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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第四話 風神組の暴走Ⅳ

 養護施設で一夜を明かし、まだ日も出ていない早朝に愁晴しゅうせいに叩き起されて食堂に行くと、いぬいが腕を組みながらを二人のことを待っていた。隣には何故かアリアもおり、かがりを視界に入れた途端、嬉しそうに破顔する。

 炬にそのような顔をするのは、後にも先にもアリアだけで。


「かがりん、おはようっ!」


 親しみを込めて幼子のようなあだ名で呼ぶのも、アリアだけだった。


「あぁ」


「アリア、一応俺もおるんやけど〜?」


「しゅーくんもおはよ〜!」


「あぁ、やっぱ俺は炬のついでなんやなぁ〜。まぁ、いつものことやけど」


 残念そうに肩を落とし、愁晴はやれやれと息を吐く。


「って、あれ? はーちゃんは?」


「まだ寝とる。ちゅーか、はるかは起こしてへんよ」


 起きた時遥は怒るだろうが、その時は無視だ。今回の件で遥を連れ回すことはできない、それは愁晴と話し合って決めたことだった。


「おい、茶番をしている暇はないぞ。なんの為に早朝に叩き起したと思っているんだ」


「あぁ、そうやったな。ごめんなぁ、乾」


「謝る暇があったら座れ。もう時間がないんだ」


 乾は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに腕を組んだ。


「どういうことだ」


 炬が立ったまま尋ねると、乾はさらに不機嫌になる。


鬼一郎きいちろう翔太しょうたが危ない。鬼一郎にはついてきていた組員が若干数いたが、どうやら裏切られたみたいだ」


「裏切られた? そりゃまたいきなりやなぁ」


「昨日の晩、旧頭首の遺言書が見つかったんだ。次期頭首は翔太だってな」


「翔太? あの病弱なおちびちゃんが次期頭首やと? 候補者の中でも一番ないと思うとったのに……」


 そこまで言葉にし、愁晴ははたと言葉を切る。そのまま何かを思い出したような表情をし、一人で合点がいったように頷いた。


「おい、自己完結するな。説明しろ」


「ん? あぁ、せやな。お前、二十歳やったらもう知っとるやろ? 《十八名家じゅうはちめいか》の頭首の子供は、どこも一人足らんのや」


「……そういえばそうだったな」


 それは、二十歳の誕生日の日に知らされた話だ。

 炎竜神えんりょうしん家で例えると、半妖はんようの血を色濃く引き継いだ次女が欠けている。


相豆院そうまいん家にはな、翔太の双子の姉が欠けとるんよ。その子が本当の次期頭首で、鬼一郎と翔太は、その子が跡を継ぐまでの代理王っちゅー立ち位置におるんや。ほんで、次期頭首には翔太が選ばれた」


「ん〜……、ごちゃごちゃしててよくわかんないけど、要するにこういうこと? 本当の次期頭首の双子の弟だから、しょーくんが選ばれたってこと?」


「まぁ、そんなとこだろうな。翔太とあいつは、互いに気づいてないだろうが心の深いところで切っても切れない何かで繋がれている。それは強固だ、無視できるものじゃねぇ」


「翔太が次期頭首に選ばれたことで、鬼一郎を支持していた奴らが一斉に裏切ったっつーことか」


 納得し、炬は頷いた。


「せやからあの二人が危ないんやな? 乾、あの二人は安全なところにおらんのか?」


「ホテルだ。けど、見張りは如月きさらぎしかいねぇ。あいつ以外の組員は全員裏切ったも同然だ」


「ホテル? この町のホテルちゅーたら一つしかあらへんやん! なんでそないなとこにおるんや!? 裏切られたばっかやったら場所変えた方がええやろ!?」


「それでガキ抱えてどこに行けって言うんだ? 掟だと《十八名家》は手を貸せねぇ。大半の施設は奴らが運営してるんだから、入ることすらできねぇ。かといって、《風神ふうじん組》にはそれ以外で頼れるもんが何もねぇ。他の家にはある人脈が、司るもののせいで皆無なんだよ」


 詰んだな。

 炬は息を吐き、乾を睨んだ。


「それで、お前は一体何が言いてぇんだよ。掟のことをわかってんなら、俺があいつらを助けるわけねぇことくらいわかるだろ」


「確かに結論が出ていなかったな。鬼一郎と翔太が狙われるということは、ホテルには多くの組員が集結するはずなんだ。となると、《風神組》の拠点には一部の幹部が残ることになる。叩くならその時だ」


 乾は炬の視線を睨み返し、またフンッと鼻を鳴らす。

 炬にそんな態度を取り、彼をただの人間として扱っているのは後にも先にも乾だけで。炬は同じくフンッと鼻を鳴らし、乾を見下ろした。


「えっ?! じゃあ、しょーくんと鬼一郎って人は見捨てちゃうの?!」


「見捨てるも何も、誰もあいつらを救えねぇんだから仕方ねぇだろ」


「まぁ、それは正論なんやろうけど……お前はそれでええんか?」


「そうだよ! だって、その人たちヌイのイトコなんでしょ?! 見捨てたらダメだよ! そんなことしたら後で絶対後悔するよ?!」


 愁晴は眉を下げ、アリアは慌てている。

 誰よりも優しい二人の言うことは、何も間違っていない。それでも、乾の言う通り《十八名家》が彼らを助けることはできないのだ。しかも対象が暴力と裏社会を司る相豆院家ともなれば、話は余計にややこしくなる。


「なら、どうする? お前ら二人で助けに行くか? 私を入れてもなんの戦力にもならねぇぞ」


「なるよ! 少なくとも、ヌイがいれば絶対逃げられるじゃん!」


「私ら三人が二人を逃がしている間に、こいつが一人で幹部を全滅させるのか? よく考えろ、アリア。アリアは何が一番大切なんだ」


「私は全部大切だよ! しゅーくんも、ヌイも、かがりんもしょーくんもみんな助けたいよっ!」


 瞬間、どちらかともなく立ち上がり、二人は互いに睨み合う。


「ふ、二人ともなんで今喧嘩すんの?! 今まで喧嘩したことあらへんかったやろ?!」


「だってヌイが酷いんだもん!」


「アリアがいつまで経っても非現実的な理想を掲げてるからだろ! いい加減、力に溺れずに身の程を知れ!」


 乾は表情を変えずに怒鳴り、アリアは顔を真っ赤にさせながら怒っている。二人の意外な姿に炬は一瞬目を見開き、黙考した。


「おい、勝手に話を逸らしてんじゃねぇよ。奴らが動き出すのは何時だ」


 炬が信頼を寄せている愁晴が、なんの疑いもなく信じるのなら。炬はそこまでの情報を一夜で入手し、いつも偉そうな乾を信じて肝心な部分を問いかけた。


「……奴らは、もう動き出してる」


「はぁ?!」


「えっ?!」


 愁晴とアリアはぎょっと目を見開き、乾をまじまじと見つめる。だが、乾はまったく動じず、訂正もしなかった。


「日の出前には決着をつける気なんだろうな。お前らを見張っていた奴らも、もう如月の指示から離れてホテルに向かっている。如月はそれに気づいているし、逃げる気もなさそうだ」


「それは、死ぬ気っちゅーことか?」


「あぁ。如月は昔、私の両親に町外で拾われたんだ。どっかの組があいつを売り飛ばそうとしていたらしくて、運良く私の両親に出逢って保護された。だから、鬼一郎と翔太にたいした思い入れはなくとも、あいつは死ぬ気で守るのさ。あの二人は、あいつが敬愛する私の両親の甥っ子だからな」


「だから実子の乾にあれほど執着してたんやな……。炬、アリアを連れてはよ行け! 俺の車貸したるわ!」


 愁晴が言い終わる前に駆け出した炬は、投げられたキーを受け取って養護施設を飛び出す。


「っあ、待って! かがりん! しゅーくんの車はそっちじゃないよ!」


 遅れて後ろから飛び出したアリアは声を張り上げ、振り向くと大きく手招きをしていた。


「どっちだ」


「こっちこっち!」


 養護施設の裏に回ると、赤い中古車が他の車と一緒に止まっているのが視界に入る。

 愁晴の車は多分あの赤だ。遠隔操作で開けて運転席に飛び乗ると、アリアは躊躇うことなく助手席に座った。


「シートベルト締めとけよ」


「わかってる!」


 自分のシートベルトはせずに、炬はすぐさまエンジンをかけて坂を飛び下りる。表示された時刻は午前五時。日の出は──


「おい、日の出って何時だ」


「わかんない!」


 ──炬は長いため息をつき、日の出について考えるのをやめる。そして人気のない養護施設周辺の田園地区を速度制限を超えて走り抜け、《風神組》の拠点がある歓楽街を目指した。

 雑居ビル地区とはまた違う、夜の街。《風神組》の拠点でもあるここに来るなんてことは死んでもないと思っていた炬にとっては無縁の場所だ。


「お前、向こうではぐれんなよ」


「大丈夫! かがりんの傍にいるから!」


 アリアはいつだってそうだった。今も、無邪気に笑いながらそう言っている。


「ていうかかがりん、さっきからお尻がピコピコしてるよ?」


「は?」


 お尻でピコピコ、と言えば携帯くらいしか思い当たらない。炬は片手で携帯を取り出し、アリアに向かって投げた。


「わっ?!」


「お前が見ろ」


「わ、わかった!」


『あっ、ようやく繋がった! 炬、お前寝てる場合じゃねぇぞ?!』


 スピーカーにしたのか、炬にも睦見むつみの声が聞こえていた。


「とーくん!」


『は? その声、アリア? なんでアリアが出て……まさか?!』


「うるせぇ、今向かってんだよ」


『向かってるって、こっちに?! 歓楽街に?! アリアと?!』


「ぶっ殺すぞ」


『はいはい、ちょっとしたジョークだろ。向かってるならいいんだ。今は幹部しかいねぇからな』


 それは、乾の情報となんの齟齬もなかった。


「お前、今どこにいる」


『歓楽街。ホテルに行くと見せかけてサボってる』


「よくサボれたな」


『ゴタついてるって言ったろ? つーか、あんまり俺をなめるなよ。炬』


 睦見は電話越しに笑い、勝手に通話を切った。


「あ、切れた!」


「その辺にしまっとけ」


「わかったっ!」


 アリアは大きく頷いて、自分の服のポケットに携帯を突っ込む。

 町は暗いが、養護施設から歓楽街まで距離はない。やがて遠くの方に灯されたネオンが見え、炬は僅かに口角を上げた。


「あそこ?!」


「あぁ」


 急ブレーキを踏み、炬は歓楽街の入口付近に車をつける。扉を開けるとネオンが目に刺さり、目を細める。


「眩しい! 何これ!」


「おい、離れるな」


 アリアの襟首を掴み、引きずるように歓楽街へと足を向けると──


「おいおい、やめろよお前。少しは周りの目も気にしろって」


 ──呆れた表情の睦見が鳥居のように赤く輝く入口に立っていた。

 早朝にも関わらず歓楽街は予想以上に様々な人で溢れており、誰もが炬とアリアに好奇の視線を向けている。


「とーくん!」


 どこから仕入れたのか、スーツ姿の睦見はひらひらと片手を振って微笑した。


「行くか。案内してやるよ」


「お前がか?」


「あぁ。潜入捜査はもう終いだろ?」


「とーくんも一緒なの? やったぁ! それなら安心だよ!」


 きゃっきゃっと笑うアリアを無理矢理担ぎ、炬は睦見を急かす。


「急かすなって。お前は本当せっかちだよなぁ」


「お前がトロイんだ」


「はいはい。それならそれでいいけどさ」


 苦笑する睦見は駆け出して、炬は距離を取らずに追いかける。


「そういえば睦見、日の出って何時だ」


「は? 日の出? 六時四十分くらいだろ」


「そうか」


「え? あ、おい! 日の出ってなんだよ炬〜!」


「うわぁっ?! かがりん速いっ! 速いよ〜!」


 睦見を追い越し、炬は歓楽街の奥に聳える《風神組》の本拠地を見上げた。

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