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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第四話 風神組の暴走Ⅲ

「……つまり、一つを叩いてもキリがないっちゅーことやな」


 ぽつりと声を漏らしたのは、やはり愁晴しゅうせいだった。


「そういやいぬい鬼一郎きいちろう翔太しょうたは無事なん? あいつらも狙われとんのやろ?」


如月きさらぎが目を光らせているからな、今のところはどっちも無事だ。あいつは次期頭首の件に関心がねぇし、その辺りの上下関係もしっかりしているし、特に心配はいらねぇだろ」


「せやったら、如月は必ずしも有害っちゅーわけやないんやな。……ならしばらくは無視してもええか」


 如月は、乾を取り戻して彼女に害を与えたと勘違いされているかがりを排除できればそれでいいらしい。だが、それでは根本的な解決にはならない。


 次期組長──そして、次期頭首になろうとする構成員の排除こそが、《十八名家じゅうはちめいか》のすべての頭首が本当に望んだことなのだ。


 黙考した炬はおもむろに立ち上がり、これから起こるであろう構成員の愚行を想像して静かに息を吐いた。


「ん? 炬、急にどないしたん?」


「行くぞ」


「は?! ちょおっ、行くってまさか……」


「《風神ふうじん組》の拠点だ」


「はぁ?!」


 ガタッと大袈裟に立ち上がったのは、愁晴だけではなく。


「ちょっ、炬さん?! それ本気で言ってんすか?!」


「かがりんっ! もっと落ち着いて考えよ〜よ! そんなのダメだよ!」


 はるかと、アリアもだった。

 三人のほとんど似通った動作がおかしく、ついつい笑いそうになるのを堪えながら炬は首を横に振る。


「これ以上ここにいても意味ないだろだろ」


「んなわけあるか! 考えなしにもほどがあるで?! 今回は今までとは違う、《風神組》は《十八名家》なんやぞ?!」


「だからなんだよ」


「いやいやいや、お前、どんだけ自分の腕に自信があんねん……。少しは振り回される俺らの身にもなれや〜」


 そんな炬と相反するように、眉を下げた愁晴は心底心配そうに呟いてドン引きしていた。


「哀れだな、リーダーがこんなので。よく考えろよ炬、《風神組》の構成員は《紅炎こうえん組》の倍以上だぞ? 戦闘員がお前だけなら、的を絞らねぇとすぐさま自滅だ」


「なら絞れるのか? お前は、その的を」


 二年も《風神組》と相豆院そうまいん家から離れていた乾は、炬を睨みながら眼鏡の奥の目を細めた。

 今までの乾の情報は、きっと二年前まで組織の中心にいたから取れた情報だ。乾は何故か自分が持っている情報に絶対的な自信を持っているが、炬はあまり信用していない。炬が欲しているのは今の情報であり、すべての引き金の的だった。


「絞れねぇだろ」


「うるせぇな、絞れるに決まってるだろ!」


 乾は音を立てて立ち上がって、炬を真っ直ぐに指差した。


「ただし、時間はちゃんともらうからな!」


 フンッと子供らしく鼻を鳴らし、怒った乾は食堂を後にする。その後を慌てて追ったのは、やはりと言うべきかアリアだった。


「炬」


 どうせ妹を傷つけるな、とでも言うのだろう。ため息をつきながら愁晴を見やると──


「乾の情報は、ほんまに信用してええんやで」


 ──真っ直ぐに、そして真剣に見つめ返された。


「……根拠は?」


「証明はでけへんけど、俺のことくらい信じてや」


 ニコニコと笑い、愁晴は炬の肩に手を置く。

 炬は再びため息をつき、事態の展開を困ったような表情で眺めていた遥に向かって微笑した。


「ッ?!」


 ぎょっと目を見開く遥を無視し、炬は無言で食堂を出る。


「……あら」


 不意に視界に入ったのは、見覚えのある顔だった。


「あ、小町こまち。これから仕事なん?」


 そうだ。彼女は綿之瀬わたのせ家分家の一人娘──綿之瀬小町だ。

 昔から頭のおかしな女だったが、何故研究者の彼女が養護施設にいるのだろう。その理由がわからずに、炬の中の彼女はますますおかしな女として認識されていく。


「炬? 貴方、こんなところで何をしているの。泊まることは父様から聞いているけれど、貴方にも仕事があるでしょう」


 ショッキングピンク色の瞳を釣り上げ、白衣を着た彼女は腕を組んだ。


「油は売らないでちょうだい。相豆院家の秩序の乱れは貴方が思っている以上に深刻よ。愁晴、貴方も。知らぬ間にこんな人間と友人関係を築いて……《風神組》に狙われて危なくなったから泊めてくれ? 意味がわからないわ。それを許可する父様も父様よ」


 愚痴を吐き出せるだけ吐き出した小町は、漆黒の髪を耳にかけて二階へと続く階段を上がっていった。


「愁晴、何してんだあいつ」


「小町さん? あー、言わんかったっけ? ここ、綿之瀬家が運営しとるんよ」


「は?」


「せやから、あの二人は綿之瀬有愛アリアで綿之瀬乾なんや」


 ブラウンの双眸を見開いて、炬はしばし絶句する。


「二年前の乾の姓は相豆院やったんやけど、ここに引き取られてから綿之瀬に姓を変えたんや。……施設長の養女として、な」


「おい、じゃあ、アリアはどういうことだよ」


 乾よりも、アリアの方が気になった。

 二年前、彼女の姓を知ってすぐさま彼女が綿之瀬家の人間じゃないと見抜いた炬だ。そんなことになっているとは露知らず、炬は一度、アリアを知らないと言い放った。


「アリア? アリアも似たようなモンやで?」


「どういう経緯でここに来たんだって聞いてんだ」


 炬はそれが知りたかった。基本的には何事もどうでもいいと思っている。それでも、自分の隣で笑ってくれている少女のことは知りたかった。

 愁晴自身のことは、聞いても返って来ないことくらいわかっている。だからせめて、アリアだけでも理解したかった。


「んー……、ここだけの話な?」


 愁晴は声を潜め、遥に聞こえないように炬に耳打ちをした。


「アリアはイギリスから陽陰おういん町に来たその日に、《相鬼そうき抗争》に巻き込まれたんよ。そんで両親を亡くして、ここで引き取ることになったんや。アリアはその辺のことよう覚えてへんから、本人には内緒な」


 その話は、炬の心の中に重くのしかかる。


「炬さん! 愁晴さん! おれにもその話聞かせてくれよ!」


 遥が周辺でちょこまかと動き回るが、まったく気にならなかった。


「あかん。遥には教えへんよ」


 子供扱いされたと思ったのか、遥は盛大に頬を膨らまして「なんでだよー!」と怒る。そして、ぽかぽかと愁晴の腹部を叩いた。


「……ちょっと待て」


「ん〜?」


 そんな遥を軽くいなしていた愁晴は、首を傾げて呑気に聞き返した。


「なんで綿之瀬家が養護施設を運営してんだよ」


 綿之瀬家が二人を養子にしたことは、別に疑問ではない。それは本人たちの自由であって、そのこと自体はどうでもいい。


「おかしいだろ、研究者が養護施設を運営すんのは。それに、んなの知らされてねぇぞ」


「知らせるのは義務でもなんでもないやん。それに、別におかしないやろ」


「いいや、変だ。綿之瀬家は研究一筋、研究者がそれ以外に興味関心を抱くとは思えねぇ」


「考えすぎちゃう? ……ちゅーか、それちょっと偏見やぞ」


 愁晴は、気を悪くしたのか唇をひん曲げた。が、どこかその表情はわざとらしく見える。

 愁晴は、別に気を悪くしたわけではないのだ。そのことにすぐに気がついて、炬は眉間に皺を寄せた。


「せやけど、お前の目は全然曇ってないんやな」


 炬の疑いの眼差しを知ってか知らずか、愁晴は疲れたように笑う。そして俯いた刹那、とことことした幼い足音が聞こえてきた。


「あららぁ? そこにいるのは炬でーすねぇ?」


 だが、姿を現したのは炬よりも年上の女性だった。


亜子あこ


「うふふ、おっきくなったでーすねぇ」


 芽童神かいどうしん家分家の一人娘──亜子は、小町と同じ白衣をぱたぱたと動かしてニコニコと笑う。

 いつまでも無垢な子供のような亜子はアリアと瓜二つで──なんとなく、それでわかってしまった。


「お前もアリアの家族なのか?」


「ん? アリアでーすかぁ? アリアは私の大切な義妹でーすよぅ」


 やっぱりな、炬は口内で呟いた。


「小町も家族でーすよぅ。みんなみんな、アリアのおかげで家族なんでーすよぅ」


 笑う亜子は、心の底から嬉しそうだった。それはアリアがよくするような笑顔で、炬が見ていて安心するような笑顔だった。


「アリアのおかげ、か」


 今度は声に出して呟く。

 確かにそうだ。何もかもアリアのおかげだった。自分と愁晴だけじゃ、どうしても駄目だったのだ。


「亜子さん、はよ仕事に行かな小町さんが怒るで?」


 顔を上げた愁晴は、いたずらっ子のように笑い肘で亜子の腰をつつく。


「あっ、それは嫌でーすよぅ! ではでは、退散でーすねぇ」


 慌てた調子で階段を駆け上がる亜子の後ろ姿を眺め、見えなくなっても炬は視線を外さなかった。

 慌ただしくて、目まぐるしい。いつかアリアが大人になったら本当に亜子みたいになるのではないだろうか。


 それが、その日が、本当に楽しみで。


 炬は小さく笑みを漏らし、未来に少しだけ思いを馳せた。どうか、彼女の未来が少しでも優しく輝くようにと祈った。

 自分の未来を棒に振ってでもいい。そう思えるくらいに、炬は愁晴とは違う部分でアリアの存在に救われていた。


「お、また笑ったな。お前」


 愁晴が意外そうに目を丸くする。

 炬は愁晴の腰に問答無用で肘を入れ、遥がついて来るのを確認しながら階段を下りた。


「ちょっ、何気に痛いわ! ちゅーか、ほんまにうろうろすんなや? 俺、夕飯作らなあかんから大人しくしとるんやぞ〜?」


 後ろから釘を刺す愁晴の言葉を聞き流し、炬は地下一階の廊下を見据える。一号室からは光が漏れているが、先ほどの少女らしき子供がいた二号室は暗かった。


「…………」


「炬さん? 何見てるんすか?」


「……別に」


 ついぶっきらぼうに答えしまい、しまったと思いつつも遥を見ると、遥はけろっとしていた。


 ……何故自分は今、遥の顔色を伺ったのだろう。


 反射的だったそれのせいで背中がむず痒くなったが、ズボンのポケットに入れていた携帯が震えたのを感じて炬は無言でそれに出た。

 助かった、そう思ったが──


『あ、もしもし? 俺俺』


 ──電話をかけてきたのは睦見むつみだった。


『公衆電話からかけてるけど、お前に通じてる? ……まぁいいや。入れたはいいけど思ってた以上に荒れててさぁ、ほんと、組長いねぇとどうしようもねぇのな。こういう組織は』


 クククッと、睦見は何故か、自嘲気味に笑う。


「なんの用だよ」


『そう焦んなって。入ってすぐだったけど、こっちは情報がわんさかと出てくんの。上が締まってねぇからさ、ダダ漏れっつーかなんつーか。ゴタゴタしてるから事実確認もできやしねぇ』


「おい」


『はいはい、お前はせっかちだなぁ。つっても、俺が言いたかったのはそれだけだよ。誤情報をお前に渡すわけにはいかねぇからさ。けど、いつ爆発してもおかしくねぇ状況だっつーのは言える。じゃ、俺からの報告は以上っつーことで』


 プツッと、通話が急に切れた。自分が言いたいことだけを話し、自分のタイミングで切る。

 炬は呆れ、単身乗り込んだ睦見が想像通りに上手くやれていることに逆に驚いた。睦見は、炬にはないものを多く持っていた。

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