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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
業火のグレン
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第四話 ロストワールドⅠ

 温かい春の、温かいもの。再び他者に生かされたアイラは、自らの手を引く愁晴しゅうせいを見上げた。こうして愁晴に手を引かれるのは何度目だろう。多分、あと少しアイラが大人になればこんなこともなくなるはずだ。

 アイラは喉を震わせて、隣を歩く朔那さくなを見上げる。朔那はアイラに興味がないのか、真っ直ぐに正面を見据えて自らの使命をまっとうしていた。


「ここや、アイラ」


 知っている。


 アイラは愁晴の手を強く握り、住宅街から離れた田園地区にある骸路成ろろなり家の本家を見上げた。大きな日本家屋は、《十八名家じゅうはちめいか》本家の基本である。

 体を強ばらせると風が吹いた。骸路成家の本家に植えられた桜の木から花弁が舞う。アイラは目を細め、目の前を横切る花弁を視線で追った。


 まだ、間宮結希まみやゆうきの命がこの土地に根づいている。それだけはわかってなんだか胸が締めつけられた。


 骸路成家の中庭を無断で通り、愁晴は玄関にあるインターホンを躊躇なく押す。

 ぴくり、と喉が動いた。緊張する。気持ち悪い。逃げ出したい。会いたい。愛したい。アイラは咄嗟に愁晴の手から逃れ、朔那の後ろに隠れた。


「ごめんくださ〜い」


 そんなアイラを気にも止めず、愁晴が呑気な声で呼びかける。いつものようなイントネーションで、誰かが扉を開けるのを待っている。


 しばらく待つと、玄関の扉が開け放たれた。中から中学生くらいの少女が姿を現して、不審げに顔を顰めている。


「……?」


 少女は愁晴と目を合わせ、緑色の猫目をゆるりと揺らした。

 一番に目を引く首元のコルセットは痛々しく、コルセットの位置よりも短い茶髪は何故か毛先が不揃いになっている。まるで戦闘中に切られてそのままにしているかのような毛並みだ。ぽかんと口を開けた中から覗く猫みたいな犬歯。少し野性的に見える雰囲気。すべてに置いて彼女は常人と一線を画している──野生児のような不思議な少女だった。


「……誰?」


 少女は眉間に皺を寄せ、棒立ちしている愁晴を見上げる。


「あぁ、俺は《グレン隊》の朝霧あさぎり愁晴ちゅーんやけど、骸路成家の人らはおる?」


 そのままニコニコと笑みを浮かべ、愁晴は少女に向かってこう尋ねた。


「……知らない人には、会わせられない」


 愁晴は困ったように眉を下げ、仕方がないとでも言うようにアイラの背中を軽く押す。


「この子、骸路成愛来アイラっちゅー子なんやけど」


「……え?」


 すると、何かを知っているのか少女は目を見開いた。


「……本当、に?」


「この子と麗夜れいやを会わせたいんやけど、中に入ってもええかなぁ?」


 少女は首を横に振ろうとし、首の痛みに顔を歪める。


「……い、ま! 居間、に……! まっすぐ行って、右の居間に……!」


 なんとか言葉を繋いで、震える足に鞭を打って、少女は慌ただしく駆け出して行った。


「行くで、二人とも」


 こくりと頷く。

 アイラは愁晴の手を再び握り締め、自身が生まれた直後に家族諸共追い出された言う本家へと一歩足を踏み出した。


 愁晴と朔那は淡々と前を歩き、通された居間に腰を下ろす。愁晴は平常心だったが朔那にとっては世界が違いすぎたのか、落ち着かなさそうに辺りを見回していた。


「…………アイ、ラ?」


 座らなかったアイラは、視線を襖に向けて真朱色の目を見開く。


 そこにいたのは、年の離れたアイラの従兄であり──最後の家族である骸路成麗夜だった。


 麗夜はアイラと同じ真朱色の瞳を見開き、アイラと同じ光の加減で輝き方が違うウェーブがかった白髪を持っている。アイラと同じ透き通った白い肌。なのにどこか人好きしそうな顔立ちで、アイラよりも麗しい気品に満ち溢れている。


 こくりと、アイラは無意識の内に顎を引いた。


「アイラッ!」


 駆けつけた麗夜はアイラを抱き締め、決して離しはしないとでも言うように強く強くアイラを求める。それはアイラも同じで、何度も何度も麗夜の存在を確かめて互いに大粒の涙を流した。


 アイラが両親諸共勘当された骸路成の一族は、百鬼夜行を境にたった一人を残して全滅した。


 それは、今は亡き五道ごどうの手によって施設が破壊され、《グレン隊》に入隊しかがりについて行くとアイラが誓った時に愁晴から知らされた真実だった。

 生き残った者は唯一避難をしていた従兄の麗夜のみ。麗夜は齢十三歳にして骸路成家の現頭首となり、たった独りでここ数日を過ごしていたのだと言う。しかし、とある少女が傍にいたことは誰も知らなかった。


 アイラはちらりと麗夜の髪の隙間から少女を見、少しだけ泣きながら、幸せそうに、愛おしそうに、ほんの少しだけ辛そうになって麗夜を見下ろす彼女を知る。

 少女に背を向けて崩れ落ちた麗夜は知らない、少女のその表情を──アイラは何故か綺麗だと思った。


 やがて少女は唇を八重歯で噛み、麗夜を置いて居間を出る。閉ざされた襖は決して開かず、痺れを切らした愁晴によって、アイラと麗夜はようやくまともに互いを見た。


 麗夜に出逢ったのは、今日が初めてだった。


「……どうして、アイラが生きているんですか? アイラは、叔母さんと叔父さんと一緒に事故で死んだんですよね……?」


 居間にある座布団に座って、卓子を挟んで麗夜が尋ねる。その答えを持っていたのは、アイラではなく愁晴だった。


「ちゃうよ」


「じゃあ、なんだったんですか……。どうして叔母さんたちが死んで、アイラも死んだってことになったんですか……」


 麗夜は知ることを恐れている。だが、その瞳の中にあるものは、現頭首としての──あの、アイラにはない芯の強さが現れたものだった。


「アイラの母親がイギリス人と結婚したんは知っとるやろ? 分家とはいえ他所の国の人間の血が混ざるのを好まんかったんは、骸路成家やない。《十八名家》やったんや。九年前の今日、四月二十五日に結婚した二人が宿した生命の誕生でさえ、当然祝福されるべきものやなかったんよ」


 生まれてくること自体が間違いだった。それが、かつて死んだ骸路成愛来の第一の人生。


「しかも、当時二十歳やったその二人──骸路成翔子しょうこと骸路成アランは、《十八名家》の因習に反対しておったんや」


「……《十八名家》の、因習?」


 ぴくりと、麗夜のオウム返しに朔那が顔を上げた。

 朔那は何も知らない。なんの力もない一般人の子。



「──町と人の為に、《十八名家》の人間が命を投げ打つこと」



 なのに愁晴は言ってしまった。


 朔那は目を限界まで見開き、反射的にアイラと目を合わせる。目が合って、すぐさま視線を逸らした朔那だったが顔を見ればよくわかる。彼は酷く動揺していた。


「忌まわしい血が流れとるんは理解しとったけど、二十歳になった二人は納得せんかったんよ。そんなのおかしいやろって頭首らに抗議しても無駄やった。あの二人はな、生まれたばかりのアイラと共に最期まで生きたかったんよ」


 アイラは視線を落とした。その先の、結末を知っていたから。


「そんな〝生〟に執着した二人を許さんかったんが、これも骸路成家やなくて《十八名家》やった。二人はあまりにも声が大きすぎて、秘密を町民に漏らす危険分子として監視され、勘当するだけじゃ足りんと判断した──すべての《十八名家》に殺されたんよ」


 世界中が自分の敵だった。誰もが無償の愛で成り立つたった一つの家族の死を願っていた。


 アイラだって死にたかったわけじゃない。それでも、誰にも許してもらえない生命ならば、捨てた方が楽になれた。


「せやけど、アイラだけは綿之瀬わたのせ五道の強い要望を尊重されて生かされたんや。それからは存在を消され、今は施設で暮らしとる」


 この生命は、綿之瀬五道に利用された生命。死ぬ覚悟でいた戦時中に、間宮結希に救われた生命。そして、生まれて初めて家族じゃないのに愛してくれた愁晴とアリアが敬愛する──炎竜神えんりょうしん炬に拾われた生命だ。


 アイラは肩を震わせて泣いた。他者に生かされることでしか生命をこの世界に繋ぐことができないアイラは、百鬼夜行のあの日、妖怪を殺すことでしか生かされた意味を見い出せなかった。そうやって、三年間も心を潰していた。


「そんで、昨日その施設が崩壊したんや」


「えっ……?」


 身内に起こった真実に同じく涙を流していた麗夜は、終わらないこの話をどう受け止めるのだろう。


「せやから、アイラの保護者の麗夜に許可を貰いに来たんよ」


「きょ、許可ってなんですか」


 一瞬だけ麗夜が怯える。

 彼は、彼らが《グレン隊》であるという事実を忘れていない。



「──アイラを俺らの《グレン隊》で預からせてほしいんよ」



 だが、身構えて身を縮ませていた麗夜を待っていたのは愁晴の義理と人情だった。


「えっ?」


「アイラには俺らんとこにいてもらう。お前は自分ちの遺産で生きてくみたいやけど、お前の支援もする。お前が立派な弁護士になって独り立ちできるまで、俺らは決してお前を見捨てんよ」


 愁晴は麗夜の返事を待たずに立ち上がり、アイラと朔那を連れて襖を開ける。


「あ、そや。なぁ麗夜、腹が減ったら俺らんとこ来い。《ハリボテの家》でたらふく食わせたるからな」


 振り返った愁晴はそれだけを告げて──


「あの、アイラをよろしくお願いします」


 ──泣きじゃくりながら頭を下げた麗夜を微笑しながら見つめていた。


「そんなに畏まらんでもええよ。現頭首やなかったら麗夜も施設に引き取られとった身やし、俺らんとこにはアイラもおるし。……麗夜はもう他人やない、困ったことがあったらなんでも《グレン隊》に言いや?」


「はい。ありがとう、ございます」


 麗夜は何度も何度も頷いた。

 それを見ることが愁晴の幸福だった。


 刹那、居間の外でずっと待機していたらしい少女と目が合う。


「そういや、聞きそびれとったけど君は誰なん?」


「……百妖和夏ひゃくおうわかなです」


「百妖?!」


 彼女の名前を聞いた刹那に輝いた愁晴の瞳の意味は、誰も知らない。


「百妖って、え?! 君、麻露ましろの妹なん?!」


 きっとそれは、愁晴自身の物語だった。

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