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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
業火のグレン
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序章  百鬼夜行Ⅲ

 百鬼夜行が終焉へと導かれた翌々日の四月二十二日。その日、犠牲となった《十八名家じゅうはちめいか》と陰陽師おんみょうじの葬式が行われることとなっていた。

 一つの家として、ではない。午前にはすべての家の陰陽師の、午後にはすべての家の《十八名家》の葬式が行われる。


 そのようにしたのは、あまりにも犠牲者が多かったからだと風の噂で聞いていた。まとめて行うことで、町にたった一つしかない葬儀場の混雑を避ける為だと。しかしそれは建前で、本音は葬式の為だけに《十八名家》の貴重な時間を長期間奪わせない為だとアイラは思っていた。


 《十八名家》の時間を奪えば、町は機能しなくなる。町の為に、まだ、《十八名家》は戦うことを強いられているのだ。


「アイラ、靴ズレしとらん?」


 頷き、アイラは自分の手を引くスーツ姿の愁晴しゅうせいを見上げる。後ろにはアリアといぬいがおり、無言のまま愁晴についていく。五道ごどうは、来ていない。


 アイラとアリアと乾は、愁晴が慌てて買ってきた喪服に身を包んでいた。小学校に入学していないアイラと、高校に進学しなかったアリアと乾。そんな三人の少女を連れて、愁晴は葬儀場に足を踏み入れる。

 多くの人がいた。だが、これでも本来の半数以下だ。正面には半数以上の遺影が並べられており、ある種のホラー映画のようにも見える。


 アイラは愁晴にしがみつき、線香の匂いでふと思い出した。両親の葬式の日も、規模は違えどこんな匂いがしていたと。アイラは、この匂いが嫌いだった。


「……ごめんなさい」


 そう言葉を漏らしたのは、アリアだった。

 振り返ると、彼女は泣いている。


「…………ごめんなさい」


 ぼろぼろと溢れた涙は、頬を伝って呆気なく床に落ちた。


 小町こまち亜子あこが亡くなったと聞かされた時も、彼女は泣いていた。逆に乾は泣かなかった。ただ一言、サトリの能力が二人が絶命した瞬間を自分の中に流し込んできたと言っていた。


 愁晴は何も言わなかった。アリアに吐き出すだけ吐き出させて、ただ黙っている。


 乾も何も言わなかった。恐らくアリアやアイラよりも地獄を見た彼女は、まさしく悟りを開いたように大人しかった。


「来たのですね、四人とも。……五道はどうしたのですか?」


 声をかけてきた乙梅おとめは、二日前よりも窶れているように見えた。


「あの日以来、食事が喉を通らんくなって──正直、見ててしんどいです。あの人は多分、もう人間とちゃう。……廃人や」


「……そうですか。小町と亜子が亡くなって、五道が責任を果たせない今、施設の責任者となれる者は貴方しかいません。落ち着くまでの間、この子たちのこと、よろしく頼みますよ」


「はい」


 愁晴は去っていく乙梅にお辞儀をし、改めて三人の少女を見下ろす。

 いつも場を和ませてくれるアリアも、いざという時場を仕切ってくれる乾も、精神状態はボロボロだ。気配を消すように施設の一員となっていたアイラが、現状できることは何もなく──


「さすがに今日、そないな顔したらあかんとは言わん」


 ──愁晴の穏やかな声を、また黙って聞いていた。


「せやけど、覚えいてほしい。笑うことが一番。──ニコニコは、世界を救うんやから」


 それは、いつも愁晴が三人に言っている言葉だった。そしてそれは、愁晴の唯一の教えだった。

 アリアは言葉通りに笑い、乾は不機嫌そうに舌打ちをし、アイラは無表情のまま聞いていた言葉。それが今、こんなにも重たい。


「……救えなかったじゃねぇか」


 ぽつりと、ここに来てようやく乾の怒りの声が聞こえてきた。


「笑って、何が……救えたんだよ。お前は、一体何を救ったんだよ」


「なんも」


 顔を上げると、愁晴は真顔のままはっきりと告げていた。乾に誤魔化しは通用しない。だからといって、そんな答えでは納得しない。


「せやけど、それが世界の真理なんや」


 ニコ、と、愁晴は笑った。乾は口を開き、喉の奥まで出かかった言葉を飲み込む。愁晴を睨む碧眼には敵意が残っているが、攻撃をすることはできない。何故なら、微笑む愁晴に敵意がないからだ。


 笑っている人間を、傷つけることはできないのだ。


 眼には眼を、歯には歯を。

 愛には愛を、笑顔には笑顔を。


「千年前、妖怪に敵意を向けたんは俺ら人間や。俺らはあの日、今までの報復を受けたんよ」


「じゃあ、足りねぇじゃねえか。私らが千年かけて殺してきた妖怪は、あんなに少なくねぇ。それこそ、人類が滅ばない限りあいつらの報復は終わらねぇ」


「せやな」


 愁晴は頷いて、天井へと視線を移す。


「それを、一人の少年が終わらせてくれたんよ」


 アイラも見上げ、アリアの回復能力を長時間使っても目を覚まさなかった間宮結希まみやゆうきという名の少年の無事を祈った。


「……あの子、〝ゆうくん〟だった」


「ゆうくん? 知り合いやったんか?」


「……あの子、るいるいの家族だった。ねぇ、しゅーくん。るいるいは、本当に生きてるよね? こまっちゃんや、あこりんや、きーくんや、エッちゃんみたいに──いなくなったわけじゃないよね?」


 アイラは覚えている。るいも、エビスも、もちろん桐也きりやや小町や亜子だって、まだ幼いアイラのことを愛してくれた。

 たまに来てくる吹雪ふぶきが可愛らしい服をくれたことも、一つ年下の伊吹いぶきが「お姉ちゃん」と呼んで慕ってくれていたことも、忘れてなんかいない。よく遊んでくれた涙の式神しきがみのエビスでさえ消滅したこの世界が、痛くて。酷く胸が、締めつけられる。


「生きとるよ。涙の伯父はこの町の町長で、陰陽師の王なんや。その長男が亡くなりはって、涙が今代わりを務めとるんよ」


「……そんなの知らない。会いたいよ」


「会える。涙は陰陽師で、《十八名家》や。きっとここにおるよ」


 アリアはピクッと肩を上げ、辺りをきょろきょろと見回した。


「あ、ふぶりん……! いぶりん……!」


 振り返ると、スーツ姿の吹雪が伊吹の手を引いて列席していた。背中を向けていた親子は振り返り、ほっと安堵の表情を見せる。


「みんな……!」


 だが、次に何を言っていいのかよくわからない表情を見せた。他の《十八名家》と同じように、施設の人間も半数近くが亡くなったのだ。

 吹雪は伊吹を連れて駆け寄り、アイラは同じ目線にいる伊吹を見つめる。あの日伊吹は避難をしていて、地獄を見ていない。そもそも、妖怪も半妖はんようも何も知らない。今回の悲劇は、災害だと知らされているはずだ。


「その、大丈夫なの? ご飯はちゃんと食べているわよね?」


「この子らは大丈夫や、吹雪さん。おおきに」


「ずっと心配してたのよ。特に貴方たちは、最前線で戦っていたはずだから……」


「一番頑張ったんはこの子らや。本人らは否定しとるけど、ほんまに多くの人らを救ってくれたんよ」


 愁晴は、傍にいたアイラの頭を撫でた。

 アリアと乾は息を呑み、吹雪は強く頷く。


「わかるわ。乾の能力があったから、最悪の事態が防げた。アリアの能力があったから、みんな、こうして葬式に出ることができた。アイラの能力があったから、進軍する奴らの数を抑えることができた。そうでしょう?」


「でもっ……!」


「でもじゃない。貴方たちは、誰よりも胸を張っていいの。一人で戦っていたわけじゃない、みんなで戦っても全員を救うことなんて不可能なの。可能だったのは──あの、陰陽師の少年だけだわ」


「……どうして、可能だったの?」


 泣きながら尋ねたアリアは何を考えているのだろう。

 自分にはなくて、彼にあったものはなんだったのだろう。


「陰陽師だからよ」


 そう言った吹雪の表情は、笑っていた。


「……え?」


「いつかわかるわ」


 アリアは困惑気味に眉を下げ、不服そうに俯く。それでも吹雪の笑顔が効いたのか、涙は止まっていた。


「さぁ、そろそろ席につきましょう。始まってしまうわ」


「せやな。三人とも、こっちや」


 吹雪と愁晴に連れられて、全員席につく。不意に前を向くと、最前列に涙が着席しているのが見えた。

 涙は後頭部だけをアイラに見せて、微動だにしない。葬式が始まっても、終わっても、一切動かない。だが、不意に名前が呼ばれた瞬間、彼は何故か前に立ち──マイクを持って一礼した。


「皆様、少々待機を願います」


 何を言うのかと思えば、彼は下がる。そして葬儀場に姿を現したのは、漆黒の軍服を着た青年だった。


「皆様、静粛に。私の名前は鴉貴輝司からすぎこうし、鴉貴家分家の嫡男です」


 涙と立ち位置を交代した輝司は神妙な顔つきで列席者の顔を見、右手を心臓の上に当てる。


「此度の件で我々は、かけがえのないものを失ってしまいました。それは命です。そして誇りです。もう二度とこのようなことがあってはならない、そう強く感じたのは我々だけではないでしょう。少なくとも我々はこのままで終わる気はありません。亡くなった頭首が跡取りの存在を秘匿していた件で鴉貴家の信用が地に落ちてしまったのは承知しております。ですが、だからこそ我々は行動に移したい。鴉貴家現頭首の名のもとに、《対妖怪迎撃部隊》──通称《カラス隊》を結成し、私が隊長に命じられたことを報告させていただきます」


 堂々と、恐れることなく宣言した輝司は、カラス色と言っても遜色のない軍服を翻す。


「もう二度とこの悲劇を繰り返さない為に、皆様どうか、ご理解とご協力のほどをよろしくお願いいたします」


 一礼し、顔を上げ。アイラはその瞬間になんとなくわかったような気がした。

 もう従来のままではいられないと。これからは、まだ誰も見たことのない〝新時代〟なのだと、輝司は言外に込めて各王たちに訴えていた。

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