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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第五話 紅蓮隊の炬火Ⅳ

「ただいま〜!」


 《ハリボテの家》への階段を飛び出すように駆け下りて、アリアは扉を勢いよく開ける。


「おう。おかえり〜」


「おかえりアリア! 見ろよこれ!」


「わっ! これ全部はーちゃんがやったの?! すごーい!」


「はーちゃんって呼ぶな! だろー? おれ、やればできるだろー?」


 得意げに鼻を伸ばしたはるかは、綺麗になった床をアリアに見せつけて小躍りしていた。


「お、お前もおかえり。話っちゅーのはできそうか?」


 それをおかしそうに眺めていた愁晴しゅうせいは首を傾げ、どけていたソファを元の位置に戻す。


「あぁ」


 かがりは首肯し、遥に睦見むつみを呼ぶよう頼んだ。


「先に聞いとくけど、家具はどうなったん?」


「郵送」


「ふぅん。……ちゃんと入るよな?」


「馬鹿にするな」


 愁晴は「はいはい」と聞き流し、二つのソファとテーブルを戻して腰を下ろした。


「疲れたやろ? お前らも座り」


 日は沈み、外は凍てつくような寒さだ。暖房が効いているとはいえ、アリアは寒そうに身を縮めて愁晴の元へと駆け寄る。


「しゅーくん、毛布引っ張り出して来てよー」


「毛布やのうてブランケットな。ええよ、床下収納に入っとるはずやけど、どう?」


「俺かよ」


 炬は真下にある床下収納を開け、袋に密閉されていたアリアの愛らしいブランケットを取り出した。


「かがりんありがとー!」


「俺らは別にいらんけど、アリアは冷やしたらあかんもんな。着とき着とき」


「うんっ」


 アリアは頬を綻ばせ、炬から手渡しされたブランケットに身を包んだ。


「どうすんだよこれ」


「床下にしまっとき。またいらんくなった時に使うんやから」


 炬は袋を床下収納に叩きつけた瞬間、睦見を連れた遥が下りてきた。


「おかえり〜。三階、ある程度できたから後で見てくれよ」


「お、ほんま? ようやったなぁ」


 愁晴は言葉そのままの意味でそう呟き、立ち上がって簡易キッチンの方へと姿を消す。


「言っとくけど、ちゃんと手は抜いてないぜ。ここみたいなご立派な階段じゃなくて、まだ梯子だけどさ。将来は大工になれるかもな」


「えっ、とーくん足折れてるのに梯子上ったの?!」


「そうだよ〜アリア、可哀想な俺をもっと褒めてほしいね」


「バカ! それじゃ治るものも治らないよ!」


 ぷんすかと頬を膨らますアリアに虚を突かれたのか、睦見はぽかんと口を開いて肩を借りている遥へと視線を下ろす。遥も驚いたのか、目を見開いて睦見を見上げていた。


「治るで、アリア。そういうんは可愛ええ魔法使いが治してくれるんや」


「可愛ええ魔法使い?」


 戻ってきた愁晴は、人数分の紙コップとポットをソファの間のテーブルの上に置き、アリアを指差す。それだけで、鈍感なアリアにも──知ったばかりの炬にも伝わった。


 一気に治すことはできないが、睦見に気づかれない程度に治してやれ、と言っているのだろう。


 炬は愁晴の人使いの荒さに呆れ、同じくらい自分を荒っぽく使う愁晴の頭を無言で叩く。


「痛っ?!」


「あぁもう、これ以上怪我人増やしてどうすんだよ。アリアがまた怒っちゃうだろ〜」


 困ったように笑いながら、遥と共にソファに腰を下ろす睦見。


「怒るよ! 怪我人! 撲滅するよ!」


「そう言いつつ手ぇ振りかざしてんじゃねぇよお!」


 荒っぽく手を振りかざすアリアと、それをハラハラと見守る遥。


「お前ら加減してや〜。俺、こん中でいっちゃん弱いんやぞ〜?」


「どの口がそれを言うんだよ、クソ野郎」


 頭を擦る愁晴と、彼の肩を押して座らせる自分。

 炬は全員が座ったのを確認し、視線を落とした。


「で? 話ってなんやの?」


「つーか、お前も座れよ。俺らを見下ろすな」


「……あぁ」


 炬は愁晴とアリアが詰めて空けた場所に座り、拳を膝の上に乗せる。

 いざ話すとなるとどこから話したらいいかわからなくなった。自分は口が達者な方でもお喋りな方でもない。能動的というよりも、受動的な方だろう。それをわかっていたのか、全員一言も言葉を発せずに炬の言葉を待っていた。



「──《グレン隊》、それが俺らの名前だ」



 息をするように、炬はやがてその名を吐いた。


「愚連隊?」


「いや、紅蓮隊やろ」


 裏社会にいた睦見は前者を。炎竜神えんりょうしん家の秘めたる力を知っている愁晴は後者を。だが──


「両方だ。だから、カタカナで《グレン隊》」


 ──炬の言葉を聞くと、納得したように笑った。


「なんだそれ。つーか、急にチームっぽくなったんだけどどうしたんだ?」


「ええやん。頭目の心境の変化を下っ端の俺らが考えたってわからんやろ」


「《グレン隊》? チーム? 私たち、チーム?!」


「ほんとに?! おれ、炬さんのチームの一員?!」


「何度も言わせんな」


 炬が眉間に皺を寄せるが、遥は萎縮せずに瞳を輝かせて笑っていた。


「そう言えるほど何度も言うてないやろ、お前。ちゃんとした説明もなしに」


「一週間前までチームじゃねぇっつってたのにな。やっぱ、俺らの為ってこと?」


「誰がてめぇらの為だよ。その馬鹿みてぇな頭さっさと冷やせ」


 炬が睦見を睨むと、睦見は子供っぽく唇を尖らせて引っ込んだ。


「わかっとるよ、炬。ちゃんとな」


 隣にいた愁晴はニコニコと笑いながら、ソファの上を跳ねるアリアの頭を撫でる。


「この子の為やろ?」


 誰にも聞こえないように囁く愁晴は、恐ろしいくらい炬のことを理解していた。


「ありがとな、炬」


 今度は全員に聞こえるように礼を言い、心に刺さっていた棘が抜けたように晴れ晴れとした表情を見せた。


「俺の為だ。人の話聞かずに誤解してんじゃねぇよ」


「お前がなんにも言わんから各自勝手に解釈させていただきますぅ〜」


「俺もこのままじゃ納得できねぇから、そうさせていただきますぅ〜」


 愁晴のイントネーションを真似た睦見は、今まで以上に楽しそうに遥に絡んでいる。

 町外の組織出身の睦見は、元々炬のチームを当てにして《ハリボテの家》の敷居を跨いだのだ。自分の当初の目的が達成されて、嬉しくないわけがない。


「おれも! おれ、強くなるから! 炬さんみたいに強くなって、役に立てるような男になるから! だから、これからもよろしくお願いします!」


 うざったそうに睦見を押し退けた遥は、拳を握り締めて炬に宣言した。

 成長期にも関わらず細い体格の遥は、今はまだ弱い。弱者として強者に強いられていたからこそ、強者になりたいという願望がある。彼が《ハリボテの家》の前で倒れていたのも、きっと何かの縁なのだろう。


「かがりん! 私も、いっぱいいっぱい強くなって、かがりんを守るね! 絶対に絶対だからね!」


 アリアは間に座っている愁晴越しに手を伸ばし、炬の手を無理矢理握り締める。

 年の割には幼いアリアは、未熟と同時に誰よりも達観している節がある。自分の能力の根本を早々に見極め、故に戦場に立てる強さを欲し、わざわざ人々から忌み嫌われる炬に会いにきた豪胆な少女なのだ。


 アリアがいたから、炬は余計な傷を背負わずに今まで生きてこれた。

 暴力から守れても、妖怪からは守れない。そう思って愁晴ごと手放そうとしたが、両方から守られていたのは炬の方だった。


 そんなアリアの為に炬ができることは、名もなき曖昧な関係を持続させることなんかじゃない。



『名をつけるっちゅーことはな、一番短いしゅなんやで』



 かつて、愁晴は笑いながらそう言っていた。


『名づけは存在を確かな物とする。妖怪とかがええ例やろ?』


 この関係を確かな物とすることが、力を欲したアリアへの恩返しなのだ。ここがアリアの居場所であり、困った時に帰れる居場所なのだと名前で伝えることなのだ。


「アリア、ちょおどいて。そろそろ紅茶淹れるわ」


「ワインがいいって言いたいとこだけど、未成年に合わせるか」


「えぇー。おれは炭酸ってやつが飲みたいー」


「かがりん、あれ! やんないの?」


「お前がやれよ」


 回復と修理という能力を持つ半妖はんようのアリアが、わざわざ見つけてくれたこの居場所を永遠にする為に──そして何よりも、今回の事件の悲劇を二度と繰り返さない為に。その為に結成したのが、この《グレン隊》なのだから。


「わ、私が?! 私はかがりんの家来だよ?! むりむりむりむり、はーちゃんパス!」


「おれ?! おれだって無理だよ、おれはただの炬さんの部下だし! 冬馬とうまがやれよ!」


「え、俺? やだよ、今の俺ちょーかっこ悪いじゃん。ここは右腕のお前に譲ってやるよ」


「なんでお前は上からやねん。ちゅーか、今更かっこつけたって意味ないんやからな」


 紅茶を人数分淹れた愁晴は、それぞれに配って周りを見回す。

 出逢った頃は右も左もわからなそうな無垢な青年だったのに、いつの間に世間の常識を弁えたのだろう。一緒にいたら楽しそうというよくわからない理由でそこにいた愁晴は、今はもう楽しんでいそうには見えないが、誰よりも炬のことを理解してそこにいる。


「ほないくで?」


 全員が紙コップを持ったことを確認し、全員から押しつけられたことに文句をまったく言わない愁晴はニコニコと笑う。


「《グレン隊》結成を祝して──乾杯!」


「かんぱい!」


「乾杯!」


「かんぱーい!」


「乾杯」


「なんでバラバラやねん! 先行き不安やわ!」


 盛大にずっこけた愁晴の抗議に思わず笑みが零れ。


「めちゃくちゃ俺たちらしいけどな」


「あははっ、あははははっ!」


「お、おれ、初めてだから間違えた? おれが悪い?」


 笑いながら、戸惑いながら、一歩ずつ距離を縮めている彼らから押しつけられる紙コップに応える。


「どうする? もう一回いっとく?」


「あほか。二回もやる方がおかしいわ」


「確かに。じゃあ次の乾杯は大晦日か」


「お正月も! お誕生日もやりたい!」


「あ、じゃあ、おれが卒業する日も!」


「いいな、面白そうだ。全部やろうぜ」


 大掃除で物が消え、生活感が一気になくなったが、これからもまた生活感溢れる空間になるのだろう。


 《ハリボテの家》はハリボテだ。


 だから、何にでもなれる。これからも何度だって変わっていける。《グレン隊》が望むのは、そういう空間で──そういう居場所だった。

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