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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第五話 紅蓮隊の炬火Ⅱ

「……ん? なんや、もうこないな時間か」


 腕時計を見た愁晴しゅうせいは「掛け時計も買うた方がええなぁ」とため息をつき、大きく体を伸ばす。その様子を見た睦見むつみは首を傾げ、足を庇いながら尋ねた。


「そういやお前ら、今日はどうすんの? 三階まだできてねぇし、俺ら今日もお前らの部屋使いたいんだけど」


「そこははよ作れや。俺らは帰る家もあるし、今日はもうそっち帰って寝るわ。アリア、帰るで」


 愁晴は携帯ゲームで遊んでいたアリアを呼び、帰る準備をする為に立ち上がる。


「ちょっと待て」


「ん? どないしたん、かがり


 炬は思わず呼び止めた自分自身に驚いて、考え込むように眉間に皺を寄せた。そして不思議そうに自分を見下ろす愁晴を一瞥し、膝の上に置いた拳を握り締める。


「お前らに話がある」


「え、なになにご指名?」


「ていうことは、おれたちには関係ない話っすか?」


 頷く炬を見て何かを察したのか、睦見はへらりと笑ってはるかの頭を鷲掴む。遥は「うぇっ」と顔をくしゃくしゃにしたが、されるがまま睦見を見上げた。


「わかった。俺ら銭湯に行ってくるから、その間に話終わらせとけよ」


「わりぃな」


「ったく、なんでそこで謝んだよ。男の風呂は短ぇんだからさっさと話つけとけよ〜?」


 困惑する遥の肩をわざとらしく借り、睦見は《ハリボテの家》を後にする。

 愁晴と顔を合わせたアリアは再びソファに座り直し、「どうしたの? かがりん」と顔を覗き込んだ。


「せやな。結構深刻そうな顔しとるで、自分」


 アリアの隣に座った愁晴は、対面する炬を見据えてニコニコと笑う。炬はそんな愁晴を見つめ返し、ポケットから煙草を取り出した。


「お前ら、俺に何か隠してるだろ」


 そのうちの一本にライターで火をつけ、口元に運ぶ。

 愁晴は「ずっと禁煙しとったやんか」と呆れたように眉を下げたが、吸わずにはいられなかった。


「何を隠してんだよ」


「直球やな。炬らしいっちゅーか……《十八名家じゅうはちめいか》の人間らしいっちゅーか」


「お前らは前からおかしいんだよ。隠し通せると思ってたのか」


「いやいや、俺は別におかしないやろ……」


 愁晴はそう言うが、炬の目は誤魔化せなかった。確かにアリアと比べると目立ったことはしていないが、言動がおかしいのだ。口調ではなく、《十八名家》の人間ではないと知らないようなことを知っているのだ。


 《十八名家》に所属しているせいでそのことに気づくことに遅れたが、《十八名家》だからこそアリアのことにはある日を境にすぐに気がつく。二十歳になり、ある程度の推測ができた上で、問い詰めているのだ。


「しゅーくん」


 アリアは炬の追及に特に驚くこともなく、愁晴の顔を覗き込む。


「もう話していいの?」


 そこだって愁晴のおかしなところだった。

 何故愁晴は《十八名家》の〝境目〟を知っているのだろう。そして何故、アリアの隠しごとを話すか否かの判断を下す立場にいるのだろう。


「それはええけど、俺がおかしいっちゅーのが納得でけへんな。ったく」


「なんでだよ。おかしいだろ昔から」


「えぇっ、ほんま? なんで? なんでなん?」


「なんでも何も、お前今動揺してんじゃねぇか」


 愁晴はピタッと表情筋を固め、困ったように視線を落とす。


「いやぁ……。弱ったな、お前は物理で解決しようとする割には聡すぎや」


「だから、お前らが隠すの下手くそなんだよ」


「それはないわ。冬馬とうまと遥は気づいてへんもん」


「気づくほどのモンをまだ見せてねぇだろ」


 炬が言葉を返すと、愁晴は何も言えなくなったのか押し黙ってしまった。

 図星だったのか、今日までニコニコと笑いながらついてきていた愁晴が珍しく動揺している。アリアの隠しごとは知っているくせに自分の隠しごとは話していないのか、困惑したアリアは背を丸める愁晴の背中を撫でた。



「──お前ら、半妖はんようなのか?」



 言葉に出し、二年前を思い出す。


 〝超人的な力〟を追い求めてこの町にやって来た睦見に対し、愁晴はそれを都市伝説だと言い切っていた。当時十七歳だった炬はまだ何も知らず、本気でそうだと思っていた。

 だが、炬の推測が正しければ、愁晴はあの日から嘘をついていたことになる。本当のことを言えなかった気持ちもわかるし責める気もないが、自分だけが何も知らなかったことにただただ腹が立っていた。


「私はそうだよ。けど、しゅーくんは……」


「俺は違うで、アリア。俺に妖の力はない。俺はただの──ちょっと変わった人間や」


 愁晴は背筋を伸ばし、ニッと歯を見せて笑う。アリアに背中を撫でられて強がろうとしたのか、早くもいつもの愁晴に戻っていた。


「かなり、の間違いだろ」


「え、そんなになん? そんなに俺変わってんの? 嘘やろ盛ってるやろ」


 あまりにも炬が変わっていると言ったからか、愁晴は疑わしそうに、不安そうに、そしてちょっと怒ったように眉を吊り上げる。


「盛ってねぇよ。つーかそこ深めんなよ、どうでもいいだろ」


「俺にとっては大問題や! けど、まぁお前が知りたいんはそこちゃうもんなぁ」


 愁晴は息を吐き、顎に手を添えて悩む仕草をした。


「いつか話さな思うとったけど、いざその日が来るとどう話せばええんかわからんな」


「お前らが俺に近づいたのは、お前が半妖で俺が《十八名家》の人間だからか?」


「それは関係あらへんよ。ちゅーか、俺が炬に出逢ったんは偶然やし、アリアが炬に出逢ったんも偶然や。せやろ? アリア」


「えっ!?」


「偶然じゃねぇじゃねぇか」


 ギョッと目を見開き明後日の方向を見たアリアは、冷や汗を掻きながら引きつった笑みを浮かべる。


「えっ、そうなん?!」


「知らなかったのかよ」


「せやから言うたやん、お互い偶然同士やと思うとったんや。ちゅーか思い出せや、俺らが出逢った時のこと。狙って出逢ったわけない……と思うとったんやけど?」


 二人から問い詰めるような視線を送られたアリアは、逃げられないと覚ったのか再び愁晴の顔色を伺う。


「あのね、私が半妖になった時、強くなりたいなって思ったの」


 手探りに話し出すアリアは、やがて炬を見て弁解し始めた。


「それで、この町で一番強かったのがかがりんだった。私はかがりんに出逢いたくて、あの日ここに来たの。だから、ちょっとは関係ある……かも」


 歯切れが悪そうだったが、嘘をついているようには見えなかった。そもそもアリアは嘘をつくのも隠しごとをするのも苦手なタイプの人間で、愁晴だけだったら、何も気づかなかっただろう。


「それで、お前の力はどんな力なんだ」


「回復と修理だよ」


 その瞬間、炬の中で今まで溜まっていた何かが腑に落ちた。

 炬の仕事はよく大きな被害が出るが、アリアが傍にいるとそれが格段に落ちるのだ。


 壊したはずのものがいつの間にか修復されていたり、怪我をしたものがいつの間にか治っていたり。


 それは、深く考える必要のない──なんてことない、単純な能力の結果だった。炬の家が紅蓮の炎を出すだけのように、アリアはずっと、それで面倒な被害を抑えていてくれていたのだ。


「あれもこれも、お前だったんだな」


「まぁ、そういうことなら炬が気づくんのもしゃーないよな。お前、たくさんの人と物を壊すし。アリアとしては治さな気ぃ済まんし、お互いの利害が一致しとったんやから」


「あのね、しゅーくんが撃たれた時、秘密だって言ったの! だから私、ずっと隠れてやってて大変だったんだからね!」


「別に隠れてはねぇよ」


「普通にバレとるもんな」


 アリアはうっと息を詰まらせ、落ち込むように背中を丸めて膝を抱える。愁晴は苦笑し、何を思ったのか服の下に隠していたネックレスを取り出した。


「せやけど、あの時はほんまに助かったわ。な? 炬」


「お前、それ……ずっと持ってたのか?」


「っあ! それってもしかして、あの時の銃弾?!」


 火薬を取り出して加工したのか、ネックレスにつけられた針金の中に銃弾が入っていた。


「せや。肌身離さず持てるよう、加工したんよ」


「二年前からか?」


「当たり前やろ」


 きょとんとした愁晴は赤子のようにネックレスを包み込み、やがてニコニコと笑った。


「これは俺の、命よりも大事なモンや」


「気持ち悪ぃ」


「なんやと炬、もういっぺん言ってみい」


「気持ち悪ぃ」


「二度も言うなや!」


「お前が言えっつったんだろ」


「あはははっ! 二人とも、コントみたい!」


 多分、そうなるように愁晴が仕組んだのだろう。こういうのは睦見としょっちゅうやり合っていたが、まさか自分に振られるとは。

 アリアと哄笑し合った愁晴はひとしきり笑った後に落ち着いて、咳払いをする。


「炬、ちょっと真面目な話に戻すけどな? そういうことやから、アリアにとってここはお前が思うとる以上に大事なとこなんよ。冬馬みたいに強いわけでもないんやけど、アリアは多分、お前にとってなくてはならん存在や」


「まぁ、否定はしねぇな」


 しばらく逡巡し、炬は頷いた。


 アリアがいなければ、あの日愁晴は亡くなっていたかもしれない。

 アリアがいなければ、早朝に殴った者たちは後処理をする為に動くことができなかったかもしれない。


「せやから、これからもアリアをよろしく頼むで」


「おい、そこは自分も含めろよ。もうお前いねぇと成り立たねぇんだぞ、ここは」


 大切な義妹だけを託した馬鹿な義兄を睨み、炬はそんな愁晴の自己犠牲的な部分に苛立って煙草を咥えた。


「なんやそれ。情けないやっちゃなぁ」


 愁晴はへらりと笑い──


「まぁ、お前に『いらん』言われても出てく気ないんやけど」


 ──何故か得意げになって胸を張った。


「つーか、治せるなら睦見のアレ治してやれよ」


「あいつは何も知らんもん。治せるわけないやろ」


「治したいけど、『どうやったの?』って聞かれたら誤魔化せないし……」


 あぁ、そうか。


「なら、俺と愁晴なら治せるのか」


「もちろん治すよ! 絶対、私がかがりんを守るよ!」


 そういうことか。



「お前はそうやって、二年も守ろうとしてたんだな」



 この場所と、炬と、愁晴を。


 煙を吐き出し、炬は吸殻に押しつけて火を消し去る。

 自分の知らないところでアリアが色々とやってくれていたから、目に見えているところで愁晴が色々とやってくれたから、この場所は二年も成り立っていた。


「うんっ! ねぇしゅーくん、これからは隠れてやんなくてもいいんだよね?!」


「いや、さすがに冬馬と遥の前では隠せや……? ちゅーか、別にしょっちゅう仕事が来るわけでもないやろ。全部今まで通りや」


「あ、そっか。そうだよね」


 そして炬は視線を伏せ、二人に悟られぬように黙考した。

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