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陽炎歴乱舞  作者: 朝日菜
焔のゲネプロ
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第四話 風神組の暴走Ⅱ

「ん〜っ! やっと着いたぁ〜!」


 体を伸ばし、疲れたのかアリアはその場に座り込む。


「ちょっと。土足だから汚いよ、そこ」


「い〜のい〜の、細かいことは気にしない!」


「同室の私が気になるんだけど? せめてそこのソファに座って」


 いぬいはロビーの片隅に置かれたソファを指差し、施設に転がり込んだ他の面子を睨んだ。

 愁晴しゅうせいはニコニコと笑い、はるかは怯えを内包させながらも堂々と立っている。かがりはそんな遥に感心し、自らは面倒臭そうに乾を見下ろした。


「ごめんなぁ、乾。一日だけでええから」


「んなこと私に言うんじゃねぇよ。お前や施設長が許可出してんだろ? ならそれでいいじゃねぇか」


「ん、おおきに。炬、遥、こっちや。荷物置くで」


 いつもと雰囲気が異なる愁晴に連れられ、炬と遥は階段を下りる。そしてその後の景色を見て、少しだけぎょっと目を見開いた。

 地下だから、と言う割にはあまりにも薄暗い。当然窓はなく、電気が僅かについているだけだ。そんな廊下が長々と続いていた。


「暗いやろ? せやけど金があらへんからこのままにしてんねん」


 慣れているのか愁晴は平然としたまま足を運び、足を止める。そしてすぐ傍の部屋を指差した。


「お前らはここ、十号室や。他は一号室と二号室が埋まっとるんやけど、どっちも女の子の部屋やから近づかんとここで頼むで?」


「う、うす! わかったっす!」


 遥は思春期だからか吃るように頷き、炬は無言で愁晴を見下ろす。


「ん? あぁ、ここ養護施設やから、ベットは確かに小さいやろな。後で俺の部屋から布団持ってくるわ」


「そのお前の部屋はどこにあんだよ」


 そうして出てきた疑問をぶつけた。

 愁晴はゆっくりと鼠色の瞳を炬に向け、久しぶりにニコニコとした笑顔を向けた。


「俺は運営側の人間やから、ここにはあらへんよ」


「どこだよ」


「二階や。せやけど、お前らはこの階と一階以外には行ったらあかんで? 二階は俺ら運営側のプライベートスペースやからな、行ったら施設長にぎょ〜さん怒鳴られるわ〜」


 はぁと似合わないため息をつき、愁晴はやれやれと肩を上げる。そんな愁晴の態度に炬は息を吐き、十号室の扉を開けた。


「…………」


 養護施設と言う割には、子供らしさをまったく感じさせない無機質な内装だった。

 家具らしい家具といえば、奥に二段ベッドが置いてあるくらいだろうか。天井と壁は白く、床は黒い。モノクロといえばモノクロだが、それよりももっと、無機質な何かがここには閉じ込められている。


「どないしたん?」


 愁晴の声が聞こえた。


「それとも、おかしなモンでもあったん?」


 振り返ると、愁晴はまだニコニコと笑っている。


「……いや」


 その笑顔は、二年前によく見ていた笑顔だ。だが、何故か違和感が拭えずに炬は否定した。

 中に入り、持っていた二人分の荷物を置く。荷物を下ろしただけで随分と肩が軽くなったのは、気のせいだろうか。


「置いたら乾のとこに行くで」


「あぁ」


 この騒ぎの根幹にいる、先ほども会った少女──乾。

 炬は頷き、遥と共に十号室を出る。廊下は十号室と違ってやはり暗く、不意に視線を感じて炬は思わず視線を向けた。


「──ッ!」


 真朱色の瞳が、奥の部屋から覗いていた。

 その瞳にかかる白髪は、薄暗いせいか酷く汚れているように見える。その瞳の持ち主は小学校低学年くらいの少女のようで、少女はじぃっと、何故か炬だけを見つめていた。


「炬、はよ行くで」


 愁晴に声をかけられて炬はようやく息をする。


「炬さん?」


 遥には見えていないのか、彼は不思議そうに尋ねて首を傾げた。


「いや、なんでもねぇ」


 炬は無理矢理少女から視線を外して、階段を上る。

 ロビーには既にアリアと乾がおらず、愁晴が二人を案内したのは、自動ドアの奥にある食堂だった。


「アリア、乾」


「しゅーくん!」


「愁晴、遅いぞ」


 座っていた二人は振り返り、三人が着席するのを見守る。

 炬は眉間に皺を寄せ、いつの間にか事態があらぬ方向に進展していることに気がついた。


「おい愁晴、これはなんの真似だ」


 愁晴の首根っこを掴むと、愁晴は困ったように眉を下げる。


「作戦会議や作戦会議。今回は今までの仕事とは話が違うやろ? 調査なんてやったことあらへんし、いつもは殴るだけやったやん」


 そうして口にした話は事実だった。


「乾、相豆院そうまいん家の内情はどうなっとるん?」


「現頭首が死んで、後継者争いが起こっているのは事実だ。しかも、未成年が組長になるのを良しとしない輩が次期組長になろうとしているらしい」


「んん? なんでや、それは不味いんとちゃう?」


「そうだな。鬼一郎きいちろう翔太しょうたも、私も殺される可能性が高い」


 乾はため息をついて、人知れず虫けらを見るかのような侮蔑の瞳を浮かべた。


「えぇっ、ヌイ殺されちゃうの?!」


「最悪の場合はな。あぁ、腹が立つ。これだから相豆院は嫌いなんだよ」


「相豆院の家自体は悪くあらへんよ。頭首が早うに亡くなったんがすべての元凶のや。せやから炬、今回は──頼むで、ほんまに」


 ニコニコと、笑っていない愁晴が炬の隣にはいる。

 炬は息を止め、愁晴がどれほど本気なのかを知った。


「……お前の言うことが事実なら、内部抗争の件の信憑性は高いな」


「あぁ、間違いない」


「問題は誰がってことやけど、それは冬馬とうまを待ってられへん」


「えっ、冬馬待たねぇの?」


 顔を上げ、遥は信じられないとでも言うような表情を浮かべる。

 遥はあまり人を疑わず、すぐに信用してしまう節があるのは薄々感じていたが──まさかこれほどとは思わなかった。


「待たへんよ。そもそも、今回の作戦に冬馬は入れてへん」


「そうなんすか?! なんで?!」


「なんでもどうも、単に俺らが冬馬を信用でけへんだけや。な? アリアもそう思うやろ?」


「へっ?」


 急に話を振られたアリアはビクッと肩を上げ、きょろきょろと目を泳がせる。


「えーっと、その、えーっと……あの……」


 目どころか体全体も泳がせて、アリアは困ったように眉を下げた。


 二年前、睦見むつみに体を撃たれたのが愁晴だ。そして、睦見にいらぬ恐怖心を与えられたのがアリアだ。炬は睦見を殴って、気絶させている。

 睦見の態度は嘘には見えなかったが、本心では何を考えているのかわからない。それが二年前の睦見を知っている三人の結論だった。


「それに、あれはあれで冬馬の真意を試す絶好の機会やろ? ほんまに冬馬が俺らの味方なら、正確な情報を持って帰ってくるはずや。その情報と乾の情報に間違いがないんやったら、俺らはちゃんと冬馬を信用する」


 アリアはぎゅうっと、テーブルの下で強く手を握り締める。それが見えていた炬は、アリアの真意をようやく知ることができた。


 アリアはずっと誤魔化していたが、やはり睦見が怖いのだ。


 炬は愁晴と違って睦見を疑っているわけではない。アリアと違って睦見を恐れているわけでもない。

 興味がない、だから好きにすればいい。それが炬の真意だった。


「愁晴さんがそう言うなら、わかったっす」


 遥は悲しそうに、それでも意志を持って告げる。

 睦見になんの先入観もない彼は、あぁ見えても純粋に慕っていたらしい。そのことは別に意外でもなんでもなかった。


「おおきに遥。それで乾、さっきの話の続きやけど」


「お前らの言う内部抗争の件は如月きさらぎだ。だが、それ以外の件は他の組員が勝手に暴れているだけで如月は関係ねぇ」


「えぇっ、何それどういうこと?!」


「思ってた以上に面倒じゃねぇか」


「ちょ、ちょっと待てよ! それってつまり、ほとんどの組員が敵ってことか?!」


 遥の焦りは、大袈裟でもなんでもなく。

 愁晴は唇を噛み、乾は舌打ちをし、アリアは手で口を覆う。炬はまた眉間に皺を寄せ、相豆院家に根付いた深すぎる闇を見つめた。

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