力を尽くすこと。それと、百鬼夜行で意識不明の重体となった百妖ひゃくおう家の三女の研究に手をつけること。この二点だ」


 息ができない。


「お前らはそれでいいのか?」


 炬は手探りで尋ねた。


「何がや? 言ったやろ。俺も、もちろんアリアもアイラも本家とは無縁や。もう、俺らと綿之瀬家の縁は切れたんよ」



「こいつは綿之瀬有愛アリアだろ」



 今度はアリアが足を止めた。


「養父が死んで、義姉が死んでも、こいつは綿之瀬有愛だ。綿之瀬家の分家だ」


「……せやな」


「どうすんだよ」


「……どないすればええんやろな」


 名字が変わっていなくても、愁晴自身の養父も五道だったはずだ。

 五道が死んで、小町こまちも死んで、亜子あこも死んで──愁晴が無縁だと言うのなら、アリアの保護者は誰になるのだろう。


「綿之瀬家の先代……旧頭首がこいつと乾を引き取りたいそうだ」


「旧頭首? まさかっ、トメさんがか?!」


「姪孫だから、ってな」


「なんでそれをお前に言うんや! 俺にはなんも……」


「お前、連絡先誰にも教えてねぇだろ」


 図星だったのか、愁晴はわなわなと唇を震わせて口を閉ざした。


「それでいいのか、折り返し電話をくれと頼まれた」


「親権が、トメさんに行くっちゅーことか」


「言葉通りの意味だ。どうするかは今日中に決めろ」


「…………」


 愁晴は唇を噛み締め、逡巡した後振り返る。


「アリア、お前はどうしたい?」


「……え?」


 立ち止まっていたアリアは、そうして驚いたように顔を上げた。


「俺は、お前の意思を尊重したいんや」


 アイラも愁晴に倣ってアリアを見やる。

 アリアは、晴れない表情のまま戸惑っていた。


「アリア、そないな顔したらあかん」


 あの時とは違い、愁晴は首を横に振る。


「覚えていてほしいって言うたやろ? 笑うことが一番やって。──ニコニコは、世界を救うんやから」


 愁晴はずるかった。

 自分だって笑っていなかったのに、今は笑って他人にそれを強いている。


「どうして」


「頼む。笑ってくれへんか?」


 アリアは唇を噛み、頷いて、最後の最後と言わんばかりに全力で泣いた。

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