第五話 紅蓮隊の炬火Ⅲ
翌日は、大晦日まであとほんの数日とあってか、雑居ビル地区もクリスマス同様に賑わっていた。師走とはよく言ったもので、この一週間は自分にとってまさしくそれだったかもしれない。
誕生日に突然知らされた町の秘密によって生まれた自分の心境の変化にどう対応したらいいか一晩中悩んで。出た結果は、やはり一つだった。
「おい〜っす。お前ら、大掃除ちゃんとしとるん?」
昼間になってようやく顔を出した愁晴とアリアは、《ハリボテの家》の一階の惨状を一目見て呆れたような表情をする。
「遥。大掃除はお前の担当な」
相も変わらずソファに寝そべっていた睦見はそれを敏感に感じ取り、することもなくボーッとしていた遥を名指しした。
「えっ、今すっごくナチュラルに面倒ごとなすりつけられた?!」
「ほら俺、足の骨折ってるからさぁ。お前もここに住み着くなら、そらくらいはやらないと」
「冬馬のそれは自業自得やろ。ちゅうか、どの口がそれを言ってんねん。……まぁ、遥が掃除担当を引き受けてくれると俺も助かるんやけど」
「マジで?! 愁晴さんがそう言うならおれやるよ! やったことないけどっ!」
愁晴に名指しされた途端に笑顔になった遥は、愁晴に掃除の仕方を聞き出して簡易キッチンの方へと駆け出していった。
簡易キッチンは一階よりもさらに下の段に設置されており、炬のいる位置からはよく見えないが、水が出ている音がする。
「ったく。遥は俺以外には素直だなぁ」
「それはお前の日頃の行いやろ? ちゅーか、お前は三階工事担当やからな?」
「うげぇ、それ俺にやらせるの?! お前それは酷くない?!」
「遥にやらすんか?」
「……いや、遥にやらせたら終わるもんも終わんねぇよな」
「なんだと冬馬! もう一回言ってみろ!」
睦見はやれやれと首を横に振り、「まぁあと一仕事だしなぁ」と階段を上っていく。それを見届けた愁晴は腰に手を当てて、同じくソファに寝そべっていた《ハリボテの家》の家主を見下ろした。
「それと炬、お前も寝そべっとらんと今日から大掃除するんやで? それが嫌ならデパートまでおつかいや」
「おつかい? はいはいはいはいっ、私一人でおつかいしたい!」
「買うもんは家具やから、アリアが一人で行ってもしゃーないわ」
「えぇー……」
アリアはがっくりと肩を落として、炬の下へと駆け寄る。
「かがりんはどうするの?」
「別に」
それよりも話したいことがあったのだが、現状を見る限りどうやら無理そうだった。炬の方が肩を落としたかったが、起き上がるだけにしてたいした反応をするのはやめる。
「別にちゃうやろ……。はぁ、アリア。お前ら二人で買い出し行くか?」
「行くー! かがりん、早く行こっ!」
「……あぁ」
アリアに完全に捕まり、炬は観念して立ち上がった。
上に行った睦見を呼び戻すのも不憫だし、ここは愁晴の指示に従った方が賢明だろう。
「愁晴」
「ん? どないしたん?」
視線を向けると、振り返った愁晴は簡易キッチンの方へと足を向けていた。
「帰ったら話がある。それまでの間にあらかた終わらせとけ」
言いたいことをまとめて告げると、炬のただならぬ雰囲気を肌で感じたのか、愁晴は真顔になって首肯した。
「えぇよ。せやけど、その話する為だけに適当に物選ぶのはなしな」
「馬鹿にするな」
「そーだよしゅーくん! かがりんはね、こう見えてもソファの寝心地だけは妥協しないよ?!」
「それ胸張って言えることちゃうからな」
愁晴は長いため息をつき、それでも僅かに笑いながら炬とアリアを見据えた。
「そういや炬、財布は持っとるん? 向こう行ってから忘れたとか言うんは勘弁やで?」
「カードがあれば充分だろ」
「ブラックカードのこと言うとんの? 確かに、あれは陽陰町のどこにおっても使えるけどな」
「じゃあ問題ねぇな」
炬はアリアを引きずるようにして《ハリボテの家》を出、冬の景色に包まれた雑居ビル地区を眺める。凍てつくような寒さがアリアの肌に触れたのか、アリアはぶるりと身震いをした。
「ひぃ〜……ねぇ、かがりん」
「ん?」
「あったかくなったね」
アリアは相好を崩し、炬を見上げる。鼻が寒さで赤くなっても、アリアは心の底からそう言っているようだった。炬は眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
「さみぃだろ」
「へっ? ち、違うよ! あったかくなったのは《ハリボテの家》で、外は死ぬほど寒いよ!」
そんなになるほど寒くはないが、炬は肯定するように頷いた。
「隙間も塞いだし、床暖も暖房も効いてるしな」
「そういう意味でもないよ!? かがりんのあんぽんたん!」
「あんぽん……?」
頬を膨らましたアリアは、精一杯背伸びをして炬の耳たぶを引っ張る。アリアが下がると必然的に屈むようになり、炬は目と鼻の先にいるアリアを凝視した。
「二年前と全然違うでしょ?! 綺麗になって、人がいっぱいいて、楽しいじゃん!」
そんなアリアを見て思い出したのは、穴ぼこだらけだった二年前までの《ハリボテの家》だった。
壁一面がコンクリート。高く、天窓があり、寒くて寒くて生きていけない家。
そんな《ハリボテの家》の隙間を塞ぎ、周囲を木製の板で囲み、二階を作り、温かくして人が住めるようにした。それは愁晴とアリアがいなければできなかったことだ。
炬だけだったら、人が住めないあの頃のままを背負って生きていたかもしれない。遥と睦見がいなければ、新しくしようとも、決断しようとも思わなかっただろう。
「……そうだな」
自然と笑みが零れる。求めていたわけではない。勝手に集まってきたものだったが、炬はそれで充分だった。
「ふふふっ」
楽しそうに笑うアリアに引かれ、雑居ビル地区の景色が変わっていく。
「かがりん、早く行こっ。私、かがりんの話早く聞きたい!」
《ハリボテの家》からたいした距離のない駅前に出ると、やはりというべきか人で賑わっていた。デパートは駅と直結しており、アリアは駅の方へと炬を引っ張るが──
「────」
──炬は顔を上げ、駅の真後ろに経っているホテルを見上げた。
「かがりん?」
連れ回していた炬が動かなくなったのをすぐさま感じ取り、アリアは不思議そうに足を止める。その視線の先を辿り、アリアは蒼い瞳をまばたきさせた。
「あれ何?」
「ホテルだ」
「ホテル? って、ヌイたちが行ったところ?!」
「あぁ」
アリアは炬と同じくホテルを見上げ、眩しそうに目を細める。
「あそこに……いたんだね」
「みたいだな」
アリアは息を吐き、組んでいた腕を離して炬の手を握った。
凍った風が吹き、アリアの体を撫でる。体内に炎を宿している炬とは違い、アリアは本当に寒そうだ。
「──かがりんの手、あったかいね」
驚いたようなアリアは笑い、照れくさくなったのか変に声を上げて抱き着いてくる。
「おい──」
──人が見てる。そう言おうとして、炬は口を閉ざした。
「……何してるんですか、こんな公共の場で」
そのやつれた表情で一瞬誰だかわからなかったが、炬を見据える真紅色の瞳は忘れるはずもなかった。
「……お前、如月宗太か」
「お久しぶりです、炎竜神さん」
数日前に数分間だけ会ったことのある如月は、ボサボサの髪を恥ずかしそうに撫でて視線を逸らす。それは青年らしさがなくなった少年そのものの姿で、炬は眉間に皺を寄せた。
「お前、そんなんだったか?」
「前にお会いした時の俺は、《風神組》の如月宗太でしたから」
力なく笑い、如月はホテルを見上げる。
「ホテルを見に来ただけなのに、まさかこんなところで貴方に会うとは思いませんでしたよ」
「お買い物だよ」
ふと如月が視線を戻すと、一瞬だけ炬の後ろに隠れていたアリアが顔を出していた。
「《ハリボテの家》に置く新しい家具を買うの」
「《ハリボテの家》──あの時のボロ屋ですか?」
「ボロいのは外見だけだ」
「中は綺麗だよ」
「本当ですか? なら、今度見てみたいですね」
如月は笑みを零し、安心したように目を細めた。
前に会った時は組員として一本の筋が通っていたが、これが如月の素に近い表情なのだろう。
前に乾が言っていた如月の過去が、彼をそうさせているのか──。炬は視線を伏せ、まだ成人もしてないであろう如月の頭を軽く小突いた。
「……?」
如月はびくっと肩を上げ、訝しそうに数歩下がる。
炬が手を出したのは持ち前の洞察力で見抜いていたはずだが、如月は炬に殴られる覚悟だったのだろう。痛くもないそれに首を傾げ、不服そうに唇を尖らせた。
「行くぞ、アリア」
「え? うん、わかった」
そんな如月を横目に、炬はアリアを引いてデパートへと足を向ける。如月はついて来なかったが、その代わりに物憂げな表情でホテルを見上げていた。
「ねぇ、かがりん」
「なんだよ」
「かがりんお金持ちなんだよね?」
「まぁな」
突然何を聞き出すのかと思えば、アリアは途端に弾けた笑顔を見せた。
「じゃあさ、たくさん買おう? はーちゃんやとーくんだけじゃなくて、色んな人が遊びに来ても大丈夫なように!」
「はぁ?」
「だって、貴方はかがりんだよ?! これからももっともっとたくさんの人に出逢えるもん!」
アリアは嬉しそうにその場で一回転をし、未来に希望を見い出して冬の寒さを吹き飛ばしている。一週間以上前の炬だったら鼻で笑い飛ばすところだったが、炬は今のアリアを笑わなかった。
「好きにしろよ」
そうやって彼女を解き放ち、炬ははしゃぐアリアの背中を眺める。後で愁晴に怒られるかもしれないが、その時はその時だ。炬は決して、今日の決意を無駄にはしない。
「アリア」
「んー?」
「帰ったら、俺の話ちゃんと聞いとけよ」
炬が釘を刺すと、アリアは大きな声で笑って頷いた。
「当たり前じゃん! 私、かがりんの話ならなんだって好きだよ!」
多分、怒ったとしても愁晴もそう言って笑ってくれるのだろう。
なんとなく、そんな予感がして。そんな予感は、いつだって決して外れないことを炬はこの身をもって知っていた。




