第五話 紅蓮隊の炬火Ⅴ
《グレン隊》結成から一ヶ月ほどが過ぎた、二月十一日。
「おい、お前が言うの遅れたからこんなことになったんだからな?」
「聞かれてねぇ」
「聞かなくても言うタイミングっつーのがあるっすよねぇ?!」
睦見と遥につっこまれては不貞腐れたように視線を逸らし、彼らがセッティングした《ハリボテの家》を眺める。
自分の誕生日よりもお粗末な飾りつけだったが、それでも彼らの行動力は褒められるべきものだろう。
「ったく、こいつに何を言っても仕方ねぇのはそろそろ俺も学ぶけどさぁ。そもそもの話、マジで言ってる? 嘘じゃねぇよな?」
「嘘じゃねぇよ」
「マジっすか?! マジで愁晴さんとアリアの誕生日今日なんすか?!」
「今日だよ」
炬はため息をつき、なかなか信用しない二人に見せつけるように隅に置いたプレゼントの山を指差した。
「じゃなかったら二人分買ってねぇ」
「確かに。お前色々買ってたもんな」
「あんなにマジな炬さん初めて見たっす」
「俺は二度目〜」
顔を見合わせる睦見と遥を睨みつけるが、遥は慣れたのか必要以上に怯えなかった。それでも「ひぃっ、すんません!」と土下座をして睦見に笑われている。
「やめとけやめとけ。時間的にそろそろ二人来るからさぁ」
睦見がそう言った刹那──
「ただいま〜」
「おい〜っす」
──本当に二人が《ハリボテの家》の扉を開けて、土下座をする遥を視界に入れた。
「ちょちょちょちょちょ、待った! お前らもう一回やり直せ! 戻ってもう一回扉開けろ!」
「何珍しく慌ててんねん。まぁ、冬馬やしおもろいからええんやけど」
「とーくんはーちゃん何やってるの?」
肩を竦める愁晴と、目を丸くするアリア。二人は視線を巡らせ、《ハリボテの家》の変わった内装を眺める。
「最悪だ!」
「お、おれ誕生日祝ってもらったことないけど、こんなもんなのか?」
「こんなモンじゃねぇから最悪なんだろ! あ〜、ダメだ。こんなの俺の理想じゃない。こいつらといると理想が全部ぶっ壊される」
「あ〜! どうしよう冬馬、どうしよう!」
骨が治った睦見はソファに横たわりながら顔を覆い、地べたに膝をついていた遥は転がり回る。ソファにずっと座っていた炬はそれを傍観していたが、困惑する二人に気づいて持たされたクラッカーを鳴らした。
「ぶぶっ」
「くっ……! あははっ!」
「おい。なんで笑ってんだよ」
抑えていたものを吹き出して、顔を逸らして笑う愁晴は僅かに後退する。アリアはお腹を抱えて目一杯笑い、その場に崩れ落ちた。
「あかん……! お前、クラッカー鳴らすタイミングおかしすぎやろ……!」
「かがりんだめぇ……! むりっ、かがりんがクラッカー持ってるのだめぇ……!」
「笑うな」
声に出して笑い続ける二人を睨むが、二年も一緒にいる二人が怯えるはずもなく。ここまで笑われたことがない炬は唇を曲げ、クラッカーを静かに握り潰した。
「おいおいおいおい潰すなよ。とりあえず気を取り直すぞ。遥、お前は深呼吸」
「す〜は〜、す〜は〜」
「で、お前らもうわかってると思うけど、今日誕生日なんだよな? おめでとう」
「愁晴さん、アリア、誕生日おめでとうございます!」
次第に笑いが収まった二人は顔を上げ、アリアは照れくさそうに頬を掻く。愁晴は変わらない表情を保っていたが、次第に耐えられなくなったのか唇を緩ませて顔を覆った。
「お前こそ珍しく照れてんじゃん。つーか、なんだかんだで今まで未成年だったのが驚きだよ」
「愁晴さんは二十歳っすもんね! 炬さんと同じ大人の男っすもんね!」
「待て待て待て待て。言ったよな? ここの最年長者は二十三歳の俺だって」
「ん? 最年長でも冬馬は冬馬だろ?」
意味がわかっていないのか遥に一刀両断された睦見は頬を引き攣らせ、そんな睦見を気にもせずに遥はアリアに向き直る。
「アリアは十四歳なんだよな?」
「うん! はーちゃんの一個下だよ」
「はーちゃんって呼ぶな! えっと、その……うん、プレゼント! 二人のヤツ用意したから!」
遥はポケットの中を探り、何かを取り出す。それは、その辺に生えていた冬の花の押し花だった。
「聞いてくれよ。こいつ、朝起きてしばらくしてお前らが誕生日だって言ってきたんだぜ? 急に言われても用意できねぇよなぁ、遥」
「今朝摘んできた花を押し花にしたんす! 愁晴さんが前に教えてくれたから、やってみようと思って!」
「え、ほんまにくれるん? おおきに遥、上手にできとるやん」
「可愛い〜! ありがとうはーちゃん! 大事にするねっ!」
本当に嬉しそうに押し花を受け取った二人は、睦見から差し出されたそれに目を丸くする。
「俺からはこれな」
「は? 何? お前もくれるん?」
「お前は俺をなんだと思ってんだよ。ちなみにお前には財布、アリアにはフレグランスな」
「ふ、ふれぐ……らんす?」
二人とも困惑しながら小箱を受け取り、とりあえず睦見に礼を言う。睦見は呆れながら愁晴の頭を軽く叩き、「言ったろ? 俺は最年長者だって」と腕を組んだ。
「ま、まぁ、バイト始めとるしな……。盗んだわけちゃうもんな……」
「とーくん開けていい?! ふれぐらんす、見たい!」
「俺は盗っ人か。いいよ、アリア。愁晴は返せ」
「ありがたくいただきますわ〜」
「現金だな」
「いらん言うてへんやん」
漫才師のような二人の会話は一ヶ月半経っても健在だが、睦見は不服そうに唇の端を歪める。
「じゃ、最後は炬さんっすね」
「こいつが一番気合い入ってるからな〜。驚くなよ?」
指名された炬は立ち上がり、昼間に睦見と遥を連れ回して買ったプレゼントをテーブルの上に置いた。
「これがクリスマスプレゼントで、これが誕生日プレゼントだ」
「クリスマス?! いつの話してんねん!」
「うわぁ、かがりん! 約束覚えててくれたの?!」
炬は首肯し、一ヶ月くらい前にアリアから貰った指輪を撫でる。学校の授業で作ったと言っていた歪な形の指輪だが、傷だらけの拳にアクセサリーが一つあるだけで炬の生活は一変していた。
「ん」
「え、いや、んん?」
「お前にはブラックカードとカレー粉。アリアにはブラックカードとぬいぐるみ」
「待て待て待て待て、ブラックカードてなんやねん! カレー粉はお前が食いたいだけやろが! ぬいぐるみはあほみたいにでかいし!」
二人分のブラックカードが入った封筒と、小箱と、大箱。愁晴はそれを受け取って、今日一番のつっこみを披露する。睦見は喉の奥で笑いながらソファに座り、金髪を掻き上げた。
「言ったろ? 驚くなって」
「驚く驚かんのレベルちゃうわ! ど、どないしたらブラックカード用意できんねん! ほ、ほんまに貰ってええの?!」
「貰っとけ。金は今までの報酬分入ってる」
「報酬分?!」
愁晴の反応を見飽きた炬がアリアに視線を移すと、アリアは大箱から取り出したくまのぬいぐるみを抱き締めていた。ぬいぐるみはアリアと同じ背丈で、抱き締めるとアリアが上手く隠れて見えなくなる。
そんな彼女の名前を呼ぼうとした刹那、《ハリボテの家》の扉を叩く音がした。
「黄昏時に誰やねん……」
愁晴はぼやき、扉を開けると──
「あ、お久しぶりです」
──如月宗太が、そこに立っていた。
「……はっ?」
整えられた栗皮色のアシンメトリーの髪。真紅色の猫目。青年と少年の狭間にいる猫のような如月は、何故か私服姿で気まずそうにしている。
「あの、寒いんですけど」
「いや知らんがな! 何しに来たん?!」
「この前炬さんとその女の子にお会いした時、《ハリボテの家》の中を見てみたいって言ったんですけど……」
「言ってたのかは知らないけど、開けっ放しはさみぃからさっさと入れてくれ」
睦見に促されて中に入った如月は、内装を眺めて眉間に皺を寄せる。「いつもこんな感じなんですか?」そう尋ねたということは、この内装が気に入らないようだった。
「今日は特別。そこのお二人さんが誕生日なんだよ」
「あ、そうなんですか。おめでとうございます」
ほっと息を吐き、如月は手櫛で髪を整える。緊張しているのか視線がしょっちゅう外れており、組織の人間ではなく素の如月は堂々としているというよりも人と関わるのを苦手としていそうだった。そんな彼がここに来た理由が、まったく想像できなかった。
「昨日、ようやく《風神組》と縁を切ったんです」
愁晴にソファに促された如月はそれを断り、真顔で告げる。
「ほんま? お前、ほんまに縁切ったん?」
「二年前に恩人が亡くなって、恩人のお嬢さんも俺の手から離れて──いる意味が、もうなくなってたんです。《風神組》に残っていたのはただの惰性だったのかもしれません」
如月の言う恩人とは、町外で売られかけていたところを救った夫婦のことだろう。
「だから、今回の件で俺は死ぬつもりでした。生きる理由が元からないんですから、恩人の親族を守れて死ねたら本望ですし」
「本望、ねぇ」
「よくわかんねぇけど、生きてんじゃん」
睦見と遥の指摘に苦笑し、如月は言葉を続ける。
「生かされたんですよ、お嬢に。そして、貴方たちに」
《ハリボテの家》をずっと眺めていた如月は、ここでようやく炬を見た。真紅色の瞳は血のように赤い。そして、炎のように熱く揺らめいている。
「如月宗太、十七歳、中卒です。《グレン隊》を──炬さんを、俺の新たな恩人として仕えさせてほしい。入隊の許可をお願い致します」
炎を宿した彼は跪き、炬に懇願した。
「元《風神組》が信用できないと言うのなら、この場で自害します。俺が今日貴方に言いたいのは、ただ一つ」
顔を上げ、如月は再び真紅色の瞳で炬を射抜き──
「私の命を無計画に救った責任を、この場で取れと言っているんだよ」
──《風神組》の如月宗太として、炬を脅した。
炬は黙って如月を見下ろし、彼の真意を探る。だが、彼はいつだって裏表のない、真っ直ぐで眩しい青年だった。
愁晴もアリアも睦見も遥も、炬の判断を第一としているのか口出しをしない。すべてはいつだって、炬の判断に委ねられている。
「好きにしろよ」
だが、これ以外の言葉を炬は持たない。アリアが言っていたのはこういうことかもしれないと思い、炬は僅かに、今日も口角を緩めた。




