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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
業火のグレン
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第一話 銀髪の少女Ⅱ

 目を覚ますと、そこはアイラの知らない世界だった。


 アイラは瞼を擦り、ゆっくりと辺りを見回す。全面が木材でできているログハウスのような部屋には、アイラが寝ているベッドが二つある以外は何もない。窓もないが、地下にあって陰湿だった二号室に比べたら幾分かマシだった。


 アイラはしばらくの間呆然とし、やがて防音でないことに気づく。

 特殊な実験を繰り返していたあの施設は、すべての部屋が防音だ。だというのに、ここは会話が丸聞こえである。


『すまんな、わざわざ陽陰おういん学園まで行かせてしもうて』


『何謝ってんだよ。お前らの知り合いで小さな女の子が行方不明になってるなら、探すのが当たり前だろ? さすがに知らん顔できるほど非人道的じゃねぇぞ』


『俺もですよ、愁晴しゅうせいさん。大切な女の子がいなくなるほど、心を痛める出来事はない。本当に無事で良かったです』


 アイラは起き上がり、彼らの言う小さな女の子が自分だということに気がついて驚いた。


 ──自分なんかを心配する人が、この世界にまだいるなんて。


 信じられないが、彼らの口がそう言っている。アイラの考えを簡単に否定している。

 アイラは口をすぼませ、体育座りをして丸まった。これが一番落ち着く。何も見なくていいから、一番楽だ。


『アイラ、入るよ〜』


 返事をする前に開け放たれた扉の先にいたのは、アリアだった。アリアは目を見開き、顔を上げたアイラを見つめる。


「アイラ! 起きてたんだね!」


 アリアはそう言って、アイラの下へと駆け出した。


「良かったぁ〜! もう目を覚まさないんじゃないかと思った!」


 アイラはふるふると首を横に振り、呼吸をする為に藻掻く。だが、アリアが離してくれる気配はない。


「アイラ?! 起きとったんか!」


 あれほど大きな声を出したから、当然聞こえたのだろう。

 血相を変えた愁晴に、知らない青年二人が部屋を覗き込んでいる。


「おはよう、アイラちゃん。目覚めて早々こいつらが騒がしくてごめんね〜?」


 金髪の青年は少々馴れ馴れしく笑いながら手を振り、栗皮色の髪をした青年は無言でアイラを見つめている。

 アイラは居心地の悪さを感じ、藻掻くことを諦めてアリアで顔を隠した。


「お前ら、悪いけど下に行ってくれへん? アイラが人見知りしとるから」


「……わかりました」


「はいはいはいはい。まったく、身内となると超過保護だなお前は」


 金髪の青年はニヤニヤと笑いながらもすぐさま引っ込むが、栗皮色の髪の青年は一つ返事で理解を示したにも関わらず数秒間だけアイラを見つめていた。


 階下に行く二人を見送り、扉を閉めた愁晴はアリアをアイラから引き剥す。そして、困ったように眉を下げてアイラを見下ろした。


「どないしたん、アイラ。何かあったら電話せえ言うたやろ」


 ごめんなさいという意味を込めてアイラは頭を下げ、そして上げなかった。下げたまま愁晴から許しを乞い、アイラは唇を噛み締める。


「どないな事情があったん? それとも、何かあったんか? 新しい子が来たことと何か関係があるんか?」


 アイラは首を横に振った。そして、アリアに視線を向ける。


「もしかして、私たちに会いに来ただけなの?」


「なんやて? そないなことで飛び出してきたんか?」


 頷くことしかできなかった。それが真実だから、誤魔化す方法もわからなかった。

 視線を上げると、愁晴はそんなアイラを困ったように見下ろしている。困らせているとわかっているが、アイラだって二人がいないと困るのだ。だから、一歩も引けなかった。


 愁晴はため息をつき、眉間の皺を撫でる。そして諦めたように笑い、アイラの頭を撫でた。


「まぁええわ。こないなことが続くんやったら、俺の目が届くところにおった方がまだマシやしな」


 アイラは目を見開き、笑う愁晴を見つめ返す。


「それって、これからはアイラをここまで連れてくるってこと?」


「せやで。アリア、お前お姉ちゃんなんやからアイラの面倒よう見ときや?」


「……ッ、うん! わかったよしゅーくん!」


 アリアは表情を弾けさせ、僅かに口角を上げるアイラを再び抱き締める。抱き締め返したアイラはアリアと愁晴を交互に見比べ、アリアと違い、心を弾けさせた。


「そうと決まったら下行くで、アイラ。ゴロツキとはいえあいつらも人間や。これから世話になるんやし、一応挨拶はせなあかんからな」


 アイラは頷き、アリアに手を引かれて立ち上がる。


 知らない世界の外の世界は、同じく木材でできた廊下だった。隣にも部屋があり、目視だけでもこの部屋より大きいことがわかる。部屋と部屋の中間に例の階段があり、そこを下りると開けた世界が見えた。


「話し合いはもう終わったのか?」


 ソファの一つに座っていた金髪の青年は、スマホから顔を上げてそれをテーブルの上に置く。

 愁晴はアイラを自分の前に立たせ、四人の青年に見えるようにした。


「まぁな。この子はさっき説明した通り、骸路成愛来ろろなりアイラっちゅう子や。七年前に骸路成家の分家とイギリス人との間に生まれたハーフの子なんやけど、骸路成家からはそれが原因で親諸共勘当されとる。《十八名家じゅうはちめいか》やからっちゅう理由で気ぃ遣わんでもええで」


 アイラは深々と頭を下げ、改めて四人の青年らに視線を向ける。


 その中に、あの炎竜神炬えんりょうしんかがりがいた。


 萎縮するアイラを見ても微動だにせず、炬はつまらなそうにアイラを眺めている。が、すぐさま興味を失ったのか視線を外し──テーブルの上に置かれた湯呑みで茶を飲んだ。


「アイラ、あれが炬や。ほんであれがはるかで、冬馬とうま宗太そうたな」


 アイラはまた頷いて、あまり品行が良さそうに見えない三人を観察する。


 遥はこの中では年下の部類に入りそうなほど幼い顔つきをしているが、醸し出している雰囲気は堂々としている。まるでここにいるのが当たり前で、ここ以外の世界を知らないようにも見える。


 睦見むつみは誰よりも年上に見えるが、炬と比べると背は低く、何事にも執着しない飄々としている雰囲気がいかにも同年代の青年らしい。が、周りを見ているムシトリスミレのような瞳は年下を見守る親のようだ。


 如月きさらぎはそんな二人の中間にいる年頃に見える。遥と同じく学生だと言われてもおかしくない容姿だが、異様に整った綺麗な目鼻立ちが大人びているようにも見える。子供でもないし、大人でもないという表現が一番しっくり来るだろう。


 アイラは首を傾げ、どうしてアリアと愁晴がそんな彼らとここにいるのかを思案した。観察すればするほど、仲が良いのか悪いのかよくわからない。


「ちょっ、待てや炬! それ俺のちゃうん?!」


「早いモン勝ちだろ」


「知らんがな返せ!」


 愁晴はあの《紅炎こうえん組》の犬の頭を叩き、彼が持っていた湯呑みを奪う。


 殺される──そう思ったが、炬は何故か手を出さなかった。


 それどころか子供のように不貞腐れ、綺麗なオレンジ色の髪を掻いている。睦見はあろうことかそんな炬を大笑いし、スマホの近くに置いてあったグラスを持ち上げた。


「お前のはこっちだろ〜。人のモン勝手に取ったらそうなるっての」


「炬さん、おれが茶あ淹れてくるっすよ。冬馬、炬さんのグラス〜」


「ほいよ。ついでに俺の分もよろ」


「えぇ〜」


 遥は睦見からグラスを二つ受け取り、不意に足を止めてアイラを見やる。そのまま何度か口をもごもごと動かして、遥は頬を掻いた。


「あ〜……その、おまえもいる?」


 アイラは口を半開きにさせ、首を傾げる。


「アイラ、お茶飲まへんかやって」


 愁晴にもう一度言われ、アイラは納得したように頷いた。だが、どうして見ず知らずの自分にお茶を淹れようとするのだろう。

 アイラが悩んでいると遥はそれをいると受け取ったようで、慌てて簡易キッチンの方へと引っ込んでいった。


「遥、コップ足りひんと思うから、アリアの使ってええで〜」


「あ〜、確かに人数分しかないもんね。今日中に買ってくる?」


「せやなぁ。炬、ええやろ?」


「好きにしろよ」


 炬は、何故そんなことを自分に聞くのかというような表情だった。

 アイラは申し訳なくなり要らないと首を横に振るが、誰もアイラの方を見ない。愁晴の袖を引っ張って再び首を横に振るが、愁晴は優しく微笑む。


「遠慮なんてせんでええんやで」


 わからなかった。


 ここにいる愁晴は、愁晴であっても愁晴じゃない。アイラの知る愁晴は人を叩かないし、ここまで厳しくも優しくもない。


「どんなんがええかな? 一緒に見に行ったるわ」


 ニコニコと笑う愁晴は、アイラの知っている愁晴だった。

 アイラは開いた口を閉じて、頷く。どうしていいかわからないのなら、従うのみだ。


 ──そうやってずっと、生きていたから。


 変わったことは何一つないから、アイラは大人しく、言われた通りにソファに座った。


「持ってきたっすよ、炬さん。それと冬馬、あと……」


 遥はアイラを見つめつつも、どう呼んでいいかわからないようだった。そのまま無言でアイラの目の前にコップを置き、そそくさと壁際まで引いてしまう。

 アイラは俯き、遥が淹れたお茶を見つめる。そこに映った自分の顔は、戸惑っていた。


「アイラ、礼は言わなあかんよ」


 愁晴は何も言わないアイラを窘め、ピクリと肩を上げるアイラに促す。


「えっ? あぁいや、礼なんていいっすよ!」


「どうせ遥だしな」


「……確かに」


「あっ、おい宗太! 今ボソッと『確かに』とか言ったな?!」


 振り返ると、口数の少ない宗太に遥が飛びかかっていた。

 アイラは深呼吸をし、ゆっくりと自分の気持ちを落ち着かせる。礼なんて、今まで言った記憶がない。そもそも、最後に喋ったのはいつだったか。


「お前らのことはどうでもええわ阿呆。俺はただ、アイラの保護者みたいなモンやから教育しとるだけや」


「幼女を教育ってなんかエロいな」


「どついたろか阿呆」


「しゅーくんはお兄ちゃんでお母さんだもんね!」


 全員の笑い声が聞こえる。

 唇を噛み締めたアイラは、今日も何も言えなかった。

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