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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第四話 風神組の暴走Ⅴ

 歓楽街の奥にある《風神ふうじん組》の本拠地は、ガラス張りのビルだった。夜の街のネオンがすべてのガラスに反射しており、より一層眩しく輝いて見える。


かがり! 幹部は全員この中だ!」


 そう叫んだ睦見むつみはネクタイを緩め、歓楽街の道中に適当に放り投げた。


「やっちゃえかがりん! かがりんにもしものことがあっても、私が絶対に守るからねっ!」


 できもしないことを叫ぶのがアリアで、炬は呆れ気味に息を吐く。追いついた睦見は不気味そうに炬の表情を見、「お前なんで笑ってんだよ」と突っ込まれるまでまったく気がつかなかった。


「……別に」


 炬は視線を逸らし、思い出したように睦見を見る。


「お前、やられんなよ」


「過去に俺をやったのはお前だけだよ。お前が俺に敗北の二文字を教えたんだ」


 炬が釘を刺すと、睦見は菫色の瞳を輝かせて舌で唇を舐めた。


「だから、俺の前でナメた戦い方はすんじゃねぇぞ?」


「お前もな」


 それは、初対面の頃の睦見そのものだった。瞳の輝き方も、表情も、動作も、口調まで二年前の当時と寸分違わない。

 それなのにアリアは、不思議と怖がらなかった。むしろ嬉しそうに蒼い瞳を輝かせて、「とーくんかっこいいっ!」と独特のあだ名で彼を褒めていた。


「ふふ。嬢ちゃんはさ、二年前よりも大人っぽくなったよね。──可愛いよ」


 むしろ誰だお前と叫んでしまいそうなほど態度を豹変させた睦見は、炬を置いて先陣を切っていく。


「大将は後から来いよ」


 睦見は口角を上げて──


「お前の道を作れるのは、俺だけだ。愁晴しゅうせいにだってできないだろ?」


 ──自分の存在意義を勝手に見つけていた。


「あぁ」


 勝手にしろ、そんな意味も込めて炬は睦見を外の世界に解き放つ。

 睦見はこれから振るうであろう暴力とは正反対の表情で、本拠地となるビルのロビーへと突入していった。


「大丈夫かな? とーくん」


「そんなに心配か?」


 抱き上げたままのアリアに尋ね返すと、アリアは「ううん」と首を振って否定する。


「だって、私がいるもん」


 それは、迷いのない聡明な瞳だった。

 炬は息を止め、そのありあまる自信にいつの間にか感服する。


 アリアはまだ少女だが、二年前と比べると確かに中学生らしい体つきになっており、女性らしさが浮き彫りとなっている。平らだった線は曲線となり、今まさに少女から女性へと変わろうとしている。


「お前、いつまでここにいる気だよ」


 アリアは睦見の言う通りに成長していた。その成長に気づけないほど、アリアは長く炬と一緒にいる。

 いつまで、と炬が手探りに問うと──


「いつまでもっ!」


 ──相も変わらず無邪気な言葉が返ってきた。無邪気すぎて、《風神組》の本拠地よりも眩しい。



「俺が、人殺しになっても?」



 愁晴は、炬がそうなってもいいと言っていた。


「もちろん、傍にいるよ!」


 そうしてアリアも、笑って肯定した。


 この義兄妹は、時々どこか人としての大切な感覚が壊れているんじゃないかと思うくらいに異常で。残酷な無邪気さとも言い難い何かを持っていた。


「……なんで俺なんだよ」


 愁晴もアリアも、どうして盲目的になってまで炬に寄り添おうとするのだろう。

 別に本人に尋ねたつもりはなかったが、アリアは不思議そうな表情をして──


「みんな、かがりんのことが好きだからだよ」


 ──と、理解できそうもないことを言い放った。

 炬はそれ以上追求するのを諦め、睦見に続いて《風神組》の本拠地に乗り込む。睦見は組員だからかとっくのとうに上階まで上り詰めており、炬はアリアを下ろしてエレベーターに乗り込んだ。


「かがりん、わかるの?」


「わかんねぇ」


「えぇっ?! じゃあ、とーくんがどこに行ったのかわかんないの?!」


 炬は頷き、最上階のボタンを押す。止められているかとも思ったが、エレベーターは簡単に動いた。


 陽陰おういん町には様々な建物があるが、そのどれもが条例で階数を制限されている。

 ビルとはいえ十階しかないこの建物の最上階に辿り着くと、広々とした待合室のような場所に睦見の後ろ姿があった。


「遅かったじゃねぇか。ある程度片づいちまったぞ」


「その程度か」


「その程度って、少しはたった一人で組の幹部を瞬殺した俺を褒めてほしいねぇ」


「元若頭がよく言うな」


 睦見は吸血鬼のような笑みを浮かべ、少しだけ得意げな表情をする。


「ま、気を抜くのはまだ早いぜ……っと!」


 睦見が体を翻すと、睦見の頬を何かが掠った。


「きゃっ?!」


 遅れて聞こえる鋭い銃声。舌打ちする誰か。再び構える気配。


「睦見!」


 炬が声を上げると、睦見は片手で炬を制した。


「大人しくしてろよ〜。そもそもお前が俺に言ったんだろ? 『武器を持ってる人間はだいたい雑魚キャラだ』ってな」


 再び舌で唇を舐め、睦見は正面を見据える。奥の扉から待合室へと姿を現した大男は、銃を構えて睦見を見据えていた。


「お前、裏切ったな」


「裏切ったも何も、元からお前らの味方じゃねぇよ」


 踏み込み、間合いに入る睦見に照準が定まる。不意にアリアが反応したが、睦見はアリアが何かをする前に銃弾を避け──


「っな?!」


 ──銃ごと幹部の一人を蹴り倒した。


「ぐほぉっ──!」


「どけっ!」


 駆け出して、慌てて真横へと飛ぶ睦見の上を飛んだ炬は幹部の上に飛び下りる。

 幹部の瞳に自分が映るのをその目で確かめ、炬は拳を振り翳し、顔面を潰す勢いで振り下ろした。


「ッ!」


 骨が砕けるような感触と音の後に、静寂。炬は拳を振り、短く息を吐いた。


「ったく、見せ場持ってくねぇ」


「俺の仕事だ」


 振り返ると、睦見が呆れたような表情で両手を上げていた。


「とーくん! かがりん! どっか怪我してない?! 大丈夫?!」


「俺は大丈夫。ていうか、もう二度と女の子の前では無様な姿を晒したくないからさ、俺」


 睦見を無視して床に視線を走らせると、幹部らしき人物は炬が倒した大男も含めて三人。


「残りは?」


「この三人が舎弟だ。だから、あと一人」


「若頭か」


「あぁ」


 睦見は頷き、大男が出てきた扉へと視線を向ける。


「若頭だっつーのに、次期組長にもなれねぇ奴の気持ちって一体どんな感じなんだろうな」


「知らねぇよ。つーか、そいつらに聞いときゃ良かっただろ」


 炬は床に転がっている舎弟を一瞥し、眉間に皺を寄せる。


「前組長の兄弟分に、ねぇ……。どうだろうな、前組長は女だったらしいし、《風神組》は世襲制だ。恨みつらみも一つじゃなかっただろうよ」


 睦見は憐れむように笑い、「行くか」と歩き出した。


「ねぇねぇ、この先はどうなってるの?」


「組長専用の部屋だって聞いてるよ。で、アリアはどうする? ここに残って俺たちを待ってる?」


「ううん、一緒がいい!」


 炬が先に扉を開けると、睦見の報告通り、誰かがそこにいた。

 ガラス張りの壁からネオンが光る夜の街を見下ろし、日の出を待っている。現に、山と山の間から僅かに光が漏れ出ていた。


「《紅炎こうえん組》の犬が、我々《風神組》になんの用なのかな」


 振り返った男は、四十代前半くらいだろうか。


「お前が首謀者か?」


「直球だね。けど、まぁ、そうなるのかな?」


「へぇ。じゃあ、やっぱり兄さんが鬼一郎きいちろう翔太しょうたを始末しようとしてるのか」


 睦見が腕を鳴らすと、《風神組》の若頭は困ったように眉を下げた。


「始末しようだなんて人聞きの悪い。私たちはただ、若が立派な大人になるまで私が代わりを勤められるように奔走しているだけだよ。今、避難させている若を全員で迎えに……」


「そう思ってるのはお前だけみたいだぜ」


 炬は、半日とはいえ《風神組》に潜入していた睦見に視線を向ける。


「そうそう。俺が知る限り、下っ端はどいつもこいつも確実に今日殺る気でいたな」


「……そんなことになっているのか?」


 ぎょっと、若頭は演技とは思えないくらいに自然に目を見開き──何故か、頭を抱えて顔を歪めた。


「そんなことって、兄さん知らなかったのかよ。つーか兄さん本当は何者だ? どっちかっつうとカタギに見えるが……」


「私は、ただの相豆院そうまいん家の人間だ。前組長の夫で、鬼一郎と翔太の父親さ」


「うっ、わぁ〜……。今、すっげぇ合点がいった。若頭がこんなじゃそりゃ荒れるわ……」


 睦見は思い切り顔を顰め、炬に問いかけるような視線を送る。だが。


「えっ? ねぇ、ちょっと待って」


「ん? どうしたアリア」


「このおじちゃんが関係なくて、本当に部下の人たちが勝手に暴れてるだけなら……」


「幹部を叩いても意味がねぇ」


 炬は、その違和感に気がついた。

 《風神組》は、《紅炎組》が身内以外の子分を取らない分、町中の志望者全員を受け入れている。その規模が年々増えた結果が、今だった。


「盲点だったな。《風神組》は組織、だから上下関係が厳しい。幹部を壊滅させれば下も止まるって思い込んでた。こんなに酷かったのか?」


「こうなったのは、二年前、妻の弟夫婦が亡くなってからかもしれない。あの二人は私よりも実力があってね、本当に、組員全員から慕われていたんだ」


「相豆院家の人間が立て続けに死んだら、世襲制に反対する奴が出てきてもおかしくねぇな」


 慕っていた、もしくは恐れていた相豆院家の人間が死に。残されたのは頼りなさそうな男寡婦の若頭と、未成年の実子二人──。


「そんなことはどうでもいいよ! どうしよう、ヌイとしゅーくんが死んじゃうかも! 私のせいで……!」


「落ち着け」


 この問題の一端は、《紅炎組》にもあるのかもしれない。

 他人を子分にするというリスクを背負わず、身内だけで千年も何不自由なく過ごしていた責任が、《紅炎組》にもある。


「おい」


 炬は今にも腰を抜かしそうな若頭に声をかけ、固定電話を指差した。


「今すぐ鴉貴からすぎ家と鬼寺桜きじおう家の頭首に電話しろ。口頭で今ホテルに向かっている奴らを全員破門しちまえば、《風神組》の暴走は止められるはずだ」


「は、破門?」


「なるほどな。破門しちまえば、相豆院家は奴らと無縁になる。頭首に直接電話すれば、鴉貴家も鬼寺桜家もすぐに動ける。兄さん、上手くいけば全員助かるぞ」


「早くしろ」


 口下手な炬の変わりに睦見が口添えをすれば、若頭は人が変わったかのように動き出した。


「助かるの?! ヌイたち助かるの?!」


「知らねぇよ。睦見、行くぞ」


「行くって現場にか?」


「帰る」


「帰んのかよ」


 腕に力強く引っつくアリアを連れ、炬は待合室へと戻る。強く殴ったからか最後の舎弟は気絶したままだったが、睦見が相手にした残りの二人は頭を抑えながら起き上がっていた。


「あ、やべ」


 睦見は頬を引きつらせ、わざとらしく申し訳なさそうな表情をする。


「て、てめぇら……」


「お前らはどっちだ」


「……は?」


 炬は仁王立ちするような形で二人を見下ろし、再び尋ねた。


「お前らは……世襲派か反体派のどっちだって聞いてんだ」


 炬より一回りも二回りも年齢が上の中年の彼らは、呆然と《紅炎組》の犬を見上げ──


「反体派だ」


 ──眉間に皺を寄せて答えた。


「《十八名家じゅうはちめいか》がどれも世襲制なのは知っている。だがな、今の《風神組》はもう駄目だ」


「なら見捨てれば良かっただろ。別に《風神組》にこだわることなく、外の組織に行けばこんなややこしいことには……」


「てめぇ、外の人間だな」


 睦見は眉を上げ、力なく笑うもう一人の舎弟を見下ろす。


「この町の人間は、なんだかんだで自分の故郷が好きなのさ。だから《風神組》じゃなきゃ駄目だったんだ。てめぇはまだわけぇから、そんなこともわかんねぇだろうがな」


 が、睦見はすぐに眉を下げた。尋ねた炬は、ただ黙って聞いていた。


「行くぞ」


 歩き出し、相豆院家だけでなく陽陰町全体に根付いた闇を見つめる。


「……舎弟でさえそう思ってんなら、《風神組》はもう駄目かもな」


 エレベーターに乗り込んだ睦見は炬に囁き、炬は逡巡した後僅かに顎を引いた。


「って、アリア?! どこに行くつもりだ?!」


 炬が息を呑んだのと、アリアを待合室に残してエレベーターが閉まったのはほぼ同時だった。


「アリア?!」


 エレベーターの扉を叩こうとして睦見はやめ、「くそっ」と悪態をつく。途中で階を変更しようとボタンに触れるが、止まったのは二階だった。


「炬、戻るぞ!」


「あぁ」


「なんで戻ったんだよ、あの嬢ちゃんは……!」


 炬は胸を掻き毟り、通常よりもゆっくりと上っているように感じるエレベーターに乗り続ける。

 意識を取り戻した舎弟が、アリアに一体何をするのか──。考えただけで体の中の炎が暴れ出しそうだった。


「アリア!」


 扉が開いた瞬間、真っ先に睦見が飛び出す。

 長年傍にいた炬でさえ焦っているというのに、短いつき合いの睦見の方が目に見えて焦っていた。


「うぎゃっ!?」


「うわっ!」


 炬が出ようとした刹那、睦見は何かにぶつかってバランスを崩す。


「あ、アリア?」


 炬が真下を見ると、エレベーターの傍にいたアリアを睦見が押し倒していた。


「……何やってんだお前ら」


「何やってるも何も、見ての通りだろ……。ごめんなアリア、大丈夫?」


「へ、へーき。そんなことより、とーくんも大丈夫?」


「は? 俺?」


「とーくん怪我してないって言ってたけど、足に怪我してそうだったから」


 起き上がった睦見の首根っこを掴み、アリアが睦見のズボンの裾を捲ると──


「青いな」


「内出血してるね」


 ──アリアの言う通り、怪我をしていた。


 確かに、本来の睦見の反射神経があればアリアを押し倒すような不器用な真似は決してない。


「あーあ。ったく、お前ら二人には敵わねぇな」


 睦見は観念したように笑い、「つーかいねぇな、あの舎弟」と待合室を見渡した。


「奥に行ったよ! っていうことで帰ろう!」


 が、アリアに無理矢理背中を押され、今度こそ炬は一階に下りた。

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